リンゴの木の下で

小槻みしろ

文字の大きさ
上 下
4 / 10

四話

しおりを挟む
 夏が来る頃、国にはやり病が起こった。
 貴族の訪問は立て続けになり、私たちの忙しさは類を見なかった。
 ソニアは、重篤な病人は癒すことが出来ない。はやり病のものは、皆大抵重篤だった。
 私は寝る間も惜しんで働いて、とうとう倒れてしまった。
 
「ソニア、癒しの力をマリーに」
 
 レオ陛下の言葉が、意識の向こうで聞こえる。
 めまいに揺れる視界の中、私は、早く起きなければ、という気持ちと絶望的な気持ちが襲っていた。
 その時、なにかを打つような、小気味のいい音が響いた。
 
「マリーはずっと働いて疲れているのに、この人非人!」
「な……そもそもそなたが使えないから悪いのだ!」
「わかってるわ! だからこそ、死ぬ気で働いてるマリーを鞭打つなんて絶対にしない!」
 
 曇った思考の中で、ソニアの涙まじりの怒声だけ、やけにクリアに聞こえた。
 私は、ふらふらと身を起こした。
 
「ソニア」
「マリー!」
「癒してちょうだい」
「だめ、休んでて! マリーにさんざん助けてもらったんだもの。私だって役に立つわ」
「いいのよ。私にしかできないことだもの」
「マリー!」
 
 ソニアが私を抱きしめた。人間を暖かいと思ったのは久しぶりだった。
 
「すまなかった。マリー……ソニア」
 
 陛下が頭を下げた。私たちはその言葉を、ぎょっとして聞いた。
 
「ソニア、マリーは辛いでしょうから、癒してさしあげてください」
「でも……」
「心配せずとも、休んでいただきます」
「そなたたちも人間だということを忘れていた」
「ヒース様……陛下……」
 
 私は、感動していた。聖女とは言え、彼らは雲上人だ。対等ではない。ソニアはというと、まだ納得していない様子だったが、私の顔を見ると、覚悟を決めたようだった。
 
「絶対に休ませてあげてくださいね」
「約束しよう」
「では……」
 
 ソニアの癒しの力が、体に満ちる。練習でかけあうことはあったが、あたたかな力だった。これが聖女の力……自分ではわからなかった。
 
「ありがとう」
 
 私の言葉に、ソニアは嬉しそうに笑った。私も笑った。久しぶりに、笑ったと感じられた。
 
しおりを挟む

処理中です...