姫君は、鳥籠の色を問う

小槻みしろ

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一章

二十二話 沙汰

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 物置部屋で、ジェイミは息をついた。小さく、低く、そして深く。そうして体の隅々の神経をすました。ジェイミは指先まで、自分という感覚が、意思がぴたりと重なるのを感じると、目を開いた。
 ジェイミの目は赤みが増し、強い光を宿していた。すまさなくても、あたりの音が皮膚に触れるように感じられた。
 日没間際。忙しなく、そして、ここへの意識が散漫になっている。……名残惜しいが。
 ――行くか。
 身を起こした瞬間だった。遠くの廊下より、こちらへ近づく足音がしている。足取りはしっかりとして、確固たる意思をもってこちらへ向かっている。アルマの足取りだった。
――この時間に?
 処分が決まったのだろうか。どちらにしても関係ないと思い直す。人間達は、きっと自分を見せしめにするだろうから、抜け出す機会をずらすだけだ。ジェイミはそっと寝ころんだ。さっきからずっと、そうしていたように。そうして、高めた神経を凪がせた。
 アルマの足音が部屋に向かって近づいてきてから、ジェイミは体を起こした。難儀そうに、ゆっくりと。アルマが扉を開けた。ジェイミは、伏せていた目を上げ、頭を下げた。

「出ろ」

 アルマの言葉に、ジェイミは起きあがった。処分の前に、別の部屋に移されるのだろうか。しかし、促されついたのは、自分たちの部屋だった。
 最後の情けか? それとも、あいつらに、俺を見張らせるのか――……上等だ、どちらにせよ、関係ない――胸の奥が冷たいもので満たされた時だった。荷を抱え、通りがかったアイゼが、転がるように駆け寄ってきた。

「ジェイミ!」

 ――馬鹿。ジェイミの心の声は形になる前に、アルマがアイゼを張ったことで止まった。

「馬鹿者! 仕事を放って何をしている」
「す、すみません」

 アルマとアイゼのやりとりは、あまりにいつも通りだった。下々の処分などその程度と考えることも出来たが、ジェイミが抱いたのは違和感だった。アイゼは自分を見て、目をきらきらと揺らめかせた。こいつ、泣いてる。

「よかった。ジェイミ、出てこれて」

 ジェイミが怪訝な顔をしたのと、アルマが小さく頷いたのは同時だった。ジェイミはアルマを見る。アルマは、アイゼを「わかったら、早く運べ」と追い立てた。アイゼは頭を下げ、脱兎の勢いで走っていく。アルマは全く、と息をついた。

「ジェイミ。お前は今日はもう休んでよい。ゆっくり休ませるようにとのことだ」
「それは」
「処分はなくなった」

 ジェイミの時が止まる。アルマの顔をじっと見た。反応の悪いジェイミを意外に思い、それでもアルマ自身、何か安堵しているのか、それをしかることはなかった。

「今は忙しい。くわしい話は後でするから、ひとまず、休め」

 そう言うと、アルマは目を伏せ、せわしげに去っていった。ジェイミはその背を穴があくほど見ていた。
 それから、ジェイミは一人、部屋で休んでいた。ずっと寝ていて体力は有り余っていたし、たいそう忙しいことが空気でわかるのに、何も出来ないのが気にかかった。しかし、ずっと神経が障っていたため、一人でいられるのもまた、ありがたくもあった。行き場のない力がぐるぐると回っている。
 処分の取り消し、いいことじゃないか……しかし、ひどくいやな気持ちだ。
 仕事を終えた仲間達が我先にと部屋に戻ってきた。皆一様に、ジェイミの姿を見留めると、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「ジェイミ!」

 年少の獣人達が、心底安心したように名を呼ぶのを聞くと、先まで「あいつらを気にせずもっと早く出て行くんだった」という後悔が、薄れる気がした。アイゼとキーズが入ってくる。年少の獣人達に遠慮してか、やや遠巻きで自分たちを見ている。涙を腕でぬぐうアイゼの背を、キーズが笑いながら叩いていた。
 この状況を、温かく見る自分がいる。――しかし、一方で……。
 そこで、アルマが入ってきた。滅多に訪れない頭の登場に、皆ぴしりと背筋をのばす。

「この度、ジェイミの処分が取り消されたのは知っているな」

 皆は、直立不動のまま気配だけで大きく頷いた。アルマはそれを確認すると、言葉を続けた。

「ジェイミが、姫様のご不興を買った為の、この度の処分となったが……姫様と、エルガ卿が処分をなくすようにと、ご当主様におっしゃられたそうだ。……全く、ありがたきことである。深いお慈悲の心のおかげで、我らは仲間を失わずにいられる。我らは、この恩義に報いるため、いっそう励まねばならない」

 皆が頷いた。アルマもまた、納得したように、二、三度頷いた。

「姫様、エルガ卿が出立される日まで、皆いっそう心を尽くすように。また、此度のことも、やはりご当主様の徳あってのことだ。ご当主様の信頼が、この度の寛大な沙汰へとなったのだ。いっそう我ら、ご当主様に尽くすように、と、執事長は仰せだ」

 アルマはここにおらぬ者に礼を忘れず、終始丁重な様子で話していた。しかしその奥には、かすかにアルマ自身の感情が見えた。怒りと諦念、それから――周囲の空気もそうだった。ジェイミは吐き気がした。

「話は以上だ。明日も、気を引き締めてのぞむように――ジェイミ、こちらへ来い」

 皆がばらばらと解散する中、ジェイミはアルマの元へ向かった。胸焼けがしたように、気分が悪かった。

「大変だったな。しかし、お前も、これからいっそう励むように」
「はい」

 アルマの言葉に、ジェイミは頷いた。ほぼ機械的な返事だったが、反抗的にならぬように、声音に温度をのせた。

「お前はこれから、姫の側に仕えるように」
「――は」
「エルガ卿の命だ。心して勤めろ」

 ジェイミの周囲の音が消えた。ジェイミは習慣から頭を下げ、是の意を返した。アルマが満足げに頷いた。背を向け出て行くのを見送る。アイゼとキーズが駆け寄ってきたのが、わかった。しかし、ジェイミの頭を占拠したのはこの一つの言葉だった。
 ――なんだって?
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