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7・初めての気持ち
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「何しにきたんだよ」
刺々しい声音で恭介が父親へ話しかけた。
「ここは私の家だ。帰ってきたって構わないだろう。それに荷物を取りに来ただけだ。すぐに出て行くから心配するな。」
一触即発。ピリピリとした空気が一気に場を支配する。
「……君は」
どうしたらいいのかと、立ちすくむ僕に気がついた恭介の父親が眉をひそめた。
値踏みするようにつま先から頭の先まで見ると、深くため息をつく。
「君の様なまじめな子がこんな所にいたら親御さんが心配する。……友達は選ぶべきだな」
「っ。彼は……彼は僕にとって、た、大切な友人だ!」
「……」
冷たい眼差しが突き刺さる。まるで汚いものでも見るような眼だ。母親が僕を見るときと同じ眼。
一気に胸の辺りがきゅっとなり、血の気が引いていく。
「ちっ、さっさと行けよ。」
今にも掴みかかりそうな恭介がこぶしに力を込めるのが分かった。見たことないぐらい険しい顔をして父親を睨んでいる。
僕は止めるべきなのだろうか。きっと恭介が暴力を振るったらこの男はためらうことなく警察を呼ぶだろう。……いや世間体を気にするだろうか。
そんなことを逡巡していると、くるりと反転して部屋から出て行った。すぐに別の部屋の扉が開く音が聞こえてくる。
「くそ、何でこんなときに帰ってくんだよ……。わりぃな気分悪くさせて」
「いや、僕は大丈夫だ。それよりも……」
大丈夫か? と問いかけようとして言葉が詰まる。こんなとき、僕なら大丈夫かなんて言葉を投げかけられて果たしてうれしいだろうか。
「夕飯は餃子が食べたい。」
きょとんとした恭介の顔に僕ははっとする。
いや、違う。そうじゃない。なんて声をかけたら良いか言葉のボキャブラリーも経験も少ない僕にとって、この状況下での相手を気遣った言葉のチョイスはあまりにも高難易度過ぎた。真っ白になった頭で口からするりと出た結果がこれである。
いい加減自分の対人スキルのなさに絶望する。
「ぷっ、なんだよ餃子って。」
「え、いや、その……餃子がいいなって」
張り詰めていた空気が和らいだ気がした。最良の選択を出来たわけではないが、とりあえずは良かったのだろう。恭介の顔が柔和になり、つり上がっていた目じりもすっかり元通りだ。
「じゃあ、包むのは悠一も手伝えよな? やったことないだろうけど、教えるからさ」
「もちろんだ」
すっかり元通りになった空気に僕はほっとする。玄関の閉まる音が遠くに聞こえたが、恭介はもう気にも留めていなかった。
餃子というのは人生で数えるほどしか食べたことがない。
ラーメン屋には何度か足を運んだことはあるが、餃子を頼むほどの金銭的余裕もなく、他の客が美味しそうにほお張っているのを横目で見ていただけだ。
その餃子を自分で作る。まるで魔法使いにでもなった気分だ。
そう、うきうきしていた数分前の自分が恨めしい。
「餃子というのはこうも作るのが難しいのか……」
皮に餡を乗せて包もうとすると、両端から餡が零れ落ちていく。かろうじて残った餡を包もうとしても、皮が千切れたりと上手くできない。
僕が一個を包んでいる間に恭介はテキパキときれいな餃子を何個も形成していく。
いまだに一個も包めない僕の手の中にある餃子……と呼べない塊を見下ろし、惨めな気分になる。
リズムよく餃子を包んでいた恭介が僕の顔色を見て手を止める。
僕の前に置かれた皿の上に一個も完成品が乗っていないことで察したのだろう。あちゃーという顔をすると言葉を捜すように視線をさ迷わせた。
「ん」
「まだ僕に作れというのか?」
差し出された餃子の皮を受け取れずにいると、恭介は立ち上がり僕の背後へ回り込む。
「ほら、手のひら広げて皮乗せて。そうそう、あー餡はそんなに入れないで、OKOK、それから……」
背中に恭介の体温をかんじる。覆いかぶさるように背後から腕を回し、僕のつたない指使いをサポートするように手を重ねる。温もりを感じながらどうにか一つ完成させると、「よし」と恭介がうれしそうに頷いた。
不恰好だが、人生初の手作り餃子を完成させた。
