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3・暖かなもの
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一人暮らしをしているのかと思ったが、普通の一軒家に入っていく彼を見て僕は驚いた。
一人だと言ってた。
彼の両親はいないのだろうか?
まさか僕のうちと同じように母親は夜の仕事をしているのだろうか?
色々な疑問が浮かんで頭を占めていく。
「ほら、突っ立ってないでこいよ。」
「あ、ああ。お邪魔します。」
リビングに通され座るように促される。なんとなく手持ち無沙汰でキョロキョロと見渡す。
誰かの家にお邪魔するのは始めての経験だった。
自分の家とは違う匂いと、見慣れない光景に心が逸る。
「お茶でいい?」
「ああ、お構いなく。……ありがとう。」
マグカップに入った暖かい緑茶を頂き、冷えていた体がほっとする。
「うまいな。」
「だろ? 俺お茶入れるの最近はまっててさ。テレビでも見て待っててくれな。ちゃちゃっと作ってくるからよ。」
僕の返事も聞かないうちに彼は台所の方へとぱたぱたと歩いていく。
聞き間違いじゃないだろうか?
作ってくると彼は言った。自分で料理を作るのだろうか。まったく想像がつかない。
ついてるテレビからはお天気お姉さんの声が聞こえてくる。
だが僕はテレビよりも彼の料理をしているところの方がよっぽど気になり、そっと台所のほうへ行ってみることにした。
「~♪」
鼻歌交じりで軽快にフライパンを振る彼の姿は、危なっかしいところは一切なく不思議なほどに板についていた。
僕はそっとリビングへ戻る。
色々混乱している。僕はなぜここにいる? まさかこの後、彼の友達がいっぱいやってきて僕のことをからかって遊んだりするのだろうか? これからカツアゲでもされるのだろうか? 手持ちはそんなにないぞ。
などと混乱に混乱を重ねているうちに、良い匂いが鼻腔をくすぐった。
「おまたせ。作っといてなんだけど、アレルギーとかないよな?」
「ああ、大丈夫だ…。ありがとう」
「ついでだよ。冷めないうちに食っちまおうぜ」
目の前に置かれたチャーハンとスープは、とてもおいしそうな湯気を上げていた。
温かいご飯、コンビニのレンジで温めたご飯以外ではいつぶりだろうか。
「うまい。」
一口食べてあまりの旨さに手が止まらなくなる。かきこむように一気に食べる。
その間彼が嬉しそうに僕のことを見ていたのにはまったく気がつかなかった。
「ふう。本当おいしかった。君はすごいんだな。」
率直な感想を告げると彼は嬉しそうに笑った。
「お粗末さまでした。」
食器をさげようとする彼に僕ははっとする。食事をご馳走になって片づけまでやってもらっては申し訳ない。
「片付けは僕がやる。君は座っていてくれ」
「悠一はお客さんなんだから気にすんなよ」
「駄目だ。気にする。片付けぐらいはさせてくれ」
「ハハ、頑固。うける。じゃあ一緒にやろうぜ」
二人並んで台所に立ち食器を洗う。僕の家よりは広いが、それでも男二人が並んで立つとちょっと手狭だ。動くたびに肩と肩がぶつかる。
「飯は毎日コンビニなん?」
「そうだな。たまにファストフードとかも」
「うぇー。ちゃんとした飯を食えよ。コンビニの飯ばっかりくってると死んだとき体が腐らなくなる
らしいぜ?」
「なんだその都市伝説は」
「そうだ、俺ん家来て飯食えよ。俺が栄養バランス考えて作ってやるからよ」
「は?! 何を言ってるんだ君は」
思わず洗っていたマグカップを落とす。陶器がいやな音を立ててシンクに落ちた。
「はっ割れた?! すまない!」
慌ててマグカップへ手を伸ばす。失態を犯してしまったことに動揺していたのだろう、伸ばした手は割れて鋭くなった部分へ触れてしまい指先を赤く染める。
「馬鹿、なにやってんだよ。」
「っ……大丈夫だ。かすり傷だ」
「絆創膏持ってくるから待ってろ」
失態ばかりで自分が情けなくなる。僕はこんなにも不器用だったのかと涙が出そうだ。
指先から流れる赤を見ながら、ぼんやりと思う。
「ちゃんと洗ったか? ほら指かせよ」
慣れた手つきで僕の指を消毒し、絆創膏を貼り付ける。
「君は器用なんだな。うらやましいよ」
その様を見ながら自嘲気味につぶやくと彼は面食らったように止まった。そして噴出す。
「ハハッ、何をしんみりと言い出すかと思ったら。ほんと真面目だな。初めて料理をしたときはめっちゃ指を切ったよ。慣れるまでは両手が絆創膏だらけになったし」
「本当に?」
「まじまじ。てか最初から何でも器用に出来る奴なんて早々いねぇよ。でももう洗い物は俺に任せてくれよな。」
「ああ、すまない」
肩を落とす僕を頭を軽く小突くと、「テレビでもみてろって」と言って洗い物を再開した。
「君はいいお嫁さんになれそうだな。」
「嫁かよ。誰に貰ってもらうんだよ」
そんなたわい無い会話をしながら、テレビがドラマのオープニングを流し始めるのを見て、もうそんな時間になったのかと思い席を立つ。
「そろそろ失礼する。おいしい夕飯をありがとう」
「また来いよ。」
玄関で見送られ、僕は大通りに出ようと歩み始める。数歩進み、ちらりと後ろを伺うと、まだ彼は玄関先で僕を見ていた。見ていることに気がついたのだろう、手を振っている。
「……っ!」
僕はパッと走り出す。
今まで知らなかった暖かい感情が湧き上がる。寒空の下だというのに、まったく寒さなど感じないほどに。
一人だと言ってた。
彼の両親はいないのだろうか?
