俺の名前を呼んでください

東院さち

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ダリウスは馬鹿だと確信した日(視点変更あり)

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 クリストファーは随分長いこと、ルーファスの髪を撫でていた。長かった髪を切ったのはほんのこの前のことだ。長い髪も美しかったが、短い髪も悪くないと満足して眺めた。

「ルーファス?」

 眠ってしまったようで、ルーファスから応える声はない。

「仕事を片付けてくるから、ゆっくり寝ておいで」

 聞いてはいないだろうが、クリストファーはルーファスの耳元で囁いて部屋を出た。
 エルフランが心配そうにクリストファーを待っていた。頷くと、流石に長い付き合いのエルフランはわかったようで安堵したように笑顔を見せた。
 エルフランは、それほど表情の豊かなほうではないのだが、ルーファスの側にいるからか、無骨な武人のような顔が人間らしくなってきているなと気付いた。ルーファスが表情を笑顔のまま張り付けた時も、ルーファスが感情をこじらせていた時も、エルフランだけがルーファスの異常に気付いていた。
 クリストファーは、そのことについては、何も言わなかった。

 『お前もルーファスが好きなのか?』と聞いて『是』と答えられても困るからだ。エルフランはクリストファーを裏切ることはない。けれど、それでもいらぬ嫉妬にかられそうになるのは、恋する男しては仕方のないことなのだろう。明日からは、マオとアルジェイドといったあの男達がルーファスの護衛としてつく。優秀な彼らだ。いずれはルーファスとともにクリストファーや国王を支える一翼となるだろう。

「ダリウスは?」
「執務室でクリス様の仕事を一部片付けてます」

 ダリウスには聞きたいこともあるしなと、クリストファーが唸るような声を上げたのを聞いて、エルフランは背中に冷や汗を掻く。出来るなら一緒に部屋には戻りたくなかったが、いい口実を思いつけず、クリストファーの後ろに付き従った。

「おかえりなさい。随分遅かったですね」

 ダリウスは昨日の視察を一緒に終えたが、クリストファーが足止めをくらったので、エルフラン経由でルーファスへの伝言『遅くなるから先に寝ていろ』を伝えてもらった。
 しかし、ダリウスが他の用事を済ませて王宮に戻ったのは夜も更けていたので、朝早くにエルフランに伝え、実際にルーファスの耳に『昨日はクリス様は視察先で泊まる事になってしまって、ルーファス様には申し訳ないことをしたとおっしゃっておりました』と変更されて届いたのは朝の食事の時間だった。
 その間ルーファスは一人クリストファーの帰ってくるのをじっと待っていたのだ。
 ルーファスの話を聞いてダリウスが伝言を忘れていたのか遅かったのかはわからないが、ダリウスのその弛んだ性格に少し活を入れるべきではないだろうかと思ったのだ。

「ああ、お前も遅かったようだな。また女のところか?」
「昨日ですか? 昨日は違いますよ。ルーファス様の結婚式の仕立ての確認にいったんです。もう人任せにして、ルーファス様を泣かすわけにはいきませんからね」

 ルーファスとローレッタの取り違えの犯人はダリウスだが、人任せにせず自分でオルコット家にいっていれば話は変わっていたかもしれないと、ダリウスも反省したのだった。
 そういわれるとクリストファーとしても強くは言えない。確かにダリウスが帰ったのも遅い時間だったからだ。

「ルーファスに聞いたが……」

 ダリウスの書類をめくる手が少し緩慢になる。意識をクリストファーに集中しているからだろうとエルフランは予想が付いた。同じようにエルフランも動揺をみせないように机からクリストファーのために辞書と筆記用具を取り出した。

「私はお前の婚約者を性奴隷にして……その弟をいたぶったらしいな……?」

 ダリウスとエルフランが固まり、「お前も知っていたのか」とクリストファーの視線がエルフランも捕えた。

「……申し訳ありません――。ダリウスに黙っているように口止めされました」
「あっ、お前、自分だけずるいぞ! お前だって止めなかっただろうが!」

 エルフランの保身の速さに思わずダリウスは怒鳴った。

「私は訂正しなかっただけです」

 ダリウスはその反論にグゥの音も出なかった。確かにエルフランは一言もいっていない。

「で、言い訳はあるのか?」
「言い訳ですか……。俺の顎はまだおかしいんですよ。殴るとか止めてください」

 ダリウスは顎と首を擦りながら、クリストファーを窺った。

「クリス様、私もどうかとは思いますが、ダリウスは馬鹿なりにクリス様をおもってやったんですよ」
「エル~」

 援護がくると思っていなかったのだろうダリウスは嬉しそうな声を出す。

「「キモい!」」

 クリストファーとエルフランは思わず同調した。

「クリス様は知らないでしょうが、ルーファス様の体術は神殿の守護者と言われていたクルド神官長様の直伝ですからね。目を瞠るほどに強かったですよ。元々オルコット家は武人の家ですからね。才能が開花したのでしょうが。あの人を組み敷けなんてクリス様も酷いです。そうなると思っていたから、保身でダリウスは嘘をついたんですよ」
「そういえば、昨日も酔っ払いをやっつけてたな……」

