宇宙人成長記録。

《Hearth》

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幼年期

1、僕は地球型宇宙人

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僕は本当の両親を知らない。
父は僕が生まれて間もなく亡くなり、母は何らかの事情で僕を東京で暮らす親戚へ預け、そのまま姿を眩ましたらしい。けれど僕はそれを不満だとか、悲観的に思ったことはない。親戚のおじさんとおばさんは優しく、時には厳しく僕を育ててくれてたくさんの愛をくれたからだ。そして僕はその育ての親たちの笑顔が大好きで、いつも礼儀正しく、誉められることをするのが得意だった。

まだ幼稚園へ通っていた頃の夏休みに「親戚の集まりに行くよ」と言われ、何時間も車に揺られて初めて田舎の馬鹿デカイ和風建築の屋敷に連れてこられたときには、幼いながらも唖然としたのを覚えている。
「来たかい。坊主、名前は」
門の前で車を降りてすぐ、白髪頭で、縦にも横にも恐ろしいほど大きな体、同じく大きな顔に丸眼鏡をかけたお婆さんがぶっきらぼうな声で僕に話しかけてきた。
「さいとう…じんです…」
思わず少し怯みながらも答える。僕の答えを聞くと、そのお婆さんはフンと鼻を鳴らしドカドカと歩き出すと門の真ん中にある一番大きな扉から屋敷の中へ入って行った。
おばさんに連れられてさっきお婆さんが通って行った扉のすぐ右にある一回り小さな扉をくぐる。中はまるで忍者屋敷のようだった。ロの字形に建てられた建物、中庭には一応小川のような物もあり、池には鯉が泳いでいる。中庭を横目に見ながら廊下を進み、右に左に曲がると一つの部屋にたどり着いた。
「それじゃ、おばさんたちは親戚の皆様のところへ挨拶しに行って来るから終わったらここに迎えに来るからね。この部屋にあるものは自由に使って良いそうよ。」
そう言うと、おばさんは行ってしまった。改めて部屋の中をよく見ると、床は真新しい畳で、正面は日の光が差し込む障子。左奥の棚にはお菓子やジュース、お茶。その下には布団まである。右奥の棚には何かの本がたくさん。色々な物が置かれている。とりあえず僕は障子を空けた。日差しは焼けつくようだったが風が通り、いくらか涼しく感じられた。
その後渇いた喉を潤そうと一口お茶を飲んだ─そのとき、ふと右側から視線を感じその方向へ振り向く。そこには、障子の外…中庭から無言でこちらを見つめてくる、僕と同じくらいの歳に見える少女が立っていた。
「あ…こんにちは。僕はさいとうじん。きみも飲む?お茶。外暑いでしょ?」
少女は首をかしげながらスタスタとこちらへ近寄ると、軽くジャンプして部屋の中へ入って来て、言った。
「お茶じゃなくてジュースがいい!…けど、あんた、誰?」
今度は僕が首をかしげる番だった。何故って、今僕は自分の名前を名乗ったばかりだからだ。
「誰って…じんだよ。《さいとうじん》今名前教えたじゃん、きみは?」
「あ。それ名前だったんだ?変なの。新種の《うちゅうじん》の名前かと思った。れいの名前はれいだよ!とりあえずじん、よろしくね!」
…。なんだこいつは。とりあえずよろしくと返しておいたが、正直仲良くなれるとは微塵も思わない。
そんなこととは露知らず、少女は僕の隣に座ると、ジュースを持ち出し美味しそうに飲んだ。
改めて近くで見ると、《れい》と名乗った少女はとてもかわいかったと後々思うことになるのだが。薄い水色のワンピースに、白く細い手足、肩より少し上で切り揃えられた黒髪に、その下からのぞくパッチリとした目。そこからスッとした形の良い鼻が続き、のんびりとしているが芯が強そうな口調が似合う血色が良い頬と口。
「あ。思い出した!じん!」
…今度はなんだ。というかもう呼び捨てなんだな。無視しよう。
「今日初めて来るってじーさまが言ってた!!れいのいとこなんでしょ!?」
…なんだと!?初耳だぞそんなことは。
「え、ぼ、僕に聞かれても…」
そう返すしか無い。
「あれっ?違ったかな…?」
どっちだよ!と思わず心の中で叫ぶ。
「よし!わかんないからじーさまに聞きにいこう!今から!あんたも来て?じん」
「うん…あ」
差し出されたれいの手を握ろうとしたその時、おばさんの声が脳内で再生された。
「ごめん、僕行けないよ。おばさんが戻るのをここで待ってないといけないんだ」
