王と王妃の恋物語

東院さち

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2 私にそういう趣味はないのだが

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 昨日やってきた妃候補の女性は、まだ早い時間なのにすやすやと眠っていた。
 王城に来たばかりの妾妃に会いに来たのは、初めての妃がどんな女なのか見たかったからという興味本位であった。
 まだまだ慣れない執務に時間がとられて、時間も遅く疲れていたこともあり、とりあえず気持ちよさそうに眠る女の横にもぐり込んだ。最近疲れすぎて眠りも浅く、何度も目が醒めることに慣れていたにも関わらず、久しぶりに朝まで熟睡することができた。
 子供のように温かい身体が無防備に寄ってきたので、アルベルトはとりあえず抱いて眠った。

 微かにシャボンの香りだけを纏う女は、アルベルトが目が醒めてもまだ眠っていた。一度寝返りをうち、自分から離れたなと思ったら、寝ぼけて状況を把握していないまま「ここ……どこ……?」と呟いた。反対側、扉の方をみているから、まだ自分に気付いたいないのだと、どれだけ寝起きが悪いんだと笑いが込み上げそうになった。

「いつまで寝ているつもりだ?」

 女はやっとアルベルトという存在に気付いたようだ。明るい新緑の瞳がこちらを向いて、驚きに声を上げたが、何故か言葉になっていない。
 寝ぼけていてもその瞳は素直な色をしていて、アルベルトの好みではあった。そういえば姿絵ももらっていたはずだが、興味がなかったので見もしていなかった。
 明るい茶色に少し赤味がかった胡桃色の髪は年齢よりも幼く見えた。たしか十七歳だったはずだが、深窓の令嬢というのは俗世にまみれていないからだろうと、深く考えず、興味のひかれるままに口付けた。
 アルベルトの顔が側に寄っても女は逃げなかった。
 覚悟の上で妾妃にあがっているのだから、当然といえば当然のことだ。特にアルベルトにとって初めての妾妃だということもあり、閨についての勉強もしているということだった。
 初めて聞いた時は、なんだそれは? と思わないでもなかったが、今の自分には確かに時間がない。ついでに余裕もないのでちょうどいいと思っていた。貞操観念がそれほどあるわけではない貴族社会にあって、王の妃だから処女でなければいけないというわけでもなかった。まぁ処女のほうが好ましいという程度だ。
 これから一月の間に女に月のものがきたことを確認するまでは、同じ寝台で寝ることはあっても情をかわしてはいけないという掟があったが、最後までやらなければいいだろうとアルベルトは思った。
 女は近づいてくるアルベルトを凝視して固まり、アルベルトの唇が自分の唇に触れるのを目も閉じず、寄り目になって見つめていた。
 口付けしているのに寄り目。何だ、その反応は!
 気がつけば笑っていた。しかも爆笑。ここ最近、ここまで頬や顎の筋肉を酷使したことはない。

 だめだ、ツボにはまった……苦しい……。そうアルベルトが息を飲んだ時、女が怒りはじめた。

「ちょ、ちょっと! 人に無理やり口付けといて、どうして笑っているの!」

 子猫がシャーといって怒っているようにアルベルトには感じた。可愛くて、たまらない。

「だって……だって、お前……。目が寄り目に……あはははは――」

 こんなに表情筋を使ったのは何年振りだろうか。
 思う存分笑い、腹も頬引きつりそうになった頃、女の小さな吐息が聞こえた。

「ふっ……」

 アルベルトの目の端にいる子猫が、泣いていた。
 何で泣いているんだ? とアルベルトは訳がわからず、驚いた。

「う……うぅ……」
「おいっ、泣くな。泣くんじゃない」

 女は、子供のように泣いていた。

 アルベルトは、あまり女性に慣れていなかった。母親とは早くに別れているし、女兄妹もいない。唯一いる女といえば乳姉弟だが、あれはは泣くような女ではない。
 教育係に高級娼婦のいる館に連れて行かれて、やる事はやったが、それはあくまで処理といったような割り切ったものだった。宥めたことなどない。

「泣くのを止めないなら、泣けないようにしてやる」

 困った末に出た解決策が押し倒すという愚挙であったことは、その後のアルベルトの反省せざるを得ない点である。
 無防備に寝台に転がった女に「お前は俺のものだからな」とその所有の在り処を伝えたが、何故だか女は泣きながらも不思議そうな顔をした。

「んっ……やっああ」

 口付けると女は驚きながらも逃げようとする。だから覆いかぶさって、腕の間に閉じ込め、しつこいくらいに口の中を蹂躙した。女の温かい体温はアルベルトを確実に狂わせて、執拗に責めてしまった。苦しそうに顔を歪めるから、髪を撫でると女は静かになった。涙をそっと拭うと、体から力が抜けていった。
 アルベルトは、女が自分を受け入れていると、信じて疑わなかった。
 唾液が混じりあい、受け入れる体勢ではあったものの女はそれを飲み込めずに、苦しそうに咽てしまった。
 それが余りに愛しくて、堪らず背中に手を沿わせた。撫でると女はやはり力を抜き、迷い揺れる瞳でアルベルトを見つめた。

