上 下
65 / 94
宮部希海の視点

消えたい

しおりを挟む
「ごめんね」

喜与恵君は、私から離れた。

「大丈夫」

私は、涙をティシュで拭ってあげる。

「神社にずっといれば、よかった。そしたら、宝珠を想う苦しみや痛みや悲しみだけだった。」

「そうだね」

「ごめんね。希海ちゃん。迷惑かけてるね。大人なのに、泣いたりして」

私は、首を横に振った。

「でも、自分じゃ抱えきれなくて…。ごめんね。」

「ううん」

「さっきの家族みたいになりたかった。私だって、普通の世界の住人になりたかった。」

「うん」

私は、喜与恵君を見つめて泣いた。

普通に苦しめられても、普通になりたい。

愛する人と結婚して、子供がいる未来が欲しい喜与恵君。

それを手に出来ない三日月さんの体と自分の体。

願う人の願いは、叶わない世界。

私も喜与恵君も、その沼を進むしかないんだ。

「喜与恵君、息苦しいね」

「うん」

「生きづらいね」

「うん」

私は、喜与恵君の涙を拭う。

「遅いよ!」

「何してんの?二人で」

私と喜与恵君はぐしゃぐしゃな顔で、その声に振り返った。

「パフェ、不味かったの?」

「光珠さん」

「喜与恵、お腹痛いか?」

「宝珠」

二人は、何も聞かなかった。

「息苦しい?」

「光珠さん」

「希海さん、大丈夫!いつか、きっと息が出来るから」

光珠さんは、私の頭を撫でてくれる。

「喜与恵、ゆっくり一緒に歩こうね」

「宝珠」

三日月さんは、喜与恵君の手を握りしめて笑っている。

息が出来る。

「じゃあ、先に戻ってるよ」

「はい」

「希海ちゃん、後でね」

「うん」

喜与恵君は、少し元気になってた。

私は、光珠さんと並んで歩く。

「「あのさ!!!」」

二人同時に、言ってしまった。

「先に、言って」

「いや、希海さんから話して」

私は、光珠さんを見つめる。

「今日、山崎さんが人形を引き取りにくるみたいなの…。」

「元カレ?」

「うん」

「会って話したいんだね」

「ごめんなさい」

「怒ってないよ。前に進みたいんだね」

「うん、そうなの」

「わかった。話すといいよ。希海さんが、前に進むなら…。たくさん、話して」

「ありがとう」

私は、光珠さんの手をギュッと握りしめる。

「そっちは?」

「私は、麗奈とちゃんとお別れがしたくて、それで…」

私は、光珠さんを抱き締めた。

「大丈夫。そうなってもいいよ。光珠さんは、麗奈さんを愛しているんだから…。」

「希海さん」

「私もさっき三日月さんと…。」

「気にしないよ。ちゃんとお別れしたんだろ?希海さんは…」

「光珠さん」

光珠さんは、私から離れた。

「私は、麗奈を殴ってしまった。人形だといえ、女性に暴力を振るった。だから、希海さんを…」

私は、首を横に振った。

「光珠さんが、優しいのは知ってる。光珠さんにとって言われたくない事を言われたんでしょ?次からは、しないよ。私は、三年間。光珠さんを見てきたから知ってる。だから、そんな自分を責めないでよ。」

「希海さん」

光珠さんは、私をきつく抱き締めてくれる。

「私といる時間は、希海さんが生きやすいと思える時間を作るから…。だから、お願い。これからも、私といて欲しい。」

「光珠さん、大好き」

私は、光珠さんといる時間が好き。

何もかも忘れられる。

「ちゃんと前に進むよ。麗奈と赤ちゃんの事、終わらせるから…。」

「私も、ちゃんと前に進むから。終わらせるから」

「全て終わったら、一緒に住まないかな?」

「そこは、麗奈さんと暮らしていた場所でしょ?だから、ずっとそこから引っ越さないって」

光珠さんは、私をさらに強く抱き締める。

「全て終わったら、希海さんと新しい人生(みち)を歩きたい。もう、失いたくないんだ。」

私は、光珠さんの背中に手を回した。

「全部終わったら、一緒に住みましょう。私も、光珠さんと新しい世界(ばしょ)に行きたい。」

「うん。」

光珠さんは、私から離れて手を握りしめた。

私と光珠さんは、ゆっくり歩き出して皆がいる場所に向かった。
しおりを挟む

処理中です...