姫君は、鳥籠の色を問う

小槻みしろ

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二章

四十七話 綱渡り

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「ならんぞ、ジアン!」

エルガは大きく、否やを叫んだ。

獣人エルミールに姫の護衛役を務めさせるなど!」

ジアンは澄ました顔で、主の顔を見返していた。焚火が、秀麗な顔に落ちる影を揺らす。
ここで、「歌を覚えさせるなど」とは言わないのが主らしいところだ。で、あるからこそこの話の終局は見えている。

「何も、護衛にするとはいっておりませぬ。武奏曲を覚えてもらうだけです」

「手はいくらあっても足りませぬゆえ」と、付け足されたジアンの言葉に、エルガは「ううむ」と唸った。
主もまた、その言葉に納得するところがあったらしい。

「この地で魔生シャイダールが出るなど、常ならぬことにございます」

ドルミール領は、のどかな地である。ドミナンからアテルラまでの道で、魔生が出るなど滅多にない。
事実、エルガがドミナンへ赴いた時はのどかそのものであったし、隊を分けていたグルジオからも、魔生の報告は受けていない。
どうにも、不穏な気配がする。そして、それは終わってはいない――むしろ、始まった、そのような感覚だった。
皆がどこか落ち着かぬ顔で野営をするには、それが大きな理由だった。

「うむ。たしかにそうだ」
「あの者らは、獣人なれど姫様の世話係。自ずから側にいるときもありましょう――覚えさせておいて、損はないかと」

ジアンはつらつらとたたみかけた。エルガは腕組みをし、真剣な顔で火を見つめる。

「そうだな……軍としては情けなきことではあるが、姫の御為だ」

うんとエルガがはっきりと頷く。
ジアンは、その様子に微笑した。
わが主は、姫のことを守ろうと、まことに心を砕かれている。

「よきようにはからってくれ、ジアン」
「かしこまりました」
「して。姫のご様子はどうだ?」
「穏やかにございますよ」
「そうか……」
「魔生には、少し驚かれたようですが。武奏曲のことも、熱心にお聞きになっておりました」
「そうか……気丈なお方だからな」

エルガが、目蓋の裏に至上の美の姿を描いているのが、ジアンにはわかった。

「ご苦労、ジアン」

ジアンは目を伏せる。

「引き続き頼む」
「万事よきようにはからいます」

エルガの言葉に、ジアンは心得顔で、一礼する。
姫の世話役としてだけではない。
――出発の前に、姫を襲った不幸。姫は、気丈に振る舞われているが……兵士を見るとわずかに身構えるようになった。
それに対し、主は酷く憤り――心を痛めていた。
「二度とあのようなことがないようにしたい」との主の言葉に――ジアンは兵の配置などにたいそう気を配っていた。

(主は、たいそうもどかしい思いだろう)

ジアンは、歯がゆくなる。
しかし、はやってはならない。綱渡りをしている――その自覚を持ち続けなければ。
ただでさえ、この道中は、信用ならぬ者ばかりなのだ。

(今、他の者に出し抜かれるわけにはいかぬ)

この旅はきっと、主にとっても深い意味を持つ。その道ゆきを、何びとたりとも邪魔させはしない。
主のための手駒を増やさねばならない。
今、主に頭をたれ従っている兵士たちも、皆ドルミール卿の配下だ。
この際、種族はかまわない。
誰の息のかからぬものが必要だ。

(そして、大切なのは姫のお心だ)

ジアンは、空を仰ぐ。
そう――何より姫が、たいそうあの獣人たちを大切に扱っている。
姫に、獣人への嫌悪はない。
それはまだ、外の世界のことを知らないゆえととることもできるが……
あの魂問いの光景がよみがえる。

カルニ王もまた、獣人の始祖と共に旅をしたという。
その結末は、皆の預かり知るところであるが――カルニ王は終生、獣人を愛していたと聞く。
ならば、カルニ王の子孫たる姫が、獣人を厚遇することに、何か意味があるのかもしれない。

(はやるなといっている!)

ジアンは己を叱咤する。なにもかも、伝承に照らし合わせるのは、危険だ。

(そう。いまは姫の心穏やかにあるように、はからう)

姫の周囲を、姫の信をおくもので固める。
ひいては、それが主のためとなるだろう。

「ジアンよ、喉がかわいた。お前も飲め」
「すぐに」

息をつくと、ジアンは水に糸をたらした。
糸の色の変化がないと見るや、主へと運ぶ。

(もとより、獣道。私のなすことはどこでも変わらない)

さて、これからどうするか……ジアンは思案を巡らせた。


獣人エルミールたちが、武奏曲ディオ・フーガを!
そのうわさは、隊をかけめぐった。

「まさか」
「嘘だろう……獣人だぞ」

兵士たちは目を泳がせる。
――信じられない。
誰の彼の目も、そう言っていた。

「ジアン殿の指示だと……」
「何だと……」

誰かが口火を切ったと見るや、どよめきは形を持った。

「何の酔狂だ」
「われらは獣人以下だというのか?」
「出過ぎではないのか……」

皆の目が、どう猛に光りだす。彼らは今、エルガ卿の配下とはいえ、もともとはドルミール伯のお抱えの兵士たちだ。

(真に頭を垂れたわけではない……というところか)

ぴりぴりと殺気立つ兵士たちを尻目に、エレンヒルは闊歩していた。
ジアンもまた、強引な手に出たものだ。ただでさえ、兵の配置などをジアンが一手に担うことに、反発を覚えるものも多かったというのに……不満は高まるだろう。
これしき、予測できない男でもないだろうに。

(よほど手勢がほしいと見えるな)

エレンヒルは、眉一つ動かさず、此度の沙汰を皮肉る。
無理もない。あの戦だけが取り柄の第三令息だ。あれを押し上げようと必死というわけだ。
此度の旅は、それほどに意味を持つ。

(しかし)

これは、こちらにとっても吉兆かもしれない。皆が己のために動き出している。
その隙ほど、甘いものはない。

(焦るな)

エレンヒルは、心の底が熱く焦がれるのを、静かに静かに飼い慣らした。
まずは、この波をどう使うか……手並の拝見というところだ。
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