2 / 15
二話 惣菜
しおりを挟む「お姉ちゃんは、いたくて病院にいるんじゃないのに、なんてひどいこと言うの!」
ある日、母が私をぶった。姉のいる白い部屋に行くのを
「めんどうだからやだ」
と渋った時の事だった。
首が吹っ飛んでいくような張り手だった。
さっきも言ったけれど、私は病院が嫌いだった。それにその日、私は幼稚園の友達に遊びに誘われていたのだ。なのに、断らされて、へそを曲げていた。
姉が白い部屋にいる時は、大抵私は母と一緒に行かなければいけなかった。特に何か私に出来るわけでもないのに、意味も教えてくれないのに、強要され続けるそれに、もうかなりうんざりしていたのだ。
母親の剣幕に私は呆然とした。はっきり言って、何が起きたのかよくわからなかった。
ただ、自分が何かを間違えた、ということだけはわかった。その何かを、私はすぐ理解することが出来なかった。思考が途切れて、道に迷ったような心地がした。
母は、私が答えをなにかしら出す前に、背を向けて部屋を出て行った。
ドアと鍵の閉まる、乱暴な音がそれを告げた。
私は取り残されたのだと思った。
実際はただ、母は一人で病院に向かったのだが、そのときは捨てられたと思った。
帰ってきてからも、母はずっと私に怒っていた。
そして当分、私という存在を無視した。全身から出ている空気は湯気みたいに熱くて、電気みたいにぴりぴりしていた。
「ごめんなさい」
怖くて、私はよくわからないままに謝った。それは反射といってよかった。
けれど母は、私を見てもくれなかった。聞こえていないように通り過ぎて、手を洗って、家のことをしていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
私はただおろおろとして、母の周りをうろちょろついて回っては謝った。そしてそのたび無視された。それを何度も繰り返していた。
そんな調子でも、不思議なことにご飯は出た。近所の惣菜屋のもので、そこはご飯も一緒に売ってくれていた。パック詰めされたそれを乱雑に置いて、母は出ていった。
最初は意味がわからなかったし、食べていいのかわからなかったから、我慢していた。
すると、母が帰ってきた。私は母に駆け寄るが、母は、まとわりつく私を払うように進んで、テーブルの上に置きっぱなしのそれを見た。
忌々し気な唸り声と共に、それはゴミ箱に投げ込まれた。
それで、私はそれを食べなければいけなかったと気付いたのだ。
以降は毎日、私はそれを食べた。子供には多い量だったけど、なんとか飲み込んだ。
今でも私はあのパックに入った緑の菜っ葉や、マヨネーズのかかった肉の絵面を覚えている。味は覚えていない、というか糊を食べているような記憶しかなかった。この時から少しして、気まずい思いと共にそれらを食べた時、普通においしくて驚いた。
けれど、私は今でもあの惣菜が大嫌いだ。
しかし、そんな私の気持ちなどつゆ知らず、あの惣菜には、今でも頻繁にお世話になっていた。母はこれを気に入っているのか、病院、またはパート帰りによく買ってくるのだった。
何も、母の料理が食べたいと言う気はない。けれど、重ねて言うと、私はこれが大嫌いだ。
あの苦い記憶を、いやおうなしに、思い出させるから。それも私だけではなく、母にまで。
「あんたあの時ひどかったわよねぇ」
母は、惣菜をつまみながら、にじったような笑みを浮かべて言う。
あの時とは、私の過ちを許してもらった日の事だ。
母は私に怒りながらも、ずっと出かけていて、いつも慌ただしく家のあちこちのドアを開閉していた。私は家に一人で、右往左往していた。外にだって出られたけれど、家にいた。母が家に帰ってきて顔を合わすたびに謝った。それでも、ちっとも許してもらえなかった。
「ごめんなさい」
ぶたれてから数日たったころ、母はその日も、あれこれと支度をしていた。
「おかあさん、もういいません。ごめんなさい」
「望み通り、放っておいてあげてるでしょ」
私の顔も見ず、冷たい声でそう言った。
その言葉の威力はすさまじく、私は異様に怖くなった。恐怖を持て余して、泣き出した。そんな私をよそに、母は、洗濯物を鞄に詰め始めていた。
「ゆるして! ごめんなさい!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
私はそんな母に縋り、何度も何度も叫び謝った。これで許してもらえなければ終わりだ、と思った。何が終わりかもわからないが、とにかく怖くて泣きわめいた。
それでも母は、返事をしなかった。怖くて悲しかった。悲しさも泣き疲れて流れ、悲しさの残骸に縋り始めたころ、母は、長くて唸るようなため息をついた。
「あんたは本当にしかたない子ね」
でもまあ、しかたない、もういいわ。
そう、言った。
「本当に、あんたはしかたないわよ」
あの惣菜を食べると、いつも、母は気紛れにあの話を持ち出して、私に聞かせる。
私が毎度忘れていると思っているらしい。
「おかしい人みたいにわめいてたわよね。わかってないくせに」
あの時みたいに、冷たい響きを持っているときと、笑い交じりでからかっている様なときと、多種多様に、私のあの時の様子を、飯の追加のオカズに話すのだった。
「本当にあんたって、根がつめたいのよねえ」
だから嫌いだ。一人で食べる分には、まあ気分の悪さも半減して、味がわかるが、それでも吐き気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる