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4・逃走
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「小テストするぞー」
数学教師の言葉に、教室中からブーイングが巻き起こった。
中間テストが終わったばかりで、本来ならばテストなどないはずなのだ。
みんなすまない。心の中でそっとつぶやく。
僕はチラリと彼の姿を見た。ああ、大きな口をあけて欠伸なんてして…。ほら先生が睨んでる。
「お前でも抜き打ちでテストとか言われると焦るの?」
ふと誰かに話しかけられ僕は周囲を見渡した。どこかで聞いた声だが、あいにく僕はクラスメイトとまともに話した事はないので誰だか検討もつかない。
きょろきょろとしていると、隣の席の男と目が合う。
「あ、焦ってなどいない。」
「ふーん。珍しく一位から落ちてたから焦ってんのかと思った。」
「うぐ」
痛いところをつかれて僕は言葉を飲み込んだ。
そうだ、僕はこの小テストでいい点数……クラス一位を取らなければならない。
彼なんぞに意識を奪われている場合ではないのだ。
「金森ー。寺内ー。おしゃべりすんな、始めるぞー。」
注意を受けてしまった。だがこれによって僕に話しかけてきた隣の席の男が寺内という名前なんだと知る。
「へいへーい。さーせーん。」
寺内くんも彼ほどではないが僕とは縁のなさそうなタイプだ。茶色い髪の毛、指にはごつい指輪。
目の色が……色素が薄いのだろうか、薄めの茶色だ。じーっと観察していると寺内くんの眉間にしわが寄っていった。
じろじろ見すぎたせいで不快な思いをさせてしまったのだろうかと焦る。
「金森とこんな顔あわせたの初めてかもな。一年から同じクラスなのに。」
衝撃が走った。僕が寺内くんの存在を認識したのは今日この時が初めてである。
「ほらそこしゃべるなー、全員にテスト用紙は渡ったなー? 三十分で回収するからなー。」
先生の声を合図に一斉にテストを裏返す音が鳴る。僕も気を取り直しテストを開始する。
テスト範囲は中間テストの範囲と一緒だが、もちろん問題は変えてあった。
一問一問丁寧に解いていく。
鉛筆を走らせる音と、かすかに隣のクラスから漏れる授業の声だけが教室を支配していた。
終了まで残り十分を残し、テスト問題をすべて解き終わる。
張っていた気を抜くように、ふぅと一息吐き出した。
彼はどうしているのかと見ると……寝ていた。気持ちよさそうにぐうぐうと。
怪しい様子がないかどうか終始見ているつもりだった先生もその様子に青筋を立てていた。
途中で咎める声が上がらなかったところを見ると、彼はカンニングなど行っていないのだろう。
しかし、たとえテスト結果が良くても授業態度が悪ければまた留年という結果になってしまうんではないかと一抹の不安さえよぎる。しかし、そんなに睡眠不足なのだろうか。やはり夜遊びをしているのか。
「よーし、三十分だ。後ろから回収ー!」
静かだった教室が、がやがやと騒がしくなる。みんな緊張が解けたのだろう、近くの席同士でしゃべり始める。だが彼だけは気持ちよさそうに寝続けていた。
数学の時間が終わり休憩時間になっても寝続ける彼の頭をはたく。
「ん……、もう終わった……?」
枕代わりにしていた腕からのそりと顔をあげる。半開きの眼と目が合った。
「全部解いてから寝たのだろうな?」
「テスト? 当たり前だろ、ふぁ~。早めに終わっちまったから寝てたんだよ。」
「ならいいんだが……」
「そういえば……さっき隣の奴と話してただろ?」
彼から見て僕の席は死角なのになぜ知っているのかは言わずもがな、先生に叱られたのは久方ぶりなので羞恥を覚えた。気まずくなり視線を落とす。
「……ふーん。」
なぜか彼の声音に不機嫌さが混じる。まさか俺以上に目立つ奴は許さないとかそういう感じなのだろうか。だがあれは不可抗力だ。そもそも彼がのん気に大きな欠伸などしていたのがいけない。
「まぁいいや。もうすぐ次の授業始まるぜ?」
彼が時計に視線を送り一呼吸置いた後にチャイムが鳴り響く。廊下で話し込んでいた生徒たちが教室へと戻ってきた。彼の不機嫌になった理由を探し出せないまま僕は席へ戻った。
きっと僕が何か彼を怒らせるようなことをしたのだろう。対人スキルのない僕にはおおよそ検討のつかない何かを。
すべての授業が終わりそろそろ帰ろうかというときに僕は先生に呼び出され、手伝いという名の雑用をさせられていた。
