王と王妃の恋物語

東院さち

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1 知らない場所の知らない人

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「……ここはどこ……?」



 アラーナは目が醒めて、そこが自分の家ではない事に気がついた。
 美しい装飾の寝台は職人がどれだけ手をかけて造ったか想像に難くない。生けられた花は見本のように美しく、器の美しさは伯爵家の令嬢のアラーナにも一級の職人の手が創り上げた芸術品であるとわかるほどだった。

 何故こんな場所に寝ているのかしら。
 夜寝たときは、確かに自分の寝台で侍女のリリーに「おやすみなさい」と言った覚えがある。
 頭の中には疑問符しか浮かばない。

「いつまで寝ているつもりだ?」
 
 横から声が聞こえて、アラーナは振り返った。横を向いて眠っていた自分の反対側に人がいたことに初めて気がついた。

「え……? あ……」

 人間は驚くと怖ろしく語彙が減ってしまうということをアラーナは初めて知った。

「あ?」

 男はそう言ってニヤリと人の悪い笑みを浮かべて聞き返した。男が同じ寝台にいるということにアラーナは頭が真っ白になって悲鳴を上げることも忘れて呆けてしまった。
 開いたアラーナの唇を男は美しいけれど人の悪そうな笑みを浮かべながらゆっくりと塞いだ。

 キス……されているの?
 唇は意外に肉感があるのね……と思いつつ動けなくなったアラーナを男は腹を抱えて笑い始めた。
 先ほどの嫌な笑いではない、本当におかしくて仕方がないというように。

「ちょっとあなた! 無理やり口付けして、どうして笑っているの!」

 怒りで、やっとぼんやりしていた頭が働き始めたアラーナは、その失礼な笑いに酷く腹が立った。

「だって……だって、お前……」

 笑いがツボにはいったようで、男は身体を捩って苦しげに理由を告げた。

「目が寄り目に……あはははは――」

 アラーナは、寄り目になっている自分がこの美しい男にキスされているところを想像して、悲しくなってしまった。寄り目になったのは自分の口に人が触れていることを感じて確認したからだが、それにしても寄り目はない――。

 混乱していることもあって、アラーナは感情があふれ出すのを止められなかった。

「ふっ……」

 込み上げてくるのが寄り目を見られた羞恥のためか、ファーストキスを奪われたからか、知らない場所で知らない男と寝台の上にいうという混乱からかわからないまま、透明の雫となって頬を濡らした。

「う……うぅ……」

 押し込めた声が、爆笑している男の耳にも届いたのだろう、驚いているのが雰囲気でわかった。

「おいっ、泣くな。泣くんじゃない」

 焦った男の声が、少しだけいい気味だと思った。

「泣くのを止めないなら、泣けないようにしてやる」

 いい気味だと思ったのがバレたのか、はたまた他の理由によるものか、男はそういってアラーナをフカフカの寝台に押し倒した。
 バフッと音を立てて簡単に転がされたアラーナは、男に見下ろされて瞬いた。

「お前は私のものだからな」

 訳のわからないことを言われて、アラーナは首を傾げた。意味がわからないままアラーナは言い返すこともできずに、再度キスされた。

「んっ……やっああ」

 男はアラーナに覆いかぶさって、身動きをとれないようにして唇を寄せてきた。柔らかい舌が唇をペロリと舐め上げたので、ビックリして逃げようとしても許されなかった。
 嫌だといおうとした隙を狙って男の舌がアラーナの口の中に侵入してきた。恐怖のために目を見開いて声を上げようとしたが、ちゃんとした言葉にならなかった。
 怖くて硬直したままのアラーナを男が優しく髪を撫た。そっと涙を拭うから、次第にアラーナは抗えなくなってしまった。

 男の舌がアラーナの口腔を好き勝手に暴き、唾液が口の中にたまるのをどうしていいかわからない。苦しさに男の肩を押しても、男はその手を握りしめてくるので、アラーナは顔を背けた。気管に入りそうになり咽せると、男はやっと唇を解放してくれた。

「ゲホッゲホッ……あ……」

 しばらくアラーナの背中を擦ってくれていた手が落ち着いたのを見計らって寝間着にかかる。
 寝間着は、あっけないほど簡単にずらされた。アラーナはその心もとない衣服に怒りが湧く。

 女の最後の砦なのだから、もうちょっと根性みせて!
 もちろん、声には出さなかったが。

「小さいな……」

 男の声は別にアラーナを侮辱しているようでもなかったし残念そうでもなかった。ただ事実を告げただけだということをアラーナはわかっていた。けれどそれがどれほどアラーナを傷つけてしまう言葉であったか男は知らない。
 口元を押さえ、滂沱のごとく目から溢れる水分は寄り目だと言われた時よりも確実に多かった。男の顔もぼやけて見えなくなったくらいで男はやっと失言に気付いたようだった。

「ち、ちいさい……?」
「あ、いや……」

 小さくてもおかしくないはずだ。だってまだアラーナは十四歳で身長の割りに細く、体の発達も未熟で月のものだって来ていないのだから。

「なんで……こんな酷い事……するのっ?」
「酷いこと? お前は俺の妾妃なのだから当然のことだろう?」

 涙が溢れるのをそのままに、アラーナはぽかんと口を開いて男を見つめた。まだ十代後半か二十代に入ったばかりだと思う。妃という言葉を使うからには、国王なのだろうか。
 そういえば国王は去年亡くなって、王太子がその後を継いだはずだ。大人ではないので詳しくないアラーナでも思い出すことができた。

「妾妃……? どなたが?」
「アレント伯爵の娘だろう?」
「そうですけど……」

 王は沢山の妾妃を娶ることができる。その女達が後宮と呼ばれる場所で競い合い、その中から王の伴侶たる王妃が立后さえるという。女たちは美しさや知識の深さを磨き、何よりも王を支えることができるものが王妃となると言われている。とはいえ、実際は後継である王子を産んだもの勝ちというかなんというか。男の跡継ぎを産みさえすれば、それが美しくなかろうが、少々お頭が軽かろうが関係ないということも陰口で聞いたことがあった。

 私は駄目じゃない。だって、まだ女じゃないのだから。
 月のものがきて大人になり、子供を産む事が出来るということをアラーナは知っている。なのに、この男は王というのに、知らないのだろうか……。それとも、子供にだって手を出す変態なのだろうか……。

 変態が王。王が変態。夫が変態。変態が夫。
 どれをとってもアラーナはお先が真っ暗だ。慌てて胸元を隠して、アラーナは告げた。

「変態なんてお断りです」

 王は非常に驚いた顔をしていた。だから少しだけアラーナは溜飲が下がった。一瞬だ。一瞬だけ勝ったようなつもりになったけれど、その後が最悪だった。

「変態で結構、泣き叫んで嫌がっていた女が欲しいといってねだるのも一興」

 どうしよう、本物の変態だったのだ。アラーナは逃げようとしていた背を押さえつけられて、苦しい息の中で衝撃を受けた。
 王に寝間着の下にはいていた下着を一瞬で抜き取られた。アラーナはこの男が本当に自分を女として扱おうとしていることに気付いた。

「いや――! 子供なんて出来ないのに、そんなことしないで! ……私は……。や……やだ……やだぁ……お母様……おかあさま……」
「子供が出来ないだと? お前病気でもあるのか?」

 背中に覆いかぶさり細い背に所有の徴を刻んでほくそ笑んでいた王は、気遣うようにアラーナを窺った。

「ふっあ……っ! だって……だって……まだ……月のものだって来てない……」

 男が固まったまま動かなくなったので、アラーナはホッと息をついた。
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