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「私がお世話できればよいのですが……」
ふた月経った頃、レフィの発情期が来ないことにキリカが気づいた。
ユアがレフィの側に上がっていたので直ぐに診察し、妊娠していることが確定した。エルネストは報告を受けて大喜びでやってきた。ひとしきりレフィを労り、周りに頼みこんで執務に戻っていった。
ユアがレフィの側についたことで、アズはお役御免となってシードとキリカを安堵させたという。アズは相変わらずの気楽さでレフィの元を訪れているがレフィの被害は確実に減った。
「キリカも今妊娠してるから無理だよ」
初めて知った時、レフィは言葉を失った。でも喜びのほうが大きくて、後で困惑がやってきた。キリカが身籠もったということはアズが復帰するということだ。キリカは頭を振って、真剣な目で言った。
「早めに産んで、レフィ様の出産には立ち会います。安心してください」
レフィは驚いた。キリカが身籠もったのはレフィと同じくらいのはずだ。それなのにレフィの世話をするというキリカの声は本気に聞こえた。
「そんな……子供はどうするんだよ」
先に産まれたとしても世話があるはずだ。
「ナイゼルがいます。子守をしてくれますよ、ねぇ?」
今日のレフィの護衛はナイゼルと最近増えた騎士の一人だった。キリカはお願いというより脅迫のようなすごみでナイゼルに確認をとった。
「ん、うむ……」
ナイゼルはキリカに話を振られて、突然の成り行きに驚いている。それでも否定しないのは二人の関係がいいからだろう。
「この人、腹から血を流している私に突っ込んで、了承もえず噛んだのですよ。私はこの人の番になんてなるつもりはなかったのに。子供までできてしまっては番を解消することもできない」
キリカはダメ押しとばかりに告げた。
「ナイゼル様が番にしなかったらキリカ死んでたと思うぞ……」
もう一人の騎士はあの時一緒にいたようだ。キリカとも知り合いなのだろう。
嘆くふりをするキリカは、それを無視をする。
「死ぬことより大事なことはある。キリカを番にしたのは私の勝手だ。キリカが怒るのは当然のことです。レフィ様に仕えるために私が子守をすることに依存はありません」
前半は同僚に、後半はレフィに向けての言葉をナイゼルが紡いだ。
「ナイゼル、キリカは照れてるだけだと思う」
「レフィ様っ!」
「私もそう思います」
ナイゼルが同意してくれて良かった。
「待ってるよ、キリカ。急がなくてもいい。自分の子供と自分の身体が大丈夫だと思ったら手伝って欲しい」
目の見えない自分と王宮に慣れていないユア、そしておっちょこちょいのアズでは子供が心配だ。
「はい、レフィ様」
キリカの声は頼もしかった。
約束通り、キリカは二週間ほどレフィより早く子供を産んだ。男の赤ちゃんだった。そしてナイゼルと共に子連れでレフィの護衛兼世話係として復活したのである。そのサポートとしてアズ、護衛としてシードが傍についている。
「でもナイゼルとシードはエルネストの護衛をして欲しいんだけどな」
護衛が必要なのは国王であるエルネストである。エルネストの政策に反対派がいないわけもなく、未だに襲撃もあるという。
「大丈夫です。騎士団にはもっと強いのが沢山いますから。それに私達がしていた仕事も落ち着いてきましたからね。もうオメガが歩いていても攫われたりしなくなりました。後は地下に籠もった人身売買のやつらを炙りだすくらいです」
キリカが産んだ赤子をあやすナイゼルは凄腕の護衛には思えないほど子煩悩だ。
「ナイゼル、レフィ様にきな臭い話をするのは止めて下さい。今から出産なんですよ。大丈夫、私がついてますからね。お医者様のユアもいるし、エルネスト様もすぐにいらっしゃいます」
「お医者様というか、神官なのですが……」
アクの強い人々に囲まれてユアはハハッと笑う。乾いた笑いだ。