 欲しい――。

 アルベルトは淡白なほうだった。大人になってからは、何度か女を抱きはしたがのめりこむこともなく「本当にあなた十代ですか」と教育係を嘆かせたものだ。気持ちがいいのはいいのだが、初めて会った女に口付けるという行為がアルベルトのなかでは有り得なかったのでしなかったし、気持ちがいいからといってその行為が好きかといわれたら、まぁいいかという程度のものだった。
 だからこそ、王妃候補となる妾妃の選定には時間が掛かったという。いくら女を後宮にいれたとしても、通わなければただの金の捨て場所だからだ。
 美しく、賢いのはもとより、胸が張り、腰がくびれ、アルベルトが骨抜きになるほどの女を用意したと言っていたのに、どうやら何人かのうちの一人はこの女だったのだろう。美しく賢いのかもしれないが、胸も張っていなさそうで、細くて腰もくびれがそれほど強調されてはいない。
 だが、アルベルトが衝動で『欲しい』と望んだのは、この女だった。
 女の寝間着を肩からずらすと、真っ白な胸が見えた。

「小さいな……」

 思わず呟いてしまうほど、ささやかな谷間だった。真っ白な胸元とピンクの小さな頂きが愛らしいが、あまり……そう、世の男が喜びそうなものでもなかった。
 子猫のような可愛らしさが先にアルベルトを魅了していなければ、きっとがっかりしただろうと思う。
 この胸は、そのうちきっと姿を変える。アルベルトの愛を受け、子供を身篭ってしまえば、もう見ることが出来ないだろう。まるで誰の足跡もついていない新雪のようなその情景を目に焼き付けようとしていたが、ふと顔を上げると女はアルベルトを涙で見えないままでジッと見ていた。流れる涙できっとアルベルトの輪郭くらいしか見えないだろう。

「ち、ちいさい……?」

 女は、言葉を詰まらせながら、アルベルトに訊ねた。

「あ、いや……」

 アルベルトは、女を傷つけたことに気がついた。だが、小さくないとか大きいとか、それが嘘であることは女にもわかるだろう。アルベルトは常日頃から、思ったことは言え真実を隠すなと王を補佐する者達に命じていたが、それがこんな酷なことだとは思ってもみなかった。

「なんで……こんな酷い事……するのっ?」
「酷いこと? お前は俺の妾妃なのだから当然のことだろう?」

 女は責める口調でアルベルトを詰った。だから、アルベルトはそれが当然のことであると女を諭したつもりだった。

「妾妃……? どなたが?」
「アレント伯爵の娘だろう?」
「そうですけど……」

 女は自分が妾妃であることを知らないようだった。娘が嫌がったら宥めてごまかし、娘を後宮に送る親もいるが、アレント伯爵はそういうたぐいの男でないと思っていたので、アルベルトも困惑してしまった。

 慌てたように胸元を隠して女は叫んだ。

「変態なんてお断りです」

 王の息子として生まれてきて、王として君臨したアルベルトが『変態』と呼ばれたことなど勿論ない。初めて可愛いと欲しいと思った女に言われたから、アルベルトは驚きながらも平然と答えた。少しだけ苛めてみたいと思ってしまったのは、まだアルベルトが大人になりきれていなかったからかもしれない。

「変態で結構、泣き叫んで嫌がっていた女が欲しいといってねだるのも一興」

 その言葉に女は顔色を変えて逃げようと背を向けた。無意識のうちに、アルベルトはその背を押さえ胸と同じように真っ白な背に口付けた。軽く吸い付くと、赤い徴が花のように浮かぶ。
 こんなことをするのは初めてだったが、アルベルトは器用にいくつも背中に華を彩っていった。唇が触れるたびに背中を震わせる女がやはり愛しい。静かにしていた女が暴れ始めたのは、寝間着の下の下着を抜き取った瞬間だった。

「いや――! 子供なんて出来ないのに、そんなことしないで! ……私は……。や……やだ……やだぁ……お母様……おかあさま……」
「子供が出来ないだと? お前病気でもあるのか?」

 叫ぶ様が余りに幼くて、アルベルトは自分が酷い事をしているような気になってしまう。けれど、女がこの寝台にいるということは、アルベルトのものであり、その子供を産むためにいるということなのだ。
 けれど、余りに子供じみた母を呼ぶ声に手を止めた。
 子供が出来ない? 歳の割りに細いとは思うが病気をもっているようには見えなかった。
 戸惑うアルベルトに、女は信じられないことを告げた。

「だって……だって……まだ……月のものだって来てない……」

 アルベルトは、自分の全身から冷たい汗が噴き出すのを感じた。
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