現想少女

小槻みしろ

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四話 現想少女

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「章ちゃん」

 ノックの音の後に、哲夫の母である叔母が部屋に入ってきた。章は表情を取り繕って振り返った。

「何、おばちゃん」
「お菓子買ってきたから、一緒に食べない?」

 八重歯を覗かせて、手にしている袋を掲げた。近所で有名なケーキ屋の名前がプリントされている。

「わあ、いいの? ありがとう! いただきます」

 自分からすれば大袈裟なくらい、声を高くして喜んだ。章の声は低くて抑揚がないと、友人は皆言うからだ。

「いいえ。じゃあリビング行きましょ」

 紅茶かな、コーヒーかしら、そう言う叔母に、ううんと迷うそぶりを見せながら立ち上がる。章のセーラー服のプリーツスカートが、ひらりと太股を刺激した。その感覚にぞっとしたこともあった。麻痺させるうちに、慣れてしまった。
 そう、麻痺させて、誤魔化しているのはこちらの現実なのだ。章は思う。

「やっぱり女の子ね」

 甘いもの一緒に食べられるし、そのことばを、奥歯の奥できしきし噛み締めながら章は笑った。

◇◇

 あきら、僕、佐渡。章を示す呼称。それから好きなもの、嫌いなもの、誕生日。最悪、誕生日も知らなくていい。名前を呼ぶだけで、その名前さえ、自分の決めたもので、もしくは相手の好きな呼び方でいい――
 それだけで全てを示しきれたらどんなにいいだろうか。全てを示すことができたら。そう章は思う。
 もっとシンプルに生きてみたい。心を覆う外枠も越えて、ただの自分で、誰かと繋がることを許してほしい。
 けれど、そんな夢を、カコを好きになるほど自分が嘘だと叫びそうになる。嘘なんだという気持ちが、痛みとなって現実に呼び醒ます。
 電子の海にある真実をまだ、さらうことができない。


『あのね、わたし あきらと会ってみたい。あわなくても、顔を見て話してみたい』

 嘘つき!と叫ぶ声。章は、自分のその声を胸の奥底に封じている。いつか、別の声にかわるのを恐れながら。
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