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後編
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「……すまない、もう一度頼む」
「ですから、僕は男でスラーという少女は存在しません。僕は代々殿下の聡明さを試す一族が一人、セツです。スラーであったときにさりげなくいじめから守ってくれていたリッカさんに惚れました」
「情報量が多い!」
殿下の嘆きに小鳥たちが飛び去った。普段なら優雅に茶を楽しむ中庭で、こんなにも頭を抱えることになるとは誰が予想できただろうか。目の前にはスラーを騙っていた少年セツと、彼が求婚する相手であるリッカ。リッカは「騒がしいですわね」と眉を顰めた。
「これが叫ばずにいられるか!物静かで哀れで可憐な少女が、そんな、存在しないなんて……」
「殿下の婚約者も存在しなくなりましたけどね」
「あっ」
セツの一言で殿下は間抜けな声をあげる。そういえば婚約破棄を告げていたのだった。殿下は恐る恐るリッカを窺う。
「……誤解が原因だったんだ。破棄を破棄というのは……」
「お断りします」
きっぱりと断られ、殿下は肩を落とした。非は明らかにこちらにあるし、愛はとうに冷めているとのこと。落ち込みながらも殿下は尋ねた。
「……ちなみに、いつから俺のことを嫌いに?」
「嫌いでもなく無関心ですわね。あなたの間抜けさを見ているうちに、恋をしていた自分が馬鹿らしくなって」
「もう少し柔らかい言い方ができないのかお前は!」
「大勢の前で婚約破棄を宣言した方に言う権利があるとお思いで?」
容赦ないリッカの正論に殿下はぐうの音もでない。リッカがあのとき適切な対応をとっていなければ、大勢の前で彼女を侮辱していたのだ。しかも冤罪で。父上と母上にもっと考えて行動しろと今までの人生の中で一番説教されたことを思い出し殿下は身震いした。
「もしかして、俺は廃嫡に……!?」
「ならないですよ。リッカさんをあのまま断罪してたらなっていたでしょうけども」
まあそれは僕が絶対に止めていましたがね、とセツは自慢げに笑う。
「僕が騙すのが上手すぎたのもありますかね。殿下はちょっと考え無しなのが露呈しちゃっただけで、これから頑張ればいいんですから!」
「慰めるのかけなすのかどっちかにしろ!」
「けなさなかったら調子にのるじゃないですか」
「はい……」
今回の事件で自分の愚かさが身に染みたのだろう。殿下はしゅんと項垂れてしまった。大して可哀そうだとも思わず、リッカは目を細める。
殿下の素直さと行動力は美点だが、思考をおろそかにしてしまうが故に間違った道を突っ切ってしまう危険性がある。自信のある振る舞いは良い見方をすればカリスマ性としてカウントされるかもしれない。だがそれだけではいけないのだ。はりぼてでは、一部の貴族にいいようにされる傀儡の王になりかねない。
だからこそ、王としての資質を見定めるためにセツの一族が駆り出される。
か弱い存在の言葉に、褒め称えるだけの周囲に惑わされないか。殿下としての責任と、抱えるものの重さを自覚しているか。
歴代の王は数々の洗礼を浴びせられ、成長し国を背負ってきた。
「まあまあ、殿下より間抜けで廃嫡されたのも居るみたいですし。それに比べたらまだマシですよ」
「そう……そう、なのか……なら……」
「平均よりは下ですが」
「うう……」
上げて落とされ、殿下の自信はどんどん萎れていく。散々自分の諫言を聞き流していた殿下にはちょうどいい薬となるだろうとリッカは何も止めなかった。
殿下が耐えかねて机に伏せた頃、セツはにっこりとリッカの方を向いた。
「それで、リッカ様。僕と婚約の件は考えてくださいましたか?」
元婚約者がすぐ近くに居るというのにこの言い草。殿下にリッカはやらないという牽制ではあるが、早く話を進めてしまいたいという気持ちもある。婚約破棄事件でのリッカの振る舞いを見て、婚約を望む家がわらわらと発生したのだ。
「……私、あなたのことは何も知らないのだけれども」
「僕は貴女の魅力をよくわかっております」
表情を崩さぬまま言うリッカに対して、セツも笑顔を崩さない。
スラーとして過ごしていた頃、彼女の魅力は数多く目にしてきていた。
身分をかさにきてスラーに絡む貴族たち。彼らに話しかけ、さりげなく自分を逃がしたリッカ。
物品の盗難にあった際、補填の申請と盗難の証拠を残すよう助言してくれたリッカ。
これ見よがしに悪口を言われ続けたスラーに、辛い思いをしているのなら学校に来るべきではなく、適切な手段をとるべきだと。休んでも大丈夫なよう教師たちにも取り計らうと言ってくれたリッカ。
彼女の誠意は、優しさは、紛れもなく本物だ。
暫く無言で見つめ合う。殿下ですらも息を潜めて、二人を見守っていた。
ふと、リッカは微笑む。
「まずは、お友達からで」
婚約してから心変わりされるのはもうごめんです、とリッカが付け加えると、殿下は申し訳なさそうに項垂れたのだった。
その後。殿下は名誉挽回のために友人たちの手をかりつつも奮闘し、共に国を支えていく気概と能力のある方を無事婚約者に迎えることができた。リッカよりも気が強く、時に殿下の耳をひっつかんで叱ることのできる女性だ。
