姫君は、鳥籠の色を問う

小槻みしろ

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一章

十八話 閣下

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 不意に足音が近づいてきて、ジェイミは身を起こした。当人としては、細心の注意をはらってきているつもりなのだろう足運びに、頭を抱えため息をついた。痛めつけられた身体の節々が痛んだ。

「ジェイミ」
「馬鹿かお前は」

 そっと戸を開け、中に滑り込んできたアイゼに、ジェイミはざらついた、それでも極力絞った声で応対した。アイゼはその様子に、眉を下げながらも、ジェイミの前にかがみ込んだ。

「傷痛むか?」
「いいから、出てけ。ここに来るな」

 アイゼは、懐から、ポトの実を差し出した。ふかして間もない実は、まだ湿っていて、ここに来るまでの摩擦からかところどころ皮がむけていた。

「腹減ってるだろ?」
「話を聞け。何のために俺がここにいるかわかってるのか」
「わかってるよ。だから、こっそり来た」

 こいつはいつもこれだ。ジェイミは倒れ伏したい気になった。しかし、逃避をしている場合ではない。殴り飛ばしてでも、追い出さなければ。

「アイゼ。気を引き締めろって言われたばかりなはずだぜ。その上、もうすぐ閣下がおいでになるんだ。手はいくらあっても足りない。誰でも、すぐお前がいないのに気づく。わかったら出てけ」
「――姫様と話してきたんだ」

 ジェイミの動きが止まった。アイゼの顔を見る。アイゼは、真剣な面もちでジェイミを見ていた。てっきりのんきな顔をしていると思っていたのに。

「姫様、ジェイミを助けてくれるって」
「は」
「オレのせいで、ごめんなジェイミ。あと少し、辛抱してくれ。それだけ言いたかったんだ」

 アイゼの顔は終始真剣だった。「助けてくれる」とは浮かれた言葉だが、アイゼにまったく浮かれた様子はなかった。だから、ジェイミも簡単に皮肉で返すことはできなかった。

「思い上がるな。お前のせいじゃない」
「ジェイミ」
「行け」

 これきり、話は終わりという風に、ジェイミはアイゼに背を向けて寝ころんだ。アイゼはそれを察したらしく、うなずく気配の後、去っていった。珍しく飲み込みのいいアイゼに、ジェイミは複雑な気持ちになった。それほど、アイゼは思い詰めているということか。

「ばかなやつ」

 こんな所で易々死ぬつもりなど、俺にはないのに。
 ただ、頭を垂れたくはない。それだけだ。
 だからこそ、アイゼの言葉が引っかかった。……姫様と話しただって? 

(いったい、何を考えてる)

 女の姿を浮かべると、ジェイミの中の不愉快がいっそう大きくなった。昨日からずっと、ぐるぐると、渦巻いて、ジェイミを苛んでいるものだ。
 勘違いするな、アイゼ――人間に、ひざまずくな。

 アイゼと約束した。ラルは、決意を新たに、部屋の中ひとり立っていた。板でしきられた暗い部屋。それでもラルにはずっと明るい部屋で、ラルは考える。

(ジェイミを助ける……そのために、大事なことはなんだろう)

 思考の末に出た結論は、約束を守ってもらうことだった。なぜなら、ここにいる生き物は、大抵が、ラルの理解の外の生き方をしているからだ。ラルの気持ちとは違うことを、ラルのためと言ってする。ラルがいけないことをしたら、ラルではなく違う生き物を罰する。
 それなら、「ジェイミを助けて」とラルが言っても、聞いてもらえないかもしれない。最悪、聞いたふりをして、ジェイミの命を消すかもしれない。要するに、信じられないのだった。ここの生き物が皆うそつきとは言わない……ただ、わからない以上、信じられない。
 その為には、ここの生き物達の考えを、規則をわからなければならないが……今は、時間も、自由もたりなかった。
 自由……ラルはそっと板の隙間を見る。ほんの少し漏れ出た白。くらくらするような白。でも、皆、この色の中、目を開けるのだ。ここで目を開けさえすれば、もう少し動ける。目が開けられないせいで、ここから外にも出られない。自由を奪われている。

(見張り、を抜けると見張りがラルの代わりに罰されるんだっけ)

 どちらにしても、自由はない――そう思うが、この白になれること、それは自分に必要だった。いざというとき、不安だからだ。
 自由を奪われているということは、自分のしたいことができない、相手の言うことをするしかない……それが、ラルにはわかってきた。そして、ジェイミを……シルヴァスを助けるためには、それじゃだめなのだと。
 だから、エレンヒルには頼めない。なら、エレンヒル以外のあの群の生き物に頼んだらどうだろう? そこで浮かんだのが、森でのあの目の大きな生き物。あの生き物は、群の中で、たしか一番のように思う。けれど……全く知らない。少し接したエレンヒルでさえ、わからない、信じられないというのに。

「うー……」

 顔を押さえて唸る。そう言っている間に、時間は過ぎていく。悩まず、とにかく頼んでみようか。群の中で、一番偉い生き物……その言うことなら、聞くと思うのだ。少なくとも森ではそうだった。何も知らないラルは、結局森の知識に頼るしかない。
 その時、にわかに、部屋の外が騒がしくなった。先からあわただしい空気はずっとしていたが、気が引き締まるような緊張と、気分の高揚が混ざっている。ラルは、部屋の外に耳を近づけて聞いた。

「閣下のお越しだ!」

 ざっざっという音がしている。それは集まり大きくなっていって、最高潮に達した頃、ぴたりと止んだ。ラルは部屋の外をそっと見た。見張りの兵士の数は増え、廊下にずらりと美しい線のように並んでいた。それはラルの為ではなく、これからくる者の為の礼儀だった。

 広間に、兵士達一同が集まっていた。駒のように規律正しく並び、皆が敬礼を取っていた。

「やあ、皆! ご苦労である!」

 颯爽と現れ見事なホロスから、うららかに声を張ったのは、エルガ・ドルミール――ガスツェ・ドルミール伯の第三令息であった。
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