攻略対象に転生した俺が何故か溺愛されています

東院さち

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 闇に気力のすべてを奪われたかのように膝をついたアルフォンスだが、泉の水面1メートルほど上を浮遊する闇を警戒して睨みつけている。俺はアルフォンスを庇うように前に立った。

「ドッペルゲンガー!」

 ドッペルゲンガーとは自分で自分を見ると言う意味だっただろうか。
 半円の泉の向こう側で光る鉱石を見ていたミリアは闇を見てそう叫んだ。
 アルフォンスのシルエットそのままだが、人の影には見えない。真っ暗な闇よりもっと深い闇に見えた。人の厚さがあるようには見えないが、ペラペラの紙にも見えない。真っ黒にしか見えないのに、何故か口や目は嘲るように笑っていると認識できた。

『ふぅん、こいつの夢の中でしか見えなかったが、お前ずいぶん違うな……。もっと色っぽいと思ってたんだがーー』

 落胆したようなドッペルゲンガーの言葉は正面に立つ俺のことらしい。

「余計なお世話だ」

 憮然と俺はドッペルゲンガーへ吐き捨てた。

「こいつはなんだ? 殿下にそっくりだ」

 魔力で身体強化し、いつでもとびかかれる態勢のディアハルトの質問に、ライファーが緊張を滲ませて答える。手元には魔法陣がある。アルフォンスから出てきたので火を警戒しているようだ。

「魔族、いやこれは魔王の一部ではないか」
 
 ライファーはアルフォンスの中の異質な魔力に気づいてからずっと考えていたのだろう。

「どうしてそんなものが殿下の中から……」
 
 プリメリアは気味悪そうに闇を見つめた。

『わたしは誰の心の中にも潜んでいる。お前も、お前も……、いやお前たちはないな?』

 ミリア、俺、ケヴィンを指さして不思議そうに首を傾げた。そうか、前世もち組にはいないのか。

「オレの心にもいるのか?」

 ライファーが自分を指して尋ねた。

『いる。私は欲を餌とする。心の中に巣くい、宿主にいい夢をみせてやるのさ。欲が強ければ強いほど私は成長する』
「この時期にこの大きさってどんな——」

 ミリアがアルフォンスを見つめた。
 このイベント、本当は後半のイベントなのだ。まだ前半なのにドッペルゲンガーがでてきたのはミリアにとっては予想外だったのだ。
 どうするべきか、まだ癒しの力をもつミリアのレベルが低いはずだ。
 ゲームの後半で、ヒロインが攻略対象と一緒に魔王の欠片を倒すはずなのに。

『宿主はその銀の髪の男にずいぶん執着していてな。自分ひとりだけ見てほしいと懇願して、部屋に閉じ込めて愛を囁いておった。銀の髪の男も満更でもないようで宿主を跪かせて誘っておったわ』

 魔力を奪われて力のないアルフォンスの顔色がもはや青を通り越してどす黒く見えた。いっそ、死んでしまいたいと思ってそうだ。
 ……キスしてきたときにいつもの夢と違うと言っていたのは、そういうことかと腑に落ちた。

「俺じゃない」

 みんなの目が俺を見つめているので慌てて否定した。

「似合うけど、お兄ちゃんはそういうのじゃないから!」
 
 似合うってなんだと思いながら、ミリアの声に皆が頷いてくれてホッとした。

「殿下だって、思い込みは激しいところはあるけれど、サイラスの嫌がることはしないはずだ!」

 ディアハルトの言葉に、アルフォンスが顔を伏せた。
 おい、肯定しろよ。

『ははっ、そいつが心地よく夢を見ていなければ、私はこれほどまでに成長しなかったんだがな。私は力を得た。あとは宿主に戻り、奪いとるのみだ——』

 ドッペルゲンガーが手を挙げると、球状の闇が出現した。

「絶対、アルフォンスを奪わせない!」

 俺の言葉で、皆が動き始めた。
 俺はアルフォンスを泉の中央にいるドッペルゲンガーから隠すように立つ。泉の半円90度向こう側に身体強化したディアハルト、真後ろに水の魔法陣を完成させようと書き込んでいるライファー、少し離れたところにケヴィンが後ろの二人を守るように立っている。

 『魔王の欠片』イベントは3ターンしかない。あくまでヒロインと攻略対象者を盛り上げるための戦闘だ。けれど、倒せなければ『闇堕ち』する。確か、エンドは『闇堕ち』した攻略対象者のシルエットと首に鎖がつけられたヒロインのウエディングドレス姿だった。

 プリメリアは魔法陣を空中に描いて、それを俺たちに向かって放り投げなげた。魔法陣に描かれたのは緑の魔法。それが地面に落ちて、まるで種を蒔いたかのようにあちこちから緑が芽吹き始める。緑の魔法は植物を育てるだけでなく、悪意のある魔力を吸収するという特殊な魔法でもあった。投げられた魔法陣から緑の祝福が育ち始める。
 聖なる力でディアハルトとケヴィンに聖付与を与えたミリアは少し息が荒い。
 ミリアを守るようにして立つケヴィンが構えているのは剣だ。ケヴィンは闇属性の魔力だが、それがどのようにドッペルゲンガーに影響するかわからないから魔法は避けたようだ。
 レベルが低いミリアの魔力では魔王の欠片を倒せないのではないだろうかと不安がよぎった。

「たまにはオレのいうことも聞け!」

 アルフォンスへの文句を込めながら空に飛び上がったディアハルトは、泉の上のドッペルゲンガーの側面に殴りかかった。ディアハルトはもちろん剣も持っているが抜いていない。身体強化に加えて、ミリアの聖付与がディアハルトの腕にもかけられているのでそれで倒すつもりなのだろう。
 まるで来るのがわかっていたかのように、ドッペルゲンガーは軽くいなす。アルフォンスはまじめに剣や護身術も納めていたが、ディアハルトにはかなわなかったはずだ。それなのにディアハルトの本気の拳をかすらせもしない。
 泉がまるで地面のようにディアハルトは反転し、俺の方に着地した。

『甘いな。サイラスの唇のように甘いぞ』

 ドッペルゲンガーに突然サイラス呼びをされて、俺はのけ反りそうになった。

「「何ですって?」」

 プリメリアとミリアの顔が真っ赤になった。ミリアだけでなく、プリメリアまで。

「精神攻撃だ、動揺するな——」
 
 ライファーの言葉にハッと我に返る女性陣。

「何が甘いだ——」

 氷の魔力が溢れていく。キラキラと滝つぼから霧散する水を凍らせながら、俺の魔力暴走であるダイヤモンドダストがドッペルゲンガーへ向かっていった。


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