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嬉しい
しおりを挟む「うまいっ」
「美味しい……」
二人の素朴な賞賛に、城で働き始めてから疲弊していた心に沁みた。
「あ……嬉し……」
言葉が詰まった。喉の奥がひっかかって、目の周りが魔力が循環されたかのように熱くなった。
酷い環境と人間関係に弱ってたところに、優しい言葉は駄目だ。
涙は堪えたけど、声が震えてしまった。
「君……」
一度顔を横に振って、気持ちを立て直した。美味しいと言っただけで泣かれても困るだろう。いい大人が、こんな些細なことで泣きたくもない。
「ラズ・マフィンです。助けてくれてありがとうございました。俺、仕事にもどりますね」
お仕着せの腰から下のエプロンを外して粉々になったグラスの欠片を風ですくい、エプロンでくるんで纏めてトレーの上に載せた。
「ラズ、魔法を使うの上手いじゃないか。どうして下級使用人なのかな。中級使用人ではないの?」
ウィス様は不思議そうな顔でトレーの上を見つめた。この人も貴族だと思うので様付けにしよう。家名はなんだろう。わざわざ下級使用人に名乗ったりしないだろうし、困ったな。
「俺、孤児院育ちなんです。城での身元引受人は孤児院長で、下級使用人にしかなれないんです」
中級使用人から魔法を使える者が少し増える。知っている範囲で、魔法の使える下級使用人はラズの他にはいない。
「朝からやってた仕事は何だ? 魔力は少ないみたいだが、枯渇するほど疲れさせるなんて監督不行き届きだぞ」
団長は率いる立場の人間だからか気になったようだ。
「パーティーで使うグラスや皿を洗って乾かして、運んでいたんです」
「それでうろうろしてたのか」
どうやら本当に見られていたらしい。
「もしかして、洗って乾かすのは魔法ですか」
「ええ。人手が足りないらしくて。魔法だと一人で沢山できるから」
「ウィス、私にはわからないんだが、魔法でグラスを洗う? 乾かす? って……出来ることなのか?」
「俺、魔力が少ないから……」
「そんなこと、出来ませんよ! 魔法でそんな繊細なことやってたらこっちの気が触れます」
この人達は騎士だ。悪く言えば脳筋。叩きつけることはできても、グラスを洗うのは無理かもしれない。
「ラズ、と言ったな。とりあえず、今日の仕事は終了だ。そうでないと死ぬかも知れないぞ」
団長はそう言って、俺の頭をポンポンと叩いた。知り合ったばかりの下級使用人にするようなことじゃない。優しいだけでなく、気さくな人みたいだ。
「いえ、いつものことなので。クッキーさえ食べればなんとかなります」
これは誇張でもなんでもなく、本音だ。
「ウィス、これは団長命令だ。ラズを騎士団に勧誘してこい。私が行きたいが、陛下を待たせているからな……」
まさか国王陛下を待たせている? ラズは聞き間違いだろうと思った。
「ラズが青くなってますよ」
「ラズ、このクッキーをもっと食べたい! 引き抜くぞ。嫌じゃないな?」
団長はウィス様の言葉も聞いていなかった。
もちろん、嫌なはずがない。クッキーをもっと食べたいと言ってくれたことが嬉しかった。どこに引き抜かれるのかもわからず頷いてしまうほどに。
どうせあそこにいたらグラスの弁償だけですまないだろう。下級使用人なのに魔法を使えるのが気に入らないのか、同僚達からは目の上のたんこぶみたいな存在として扱われている。仕事のしすぎで魔力枯渇による死亡が現実になりそうだ。
団長と別れて、ウィス様を上司の下に連れて行くことになった。
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