「ユアは神官だけど沢山子供をとりあげてるから安心してるよ」
「レフィ様、オメガの神殿の神官はそれくらい出来ないと務まりませんからね。とはいってもオメガの出産は簡単なのでありがたいです」
ユア以外の医者もつけようかと言ったエルネストにレフィは断った。
「確かに、私も気がついたら赤子が産まれていました……」
そうは言っても落ち着かないレフィに、キリカは安心するように言って手を握った。先達の言葉は頼りになる。
お腹の赤ちゃんもエルネストを待っていたのか、彼が部屋に入ってきた瞬間に痛みが襲ってきた。
「あ、痛い……かも?」
「レフィ、大丈夫か? 大丈夫だ。オメガは出産は得意中の得意だ。安心していい」
励ますエルネストの手が震えていることに気付いていたが、レフィは頷いた。
確かに出産に苦労するオメガなんて聞いたことがない。出産時に異常回復があるので、産む前より健康になると言われている。
「エルネスト、見守ってて――」
レフィに口付けしてエルネストはユアに場所を譲った。
「おめでとうございます!」
赤子の泣き声で生まれたと気づいてレフィは力を抜いた。これで楽な出産だというのだから、オメガ以外で子供を産む人は大変なんだなとつくづく思った。
「ありがとう」
レフィは疲れと全身が汗まみれで気持ち悪いこと以外、特に変化がなかった。僅かに期待していた目の回復がなかったことが残念だけど表に出さないように気をつけた。多分レフィ以上に周りが望んでいたことだろうから。
「男の子でしたよ。エルネスト様に似ているように思います。エルネスト様、抱いてください」
赤子に産湯を使いおくるみを着せたキリカが、気配を消したまま立っているのだろうエルネストに渡した。
そわそわしてやっとエルネストがそこにいることがわかる。無意識に気配を消すのが困った人だ。
「レフィ、可愛い、男の子だ。私達の子供だ。嬉しい、ありがとうレフィ」
今までも義兄弟であったり、番となって家族ではあったけれど、絆が二人の間で強まった。エルネストの声が僅かに滲んでいて、泣いているのかもしれないと思った。
「レフィ様、汗を拭きますね」
キリカが顔を拭いてくれた。オメガであっても出産は大変だなとレフィは思った。
レフィは閉じていた目を開いた。
男が赤子を大事に抱えて慈しむように微笑んでいるのが見えた。
「エルネスト……っ」
レフィは思わずエルネストの名を呼んだ。
エルネストがこちらを向いて、目が合った。
「レフィ? レフィ、何だか視線が合ってないか?」
エルネストはすぐに気がついてくれた。
「見える、エルネストが見える!」
レフィは声を上げて泣いた。ずっと見たかったエルネストの姿だった。幼い時に別れた時とは全く違うのに、レフィを見つめる目は同じで優しい。
「レフィ! レフィ!」
エルネストは赤子をキリカに渡し、レフィを抱きしめた。
「エルネスト」
言葉にしたい胸の内が一つも出てこなくてレフィはもどかしかった。代わりに涙が溢れて止まらない。
エルネストはレフィの顔中に口づけて声を詰まらせながら微笑む。
「レフィ、目が……溶け、ちゃうよ」
「エルネストの目も溶けてるよ」
二人は互いに涙を拭い合い、微笑みを交わした。自然と口付けを交わし、お互いの体温に心地よさを感じながらいつまでも抱きしめ合った。
その後、フロレシア王国の国王は王妃をお披露目した。緑の瞳が美しい宝石のような王妃は、傍らの国王と仲睦まじく寄り添い合い、国民に向かって手を振った。
フロレシア国はオメガとベータとアルファが性別によってではなく、自分達の思う道に進むことができるようになった。得意な分野で羽を広げて活躍し、国は大いに栄えていく。
オメガの人権向上に尽力し、反抗したもの達の血を沢山流したことで、エルネスト王は冷血王と呼ばれていたが、彼の死後、慈王(じおう)と親しみを込めて後世まで語り継がれたという。
王の傍らには文官としても支えた王妃が寄り添い、沢山の子供達に囲まれて幸せな人生を送ったそうだ。
