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6.光
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わたくしは――ふらつく足で一歩一歩、彼の眠るベッドに近づいてゆく。
「メイテス殿下……起きて、くださいませ……」
弱々しい声で呟いた。彼からの返事はない。
ああ、これ以上は、もう。心の中はぐちゃぐちゃで、考えが上手くまとまらなかった。けれど。
罪悪感と、彼の善性に。観念……しよう。したくないけれど。させられた。
わたくしは床にひざまずく。薄い掛け布をめくり、初めて触れる彼の白い右手を持ち上げて、両手でそっと包みこんだ。
「メイテス、殿下」
瞳を閉じる。
彼の怪我が、治りますように。今日、まだ元気だった頃の状態に戻りますように。また青色の瞳を煌めかせて、楽しそうに話をしてくれますように。
「どうか、……起きて……」
心で、誰宛かもわからない祈りを捧げた。
まぶたの向こうで白く、殿下が光りだすのを感じる。だんだんと強くなっていったそれは、頂点に達したのか次第に弱まっていく。
部屋はしんとして、いつのまにか祈祷師らの声は止んでいた。
わたくしには今世、治癒能力があった。こけてできた傷や、妹に殴られた痕などをよく治した。
この力について人に言う気はまったくなかった。魔法などという言葉を聞いたこともない世界だったので、異端だと殺されるか、はたまた搾取されるのかと恐ろしかったのだ。
目をゆっくりと開ける。世界には日常の色が戻っていた。
「――ラナ……?」
殿下の青い目はついに開かれた。
「殿、下っ」
「わたしは……そうだ、階段から……」
視線をさまよわせ自問自答する殿下。そしてまもなく、彼はわたくしのほうを見た。
「夢の中で……君の。ラナの声が聞こえたんだ。起きて、と……。ありがとう」
「いいえ、いいえっ……。殿下こそ、わたくしを助けてくださって、ありがとうございます……。多大なご迷惑を、おかけして。申し訳っ、ありませっ」
殿下の手を放し、嗚咽を堪えながら謝罪をする。
しかし思いがけず、メイテス殿下は目を細め、とろけそうな微笑みをこちらに向けていた。
わたくしの心はかき乱され、壊れた涙腺からは次から次へと涙があふれてくる。頬を伝い落ちるそれを、殿下は胸元から取り出したハンカチで幾度も拭ってくださった。
「いいんだ……。君を守れて、本当によかった」
抱き寄せられ、髪を優しく撫でられる。
「ふふ。ラナ、泣き止んでおくれ」
「――やったぞ! メイテス殿下がお目覚めだ! これは奇跡だ!」
静まり返っていた屋敷は一転して歓喜に湧く。待機していた護衛たちが殿下に駆け寄ってきた。
わたくしは腕の中から抜けだし立ち上がる。あたりを見回すと、入口の手前にいる両親と目が合った。一つ頷きどうにか命がつながった――かもしれない束の間の安堵を、分かち合うのだった。
「メイテス殿下……起きて、くださいませ……」
弱々しい声で呟いた。彼からの返事はない。
ああ、これ以上は、もう。心の中はぐちゃぐちゃで、考えが上手くまとまらなかった。けれど。
罪悪感と、彼の善性に。観念……しよう。したくないけれど。させられた。
わたくしは床にひざまずく。薄い掛け布をめくり、初めて触れる彼の白い右手を持ち上げて、両手でそっと包みこんだ。
「メイテス、殿下」
瞳を閉じる。
彼の怪我が、治りますように。今日、まだ元気だった頃の状態に戻りますように。また青色の瞳を煌めかせて、楽しそうに話をしてくれますように。
「どうか、……起きて……」
心で、誰宛かもわからない祈りを捧げた。
まぶたの向こうで白く、殿下が光りだすのを感じる。だんだんと強くなっていったそれは、頂点に達したのか次第に弱まっていく。
部屋はしんとして、いつのまにか祈祷師らの声は止んでいた。
わたくしには今世、治癒能力があった。こけてできた傷や、妹に殴られた痕などをよく治した。
この力について人に言う気はまったくなかった。魔法などという言葉を聞いたこともない世界だったので、異端だと殺されるか、はたまた搾取されるのかと恐ろしかったのだ。
目をゆっくりと開ける。世界には日常の色が戻っていた。
「――ラナ……?」
殿下の青い目はついに開かれた。
「殿、下っ」
「わたしは……そうだ、階段から……」
視線をさまよわせ自問自答する殿下。そしてまもなく、彼はわたくしのほうを見た。
「夢の中で……君の。ラナの声が聞こえたんだ。起きて、と……。ありがとう」
「いいえ、いいえっ……。殿下こそ、わたくしを助けてくださって、ありがとうございます……。多大なご迷惑を、おかけして。申し訳っ、ありませっ」
殿下の手を放し、嗚咽を堪えながら謝罪をする。
しかし思いがけず、メイテス殿下は目を細め、とろけそうな微笑みをこちらに向けていた。
わたくしの心はかき乱され、壊れた涙腺からは次から次へと涙があふれてくる。頬を伝い落ちるそれを、殿下は胸元から取り出したハンカチで幾度も拭ってくださった。
「いいんだ……。君を守れて、本当によかった」
抱き寄せられ、髪を優しく撫でられる。
「ふふ。ラナ、泣き止んでおくれ」
「――やったぞ! メイテス殿下がお目覚めだ! これは奇跡だ!」
静まり返っていた屋敷は一転して歓喜に湧く。待機していた護衛たちが殿下に駆け寄ってきた。
わたくしは腕の中から抜けだし立ち上がる。あたりを見回すと、入口の手前にいる両親と目が合った。一つ頷きどうにか命がつながった――かもしれない束の間の安堵を、分かち合うのだった。
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