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光珠の視点

嫌いになって

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麗奈は、涙でいっぱいの目を私に向ける。

『光珠、私を解放して』

「なんで?」

涙が、ボトボトと流れてくる。

『お願い、自由にして』

私は、頷けずに泣く。

麗奈は、続ける。

『さよならって言って』

言葉を言いたいのに、喉の奥が詰まったみたいに上手く話せない。

『お願いします。私ときちんと別れて下さい。』

「うっ、ううう」

かろうじで、絞り出せた言葉はそれだった。

『お願いします。解放して下さい。』

なんで?なんで?頭の中で、その言葉が流れているのに喉の奥に言葉が引っ掛かって上手く取り出せない。

45歳になった大人なのに、私は21歳の麗奈よりも弱くて頼りない存在だ。

『もう、三年も宮部さんといるじゃない。三年前に終わった私への気持ちに今さら振り回されてどうするの?』

20歳以上も下の麗奈が、私と頑張ってさよならをしているのに…私は、なぜ頷いてあげる事もしないのだ。

麗奈の言う通りだ。ちょうど20年が経ったあの日、お墓参りに糸埜(いとの)君と行った帰り。

宝珠から預かったプレゼントを取りに三日月の家に寄った日に、私は希海さんと出会った。

42歳の日に、麗奈を忘れて前を向いていこうと決めたのだ。

私よりも、麗奈の方が苦しんだはずだ。

なのに、なぜ。

麗奈に、頷いてあげれないのだろうか……。

愛ではなく、執着だからだろうか…。

『光珠、お別れしよう。ほら、そのケースを開けて、ここに、指輪をはめて…。お願い』

私は、首を横に振る。

『前を向くって決めたでしょ?もう、振り向いたら駄目。後ろには、何もないの。あるのは、真っ暗な闇と絶望だけよ。光珠を幸せにしてくれるものは、過去にはないのよ』

麗奈は、泣いている。

私の為に、苦しくても痛くても、終わりにしようとしてくれている優しさを感じる。

麗奈は、何も変わってない。

「失いたくない。」

やっと、話せた言葉がこれだなんて、どれだけ私は、小さい男なのだ。

『もう、失ってるわ』

麗奈は、私の涙を拭ってくれる。

「そ」

そんなことないと言おうとした。

言葉を唇で、塞がれてしまった。

怖いと怯えていたのに、麗奈は唇を重ねてきた。

この感触は、紛れもなく麗奈だ。

『さよならして』

「そんなキスだけで終わりに出来ない。」

『私は、妊婦よ。何を求めるの光珠』

「君は、お預けを食らわしたまま死んだんだよ。それが、全てじゃないのなんかわかってる。でも、麗奈とするのは私にとって特別だったんだよ。麗奈もそうだって思っていた」

20年の想いをとめられなかった。

「あの日、迎えに来なくてよかった。私は、麗奈の体が冷えてしまって赤ちゃんと麗奈に、もしもの事があったらどうしようと思ったんだ。麗奈がいない人生は、私にとって無価値だった。だから、あの日麗奈が死んだと聞かされて壊れたよ。なのに、何で?20年一度も現れなかったんだよ。何で、今さら現れて私の心をぐちゃぐちゃにかきみだすんだよ。20年現れないって決めたなら、二度と出てくるなよ」

言いたくない言葉が、ポンポン出てくる。

あの時に、塞き止めていた感情が溢(あふ)れだす。

『ごめんなさい』

「謝るぐらいなら、最初から会いに来るなよ。何を望んでるかわかるだろ?幽体なら、感じてるんだろう?私の人生に、二度と関わらないでおくつもりだったなら最後までそうしろよ。麗奈、何できたんだよ。何で、現れたんだよ。何で、何で、何でだよ。」

『ごめんなさい。赦して』

謝って欲しいわけじゃない。

そんなに、震えて怯えた目をさせたかったわけじゃない。

なのに、止められなくて…。

20年間の想いをたった一日で終わりにしようと思ったら、目の前にいる麗奈に嫌われる事しか方法が浮かばなくて…。

『ごめんなさい。』

「妊婦じゃなきゃ出来るのか?」

『光珠……怖いよ』

「もういいだろ?そうして、欲しいから現れたんだろ?希海さんと私がそうなる前に、自分にして欲しかったんだろ?」

バシン……。

麗奈に頬を叩かれた。

もっと、嫌いになってくれ。

お前なんかいらないと麗奈が言ってくれないか?
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