〈Fin〉
ふた月経った頃、レフィの発情期が来ないことにキリカが気づいた。
ユアがレフィの側に上がっていたので直ぐに診察し、妊娠していることが確定した。エルネストは報告を受けて大喜びでやってきた。ひとしきりレフィを労り、周りに頼みこんで執務に戻っていった。
ユアがレフィの側についたことで、アズはお役御免となってシードとキリカを安堵させたという。アズは相変わらずの気楽さでレフィの元を訪れているがレフィの被害は確実に減った。
「キリカも今妊娠してるから無理だよ」
初めて知った時、レフィは言葉を失った。でも喜びのほうが大きくて、後で困惑がやってきた。キリカが身籠もったということはアズが復帰するということだ。キリカは頭を振って、真剣な目で言った。
「早めに産んで、レフィ様の出産には立ち会います。安心してください」
レフィは驚いた。キリカが身籠もったのはレフィと同じくらいのはずだ。それなのにレフィの世話をするというキリカの声は本気に聞こえた。
「そんな……子供はどうするんだよ」
先に産まれたとしても世話があるはずだ。
「ナイゼルがいます。子守をしてくれますよ、ねぇ?」
今日のレフィの護衛はナイゼルと最近増えた騎士の一人だった。キリカはお願いというより脅迫のようなすごみでナイゼルに確認をとった。
「ん、うむ……」
ナイゼルはキリカに話を振られて、突然の成り行きに驚いている。それでも否定しないのは二人の関係がいいからだろう。
「この人、腹から血を流している私に突っ込んで、了承もえず噛んだのですよ。私はこの人の番になんてなるつもりはなかったのに。子供までできてしまっては番を解消することもできない」
キリカはダメ押しとばかりに告げた。
「ナイゼル様が番にしなかったらキリカ死んでたと思うぞ……」
もう一人の騎士はあの時一緒にいたようだ。キリカとも知り合いなのだろう。
嘆くふりをするキリカは、それを無視をする。
「死ぬことより大事なことはある。キリカを番にしたのは私の勝手だ。キリカが怒るのは当然のことです。レフィ様に仕えるために私が子守をすることに依存はありません」
前半は同僚に、後半はレフィに向けての言葉をナイゼルが紡いだ。
「ナイゼル、キリカは照れてるだけだと思う」
「レフィ様っ!」
「私もそう思います」
ナイゼルが同意してくれて良かった。
「待ってるよ、キリカ。急がなくてもいい。自分の子供と自分の身体が大丈夫だと思ったら手伝って欲しい」
目の見えない自分と王宮に慣れていないユア、そしておっちょこちょいのアズでは子供が心配だ。
「はい、レフィ様」
キリカの声は頼もしかった。
約束通り、キリカは二週間ほどレフィより早く子供を産んだ。男の赤ちゃんだった。そしてナイゼルと共に子連れでレフィの護衛兼世話係として復活したのである。そのサポートとしてアズ、護衛としてシードが傍についている。
「でもナイゼルとシードはエルネストの護衛をして欲しいんだけどな」
護衛が必要なのは国王であるエルネストである。エルネストの政策に反対派がいないわけもなく、未だに襲撃もあるという。
「大丈夫です。騎士団にはもっと強いのが沢山いますから。それに私達がしていた仕事も落ち着いてきましたからね。もうオメガが歩いていても攫われたりしなくなりました。後は地下に籠もった人身売買のやつらを炙りだすくらいです」
キリカが産んだ赤子をあやすナイゼルは凄腕の護衛には思えないほど子煩悩だ。
「ナイゼル、レフィ様にきな臭い話をするのは止めて下さい。今から出産なんですよ。大丈夫、私がついてますからね。お医者様のユアもいるし、エルネスト様もすぐにいらっしゃいます」
「お医者様というか、神官なのですが……」
アクの強い人々に囲まれてユアはハハッと笑う。乾いた笑いだ。
「ユアは神官だけど沢山子供をとりあげてるから安心してるよ」
「レフィ様、オメガの神殿の神官はそれくらい出来ないと務まりませんからね。とはいってもオメガの出産は簡単なのでありがたいです」
