姫君は、鳥籠の色を問う

小槻みしろ

文字の大きさ
28 / 57
一章

十八話 閣下

しおりを挟む
 不意に足音が近づいてきて、ジェイミは身を起こした。当人としては、細心の注意をはらってきているつもりなのだろう足運びに、頭を抱えため息をついた。痛めつけられた身体の節々が痛んだ。

「ジェイミ」
「馬鹿かお前は」

 そっと戸を開け、中に滑り込んできたアイゼに、ジェイミはざらついた、それでも極力絞った声で応対した。アイゼはその様子に、眉を下げながらも、ジェイミの前にかがみ込んだ。

「傷痛むか?」
「いいから、出てけ。ここに来るな」

 アイゼは、懐から、ポトの実を差し出した。ふかして間もない実は、まだ湿っていて、ここに来るまでの摩擦からかところどころ皮がむけていた。

「腹減ってるだろ?」
「話を聞け。何のために俺がここにいるかわかってるのか」
「わかってるよ。だから、こっそり来た」

 こいつはいつもこれだ。ジェイミは倒れ伏したい気になった。しかし、逃避をしている場合ではない。殴り飛ばしてでも、追い出さなければ。

「アイゼ。気を引き締めろって言われたばかりなはずだぜ。その上、もうすぐ閣下がおいでになるんだ。手はいくらあっても足りない。誰でも、すぐお前がいないのに気づく。わかったら出てけ」
「――姫様と話してきたんだ」

 ジェイミの動きが止まった。アイゼの顔を見る。アイゼは、真剣な面もちでジェイミを見ていた。てっきりのんきな顔をしていると思っていたのに。

「姫様、ジェイミを助けてくれるって」
「は」
「オレのせいで、ごめんなジェイミ。あと少し、辛抱してくれ。それだけ言いたかったんだ」

 アイゼの顔は終始真剣だった。「助けてくれる」とは浮かれた言葉だが、アイゼにまったく浮かれた様子はなかった。だから、ジェイミも簡単に皮肉で返すことはできなかった。

「思い上がるな。お前のせいじゃない」
「ジェイミ」
「行け」

 これきり、話は終わりという風に、ジェイミはアイゼに背を向けて寝ころんだ。アイゼはそれを察したらしく、うなずく気配の後、去っていった。珍しく飲み込みのいいアイゼに、ジェイミは複雑な気持ちになった。それほど、アイゼは思い詰めているということか。

「ばかなやつ」

 こんな所で易々死ぬつもりなど、俺にはないのに。
 ただ、頭を垂れたくはない。それだけだ。
 だからこそ、アイゼの言葉が引っかかった。……姫様と話しただって? 

(いったい、何を考えてる)

 女の姿を浮かべると、ジェイミの中の不愉快がいっそう大きくなった。昨日からずっと、ぐるぐると、渦巻いて、ジェイミを苛んでいるものだ。
 勘違いするな、アイゼ――人間に、ひざまずくな。

 アイゼと約束した。ラルは、決意を新たに、部屋の中ひとり立っていた。板でしきられた暗い部屋。それでもラルにはずっと明るい部屋で、ラルは考える。

(ジェイミを助ける……そのために、大事なことはなんだろう)

 思考の末に出た結論は、約束を守ってもらうことだった。なぜなら、ここにいる生き物は、大抵が、ラルの理解の外の生き方をしているからだ。ラルの気持ちとは違うことを、ラルのためと言ってする。ラルがいけないことをしたら、ラルではなく違う生き物を罰する。
 それなら、「ジェイミを助けて」とラルが言っても、聞いてもらえないかもしれない。最悪、聞いたふりをして、ジェイミの命を消すかもしれない。要するに、信じられないのだった。ここの生き物が皆うそつきとは言わない……ただ、わからない以上、信じられない。
 その為には、ここの生き物達の考えを、規則をわからなければならないが……今は、時間も、自由もたりなかった。
 自由……ラルはそっと板の隙間を見る。ほんの少し漏れ出た白。くらくらするような白。でも、皆、この色の中、目を開けるのだ。ここで目を開けさえすれば、もう少し動ける。目が開けられないせいで、ここから外にも出られない。自由を奪われている。

(見張り、を抜けると見張りがラルの代わりに罰されるんだっけ)

 どちらにしても、自由はない――そう思うが、この白になれること、それは自分に必要だった。いざというとき、不安だからだ。
 自由を奪われているということは、自分のしたいことができない、相手の言うことをするしかない……それが、ラルにはわかってきた。そして、ジェイミを……シルヴァスを助けるためには、それじゃだめなのだと。
 だから、エレンヒルには頼めない。なら、エレンヒル以外のあの群の生き物に頼んだらどうだろう? そこで浮かんだのが、森でのあの目の大きな生き物。あの生き物は、群の中で、たしか一番のように思う。けれど……全く知らない。少し接したエレンヒルでさえ、わからない、信じられないというのに。

「うー……」

 顔を押さえて唸る。そう言っている間に、時間は過ぎていく。悩まず、とにかく頼んでみようか。群の中で、一番偉い生き物……その言うことなら、聞くと思うのだ。少なくとも森ではそうだった。何も知らないラルは、結局森の知識に頼るしかない。
 その時、にわかに、部屋の外が騒がしくなった。先からあわただしい空気はずっとしていたが、気が引き締まるような緊張と、気分の高揚が混ざっている。ラルは、部屋の外に耳を近づけて聞いた。

「閣下のお越しだ!」

 ざっざっという音がしている。それは集まり大きくなっていって、最高潮に達した頃、ぴたりと止んだ。ラルは部屋の外をそっと見た。見張りの兵士の数は増え、廊下にずらりと美しい線のように並んでいた。それはラルの為ではなく、これからくる者の為の礼儀だった。

 広間に、兵士達一同が集まっていた。駒のように規律正しく並び、皆が敬礼を取っていた。

「やあ、皆! ご苦労である!」

 颯爽と現れ見事なホロスから、うららかに声を張ったのは、エルガ・ドルミール――ガスツェ・ドルミール伯の第三令息であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...