姫君は、鳥籠の色を問う

小槻みしろ

文字の大きさ
31 / 57
一章

二十一話 エルガ・ドルミール3

しおりを挟む
 この場で、一番なのは、ラル。
 森の中なら、一番の者が絶対だった。それは、ここでも当たっていると思う。だから、エルガの態度や、それに対するグルジオらの反応から、エルガがグルジオより上であることがわかったし、エルガがはっきりと上だと言った。
 そして、ここの生き物達のラルへの反応とエレンヒルがラルに言った「上の者」という言葉、さっきエルガが言った「責任」という言葉から、ラルもまた、何かの上の者なのだと感じた。そして、エルガが、ラルにこうして頭を下げていて、エルガより上の者だと言った。
 この答えの、理由としては、これで十分のはずなのだが……

(これで合ってるの?)

 しかし、導かれた答えと、現状を合わせるとまだたくさんの疑問が残っていた。なら、なぜ、この群は、ラルに何も教えないでいる? シルヴァスの元にも行けず、ジェイミを助けたいと言う言葉を、ラルはこんなに言うのをためらっている? そもそも、エルガの言葉は、信じていいのか……

「木偶は木偶らしく従っていろ」

 アーグゥイッシュが、ラルにそう言った。従う、とはつまりアーグゥイッシュ達より、ラルが下だということではないか?
 疑問が解けない。けれど、この結論は、ラルの心に強く居座った。もうそれは直感だった。これは正しい。ただ、ほかの何かがおかしいか、自分がまだ知らないだけなのだ。

「ラルは、エルガよりえらいのね」

 ラルが、エルガが信じられないなら、この言葉に意味はなかった。ただ、それでも確かめておきたかった。そしてラルは、エルガにはうそがないような気がしていた。子の群の中で、一番正直であると。
 ラルの言葉に、ジアンが今度は、こめかみをぴくりと動かしたが、やはりエルガは動じない。切れ長の美しい目をまっすぐに、ラルに向け答えた。

「ははっ、そのとおりでございます」
「なら、エルガにお願いがある」
「何でございましょう。私でよろしければ、何なりと申しつけくださいませ」
「ここでラルのせいで、罰を受ける生き物がいる。ラルはその子の罰をなくしたい」
「は……」

 エルガが虚をつかれた顔になった。

「ジェイミと言って、ラルが、この部屋から勝手に出たのが、この子のせいになったの。この子のことを、許してほしい」
「失礼つかまつる、姫。……おい、ジェイミとは誰だ」
「この邸の召使いにございます」

 エルガは少し動揺したようだった。小声の問いに、答えたのはエレンヒルだった。エルガは獣人か、と呟いた上で、うーん、と唸った。

「……――姫、あなた様がお気になさることはございません」
「気にする。苦しいもの」

 エルガがまた唸り、それから何か思いついた、というように朗らかに笑って見せた。

「ならば、その、苦しみはこのエルガが引き受けましょう。あなた様は、多くの者の上に立たれるのですから、下々の者を気にかけては、苦しゅうございます」
「――ラルの罰を、ほかの生き物に、代わらせるのが苦しいの!」

 ラルは立ち上がり叫んだ。エルガは目を見開いた。

「ジェイミにも、エルガにも、誰にも代わってほしくない。ラルが、自分でちゃんと責任を持ちたいの! 謝りたいの!」

 ラルは胸の前で、手を握りしめた。ジェイミを許してほしい? ――違う、ラルは何もわかっていない。自分の気持ちもわかっていない。

「このことは、ラルのせい。ごめんなさい。ラルは、ラルのせいで、誰かが罰を受けて、傷つくことを知らなかった。もう勝手なことをしない。ジェイミのことを、ううん、――ラルのことを許してほしい。ラルへの罰を、ジェイミを罰することにしないでほしい。ラルを許して」

 必死に訴えた。つらくて仕方なかった。知っていたら、しなかったなんて、ラルの為に、もう誰かが傷ついてほしくない。傷だらけのアイゼやジェイミ、アルマ達の顔を思い出す。――赤に染まったシルヴァスのことも。
 ラルは頭を下げて頼んだ。周囲が息をのんだが、ラルの意識には入らなかった。
 助けて――違う、助けると決めたのだ。なんと自分の力の頼りないことだろう。ラルには、結局、信じて頼むしかできなかった。

「姫……」

 エルガの声が部屋に響いた。どこか呆然とした響きだった。

「お顔をお上げください」

 エルガの声は太く平坦で、しかし何かを耐えるようだった。エルガは、静かに、ゆっくりと頭をさげて見せた。

「このエルガ、敬服いたしてございます」

 それきり、エルガの音がふるえた。そのふるえが、息のふるえとなり、エルガは泣き出した。

「あなた様のような方に仕えることが出来るのは、法外の喜びです」

 泣きながら、エルガは言葉を重ねた。声は高揚し、喜びに満ちていた。

「誰があなた様を罰せましょう。ええ、誰にも罰することなどできませぬ」

 ラルは、目を見開いた。

「お顔をお上げくださいませ。このエルガ、あなた様に誓って、そのジェイミという召使いを許しましょう」

 エルガの言葉に、ラルは顔を上げる。エルガは顔面を紅潮させて、精悍な頬に涙をいく筋も作っていた。

「エルガ」
「……恐れながら、一度決めた罰をなくすのはいかがなものかと」

 ジアンが、そっとエルガに対しもの申した。ラルは、びくりとする。

「黙れ、ジアン。俺の誓いに水を差すな」
「しかし、示しがつきませぬ」
「それなら、姫の望むかたちの罰にしたということでよかろう」

 エルガは譲らなかった。ラルはそれがありがたかった。ジアンは、それがわかっていたのか、小さく息をついて、それきり何も言わなかった。

「エルガ、ありがとう」
「かたじけのうございます」

 エルガが、体中から喜びの念を発した。ラルもまた、身体が温かくなった。

(相変わらずだな)

 後ろに黙って控えていた、グルジオとエレンヒルは、渋面をどうにか押し隠していた。エルガ・ドルミール――この、ドルミール卿に愛され、何不自由なく生きてきた第三令息は、とにかく純粋で感動屋で直情的……能天気で愚直、単純であることで有名だった。こちらの考えも知らず、あれこれと言い立て、勝手を通してくれた。
 しかし、此度のことは、この男だけを責められまい。エレンヒルは自分の手落ちを思った。

(姫にああ言われては、聞くしかあるまい)

 エルガの感動はさておき……少し、この娘に対する見識を改めねばならない、エレンヒルは思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...