姫君は、鳥籠の色を問う

小槻みしろ

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一章

五話 目を開く3

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「不敬罪だぞ」

 新たな闖入者の声に、アーグゥイッシュが舌打ちをした。良く通る朗々とした音の持ち主で、その白金の髪は光を受けて輝いている。エレンヒルだった。アーグゥイッシュはラルから手を離した。

「うるせェよ」
「いやその姿勢、最悪中の最悪の下衆な狼藉を働いた事になるやもしれん」

 罰が悪そうなアーグゥイッシュに、気にせずエレンヒルは、わざとらしく辺りを見渡した。ざわざわとした喧噪があったはずなのに、いつの間にやら静かになっており、アルマも下がっていた。

「私に感謝するんだな」
「ふん」

 顎をつ、とあげて笑うエレンヒルにアーグゥイッシュは顔を背け、部屋から出ようと出口へと足を向けた。エレンヒルは、入れ違いにラルに近づき、恭しく礼をした。これ以上ないほど、恭しく、いっそわざとらしいくらいであった。

「アーグゥイッシュの無礼をお許しくださいませ。姫」

 返事を返すことができない。ラルはへたり込んでいた。エレンヒルは、身を起こすと、

「……姫君は今は気が高ぶってらっしゃるご様子。無理もありません。食事の事も、使いをまたやります故、今はお休みください」

 つい、と踵を返し、外へ出て行った。戸の閉まる音に、ラルはここの帳は堅いのだと、どこか場違いな事を思った。何もわからないところで一人でいることは、不安だった。けれどようやく一人になって、少なくとも意味の分からないことは言われず、怒られないことに、安堵してもいた。
 ラルはうつ伏せになって、顔を寝台に押しつけた。目を強く閉じ続けることを少しやめたかった。顔に触れる布の感触に、少しだけこわばっていた体を緩める。
 夢ならいいのに。そう思った。目が覚めたら、ネヴァエスタの森の、自分の棲み家の帳の中にいる。そうして、シルヴァスと食べるご飯の用意をするのだ。
 目をずっと閉じているせいで、よけいにそれがかなう気がした。そして、そんな気がしたからこそ、ラルは目を開けることを躊躇した。開けると痛い、最初はそうだった。でもそれだけじゃなく、いつしか、目を開いたらいつもの日常が待っている。そう信じていたくなっている。
 シルヴァスに、怖い夢を見たよ、と伝えたい。シルヴァスがひどいけがをして、意味のわからない事をいう生き物達が、目が痛くて開けられないような、痛いくらい白い場所に、ラルを連れてきている。そうして、お世話を――。

 そのとき、アイゼの声がよみがえる。彼の声は、昨夜の生き物達と、音が違った。アイゼの音は緊張して、はちきれそうだったけれど、本来の性質は澄んで明るい音をしているのがわかった。そして何より柔らかい響きを、ラルに向けていた。それは、昨夜から通して、いや、自分と同じかたちの生き物で、シルヴァス以外では、初めての事だった。
 エレンヒルの声も柔らかかった。けれど、どこか入り込めない分厚い石の様な、そんな気がした。アーグゥイッシュの様に粗暴でなくとも、みんなどこか窺う様な、何か違う者に恐れているような、そんな音をしていた。
 自分に向けられた音のように、感じることができなかったのだ。

 彼は、どうなったのだろう。目を開く事のできない、内にこもろうとする心の中で、アルマが口にした「罰」という言葉だけ、ひっかかった。


「ひどい顔だぞ」

 ラルの部屋を出てすぐの廊下、憮然とした様子で歩くアーグゥイッシュに、追いついたエレンヒルが声をかける。

「ふん」
「そんなに傷が痛むか?」
「冗談だろ」

 エレンヒルの言葉に、眉間のしわが深くなる。グルジオに殴られた右の目の下の傷は、赤いかさぶたもまだ生々しく、青あざが浮いている。

「短慮なのが、お前の欠点だな」
「うるせェよ」
「しかし、あの様子で間に合うのか」
「知らねェよ。あーァ頭が痛え。どいつもこいつも、あんな甘ったれた小娘に右往左往させられてよォ」

 ぐいと伸びをしながら言う、アーグゥイッシュに、エレンヒルは苦笑しながらも諫めない。人払いが済んでいることを知っているからだ。

「はは。手厳しいな」
「事実だろ。それでも、俺たちの打てる手が、あれしかねェときたもんだ。情けなすぎて涙がでるね」
「否定はしないな。しかし、力は尽くさねばな」
「まあなァ……ったく、いっそ殺してやりてェよ。あの物知らずのガキが」

 けだるげに、しかし手厳しく吐き捨てるアーグゥイッシュに、エレンヒルは笑みを崩さず、しかし是と返した。脳裏に新たに思案を飛ばしながら。
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