上 下
18 / 100

憎い兄のままでいい[宇宙の視点]

しおりを挟む
流星から連絡がきた。

月(るい)が、マッチングアプリをやり始めたと言う。

何も知らないあいつは、呑気だな。

「宇宙(そら)兄さんから、月(るい)に連絡をしてくれないか?」

「忘れられてんのが、怖いのか?」

「怖い」

「わかったよ。してやる」

俺は、流星とは違う。

月(るい)に嫌われる事は、何も怖くなどなかった。

忘れられていても、何も怖くなどない。

「何時に来るかわかんないのに、何してんだよ。流星」

朝の九時から、月城病院の入り口で流星は月(るい)が来るのを待っていた。

仕方ないから、俺も待っててやる事にした。

「月(るい)は、傷つくだろうね」

「そうだな」

「記憶をなくせば、結婚したいと思うものなんだな。」

「そうだな」

「宇宙(そら)兄さん、今までのように嫌われるつもり?」

「当たり前だ。俺は、月(るい)に愛して欲しいわけじゃない」

「そう言えるのは、羨ましいよ。」

流星は、行き交う人を見つめてる。

「流星は、月(るい)が好きだもんな。いろんな意味で」

「酷い言い方だね。俺を、軽蔑してるんだろ?」

「一度も、してないよ。俺だって人を好きになった事はある。だから、流星の気持ちもわかるよ」

「宇宙(そら)兄さん、かわったんだな。知らない間に、かわったんだな。」

「根本なんてかわらないさ。ただ、妻に出会って、愛情を知っただけだ。」

流星は、俺に笑いかけてきた。

「もっと早く宇宙(そら)兄さんと和解すべきだったかもね」

「今だから、いいんじゃないか?」

「月(るい)が、来たよ」

病院に来る人の中で、流星は月(るい)を見つけた。

「おい、どこ行く」

通りすがる月(るい)の腕を俺は、掴んだ。

「あなたが、兄?」

「そうだ、行くぞ。」

流星は、月(るい)の後ろをついてくる。

俺は、院長室に二人を連れてきた。

「橘月(たちばなるい)って名前さえしっくりきてないか?」

「ああ」

月(るい)は、不思議な顔で俺と流星を見た。

「橘流星です。月(るい)の二番目の兄です。」

「二人もいたんだな。」

月(るい)は、思い出せないようだった。

「午前診が終わったら、ちゃんとデータを見せてやるけど…。単刀直入言うが、月(るい)は妊娠させる事は不可能だ。」

「はあ?てめぇ、いい加減な事言ってんじゃねーぞ」

月(るい)は、俺の胸ぐらを掴んできた。

「殴ったって、お前に精子が戻ることはない。今の医学じゃ不可能だ。」

「宇宙(そら)兄さん、そんな言い方しなくても」

ドカッ…。

月(るい)に、殴りつけられた。

唇の端が、切れた。

俺は、今までのように淡々と話す。

憎い兄のままで、いいのだ。

「結婚をしたいのなら、これから一緒になる相手にちゃんと説明するんだ。自分は、精子を作れないから、子供を作れないと…。その上で、一緒になってくれるかをきちんと話すんだ。」

「てめぇ、ふざけた事、言ってんじゃねーぞ。」

「だったら、自分の目で確かめて帰れよ。その為に、呼んだんだ。後、一時間で終わる。それまで、おとなしく待っておけ」

俺は、胸ぐらを掴んだ月(るい)の手を離した。

たぶん、引き金は俺なら引ける。

「宇宙(そら)兄さん、それは…」

ペーパーナイフを月(るい)の頬にペタペタと当てた。

「どういうつもりだ。」

「絶望したら、お前はまた死のうとするんだろ?だったら、俺が選ばせてやるよ。どうやって、死にたい?間違った選択は、するな。お前の命ぐらい、俺がちゃんと殺してやるよ。」

「それが、弟に言う言葉か…。あんた、最低だな」

「最低でも何でもいいよ。絶望した時の自分を想像して、選択するんだよ。月(るい)」

月(るい)を壁に押しつけた。

「わかったな」

ダンっ…

月(るい)の横の壁を殴った。

「酷い、兄だな。あんた」

月(るい)は、その場に崩れ落ちた。

「それでいい、ちゃんと選べ」

俺は、月(るい)から離れた。

「流星、見とけ。コーヒーを買ってくる」

その場に居たくなくて、部屋をでた。

月(るい)、酷い兄になるから。

ちゃんと、記憶とりもどせよ。




しおりを挟む

処理中です...