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宝珠の視点

苦しいだけの人生

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「宝珠君、空は苦しいだけの人生だったのだろうか?」

「わかりません」

「私は、彼女に会って聞きたい。知りたい。」

「何をですか?」

「健康な体も、結婚も、子供も、手に入らなかった彼女の人生は幸せだったのかと聞きたいんだ。私と三年も付き合って幸せだったのか聞きたいんだ。」

「ずっと、病院にいたのですか?」

ゐ空さんは、大きく頷いた。

「転院を繰り返しながら、入院を繰り返していたよ。空は、退院できない病気だと言っていた。私は、空が何度も外の世界に行きたいって言っていたのを知っているよ。空にとって、外は全部キラキラしてるって…。」

「幽体を呼び出せないでしょうか?私から、三日月のものに頼んでみましょうか?」

ゐ空さんは、首を横に振った。

「彼女は、生まれ変わりの道にもう行ってる。」

「呼び出せなかったのですね」

「前に、頼んだんだよ。人形を引き取りに来た能力者に…。そしたら、もう幽体はないと言われた。」

「向こうに見に行った事を考えれば、伍代さんの所でしょうか?」

「ああ、そうだよ。伍代のもの。TVに出てる時に、その名を知った?」

「はい。伍代さんだけは、本物だと感じましたから…。」

「彼の家の能力は、あちら側に見に行く事が出来るからね。中間地点に行く事が出来る。そこで、話を聞いたら、彼女は生まれ変わりの道に行ったと聞いた。」

「そうですか」

それでは、彼女が何を感じていたか答えを見つける事が出来ない。

どうするべきだろうか?

「宝珠君、君の意見を聞かせてくれるだけでいいんだよ。」

そうか!!

「ゐ空さん、人形のビジョンを読ませてもらってもいいですか?」

「そんなの、人形に入ってるわけがないよ」

「わかりません。一度、彼女の魂がこちらに入ったのですよね?」

「あぁ、入った。」

「もしかすると、その残像が残ってるかも知れません。なので、見せていただきたいのですが…。」

ゐ空さんは、眉間に皺を寄せながら、ゆっくり立ち上がる。

ガラスケースを開いた。

「では、失礼します。」

私は、右手を当てる。

どうか、見つかってくれ。

ドクン……………。

心臓の鼓動が、大きくなった。

絶対に残っている確証を得た。

私は、目を閉じて集中する。

.
.
.
.

「ありがとう」

私は、手袋をはめてガラスケースを閉じた。

「何か、見えたのか?」

「はい、何とか見れましたよ。」

「で、彼女は何と?」

「ビジョンを見せますね」

「待ってくれ」

「はい」

「まだ、覚悟を決めれていない」

ゐ空さんは、そう言って頭を抱えた。

その気持ちは、わかる。

幸せじゃなかったと言われたら、自分と過ごした日々は、何だったのかわからなくなる。

私も、宮部さんがビジョンを返してくれた日。

本当は、少しだけ、怖かった。

好きにならなければ、よかったと思われていたら、どうしようと思った。

しかし、宮部さんがくれたビジョンは、私への好きで溢(あふ)れていた。好きになった事に、後悔などしていなかった。

あのビジョンを受け取った瞬間から、彼女はきちんと前を向いていた。ただ、あれはどこかにしまわれていただけで…。

宮部さんの心に、私の存在する場所はなかった。

会った時から、ずっと…。

「ゐ空さんは、人形師を続けてきてよかったですか?」

「どうかな?最近は、廃棄される事が、多くなったよ。スマホに入れれるんだってね。写真が話したり出来るんだろ?私の技術なんか、化石だろ」

「そんな事ありませんよ。触(ふ)れ合いは、無機質なあれには出来ないですよ。」

「ハハハ、そうかもね。でも、皆。あのちいこいのを見つめて歩いてるだろ?こないだ何か、お母さんがスマホに夢中で、小さな子が連れて行かれそうになっててさ!雅が、とめていた。あれは、魔法だね。私と彼女と過ごした時に、あれがあったなら…。彼女のリアルを知れたかな?」

「どうでしょうか?ただ、いい場面を切り取ってるだけな気がしますが…。」

「それでも、何も残らないよりマシだよ。」

ゐ空さんは、笑っている。

「準備が出来ましたら、言って下さいね。私は、何時間でも待ちますから」

「すまないね。」

私は、ゐ空さんと向き合って座る。

私は、目を閉じてさっきのビジョンを見ていた。


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