リンゴの木の下で

小槻みしろ

文字の大きさ
上 下
3 / 10

三話 

しおりを挟む
 第二の聖女が現れたのは、さらにひとつきたったころだった。
 
「ソニアと申します」
 
 聖女が二人ですって? この世にたった一人のはずの聖女が?
 皆、半信半疑だった。
 しかし、宰相であるヒース様が、教典を手に皆に説明した。
 
「ごくまれにでございますが、聖女様が二人、世に降臨されることがあります。七十年前と三十五年前に事例がございます」
「なんと、誠か……」
 
 これによって、どちらが聖女か、血を血で洗うような事態は免れた。
 私はというと、落胆があった。この世にたった一人しかいない存在だと思っていたのに……
 なら、私は何のために、こんなにつらいことをしているのだろう?
 しかし、それ以上に、この時は安堵していた。
 もう、つらい仕事を一人でしなくていいんだ。休むことが出来るんだ。体が裂けそうなほど痛いのに、笑顔を浮かべ続けなくていい。安心を抱いて寝られるんだ。その思いが強かった。
 

「ソニア、しっかりしろ」
「はい!すみません、レオ陛下」
「まったく、少しはマリーを見習ったらどうです」
「あはは……」 
 
 ヒース様の呆れ声に、ソニアは、頭をかいて笑った。
 私は、貴族の子どもの病を癒したところだった。本来は、ソニアの仕事だ。
 ソニアは、未熟な聖女だった。
 貴族たちが帰っていき、次の貴族が入ってくるまでの、ほんの少しの間に、いつもの御小言が始まった、というわけだ。 
 
「聖女が二人というから、期待したのだが……世の中うまくいかないものだな」
 
 これが若き国王陛下の、目下の口癖だった。
 
「マリー、いつもありがとう」
「いいのよ、私の仕事だもの」 
 
 私はというと、正直、期待外れと言えなくもないけれど……安心していた。
 ソニアの力は弱いけれど、やっぱり一人でやらなくていいという安心感は強い。
 それでいて、自分より出すぎないのだ。ちょうどよかった。
 ソニアへ御小言を言うついでに、皆、私のことを褒めてくれる。
 認めてくれていることが、嬉しかったのだ。

しおりを挟む

処理中です...