姫君は、鳥籠の色を問う

小槻みしろ

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一章

四話 目を開く2

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 不意に、アルマの声を、低い音が遮った。アルマが息をのみ、その名を口にしようとし、また慌てて礼をとろうとする横を一瞥もくれず通り抜け、寝台へと向かった。

「おい、なにわめいてんだ」

 寝台へと近づくと、丸まったラルに身を屈めて声をかける。ラルは聞き覚えのある声に、反射的に硬直したが、それでもかたくなに返事をしなかった。一瞬の沈黙が落ちる――より、声の主が行動を起こした方が、ずっと早かった。

「聞こえてんだろ」
「――あっ!」

 ラルの髪をつかんで、ぐいと持ち上げた。後ろで、アルマが恐れに目を見開いた。上体を起こされた事で、光が顔に当たり、ラルは慌てて顔を手で覆おうとした。しかし、それを声の主は阻んだ。片手でラルの両手をつかむと、ぐっと顔から遠ざける。

「痛い!」
「はっ、おうちが恋しくて泣いてたのかよ。姫さんよォ」

 ラルの顔をのぞき込んで、嘲笑した。泣くという意味がわからなかったが、バカにされたことは理解したので、とっさに睨もうとした。

「っ!」

 しかし、やはりすぐに目を閉じてしまう。――痛い。痛くて、とても目が開けられない、しかし、ぼんやりと見えた目の前の色で、自分を持ち上げている者は確認できた――朱金の髪。

「ふん」

 生理的な痛みでより増した涙を、アーグゥイッシュはまた笑った。反抗的に睨もうとしたのも知った上で、やはりそれ見たことか、という風に。それに違う、といいたかった。
 そして同時に、アーグゥイッシュは、いや、ここの者たちはみんな目を開けていられるのだと――アーグゥイッシュが自分の様子がつぶさにわかっているらしい事から、ラルは悟った。アーグゥイッシュは自分と違って見えているのだ。
 こんなに真っ白で、痛いところで、どうして目を開けられるんだろう。目を瞑っていても、瞼の裏が黒じゃなくて明るい橙色くらいに見えるのだ。そんな異様さが怖かった。

「いたっ――……いたいっ、離して」
「甘ちゃん。――おい、俺は気が短い。いつまでもぐずぐずしてるんじゃねェよ」

 アーグゥイッシュは、低い声で唸るように囁いた。

「ったく、シルヴィアスはどういう教育をしたんだかなァ。それともお前の出来が悪いのかね」
「!」

 シルヴァスの名を出され、ラルの中の反抗心が大きくなった。この生き物、アーグゥイッシュが、シルヴァスを赤に染めたのだ。それなのに、シルヴィアスの事を口にして、ラルをバカにするのは、とても許せないことに感じた。何に対してかわからないが、くやしさが一気に胸の中に膨らむ。

「離して!」

 目の前にいるであろう、顔めがけて思い切り立ち上がり足を蹴り上げた。髪と手をつかまれて居るが故の苦肉の策だった。髪が数本ぶちぶちと抜ける音がした。

「っと!」

 難なくよけられてしまったが、ラルからアーグゥイッシュの手は離れた。頭を振り、手首をさすって、つかまれていた痛みを分散させる。

「おいおい、もう少し淑やかにしろよ、姫君」
「シルヴァスのこと、悪く言わないで!」
「あ? シルヴィアスじゃなくて、おまえの事を言ってんだ」
「シルヴァスだもん!」
「……はーァ。――おい、ガキ」

 アーグゥイッシュの空気が変わった。先ほどまでも粗暴な空気をはらんでいたが、それとは違う、いらだちという感情がのっていた。ずいと近寄って、ラルの顎をつかむ。

「忠告しといてやるよ。言う事は聞け。反抗するな。木偶は木偶らしく従っていろ」

 アーグゥイッシュは至近距離で、ラルにそう言った。言い聞かせる、というに相応しい、ゆっくりと一語一語吐き出されたそれは、妙に柔らかく甘い響きを持っていて、逆に潜んだ凶暴さがむき出しになっていた。あの時、ラルの顔の横に、銀の石刃を突き立てた時のように、いつだって、この男は「ああ」する――そう感じさせる凶暴さを。

「わかったか?」

 そう、だめ押しの様に囁かれ、ラルは動くことができない。悔しくて仕方がないのに、からだが縫いつけられたように動かなかった。
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