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5・友達
しおりを挟む当てもなく家を飛び出して、駅前へ向かう。手持ちは少ないが深夜までやっているファミリーレストランでドリンクバーを頼むぐらいは出来るだろう。
最悪、明日の夜までどこかで時間をつぶす手段を見つけなければならない。
明日は土曜日だが、部活に出る生徒たちがいるため学校が開放されているはずだ。朝になったら学校へ行って教室で仮眠を取ろうかなどとプランを練る。
「いらっしゃいませー。申し訳ございません、ただいま満席となっていましてお呼びできるまで少々お時間を頂いております。」
金曜日の夜ということもあってか駅前のファミレスはごった返していた。
何グループかが待合スペースで談笑している。どうしようかと考えふと目に入ったチラシに「二十二時以降は未成年者のご利用をお断りさせていただいております」と記されていた。
私服ならごまかせそうだが、あいにくと今は制服姿だ。今入店できたとしても二十二時を回れば店を追い出されてしまう。
僕は店員さんに一礼だけして店を出る。
わずかな所持金だけで一晩過ごせる場所はないかと、駅前辺りを放浪する。
「いって!」
肩に衝撃を受けてよろめく。大げさにわめく声の主を見ると、いやな予感しかしてこなかった。
「あーいってぇなぁ~。いってぇいってぇ骨が折れたかもしれないなぁ」
僕より遥かに体格のよいこの男が先ほどの衝撃で骨が折れたというのならば、確実に骨粗しょう症で早く大きな病院へ行くか生活習慣を改善すべきだと思う。だが僕もそこまで世間知らずではない。
この男が慰謝料をよこせというところまでは安易に想像ができた。
「おうおう兄ちゃん、どう落とし前をつけてくれるんか? ああ?」
男の声は大きく辺りに響き渡る。駅前の繁華街、まだ夜の八時前ということもあって人通りもとても多いが、視線さえ合わせようとせずそそくさと早足に通り過ぎていく。
時間を稼げば誰かしらが通報してくれるかもしれないが、この様子では分の悪い賭けに思えた。
ここは大人しく彼の言うとおりいくらかを渡して見逃してもらうのが一番痛くない方法だろう。
僕はポケットに入っていたファスナー付き透明ポーチから全財産の1354円を取り出し男へ差し出した。
「話がわかるじゃねぇか。ってこれっぽっちかよ!!!」
「しがない学生の身ではこれが精一杯の誠意だ。」
そもそも誠意を見せる必要すらないのだが、考えうる中での最善策がこれだった。
「俺をバカにしてるのか?」
どうやら最善策は失敗に終わったようだ。男の顔色が変わる。走って逃げようにも、僕の足はすこぶる遅い。追いつかれ男の怒りをますます買うだけになりそうだ。
どうしたものかと、若干焦り始める。
男がこぶしを振り上げた瞬間、「うごっ」とうめき声を上げ僕のほうに倒れこんできた。寸でのところでかわし、男が地面へ転がる。男が倒れる前まで立っていた場所には……――
「君は……」
「なんか絡まれてる阿呆がいるなぁとおもったら悠一とか、マジうける」
目黒恭介が立っていた。上げていた右足を地面に下ろすところから、不意打ちで男を真後ろから蹴り飛ばしたのだろうと想像がついた。
「僕はぜんぜん楽しくない」
「うぐ……」
倒れていた男が立ちあがろうと、両手をついて体を持ち上げている。彼は大きくジャンプをしてその背中に着地した。
「ぐぇ」
「ほら今のうちに逃げんぞ!」
「え? あ、ああ」
彼に腕を掴まれ、一緒に駆け出した。遠巻きに見ていた野次馬たちを縫うようにすり抜け、僕たちは人ごみに紛れるようにして走る。後方から怒号が聞こえてくるが、かまわず走って走って走り抜けた。
「はぁはぁはぁ」
「ぜぇぜぇぜぇ」
繁華街をぬけしばらく走った先にあった公園に逃げ込むと、ようやく僕らは息をついた。
胸が苦しい。走ったせいもあるが、それだけではない。僕は隣で座り込んでいる彼を見た。
「すまない、助かった。ありがとう」
「はぁはぁ……。やべぇマジ運動不足……」
すっと手を差し出す。僕はその手を掴み、彼を立ち上がらせた。
お礼にジュースでも……と思ったが、僕の全財産はさっきの男に渡してしまったことを思い出す。
「……手持ちがなくて何もご馳走してやれないが、この礼は必ず後日」