「では先生、すべて整理終わったのでこれで失礼します」
「おう、ありがとな」
学校を出るとすっかり日は落ちてしまっていたが、体育館からはまだ部活動に励む声が聞こえてくる。そろそろ県大会があるはずだ。それに向けて最終的な追い込みをかけているのだろう。
「彼は部活には入っていないのかな」
例え入っていたとしても絶対に運動部ではないなと思った。
かといって文化部で大人しく何かをするという姿も想像できない。ただ彼の料理をする姿は様になっていた。家庭科部ならもしかして……と考えたが、みんなでわいわいしながらという様子も想像が出来なかった。
そんなことを考えながら帰路についていると、もう家が見えてきた。だがいつもと様子が違う。
「電気が……ついている。」
進行方向に見えるぼろい木造二階建てのアパートの一階、角部屋。普段なら母親が夜の仕事に出ていて僕が帰るまで無人なので、明かりがついているということはない。
僕は警戒しながら慎重に玄関の鍵を開ける。
玄関の扉をすこしあけ、そろりと中を見る。
すると母親の靴――赤いハイヒールが転がっているのが見えた。
「なんだ、今日は休みなのか」
急にそわそわした気分になる。浮き足立つという意味ではあっているかも知れないが、けして前向きな気分ではない。陰鬱な気分をまといながら僕は靴を脱ぐ。
居間の襖を開けようととした瞬間、中から声が聞こえてきて僕はぎょっとした。
くぐもった動物の鳴き声のような高い声と、荒い息遣い。
僕は息を呑み、そのまま静止する。襖にかけた手が小刻みに震えだした。
赤いハイヒールばかりに目を取られていたが、視界の隅には男物の靴があったことを思い出す。しまった、うかつだったと思ったときにはすでに時遅い。
中から聞こえる女の声に吐き気を催す。きもちわるいきもちわるい。逃げなきゃ逃げないと。
僕は口元を手で押さえ、震える足を奮い立たせ何とか後ずさる。
僕が帰っていると気づかれたら駄目だ。過去の記憶がフラッシュバックする。
前にも同じような場面に出くわしたことがある。その時は僕が邪魔をした格好になり、興をそがれたと二人は激怒した。
母親だけならまだしも、相手の男にまで一緒に殴られ、まさに瀕死の状態になった。
恐怖で涙が出そうになる。気持ち悪くて吐きそうだ。全身の毛が逆立つ。
ようやく玄関までたどり着けた僕は、一目散に逃げ出した。
数学教師の言葉に、教室中からブーイングが巻き起こった。
中間テストが終わったばかりで、本来ならばテストなどないはずなのだ。
みんなすまない。心の中でそっとつぶやく。
僕はチラリと彼の姿を見た。ああ、大きな口をあけて欠伸なんてして…。ほら先生が睨んでる。
「お前でも抜き打ちでテストとか言われると焦るの?」
ふと誰かに話しかけられ僕は周囲を見渡した。どこかで聞いた声だが、あいにく僕はクラスメイトとまともに話した事はないので誰だか検討もつかない。
きょろきょろとしていると、隣の席の男と目が合う。
「あ、焦ってなどいない。」
「ふーん。珍しく一位から落ちてたから焦ってんのかと思った。」
「うぐ」
痛いところをつかれて僕は言葉を飲み込んだ。
そうだ、僕はこの小テストでいい点数……クラス一位を取らなければならない。
彼なんぞに意識を奪われている場合ではないのだ。
「金森ー。寺内ー。おしゃべりすんな、始めるぞー。」
注意を受けてしまった。だがこれによって僕に話しかけてきた隣の席の男が寺内という名前なんだと知る。
「へいへーい。さーせーん。」
寺内くんも彼ほどではないが僕とは縁のなさそうなタイプだ。茶色い髪の毛、指にはごつい指輪。
目の色が……色素が薄いのだろうか、薄めの茶色だ。じーっと観察していると寺内くんの眉間にしわが寄っていった。
じろじろ見すぎたせいで不快な思いをさせてしまったのだろうかと焦る。
「金森とこんな顔あわせたの初めてかもな。一年から同じクラスなのに。」
衝撃が走った。僕が寺内くんの存在を認識したのは今日この時が初めてである。
「ほらそこしゃべるなー、全員にテスト用紙は渡ったなー? 三十分で回収するからなー。」
先生の声を合図に一斉にテストを裏返す音が鳴る。僕も気を取り直しテストを開始する。
テスト範囲は中間テストの範囲と一緒だが、もちろん問題は変えてあった。
一問一問丁寧に解いていく。
鉛筆を走らせる音と、かすかに隣のクラスから漏れる授業の声だけが教室を支配していた。
終了まで残り十分を残し、テスト問題をすべて解き終わる。
張っていた気を抜くように、ふぅと一息吐き出した。
彼はどうしているのかと見ると……寝ていた。気持ちよさそうにぐうぐうと。
怪しい様子がないかどうか終始見ているつもりだった先生もその様子に青筋を立てていた。
途中で咎める声が上がらなかったところを見ると、彼はカンニングなど行っていないのだろう。
しかし、たとえテスト結果が良くても授業態度が悪ければまた留年という結果になってしまうんではないかと一抹の不安さえよぎる。しかし、そんなに睡眠不足なのだろうか。やはり夜遊びをしているのか。
「よーし、三十分だ。後ろから回収ー!」
静かだった教室が、がやがやと騒がしくなる。みんな緊張が解けたのだろう、近くの席同士でしゃべり始める。だが彼だけは気持ちよさそうに寝続けていた。
数学の時間が終わり休憩時間になっても寝続ける彼の頭をはたく。
「ん……、もう終わった……?」
枕代わりにしていた腕からのそりと顔をあげる。半開きの眼と目が合った。
「全部解いてから寝たのだろうな?」
「テスト? 当たり前だろ、ふぁ~。早めに終わっちまったから寝てたんだよ。」
「ならいいんだが……」
「そういえば……さっき隣の奴と話してただろ?」
彼から見て僕の席は死角なのになぜ知っているのかは言わずもがな、先生に叱られたのは久方ぶりなので羞恥を覚えた。気まずくなり視線を落とす。
「……ふーん。」
なぜか彼の声音に不機嫌さが混じる。まさか俺以上に目立つ奴は許さないとかそういう感じなのだろうか。だがあれは不可抗力だ。そもそも彼がのん気に大きな欠伸などしていたのがいけない。
「まぁいいや。もうすぐ次の授業始まるぜ?」
彼が時計に視線を送り一呼吸置いた後にチャイムが鳴り響く。廊下で話し込んでいた生徒たちが教室へと戻ってきた。彼の不機嫌になった理由を探し出せないまま僕は席へ戻った。
きっと僕が何か彼を怒らせるようなことをしたのだろう。対人スキルのない僕にはおおよそ検討のつかない何かを。
すべての授業が終わりそろそろ帰ろうかというときに僕は先生に呼び出され、手伝いという名の雑用をさせられていた。
「では先生、すべて整理終わったのでこれで失礼します」
「おう、ありがとな」
学校を出るとすっかり日は落ちてしまっていたが、体育館からはまだ部活動に励む声が聞こえてくる。そろそろ県大会があるはずだ。それに向けて最終的な追い込みをかけているのだろう。
「彼は部活には入っていないのかな」
例え入っていたとしても絶対に運動部ではないなと思った。
かといって文化部で大人しく何かをするという姿も想像できない。ただ彼の料理をする姿は様になっていた。家庭科部ならもしかして……と考えたが、みんなでわいわいしながらという様子も想像が出来なかった。
そんなことを考えながら帰路についていると、もう家が見えてきた。だがいつもと様子が違う。
「電気が……ついている。」
進行方向に見えるぼろい木造二階建てのアパートの一階、角部屋。普段なら母親が夜の仕事に出ていて僕が帰るまで無人なので、明かりがついているということはない。
僕は警戒しながら慎重に玄関の鍵を開ける。
玄関の扉をすこしあけ、そろりと中を見る。
すると母親の靴――赤いハイヒールが転がっているのが見えた。
「なんだ、今日は休みなのか」
急にそわそわした気分になる。浮き足立つという意味ではあっているかも知れないが、けして前向きな気分ではない。陰鬱な気分をまといながら僕は靴を脱ぐ。
居間の襖を開けようととした瞬間、中から声が聞こえてきて僕はぎょっとした。
くぐもった動物の鳴き声のような高い声と、荒い息遣い。
僕は息を呑み、そのまま静止する。襖にかけた手が小刻みに震えだした。
赤いハイヒールばかりに目を取られていたが、視界の隅には男物の靴があったことを思い出す。しまった、うかつだったと思ったときにはすでに時遅い。
中から聞こえる女の声に吐き気を催す。きもちわるいきもちわるい。逃げなきゃ逃げないと。
僕は口元を手で押さえ、震える足を奮い立たせ何とか後ずさる。
僕が帰っていると気づかれたら駄目だ。過去の記憶がフラッシュバックする。
前にも同じような場面に出くわしたことがある。その時は僕が邪魔をした格好になり、興をそがれたと二人は激怒した。
母親だけならまだしも、相手の男にまで一緒に殴られ、まさに瀕死の状態になった。
恐怖で涙が出そうになる。気持ち悪くて吐きそうだ。全身の毛が逆立つ。
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