「できた……!」
「やったな!」
掌をこちらに向けてくる。その掌は粉で少し白くなっていた。
何かを求められていることは恭介のキラキラした目から想像がついた。だが何かが分からない。
困惑した表情のままじっと恭介を見つめると、あごをくいっと上げて掲げた掌を動かす。
僕もおずおずと掌を同じように上げる。
パンッ
僕の掌に勢いよく恭介が手を合わせてきた。
小気味良い音が響く、と同時に僕の掌にこびり付いていた餃子の餡が飛び散った。
「…………ぷっ、あっはっはははは」
「なんだ、何がおかしい。」
「だって、お前顔が、顔が……あはははは」
顔? そういえば飛び散った餡がいくつか自分にも飛んできたような気がする。
取り除こうと手を顔に持っていったが、恭介に手首を掴まれる。
「おい、その手で顔触ったら悪化すんぞ」
「え。ああ、そうだな」
自分の手が餡まみれの結果が今だということを思い出す。
何か拭くものを……と、辺りを見回していると、恭介が僕の顔についた餡を手でぬぐい始める。
「くすぐったい」
「ちょっと我慢しろよ、てか喋るな。唇にもついてるぞ、口に入ったら腹壊す」
唇を指先でなぞるように拭う、その仕草に胸が騒いだ。なぞられた唇が熱を持つ。
気恥ずかしさに顔を背けようとするが顔へ添えられた手が僕を逃さない。
「恭一……?」
胸が早鐘を打ち始める。全身から蒸気でも噴出しそうなほど熱を帯びていく。
恭一の顔が直視できず、下の方に視線をさ迷わせた。
こういうとき、どうしたらいいのだろうか。
「……うん、……取れた。」
「え、ああ、ありがとう」
顔から離れた手に少し名残惜しさを感じ、どうして自分がそんな気持ちになったのか理解が追いつかない。
こんなに胸が高鳴ったのははじめてだった。
恭介は一体どんなつもりで? と、さ迷わせていた視線を上げると恭介はいつも通りで、残っていた餃子をささっと包むとお皿を持って台所へ行ってしまった。
一人取り残された僕は友だち同士ならこういうことも普通にあるのだろうと、だから恭介は至って普通で動揺している僕が経験不足なのだろうと、別の意味で顔が赤くなる。
「一人であたふたして恥ずかしい……」
友人関係について勉強できる本はないのだろうか。今度図書館で探してみようと思った。
刺々しい声音で恭介が父親へ話しかけた。
「ここは私の家だ。帰ってきたって構わないだろう。それに荷物を取りに来ただけだ。すぐに出て行くから心配するな。」
一触即発。ピリピリとした空気が一気に場を支配する。
「……君は」
どうしたらいいのかと、立ちすくむ僕に気がついた恭介の父親が眉をひそめた。
値踏みするようにつま先から頭の先まで見ると、深くため息をつく。
「君の様なまじめな子がこんな所にいたら親御さんが心配する。……友達は選ぶべきだな」
「っ。彼は……彼は僕にとって、た、大切な友人だ!」
「……」
冷たい眼差しが突き刺さる。まるで汚いものでも見るような眼だ。母親が僕を見るときと同じ眼。
一気に胸の辺りがきゅっとなり、血の気が引いていく。
「ちっ、さっさと行けよ。」
今にも掴みかかりそうな恭介がこぶしに力を込めるのが分かった。見たことないぐらい険しい顔をして父親を睨んでいる。
僕は止めるべきなのだろうか。きっと恭介が暴力を振るったらこの男はためらうことなく警察を呼ぶだろう。……いや世間体を気にするだろうか。
そんなことを逡巡していると、くるりと反転して部屋から出て行った。すぐに別の部屋の扉が開く音が聞こえてくる。
「くそ、何でこんなときに帰ってくんだよ……。わりぃな気分悪くさせて」
「いや、僕は大丈夫だ。それよりも……」
大丈夫か? と問いかけようとして言葉が詰まる。こんなとき、僕なら大丈夫かなんて言葉を投げかけられて果たしてうれしいだろうか。
「夕飯は餃子が食べたい。」
きょとんとした恭介の顔に僕ははっとする。
いや、違う。そうじゃない。なんて声をかけたら良いか言葉のボキャブラリーも経験も少ない僕にとって、この状況下での相手を気遣った言葉のチョイスはあまりにも高難易度過ぎた。真っ白になった頭で口からするりと出た結果がこれである。
いい加減自分の対人スキルのなさに絶望する。
「ぷっ、なんだよ餃子って。」
「え、いや、その……餃子がいいなって」