まさか僕のうちと同じように母親は夜の仕事をしているのだろうか?
色々な疑問が浮かんで頭を占めていく。
「ほら、突っ立ってないでこいよ。」
「あ、ああ。お邪魔します。」
リビングに通され座るように促される。なんとなく手持ち無沙汰でキョロキョロと見渡す。
誰かの家にお邪魔するのは始めての経験だった。
自分の家とは違う匂いと、見慣れない光景に心が逸る。
「お茶でいい?」
「ああ、お構いなく。……ありがとう。」
マグカップに入った暖かい緑茶を頂き、冷えていた体がほっとする。
「うまいな。」
「だろ? 俺お茶入れるの最近はまっててさ。テレビでも見て待っててくれな。ちゃちゃっと作ってくるからよ。」
僕の返事も聞かないうちに彼は台所の方へとぱたぱたと歩いていく。
聞き間違いじゃないだろうか?
作ってくると彼は言った。自分で料理を作るのだろうか。まったく想像がつかない。
ついてるテレビからはお天気お姉さんの声が聞こえてくる。
だが僕はテレビよりも彼の料理をしているところの方がよっぽど気になり、そっと台所のほうへ行ってみることにした。
「~♪」
鼻歌交じりで軽快にフライパンを振る彼の姿は、危なっかしいところは一切なく不思議なほどに板についていた。
僕はそっとリビングへ戻る。
色々混乱している。僕はなぜここにいる? まさかこの後、彼の友達がいっぱいやってきて僕のことをからかって遊んだりするのだろうか? これからカツアゲでもされるのだろうか? 手持ちはそんなにないぞ。
などと混乱に混乱を重ねているうちに、良い匂いが鼻腔をくすぐった。
「おまたせ。作っといてなんだけど、アレルギーとかないよな?」
「ああ、大丈夫だ…。ありがとう」
「ついでだよ。冷めないうちに食っちまおうぜ」
目の前に置かれたチャーハンとスープは、とてもおいしそうな湯気を上げていた。
温かいご飯、コンビニのレンジで温めたご飯以外ではいつぶりだろうか。
「うまい。」
一口食べてあまりの旨さに手が止まらなくなる。かきこむように一気に食べる。
その間彼が嬉しそうに僕のことを見ていたのにはまったく気がつかなかった。
「ふう。本当おいしかった。君はすごいんだな。」
率直な感想を告げると彼は嬉しそうに笑った。
「お粗末さまでした。」
食器をさげようとする彼に僕ははっとする。食事をご馳走になって片づけまでやってもらっては申し訳ない。
「片付けは僕がやる。君は座っていてくれ」
「悠一はお客さんなんだから気にすんなよ」
「駄目だ。気にする。片付けぐらいはさせてくれ」
「ハハ、頑固。うける。じゃあ一緒にやろうぜ」
二人並んで台所に立ち食器を洗う。僕の家よりは広いが、それでも男二人が並んで立つとちょっと手狭だ。動くたびに肩と肩がぶつかる。
「飯は毎日コンビニなん?」
「そうだな。たまにファストフードとかも」
「うぇー。ちゃんとした飯を食えよ。コンビニの飯ばっかりくってると死んだとき体が腐らなくなる
らしいぜ?」
「なんだその都市伝説は」
「そうだ、俺ん家来て飯食えよ。俺が栄養バランス考えて作ってやるからよ」
「は?! 何を言ってるんだ君は」
思わず洗っていたマグカップを落とす。陶器がいやな音を立ててシンクに落ちた。
「はっ割れた?! すまない!」
慌ててマグカップへ手を伸ばす。失態を犯してしまったことに動揺していたのだろう、伸ばした手は割れて鋭くなった部分へ触れてしまい指先を赤く染める。
「馬鹿、なにやってんだよ。」
「っ……大丈夫だ。かすり傷だ」
「絆創膏持ってくるから待ってろ」
失態ばかりで自分が情けなくなる。僕はこんなにも不器用だったのかと涙が出そうだ。
指先から流れる赤を見ながら、ぼんやりと思う。
「ちゃんと洗ったか? ほら指かせよ」
慣れた手つきで僕の指を消毒し、絆創膏を貼り付ける。
「君は器用なんだな。うらやましいよ」
その様を見ながら自嘲気味につぶやくと彼は面食らったように止まった。そして噴出す。
「ハハッ、何をしんみりと言い出すかと思ったら。ほんと真面目だな。初めて料理をしたときはめっちゃ指を切ったよ。慣れるまでは両手が絆創膏だらけになったし」
「本当に?」
「まじまじ。てか最初から何でも器用に出来る奴なんて早々いねぇよ。でももう洗い物は俺に任せてくれよな。」
「ああ、すまない」
肩を落とす僕を頭を軽く小突くと、「テレビでもみてろって」と言って洗い物を再開した。
「君はいいお嫁さんになれそうだな。」
「嫁かよ。誰に貰ってもらうんだよ」
そんなたわい無い会話をしながら、テレビがドラマのオープニングを流し始めるのを見て、もうそんな時間になったのかと思い席を立つ。
「そろそろ失礼する。おいしい夕飯をありがとう」
「また来いよ。」
玄関で見送られ、僕は大通りに出ようと歩み始める。数歩進み、ちらりと後ろを伺うと、まだ彼は玄関先で僕を見ていた。見ていることに気がついたのだろう、手を振っている。
「……っ!」
僕はパッと走り出す。
今まで知らなかった暖かい感情が湧き上がる。寒空の下だというのに、まったく寒さなど感じないほどに。
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