王と王妃の恋物語

東院さち

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30 それでも側にいられない

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 最初の時は、アルベルトも緊張していたのだろう、二回目の彼は饒舌だった。口は愛を紡ぐため、アラーナを啼かすために常に動いていたし、どんな痴態にだって熱い視線を注ぎアラーナを悶えさせた。
 それでもアラーナが痛みを訴えると及ぼうとしていた三回目は止めてくれて、アラーナをお風呂に入れてくれた。
 アルベルトのアラーナを見る目は変わってしまった。たまに箍が外れたように熱い視線を送ってくることはあったが、アルベルトは基本、冷静な親愛のこもった瞳で見つめてくれたものだ。だから、アラーナも信頼を寄せその目を見つめ返すことに躊躇うことなどなかったのだ、つい先ほどまでは。

「アラーナ、何故そんなに顔を背けるんだ?」

 何故か部屋に戻るとシーツが綺麗なものに変わっていて、アラーナは堪らなく恥ずかしかった。誰かがあの後に部屋に入ったということなのだから。

「そんなことはありません……」

 と言いながらも、アラーナの視線はアルベルトの顔ではなく鎖骨あたりを彷徨っていた。
 抱きしめられながら、果たして眠れるのだろうかと思っていたら、そのうちにアルベルトの寝息が聞こえてきた。ゆったりと打つアルベルトの鼓動を聞きながら目を閉じると、アラーナも自然と眠くなってきて、朝は鳥の声で目が醒めた。
 アルベルトの誕生日の朝だ。

「お誕生日おめでとうございます。生まれてきてくださってありがとうございます」

 アラーナは、そんなアルベルトの目出度い日に一緒に過ごせたことを神に感謝しつつ、アルベルトのこめかみにキスをした。

「最高の誕生日だ――」

 目覚めていたのかアルベルトは、アラーナを抱き寄せて顔中にキスを降らせるから、アラーナはされるがままにそれを受け入れた。アラーナは、自分に対して誠実であろうとしてくれたアルベルトに感謝の気持ちで一杯だった。
 
「アラーナ、今日は忙しいぞ――」

 アルベルトは清々しいほどの満面の笑みでアラーナに告げる。何を言っているのかわかってアラーナは、アルベルトの機嫌のよさそうな顔を見つめた。
 躊躇いは、一瞬だった。アラーナは、アルベルトに自分の気持ちを告げようと口を開いた。
 きっとアルベルト様を傷つけるだろう……、そう思いながらも。

「アルベルト様……。昨日のことは、全て幻だったと思うことにしませんか?」

 アラーナの提案は、アルベルトには信じられない言葉だったのだろう。スッと引き締まった表情には、困惑が滲んでいた。

「どういうことだ?」

 一気に下がった声音に、アラーナは怯みそうになるのを堪えた。

「ですから、私はアルベルト様には抱かれていない――。私は……っ」
「私はお前を抱いた! お前の全てを……」

 アラーナは軽く頭を振ってアルベルトがアラーナの上に馬乗りになって押さえつけるのを苦しそうに吐息を吐く。

「夢、だったと……」
「夢だというのなら……いっそ、お前をこのまま縊り殺してやりたい――」

 アルベルトの指がアラーナの首筋を撫でる。そんな些細な感触ですら、アラーナはゾクリと身の内が震えるのを感じた。

「私は……アルベルト様を私一人のものにしてしまいたい――。でも、私はあなたが素晴らしい王であることも知っています。アルベルト様が王でなくなったら、隣の国だって攻めてこないとも限らない――」

 マリーナが嫁いだ国とは反対側の国は、国境を挟んで昔から小競り合いが絶えないと聞く。そのためには賢い王がこの国には必要なのだということも昔と違ってアラーナは知っている。

「アラーナ――……私がお前以外はいらないと言っても王妃にはなれないのか?」

 アルベルトは、何故こんなにアラーナが頑なにアルベルトを拒むのかわからなかった。肌を合わせれば、アラーナの愛はアルベルトにあると信じられるというのに。

「アルベルト様に抱かれて私は知ってしまいました……自分の中にある醜い嫉妬心を。誰かとあなたの愛をわけあうことなんて出来ない――」
「分け合う必要などないと言っているだろう?」

 アルベルトは、アラーナの気持ちなどわからないのだろう。男女という性別差か個人の性格のせいかもしれないが。

「あなたにはもう妾妃様だっておられるではないですか――っ。候補に至っては数限りないと……聞いています……」

 自分が一番だと言われて喜ぶことは出来ない。今は一番かもしれないが、心は移ろうものだ。何より、愛され愛し合う両親を見てきたアラーナには、自分のほかに妻がいるという状況が既に許せなのだ。
 何も気づかなかったあの頃なら、受け入れることが出来たのに。
 四年前の自分なら、アルベルトの愛が他の人に移るとは思えなかったし、なにより王の妾妃というものはそうあるべきだと思い込んでいた。