 エルフランは首を振る。

「酔っ払いじゃなくてもやっつけられますよ。私も正直ルーファス様とはやりたくないです」

 エルフランは、ルーファスとアルジェイドの姿を思い出す。

「そうか……。同情の余地ありか。なら、いいだろう。頭と眉毛を明日までに剃って来い。それで許してやる」

 ダリウスは時間が停止していた。エルフランはそんなダリウスの顔をみて、想像したのか吹き出した。

「え、ひど? エルフランにはお咎めなしですか?」
「エルフランにそんなことをしたら、私がルーファスに怒られるだろう。愛する妻が嘘を吐かれたのに放置しておくわけにもいかないからお前を無罪放免にはできない。大体、お前、俺が止めようとしたのを気付いていながら、ルーファスに指を突っ込んだだろう」

 気付いていたかとダリウスは空笑いをする。目の前に落ちる金の髪を摘み、「人気なんですけどね~」と呟いたが、これ以上は藪へびになりそうだとダリウスは、懐のポケットに忍ばしておいた箱をクリストファーに渡した。

「これで眉は許してください」

 頭の毛だけならともかく、眉まで剃ったら、夜中に自分の顔を見ることもできなくなる。

「なんだ? これ……っ! ダリウスッ!」

 中には三本の美しい印章のようなものが大中小と並んでいた。

「何って、それで解しておかないと昔と違うんですから、ルーファス様のお尻が大変なことになりますよ。あの頃はまだ子供で筋肉も発達してなかったから我慢できたでしょうが、あの括約筋で絞められたら、クリス様折れちゃうかもしれません……」

 真剣な顔でいいながら、ダリウスは困惑するクリストファーを楽しんでいた。

「まだ眩暈も治まらずに立ち上がることもできないのに、こんなものを突っ込めるか」

 といいながら、質感を確かめるように触っているクリストファーにダリウスは笑う。

「今だからですよ。ていうか、ルーファス様にそれをいれて連れまわそうとか……思っているんですか?」

 何気に視線をそらしたところをみると、想像したらしい。

「少しでも広げるための慣らしですから、寝てていんですよ」

 それだけで果たしてすむのか……クリストファーは躊躇った。

「キスをして、オイルで濡らしたそれを突っ込んでおくだけです」

 キッパリと言い切ったダリウスに疑わしい目を向けたると、「真剣(まじ)です」と再度言い募る。

「これでルーファスの痛みが和らぐなら……」

 クリストファーの胸元にしまわれたそれを、複雑そうな目でエルフランが眺めていた。

「そういうことで、眉はいいですよね?」

 ダリウスは安心したように微笑んだ。


 次の日、光り輝く頭をさらして、ダリウスは登城した。まるで見てはいけないものをみたかのように皆の視線が頭を避ける。だが、元々調った甘い顔(マスク)のダリウスが頭を丸めたとしても、怖いくらいに似合ってしまうのだ。

「クリス様、あれじゃ反省になりませんよ」

 触らせてくださいと女達に囲まれているダリウスを遠めで見て来たエルフランはクリストファーに告げ口をする。

「頭に『反省中』とでも書いておけ」

 クリストファーはそれどころではなかった。

「おい、俺の仕事道具を離宮に運べ」

 クリストファーは、ルーファスにはダリウスからだとは言わずに、二人の夜の生活のためにといって昨日もらった象牙でできた用具を入れたいと恐る恐るルーファスに提案した。
 真っ赤になりながら、視線を彷徨わせ、それでも我慢してルーファスは受け入れてくれた。
 朝にいれて、昼には取りにもどるつもりだったが、気になって仕方がなかった。

 アレをいれたまま、気を失っていないだろうか。『面会謝絶』と言い渡して護衛をおいてきたが、母や義姉がきて無理やり入らないとも限らない。
 身もだえてはいまいかと、いてもたってもいられなくなった。

「クリス様?」
「しばらく午前中は部屋で仕事する――」

 有無を言わさず、クリストファーは離宮に戻った。道具や書類はエルフランが運ばせるだろう。

「ルーファス?」

 ルーファスはまだ少し白い顔で眠っていた。
 良かった……入れてても眠れるようだ。
 薬を飲んでいるので、眠れたのかもしれないとクリストファーは横にある薬の数々を見つめた。

「ルーファス……」

 眠っているからそっとしておけばいいのに、クリストファーはこの宝物が手元にもどってきたことが嬉しくてついつい口付けてしまうのだ。
 ん……と身じろいだ体がピクリッと震えた。

「あ……んぅ……」

 身体が揺れた事で、ルーファスを刺激してしまったようだった。
 すぐにエルフランたちがくるのがわかっているので、身を切られそうになりながら「ルーファス、いい子にしてろよ」と頬を摺り寄せて、クリストファーは部屋を出て行った。

 刺激で起きることはなかったが、その朝のルーファスの夢は少々過激であったことは仕方のないことだろう。
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