張り詰めていた空気が和らいだ気がした。最良の選択を出来たわけではないが、とりあえずは良かったのだろう。恭介の顔が柔和になり、つり上がっていた目じりもすっかり元通りだ。
「じゃあ、包むのは悠一も手伝えよな? やったことないだろうけど、教えるからさ」
「もちろんだ」
すっかり元通りになった空気に僕はほっとする。玄関の閉まる音が遠くに聞こえたが、恭介はもう気にも留めていなかった。
餃子というのは人生で数えるほどしか食べたことがない。
ラーメン屋には何度か足を運んだことはあるが、餃子を頼むほどの金銭的余裕もなく、他の客が美味しそうにほお張っているのを横目で見ていただけだ。
その餃子を自分で作る。まるで魔法使いにでもなった気分だ。
そう、うきうきしていた数分前の自分が恨めしい。
「餃子というのはこうも作るのが難しいのか……」
皮に餡を乗せて包もうとすると、両端から餡が零れ落ちていく。かろうじて残った餡を包もうとしても、皮が千切れたりと上手くできない。
僕が一個を包んでいる間に恭介はテキパキときれいな餃子を何個も形成していく。
いまだに一個も包めない僕の手の中にある餃子……と呼べない塊を見下ろし、惨めな気分になる。
リズムよく餃子を包んでいた恭介が僕の顔色を見て手を止める。
僕の前に置かれた皿の上に一個も完成品が乗っていないことで察したのだろう。あちゃーという顔をすると言葉を捜すように視線をさ迷わせた。
「ん」
「まだ僕に作れというのか?」
差し出された餃子の皮を受け取れずにいると、恭介は立ち上がり僕の背後へ回り込む。
「ほら、手のひら広げて皮乗せて。そうそう、あー餡はそんなに入れないで、OKOK、それから……」
背中に恭介の体温をかんじる。覆いかぶさるように背後から腕を回し、僕のつたない指使いをサポートするように手を重ねる。温もりを感じながらどうにか一つ完成させると、「よし」と恭介がうれしそうに頷いた。
不恰好だが、人生初の手作り餃子を完成させた。
「できた……!」
「やったな!」
掌をこちらに向けてくる。その掌は粉で少し白くなっていた。
何かを求められていることは恭介のキラキラした目から想像がついた。だが何かが分からない。
困惑した表情のままじっと恭介を見つめると、あごをくいっと上げて掲げた掌を動かす。
僕もおずおずと掌を同じように上げる。
パンッ
僕の掌に勢いよく恭介が手を合わせてきた。
小気味良い音が響く、と同時に僕の掌にこびり付いていた餃子の餡が飛び散った。
「…………ぷっ、あっはっはははは」
「なんだ、何がおかしい。」
「だって、お前顔が、顔が……あはははは」
顔? そういえば飛び散った餡がいくつか自分にも飛んできたような気がする。
取り除こうと手を顔に持っていったが、恭介に手首を掴まれる。
「おい、その手で顔触ったら悪化すんぞ」
「え。ああ、そうだな」
自分の手が餡まみれの結果が今だということを思い出す。
何か拭くものを……と、辺りを見回していると、恭介が僕の顔についた餡を手でぬぐい始める。
「くすぐったい」
「ちょっと我慢しろよ、てか喋るな。唇にもついてるぞ、口に入ったら腹壊す」
唇を指先でなぞるように拭う、その仕草に胸が騒いだ。なぞられた唇が熱を持つ。
気恥ずかしさに顔を背けようとするが顔へ添えられた手が僕を逃さない。
「恭一……?」
胸が早鐘を打ち始める。全身から蒸気でも噴出しそうなほど熱を帯びていく。
恭一の顔が直視できず、下の方に視線をさ迷わせた。
こういうとき、どうしたらいいのだろうか。
「……うん、……取れた。」
「え、ああ、ありがとう」
顔から離れた手に少し名残惜しさを感じ、どうして自分がそんな気持ちになったのか理解が追いつかない。
こんなに胸が高鳴ったのははじめてだった。
恭介は一体どんなつもりで? と、さ迷わせていた視線を上げると恭介はいつも通りで、残っていた餃子をささっと包むとお皿を持って台所へ行ってしまった。
一人取り残された僕は友だち同士ならこういうことも普通にあるのだろうと、だから恭介は至って普通で動揺している僕が経験不足なのだろうと、別の意味で顔が赤くなる。
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