「アラーナ、確かに私には妾妃はいるが、聞いていないのか?」

 何を誰に? という疑問がアラーナの顔には表れていたのだろう。アルベルトは、はぁとため息をついて、アラーナの上から退いた。アラーナに手を貸し、「食事をしてからにしよう。昨日の夜は何も食べていないからな……アラーナ以外は」と惚気のようなよくわからないことを言いながら、アラーナを座らせた。

「シエラ、食事が終わったころにミリアムを連れて来い」

 シエラを呼び、食事の用意とアラーナの身支度、アルベルトの服を用意させた。
 シエラは昨日よりも顔色が悪かった。眠っていなかったのだろうかと思うと申し訳ない。

「アラーナ、苦しくない? 身体は大丈夫?」
「ええ。ちょっと筋肉痛だけど大したことないわ」

 アラーナの髪を漉き、編み込みながら、シエラはアラーナを気遣った。

「そうね、あなたは馬に一日乗っていても平気だものね。私とは体力が違うわね」
 
 安心したようにシエラは微笑む。

「アラーナ、あのね……ごめんなさい。私、あなたのことを親友だって思っているのに。私、あなたにアルベルト様の妃になってほしくて、アルベルト様があなたのことを想っていることを告げなかったの。だって、そしたらあなたはここに来なかったでしょう?」

 ギュっと後ろから抱きしめられて、アラーナは肩に置かれたシエラの手を握った。

「シエラ……私、あなたには本当に感謝しているわ。ずっとそばにいてくれて。寂しい時も辛いときも支えてくれたじゃない。そうね、アルベルト様が想ってくれていると知っていたら来なかったわね。でも、来て良かったわ」

 愛されるということも愛するということも、私は本当の意味では知らなかったのだとアラーナは思った。
 一方的な想いを愛だと思っていた。だから、アルベルトから想いを返されて戸惑ったのだろう。王を捨ててくれるとまで言ってくれたアルベルトに、喜びと来てしまったことへの後悔が溢れた。

「おい! アラーナを泣かすな」

 知らぬ間に出ていた涙に気付いた時には、アルベルトの唇が寄せられていた。
 どうもアルベルトは、涙は唇でぬぐうのが普通だと思っているふしがある。

「ちょっと、私たちの友情に割り込まないで!」

 しんみりした先程の様子とは打って変わって、鬼のような形相でアルベルトを睨み付けるシエラの袖を引く。

「割り込んでいるのはお前だとわかっていっているのか」
「今邪魔なのはあなたでしょう!」
「お前、王に向かって邪魔とか……」

 乳姉弟である二人は、仲がいい。アラーナは二人が言いあうのをしばらく聞いていたが、控えめな声で「お腹が空いたのですが……」と告げた。

「「ああっ、そうね(だな)、食事にしましょう(しよう)」」

 仲良くハモリながら、二人はアラーナの手を両側からとるのだった。



 アルベルトが妾妃を呼んだのにどんな意味があるのか考えると食事は遅々として進まない。アラーナは、人前でなければ、何百回だってため息をついていただろう。

「アラーナ、美味しくない?」

 流石にアルベルトがいるので一緒に食事をするわけにいかないシエラは侍女に混じって給仕をしてくれていた。
 まるで砂を噛むようだと思いながら、アラーナは「美味しいわ。好きなものばかり、ありがとう」とシエラに微笑む。

「アラーナ、口を開けて」

 アラーナが一瞬物思いにふけっていた瞬間に前の席に座っていたアルベルトが椅子ごとアラーナの横に来ていたから、アラーナは驚いてカシャッと皿に手を当ててしまった。

「ごめんなさい」

 慌てるアラーナを見る侍女や給仕のものの目は、どれも温かかった。

「アルベルト様が悪いのよ」

 シエラは少しズレてしまった皿を元にもどしてアルベルトを睨み付けた。
 アルベルトは、全く気にしていないようで、イチゴをアラーナの口に運んだ。

「果物なら、水分もとれるからな。アラーナ、疲れているときは私が果物を食べさせてあげよう」

 誰が疲れさせているんだと、その部屋にいたアルベルト以外の全員が思ったという。

「あの、大丈夫です。自分で食べます」

 赤くなって、一つは食べたアラーナが、そう懇願するのを見てアルベルトはアラーナに食べさせるのを止めた。
 アラーナの恥ずかしがる姿を他の誰にもみせたくないと思った独占欲からだったが、アラーナは諦めてくれたアルベルトに感謝した。

 一生懸命食べようとするアラーナに、注がれるのは、暖かい眼差しだけだった。
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