「いいよ、別に。カンニング疑惑を晴らしてくれた借りがあるしな」
「まだ晴れていない」
「いいや、もう晴れたよ」
「それより、こんな時間になんでうろついてんだ? 俺がたまたま通りかかったから良かったもののガチで危なかったぞ、あいつ最近この辺りで暴れてる奴で、容赦ないって有名」
「ちょっと……な。わけありでしばらく家には帰れない。なのでどこかで時間をつぶせないかとウロウロしてたらご覧のとおりだ」
「んじゃ俺ん家来いよ。てか最初から俺ん家来いよ。バカかよ」
「そこまで世話になるわけには行かない、昨日だってご馳走になったし……」
そこで僕のおなかがぐぅぅと盛大に鳴った。夕飯を食べ損ねた僕のお腹が昨日のチャーハンを思い出し唸りを上げた。
「体は正直だぜ?」
彼はニヤリと笑って僕のお腹にこぶしをあてる。
「……世話になる」
あまりの恥ずかしさに消えてしまいたい。
「立ち入ったことを聞くようだが、ご家族は?」
残り物しかないけど、と出された料理はどれもおいしかった。豚のしょうが焼きと炊き立てのご飯。しっかりダシが効いたお味噌汁。今まで食べたしょうが焼きの中で一番おいしかった。
僕が一心不乱にご飯を食べている様子を向かいで見ていた彼へ問いかける。
「あー、母親は俺が小学生のころに死んで、父親はあんまり家に帰ってこねぇ。まぁ生活費は十分に振り込んでくれるから別にいいけど」
「ふむ」
「で、悠一は?」
彼が何を問いかけているのかすぐに分かった。誰にも言った事はないし言いたいとも思わなかったが、彼なら受け入れてくれるような気がした。
「母親がお客さんを家に連れ込んでいて、見たくもない情事を繰り広げていたので逃げてきた。」
「あー。そりゃ逃げるわ……。親のそれは見たくねぇな……」
彼にも何か思い出すものがあるのだろう、苦々しい顔をして頭をかいた。
「そんな親じゃどうせお前が帰ってこなくても心配なんてしないんだろ?」
彼の不躾な言葉が胸に刺さる。事実だが他人に指摘をされると堪える。
「っと、わりぃそんなつもりで言ったんじゃないんだ」
僕の顔色が変わったのを察知したのだろう。彼がすかさず謝罪する。
「いや、事実だ。僕がどこで何をしようと母親は気にも留めない。だから……気にしないでくれ」
「……ここにいていいから」
「ん?」
「家に帰れないんだろ。しばらくここにいたらいい。俺以外誰もいないんだから気兼ねする必要もないし、それに……」
「それに?」
「俺の飯うめぇだろ?」
「そうだな。世話になる」
彼の申し出は素直にありがたかったし、彼の作る料理がとても美味しいのも事実だ。
だが何よりも彼とは同じ匂いがした。僕のこのぽっかりと空いた隙間と同じものを彼も持っているような気がしたんだ。
何よりこの場所が僕にはとても心地がよい。だから少しだけ彼の好意に甘えることにした。
「もちろん世話になるからには、僕にも何かやらせてくれ。」
「えー……悠一不器用じゃん」
「うぐ」
先日の失態が脳裏をかすめる。指先の痛みが胸にまで到達しそうだ。
「あ、じゃあさ勉強教えてよ。英語苦手なんだよ。マジぱねぇ」
英語よりもまずは日本語を勉強したほうがいい気もするが、対価を支払えることにほっとする。
彼の苦手がどのぐらいかは分からない、僕よりもいい成績を残している彼に教えられることがあるのか不安だが、役割を与えてくれる彼に感謝をする。
「あと、ずーーーーっと気になってたんだけどさ」
「なんだ?」
「俺のこといい加減、君とか貴様じゃなくて、名前でよんでくれよな」
名前を呼ぶことがとてもハードルの高いことのように思えて呼べてなかった。名前を呼ぶことで僕が勝手に彼へ親近感を抱き、勝手に友達だなんて勘違いして、あとで泣きを見るのが怖かった。
だが彼の身の上話を少し、ほんの少しだけ聞けて、少しだけ距離が縮まった気になってもいる。
「恭介……くん」
「恭介。でいいよ。てかクンとか逆に恥ずかしいし」
「……改めて世話になる、恭介。」
僕の差し出した右手を見て、恭介がはにかんだように笑い「どんだけ真面目なんだよ」と言った。
照れくさそうに差し出した右手を握る。
僕たちは今この瞬間友達になったのだと、そう思った。
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