ユア以外の医者もつけようかと言ったエルネストにレフィは断った。
「確かに、私も気がついたら赤子が産まれていました……」
そうは言っても落ち着かないレフィに、キリカは安心するように言って手を握った。先達の言葉は頼りになる。
お腹の赤ちゃんもエルネストを待っていたのか、彼が部屋に入ってきた瞬間に痛みが襲ってきた。
「あ、痛い……かも?」
「レフィ、大丈夫か? 大丈夫だ。オメガは出産は得意中の得意だ。安心していい」
励ますエルネストの手が震えていることに気付いていたが、レフィは頷いた。
確かに出産に苦労するオメガなんて聞いたことがない。出産時に異常回復があるので、産む前より健康になると言われている。
「エルネスト、見守ってて――」
レフィに口付けしてエルネストはユアに場所を譲った。
「おめでとうございます!」
赤子の泣き声で生まれたと気づいてレフィは力を抜いた。これで楽な出産だというのだから、オメガ以外で子供を産む人は大変なんだなとつくづく思った。
「ありがとう」
レフィは疲れと全身が汗まみれで気持ち悪いこと以外、特に変化がなかった。僅かに期待していた目の回復がなかったことが残念だけど表に出さないように気をつけた。多分レフィ以上に周りが望んでいたことだろうから。
「男の子でしたよ。エルネスト様に似ているように思います。エルネスト様、抱いてください」
赤子に産湯を使いおくるみを着せたキリカが、気配を消したまま立っているのだろうエルネストに渡した。
そわそわしてやっとエルネストがそこにいることがわかる。無意識に気配を消すのが困った人だ。
「レフィ、可愛い、男の子だ。私達の子供だ。嬉しい、ありがとうレフィ」
今までも義兄弟であったり、番となって家族ではあったけれど、絆が二人の間で強まった。エルネストの声が僅かに滲んでいて、泣いているのかもしれないと思った。
「レフィ様、汗を拭きますね」
キリカが顔を拭いてくれた。オメガであっても出産は大変だなとレフィは思った。
レフィは閉じていた目を開いた。
男が赤子を大事に抱えて慈しむように微笑んでいるのが見えた。
「エルネスト……っ」
レフィは思わずエルネストの名を呼んだ。
エルネストがこちらを向いて、目が合った。
「レフィ? レフィ、何だか視線が合ってないか?」
エルネストはすぐに気がついてくれた。
「見える、エルネストが見える!」
レフィは声を上げて泣いた。ずっと見たかったエルネストの姿だった。幼い時に別れた時とは全く違うのに、レフィを見つめる目は同じで優しい。
「レフィ! レフィ!」
エルネストは赤子をキリカに渡し、レフィを抱きしめた。
「エルネスト」
言葉にしたい胸の内が一つも出てこなくてレフィはもどかしかった。代わりに涙が溢れて止まらない。
エルネストはレフィの顔中に口づけて声を詰まらせながら微笑む。
「レフィ、目が……溶け、ちゃうよ」
「エルネストの目も溶けてるよ」
二人は互いに涙を拭い合い、微笑みを交わした。自然と口付けを交わし、お互いの体温に心地よさを感じながらいつまでも抱きしめ合った。
その後、フロレシア王国の国王は王妃をお披露目した。緑の瞳が美しい宝石のような王妃は、傍らの国王と仲睦まじく寄り添い合い、国民に向かって手を振った。
フロレシア国はオメガとベータとアルファが性別によってではなく、自分達の思う道に進むことができるようになった。得意な分野で羽を広げて活躍し、国は大いに栄えていく。
オメガの人権向上に尽力し、反抗したもの達の血を沢山流したことで、エルネスト王は冷血王と呼ばれていたが、彼の死後、慈王(じおう)と親しみを込めて後世まで語り継がれたという。
王の傍らには文官としても支えた王妃が寄り添い、沢山の子供達に囲まれて幸せな人生を送ったそうだ。
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