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宮部希海の視点

戻ってきてね

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ブー、ブー

私は、スマホを見る。

「ごめん。電話出てくるね」

「はい」

私は、お店を出て電話に出た。

三日月さんだった。

私は、電話を切った。

喜与恵君の所に、戻る。

喜与恵君の見てる視線の先に、家族連れがいた。

「ごめんね。」

「いえいえ」

「三日月さんだった!戻ってきたら、さっきの場所にきてって。雅さんが、晩御飯作ってくれるって!」

「そうですか、嬉しいです」

私は、反射的に喜与恵君の手を握りしめていた。

「どうしました?」

「大丈夫。私がいるから」

喜与恵君は、ポトポトと涙を流した。

「ごめんなさい。何でかな…」

キラキラしたその場所に入れない気持ちが私にはわかる。

喜与恵君は、普通が欲しいのも知ってる。

でも、それを手に入れる事が出来ないのも知ってる。

「これ、飲んだらもどろうか?」

「うん、そうだね」

見ないようにするなんて、出来ないんだよね。

そこが、喜与恵君にとって欲しい世界(ばしょ)だから…。

「パフェ美味しかったね」

「うん」

「次は、四人でデートしようよ。どうかな?」

家族連れの声が聞こえないように、話す事しか出来ない。

「いいですよ。」

「じゃあ、行きたい場所決めてもいい?」

「はい、希海ちゃんが決めて下さい」

どうして、願っても願っても叶わないのかな…

私は、喜与恵君から手を離した。

「じゃあ、素敵な場所、探しとくね」

「はい」

「もどろうか?」

「はい」

私は、わざと見えないようにする。

喜与恵君の視界に、入らないで欲しい。

「先に、出てて。お金払うから」

「私が、出しますよ!」

「気にしなくて、いいから」

私は、喜与恵君をお店から出した。

お会計を払って、店を出た。

「ごめんね。私が、パフェなんか食べようって言ったから」

「すっごく、美味しかったですよ。料金も、払ったのに…。」

「私が、誘ったから気にしないで」

喜与恵君は、私の腕を掴んだ。

「うん?」

「ありがとう。さっき、気づいたんだよね?私が、辛そうだったから?」

「私には、欲しくない世界(ばしょ)だけど。喜与恵君にとっては、欲しい世界(ばしょ)だったんでしょ?街を歩けば、出会うよね。神社でも、出会うでしょ?その度に、辛い想いするんだよね。」

喜与恵君は、ポロポロと泣き出してしまった。

「希海ちゃん。ごめんね。」

「何で、謝るの?私の体と代えてあげたいよ。代わってあげたい。喜与恵君と三日月さんに、普通の経験をして欲しい。結婚して、子供を持って、そんな世界(ばしょ)をあげたい。」

喜与恵君は、泣いてる。

普通になりたいのに、なれなくて…。きっと、三日月さんも喜与恵君を縛りつけてしまってると苦しんでいる。

どうして、うまくいかないのかな?

「息苦しいね。希海ちゃん」

「うん」

「それでも、生きていくしか出来ないなんて残酷だね」

「うん」

私は、喜与恵君の頭を撫でてあげる。

「帰ろう」

「うん」

並んで歩く。

喜与恵君は、不安から私の腕を掴んでる。

「大丈夫。苦しいのは、今だけだから」

私は、喜与恵君に笑いかける。

「皆といたら、忘れられる。なかった事になるんだよ!だから、大丈夫だよ。」

「うん」

この感覚が、死ぬまで続くなら拷問だね。

「希海ちゃん、ありがとう」

喜与恵君が、まだ泣いているのは顔を見なくてもわかる。

歩く度に、ぶつかる小さな石のように…。

避けても、避けても、それは現れる。

どれだけ胸を抉られて、どれだけ泣けば赦されるのだろうか?

どうして、神様は赦してくれないのだろう…。

どうして、望みなんて叶わないのに、恋をしてしまうのだろう。

「希海ちゃん」

「なに?」

「また、こうやって話を聞いてくれる?」

「勿論だよ」

もうすぐ、つきそうになった瞬間、喜与恵君は私を抱き締めた。

「ごめんね。ありがとう。少しだけ…ごめんね」

「大丈夫だよ」

「辛くて、痛くて、死にそうなんだ。ごめんね。」

「大丈夫」

目にはいる景色が、そこに当たり前に存在する景色が、こんなにも苦しくて辛いなんて…。

私は、大人になるまで知らなかったよ。

きっと、喜与恵君も神社から出るまで知らなかったんだと思う。


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