姫君は、鳥籠の色を問う

小槻みしろ

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一章

二十八話 夜歩き

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「姫様、ご機嫌麗しゅうございます! 本日も美しいお姿にお目通りかなうこと、嬉しく存じます」

 エルガがラルの部屋にてひざまずき、声を張っていた。顔を伏せていても、笑顔でいるのがわかった。エルガは稽古帰りであるのか、身だしなみが整えられていたが、熱の余韻を感じさせた。

「顔を上げて」

 自分に頭を下げている生き物を楽にさせたいなら、こう言うことを学んだ。一番えらいのは、ラルなら、ラルが相手の責任を持つ。
 エルガがさっと顔を上げた。顔すべて、笑んでいた。エルガの全身は生き生きとした活気にみちており、ラルの心を励ました。エルガの言葉――というよりもこの群の生き物の言葉は知らない言葉が多い。しかし、エルガは言葉より顔や体がすべて語ってくれるので、ラルも聞き返すことなく、言葉を返した。

「ありがとう。ラルも、エルガに会えて嬉しい」
「もったいなきお言葉!」

 エルガが喜色に満ちた声で答える。ラルもまた、口元をほころばせる。

「姫、何かお変わりありませぬか? 困りごとがありましたらぜひ」

 エルガはラルの不自由な日々を気遣い、いろいろと尋ねてくれる。ラルはありがたかった。

「うん、平気。ジェイミも、よくラルを気遣ってくれる。そう、変わったことはね、ラルは夜の明るさに慣れてきたの」
「おお! それは、何とも喜ばしいことです。姫の鍛錬のたまものですな」

 エルガが、全身から喜色を発してほめてくれた。ラルも嬉しくなって、破顔する。光になれる為に、夜に板を外している事をすでに伝えてあった。ジェイミが罰されないためにも、必要だと思った。

「ありがとう。ラルはちゃんと白いところ――光のもとで歩けるようになりたいの」

 この言葉は、形にするのは、少し勇気がいった。何故かはわからない。ただ、何かを否定してしまうようで、苦しいものがあったのだ。

「賢明なご判断です、姫。何分、これから、短からぬ旅となりますが、光ある外に出ることになります故――もちろん、姫の体にさわらぬようにこのエルガ注意を働きますが――光に慣れることはすばらしくよいことです」

 エルガが、胸の前に手をかざし、ラルの言葉喜んだ。ラルは、少し、自分の心と何かがが、そっと慰められるのを感じた。

「姫には、あたたかき光りのもとに、見ていただきたいもの、感じていただきたいものがたくさんございます。エルガはその時が楽しみでなりません。必ずやお力になりましょう」
「ありがとう」

 エルガが言うと、外の世界は、とてもいいものばかりな気がする。それは、本当にエルガがいいものを思い浮かべていて、それが肌でわかるからだろう。

「恐れながら」

 側に控えていたジアンが、すっと声を上げた。ラルの視線とエルガの注意が、ジアンに集まる。ジアンは髪色と同じ深い藍の目を伏せて、すらすらと流れるように話し出す。

「姫様のお加減さえよろしければ、少し外に出られるのはいかがでしょう」
「外?」
「なにっ、夜にか!?」

 ラルが高い声で聞き返したのと、エルガが素っ頓狂な大声をあげるのは同時だった。ラルは驚いて、エルガを見る。エルガは慌てており、咳払いをした。ジアンはそんな主の様子など知らぬ顔でラルに頷いて、続ける。

「外の空気に触れるのも、一興かと」
「外に出られるの?」
「はい。一人歩きはあぶのうございますから、供をつけることになりますが。ずっとお部屋にこもりきりでつらかろうと、わが主、エルガ卿もずっと憂いていたところです。姫様さえよろしければ、お時間を作りましょう」

 流れるように言葉をのべるジアンは、終始笑みを浮かべていた。それは秀麗なジアンの顔を親しみ深いものにした。「供だと!」とエルガ卿がまた声を上げていたが、しれっと流している。

「嬉しい。ラル、外に出たい」
「との仰せです」
「うむ、しかし、夜か」
「夜はだめ? エルガ」
「夜に歩くは姫に、不都合が……」

 エルガが珍しく渋っていた。ううむと唸る。というのも、ラルは当然知らぬ事であるが、夜に女人が外を出歩くのはカルデニェーバでは、基本、はしたなきことであるとされているからであった。

「今、姫様にとって、ご都合よきが夜なのです、いわばこれは、昼に歩くようなものでしょう。この際、常識は沼に捨てるがよろしい」

 ジアンがエルガに進言する。ラルはジアンの言う常識などしらぬので、首を傾げていた。

「ううん、そうなのだが……姫がこれで、よからぬ噂をたてられては」
「ならば、卿がお供をなされませ。それならば、問題ありますまい」

 ジアンの言葉に、エルガはのぼせ上がるように真っ赤になった。あんまりすごい勢いの赤面だったので、ラルは目を瞬かせた。――カルデニェーバで女人が夜に外を出歩くのは、はしたなきこととされている――ただ、男性を供にしている時をのぞいては。そしてその男性は、年頃ならば、まず主として伴侶に見られた。

「姫様ほどの高貴な方ともなれば、お供は騎士であると伝わりましょう。御名に傷つかぬよう、主が適任かと。しかし重ねて申しますが、この散歩は実質、夜ではなく、昼ではありませんか。なにも問題はありません。ただ外が暗い昼です」
「う、うむ、そうか」

 たたみかけるようなジアンの調子に、ひたすら赤い額からにじむ汗をぬぐっているエルガを、ラルは不思議そうに見ていた。

「姫様がこんなにも努力されているのです。お応えしたくはありませんか」

 ジアンはちゃっちゃとエルガの反論を封殺し、エルガに頷かせたのであった。
 ラルは、終始頭上に疑問符を浮かべていたが、外に出られるとわかって、たいそう嬉しかった。

「では、姫! このエルガ、僭越ながらお供させていただきます」
「ありがとう、エルガ」

 エルガが、やけに改まってラルに言うので、ラルはすこしおかしかった。エルガはいつもの一色の喜びではなく、いろんな感情があふれ、それを懸命におさえているように見えた。
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