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さよなら、空。(ゐ空)

一人に…

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暫く、考えていたけれど…。

答えが、出ない。

「宝珠君、少し一人にしてくれないか?」

「わかりました。答えが、決まったら呼んで下さいね」

「わかった」

私は、宝珠君が出ていった後、ガラスケースに向き合った。

「君は、彼に何を渡した?もしも、その答えが悲しいなら私は立ち直れないよ。」

あの日、私は師匠が造った人形の引き渡しで、彼女とさよならが出来なかった。

初七日が終わり、やっとの思いで生きている私の前に、人形を取りに来たのが伍代飛鳥(ごだいあすか)だった。伍代家(ごだいけ)は、代々見えざるものが道に迷わない為の案内人をしていた。だから、彼らはこの世とあの世の狭間にいける。飛鳥の弟のみくるは、その端正な容姿から一時期宝珠君と一緒に、TVに引っ張りだこになっていた。しかし、飛鳥程の力はなく。いつの間にか、嘘つき霊能者と吊し上げられて死のうとした。

飛鳥がとめた事によって、今は車椅子生活になっている。

しかし、みくるはそれを喜んだ。

何故なら、足を失った代わりに能力が開花されたからだ。

なぜか、伍代家の話に頭がそれてしまった。

話を戻そう。

私は、彼女の初七日にやって来た飛鳥に、彼女の魂に話を聞いてもらう為に調べてもらった。

彼女は、もう魂の道へ進んでいないと言われてしまった。

あー。彼女は魂を抹消し、生まれ変わりを選んだのか…。

そう思った瞬間、すごく悲しかった。

彼女の人生は、すぐに生まれ変わりたい程、辛いものだったんだ。

「空、私との時間は、幸せじゃなかった?私は、君に辛い事や悲しい事を思い出させる存在でしかなかったのだろうか…。」

私は、変わっている人間だ。

好きな人を抱き締めたいと思っても、キスや性行為は苦手だった。

それは、13歳の夏の終わりに父のもとに破棄されてやってきたあの人形のせいだった。

寝てる私の上に、覆い被さりゐ空と名を呼び、ヌメヌメとした舌で顔や体を舐められる感触で目が覚めた。

父に話すと人形は、そんな事を自分からしないと言われた。

ゐ空は、夢を見ているのだと言われた。

私は、彼女のしてくる行為を必死に夢だと思い込んだ。

何度も、何度も、何度も、繰り返され…。

3ヶ月が経ったある日、私は人形に初めてを奪われたのだ。

父が死にこちらにやってきて知った事は、人形師の能力が高いものは、時期がやってくると人形と性行為をする為に人形が夜毎現れるということだった。

父親よりも、ゐ空の能力が上だったんだと師匠に言われた。

そして、私は、父の死後もう一つ知った事があった。

母親だと思って、生きてきたそれが人形だった。

いつの間にか、母親は人形になっていたのだ。

では、幾度の夜に父が行為をしていた相手はいったいどれだったのか…。

考えるれば、考える程に、吐き気と震えがした。

私にとって行為は、おぞましいものだった。

それでも、好きと言われれば悪い気はしなくて付き合った。

キスになると拒み振られた、20歳を過ぎれば、ゐ空の子が欲しいと言われるようになった。

私は、機能不全に陥った。

でも、空に出会い、初めて自分から人を愛した。

そんな事が、出来なくてホッとした。よかったと思った。

それでも、キスだけは自分から求めていた。

こんなに、愛した事は初めてで…

空を失いたくなかった。

あの日、空がいなくなって私の世界は終わりを告げた。

信号機が、わざと点滅するまでになってからしか渡らなくなって、わざと車のスピードを出したり、電車のホームでは、線路ギリギリの所で立っていた。

そして、最後は人形に殺してもらおうとも考えた。

空の元にいきたかった。

こんな人生は、いらなかった。

私にとって、空が全てだったように…。

空にとっても、私が全てであって欲しい。

あの日々だけは、どうか幸せな時間だったと言って欲しい。

私は、覚悟を決めた。

外に出ると宝珠君が、モカと光珠君を抱き締めていた。

モカも乗り越えようとしてるなら、私も頑張ろう。

来てくれと手招きをして、私は中に入った。

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