国王として即位した際の側近には、中性的な顔立ちの笑顔が素敵な男性と、雪を連想させる美しさを持つ女性の姿が見られたとかなんとか。
「ですから、僕は男でスラーという少女は存在しません。僕は代々殿下の聡明さを試す一族が一人、セツです。スラーであったときにさりげなくいじめから守ってくれていたリッカさんに惚れました」
「情報量が多い!」
殿下の嘆きに小鳥たちが飛び去った。普段なら優雅に茶を楽しむ中庭で、こんなにも頭を抱えることになるとは誰が予想できただろうか。目の前にはスラーを騙っていた少年セツと、彼が求婚する相手であるリッカ。リッカは「騒がしいですわね」と眉を顰めた。
「これが叫ばずにいられるか!物静かで哀れで可憐な少女が、そんな、存在しないなんて……」
「殿下の婚約者も存在しなくなりましたけどね」
「あっ」
セツの一言で殿下は間抜けな声をあげる。そういえば婚約破棄を告げていたのだった。殿下は恐る恐るリッカを窺う。
「……誤解が原因だったんだ。破棄を破棄というのは……」
「お断りします」
きっぱりと断られ、殿下は肩を落とした。非は明らかにこちらにあるし、愛はとうに冷めているとのこと。落ち込みながらも殿下は尋ねた。
「……ちなみに、いつから俺のことを嫌いに?」
「嫌いでもなく無関心ですわね。あなたの間抜けさを見ているうちに、恋をしていた自分が馬鹿らしくなって」
「もう少し柔らかい言い方ができないのかお前は!」
「大勢の前で婚約破棄を宣言した方に言う権利があるとお思いで?」
容赦ないリッカの正論に殿下はぐうの音もでない。リッカがあのとき適切な対応をとっていなければ、大勢の前で彼女を侮辱していたのだ。しかも冤罪で。父上と母上にもっと考えて行動しろと今までの人生の中で一番説教されたことを思い出し殿下は身震いした。
「もしかして、俺は廃嫡に……!?」
「ならないですよ。リッカさんをあのまま断罪してたらなっていたでしょうけども」
まあそれは僕が絶対に止めていましたがね、とセツは自慢げに笑う。
「僕が騙すのが上手すぎたのもありますかね。殿下はちょっと考え無しなのが露呈しちゃっただけで、これから頑張ればいいんですから!」
「慰めるのかけなすのかどっちかにしろ!」
「けなさなかったら調子にのるじゃないですか」
「はい……」
今回の事件で自分の愚かさが身に染みたのだろう。殿下はしゅんと項垂れてしまった。大して可哀そうだとも思わず、リッカは目を細める。
殿下の素直さと行動力は美点だが、思考をおろそかにしてしまうが故に間違った道を突っ切ってしまう危険性がある。自信のある振る舞いは良い見方をすればカリスマ性としてカウントされるかもしれない。だがそれだけではいけないのだ。はりぼてでは、一部の貴族にいいようにされる傀儡の王になりかねない。
だからこそ、王としての資質を見定めるためにセツの一族が駆り出される。
か弱い存在の言葉に、褒め称えるだけの周囲に惑わされないか。殿下としての責任と、抱えるものの重さを自覚しているか。
歴代の王は数々の洗礼を浴びせられ、成長し国を背負ってきた。
「まあまあ、殿下より間抜けで廃嫡されたのも居るみたいですし。それに比べたらまだマシですよ」
「そう……そう、なのか……なら……」
「平均よりは下ですが」
「うう……」
上げて落とされ、殿下の自信はどんどん萎れていく。散々自分の諫言を聞き流していた殿下にはちょうどいい薬となるだろうとリッカは何も止めなかった。
殿下が耐えかねて机に伏せた頃、セツはにっこりとリッカの方を向いた。
「それで、リッカ様。僕と婚約の件は考えてくださいましたか?」
元婚約者がすぐ近くに居るというのにこの言い草。殿下にリッカはやらないという牽制ではあるが、早く話を進めてしまいたいという気持ちもある。婚約破棄事件でのリッカの振る舞いを見て、婚約を望む家がわらわらと発生したのだ。
「……私、あなたのことは何も知らないのだけれども」
「僕は貴女の魅力をよくわかっております」
表情を崩さぬまま言うリッカに対して、セツも笑顔を崩さない。
スラーとして過ごしていた頃、彼女の魅力は数多く目にしてきていた。
身分をかさにきてスラーに絡む貴族たち。彼らに話しかけ、さりげなく自分を逃がしたリッカ。
物品の盗難にあった際、補填の申請と盗難の証拠を残すよう助言してくれたリッカ。
これ見よがしに悪口を言われ続けたスラーに、辛い思いをしているのなら学校に来るべきではなく、適切な手段をとるべきだと。休んでも大丈夫なよう教師たちにも取り計らうと言ってくれたリッカ。
彼女の誠意は、優しさは、紛れもなく本物だ。
暫く無言で見つめ合う。殿下ですらも息を潜めて、二人を見守っていた。
ふと、リッカは微笑む。
「まずは、お友達からで」
婚約してから心変わりされるのはもうごめんです、とリッカが付け加えると、殿下は申し訳なさそうに項垂れたのだった。
その後。殿下は名誉挽回のために友人たちの手をかりつつも奮闘し、共に国を支えていく気概と能力のある方を無事婚約者に迎えることができた。リッカよりも気が強く、時に殿下の耳をひっつかんで叱ることのできる女性だ。
国王として即位した際の側近には、中性的な顔立ちの笑顔が素敵な男性と、雪を連想させる美しさを持つ女性の姿が見られたとかなんとか。
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