姫君は、鳥籠の色を問う

小槻みしろ

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一章

二十話 エルガ・ドルミール2

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 目の前の生き物を、ラルは見つめた。
 まず、大きな体だと思った。らんらんと内から生命力にあふれているのがわかる。そして、何かとても楽しそうだった。エレンヒルも笑うが、この生き物は、楽しくて仕方ないという風に、こぼれ出すように笑う。

「姫様、これまで、かの森で、さぞおつらい思いをされてきたことでしょう。これからは、このエルガをどうぞお頼りください。姫様のお心に光が差すよう、心よりつとめさせていただきます」

 つらい。その言葉から、シルヴァスが赤に染まったことを思い出す。悲しい気持ちがよみがえった。

「……森で、つらいことなんてなかった。でも、ありがとう」

 エルガに礼を言った。不思議だが、この生き物の言うことは正直であると思わされるような、不思議な明るさがあった。ラルの言葉に、エルガは感心したように、顔を輝かせた。実際、エルガの頬や額はつやつやとしていた。

「なんと気丈な! もったいなきお言葉、嬉しゅうございます」

 そして破顔する。身体のうちから、もはや何か踊り出しそうな気配だった。ラルは少し圧倒された。こんなに陽気な生き物に出会ったことがなかった。
 次いで、エルガは、はきはきと今後の予定について話し始めた。

「これから、私の隊があなた様を王都にお連れいたす所存です。その際に、あなた様の王国のことなど……このジアンから、様々のことを学んでいただきたく思います。ジアンはとても信心深く、賢い男であります故、ご安心を」
「ジアン?」

 ラルが名を繰り返すと、エルガが、斜め後ろの男を身体で差し示した。ジアンと呼ばれた生き物は、艶のある藍色の髪をしている。名を差されたことで、礼をかしこまったものにした。その拍子に、左耳の上側の飾りが揺れた。ジアンは、左耳の上側の髪を、ひもで結い金の飾りをつけていた。

「は。ジアンは博識です。王国のことだけと言わず、何でもお聞きください」
「ジアンと申します。尊きお役目をいただき、光栄至極にございます」

 不思議な飾りだと思った。きらきらと輝いている。ラルは「ありがとう」と再度、頷いた。
 ふと、ラルは後ろに視線がいった。エルガとジアンの後ろには、グルジオとエレンヒルが控えていた。何となくそれが気になった。グルジオとエレンヒルは、静かに目を伏せて、礼を取っている。その静かさが、気になった。以前見た、グルジオは、エルガと趣は違えど、らんらんとした覇気のある生き物だった。それが、何というか――おとなしい。

「出立は、そうですな。五日後はいかがでしょう。まだ疲れも癒えておらぬでしょうに、姫にはご負担をおかけいたしますが、何分火急の事態にてございます。その分、楽しい道中となるよう、つとめさせていただきます故、ご容赦を」

 その言葉に、わずかにグルジオが顔をこわばらせたのが見えた。ラルには、何故そうしたのかは、わからなかったが、その表情はすぐに消された。気になった。何故グルジオは話さないのだろう? エルガはにこにことしている。後ろの二人など、意識していない様子だった。
 何か、頭の中で形になりそうだった。ラルは、それが形になる前に、最初の疑問をエルガに投げた。

「エルガ。あなたは、さっき森ではって言った。……ここは、森ではないの?」
「は」

 エルガがきょとんとした。顔にはっきりと気持ちのでる生き物だ。

「ここは、明るくて、寒い。ラルの生きていた所と違うような気がする。そう思ってた。森じゃないなら、ここはどこ?」
「なんと……」

 エルガが、独り言のように、呟いた。後に、わなわなとふるえだした。そして、かっと口を開いた。

「グルジオ!」

 ものすごい大声だった。グルジオではなく、ラルの方が身体をはねさせてしまった。グルジオは、深く頭を下げた。

「姫に、この場がどこであるか、まだ伝えてはおらなんだのか! 一体どういう了見か! 見知らぬ地におかれた姫のお心細い気持ちがお前には皆目わからぬというのか?」
「はは、申し訳ありませぬ」
「もういい。そなたらには繊細さが足りぬようだ。全く、何を考えておるのだ、たわけものども」

 憤慨しきったエルガの言葉に、ジアンが思わずと言った調子で顔をわずかにそむけ、のどを一度鳴らした。それから素知らぬ顔へと戻る。

「姫、面目次第もありませぬ。ここは、ドミナンという村にございます。姫のおられた森より二十里ほど離れたところにあり、そうですな、作物豊かに実り、動物も生き生きと、水も澄み、陽光も燦々とあたたかなる、誠によい村です」

 身振り手振りで、エルガはラルに伝えた。途中から楽しくなってきたのか、怒りもどこへやら、にこにことし出すエルガに、またジアンがのどを鳴らした。今度はエルガが「何事か」と怪訝な顔をしたので「大変失礼いたしました」と口元を押さえ、謝罪した。エルガはすぐ忘れ、ラルに向き直った。

「この者らの不行き届き、お許しください」

 エルガが頭を深く下げる。ラルは首を傾げた。せっかく森の外であるとも聞けたのに、その情報も頭から出て行く。何かが、頭の中で膨れ上がっている。

「……どうして、エルガが謝るの?」
「えっ。――ええ、それは、私がこの者らを預かる身だからでございます」

 エルガが、思案するように目をぐるりと回した後、ラルに答えた。

「預かる?」
「ええ、この者等はわが父の――ひいてはこの私の部下であります故。上の者である私が、責任を持つは必定でありましょう」

 跪きながらもエルガが胸を張ったのがわかった。

「上の者……」

 上の者、下の者、エルガ、グルジオ、エレンヒル……ラルの中で言葉が巡る。次いで、この群の中に来てから、何度も告げられた言葉や皆の態度……
 高貴な身分、上の者、下の者、頭をさげる、頭を下げる……何かが頭の中でくみ立っていく。しかし、まだわからない。この答えには、矛盾がある。ラルは目を伏せて考えた。

「……じゃあ、ラルは、責任を持たないといけない?」
「は」
「ラルは、グルジオとエレンヒルの責任を持つ、エルガの責任を持つ?」

 考えながら、言った言葉だったが、自分でも、まだ意図をつかめていない。その為か、ジアンが怪訝そうに眉をひそめたのがわかった。グルジオとエレンヒルに、細い糸が張ったような緊張がわずかに走ったのも、わかった。

「とんでもございません!」

 エルガは叫んだ。問いを向けられた当のエルガは、言葉通りにしかとらなかったようで、その為、ラルの疑問を一番近くで受け取った。

「姫は、そのようなことをなさる必要はございません。姫は、もっとも上の……もっとも尊き身分にございます」

 エルガの言葉の意味はくめない。たっとき、との意味もわからない。
 しかし、この瞬間、ぱちん、とラルの中で、何かがはまった。
 エルガはこの群の中の一番。そして、この場で、一番なのは――ラルだ。
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