「おばさん…?なんて言われたの?」
「『親戚の皆様のところへ挨拶しに行って来るから終わったらここに迎えに来る』って言ってた」
「なんだ、じゃぁ行けるじゃん」
…!?はぁ!?何を言い出すんだまたこの子は。
「おばさんは戻って来たときにあんたにここにいて欲しいって言ったんでしょ?それって、戻ってくるまではどこで何しててもいいってことじゃん」
「は、はぁ…そういうもん…?」
「それ以外何があるっていうのよ」
………。少し疑問を覚えたが、これ以上何を言ってもこの少女を説得することは出来ないと思ったので、大人しくその《じーさま》なる人のところへ行くことにした。
れいの後に続き、鯉を右手に眺めながら中庭を突っ切る。途中で突然、左側のある一室からうっすら怒鳴り声が聞こえた。
「…し…だが!…ともい…りを一緒……だ!!」
…?。な、なんだ?思わず足を止めて、そちらへ近寄ろうと一歩踏み出したとき、それまで脇目を振らず前を歩いていたれいがこちらを振り向き言った。
「…知りたい?」
…先程とは異なる光がれいの目に宿っているような気がして、思わず一歩後ずさる。それをどう受け取ったのか分からないがれいは続けた。
「あそこで今話し合われてるのは、れいをあんたんところへ預けて一緒に暮らすかどうか。なんだって」
いや、待ってくれ。何がなんだかわからない。
「え、な、なんで」
そう絞り出すのが精一杯だった。
「れいが小学生になったとき、東京の小学校へ行かせるのにあんたん家が一番近いからそっちに行くのが都合が良いらしいんだけど…なんか色々揉めてるみたい」
「そう…なんだ?」
「うん。まぁ自分のこと自分で決められないのは癪だけど、今は黙って従うときだからさー」
「…そのわりにはさっき僕のおばさんからの言いつけの抜け道を見つけてなかったっけ」
「あれは良いんだよ。小さなことだし、文句があるなら今度からちゃんと言葉使ってもらえばいいんだから。それよりもっと大きな事をやるとき、目立ち過ぎると潰されるから普段はそれを隠して置いた方が良いってじーさまが言ってた」
そう言うと、またれいは前を向いて歩き出した。言ってることは僕も分かる。無駄に《良い子》をやってきた訳じゃない。黙っていた方が上手くいくことはある。それより、振り向いたときのあの目はなんだったのか。言ってる事もやってる事も変な奴だが只者じゃない─…気がする。そのときさっき怒鳴り声が聞こえてきた部屋の襖がスッと空いた。そこから大人たちがドヤドヤ何人も出てくる。
「マズい、戻るよ…!!」
いつの間に移動したのか、僕の前を歩いていたはずのれいに小声で声をかけられながら後ろ首を掴まれ、半ば引き摺られるように来た道を戻る。何が起こったのか一瞬分からなかったが大人たちの中におばさんが混じっているのを横目で確認すると瞬時に理解する。そうか、おばさんがあの部屋に来るより先に僕たちは戻らねばならないのか。体を反転させてれいの手を払い自力で走る。れいはそれを横目で確認するといっそう速く…ちょっとまって…速すぎる。どんどん引き離されてゆく。いや僕が遅いのか…?
「こっち!」
れいが小声で鋭く僕を呼ぶ。そして二人で障子に手をかけて一気に開け…あれ?…僕らは障子を開けっぱなしにして中庭に出てきたんじゃなかったかな…。
「『………。』」
中には、ごま塩頭のご婦人が一人、正座をして本を読んでいた。
障子が空く音に反応して、僕たちの方を見る。
「わーーーーー!!!!逃げろ宇宙人!!!!」
「はぁむぐぅっ!?」
れいが僕の頬を手の平で押す。
「何度言いましたかれいちゃん…中庭を通るときは走ってはいけないと…」
凄い剣幕で言いながらご婦人が立ち上がる。れいに手を引かれながらまた走る。なんなんだ今日は…
結局後に僕たちは大人たちに捕まり、僕はおばさんに。れいはごま塩頭のご婦人にこっぴどくお説教を受けた。

翌日──
「バイバイ宇宙人」
「僕は地球人なんだけど」
「知らないの?地球も宇宙の中にある星の一つだから、地球人も宇宙人なんだよ」
…。やっぱりなんかムカつく奴だ。そんな会話を最後に、僕はまた何時間か車に揺られて東京の家に帰ってきた。このあとれいと再会するのは、それから2年程先のことになる─
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