抗えない衝動ー冬桜の下でー

三愛 紫月 (さんあい しづき)

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前を向いて生きる

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「大乂、少しだけ買い物に行ってくるよ」

香乂さんは、そう言うと出て行ってしまった。

「おかわり、飲まれますか?」

「はい」

私達、三人は頷いた。

「兄は、7年の苦痛の後で、この店を出したんです。」

大乂君は、ビールをおいてくれる。

「7年の苦痛?」

「はい、さっきの殺すとか死ぬとか三人の話です。」

「香乂さんも、同じような出来事があったんですか?」

「はい、兄が23歳の時でした。同じように僕に話していました。兄は、別れを選択しました。しかし、立ち直るまでに7年かかりました。丸1日泣いていました。心が、引き裂かれたのだと強く感じました。」

「それで、香乂さんは、もう二度と恋愛しないって言ったのですか?」

「はい。二度と人を好きにはならないと言っていました。人を本気で好きになると、自分を抑えられなくなるからと…。兄は、この先も一人で生きていくと思います。」

「性サディストには、よくある事なのでしょうか?」

「どうでしょうか?全員ではないと思いますよ。ただ、理性で抑える事が難しいと感じる程に人を愛してしまったのだと思います」

大乂君は、そう言いながらお皿を洗っていた。

「7年間の苦痛から解放された兄は、この店を始めました。自分のように苦しむ人を一人でも減らしたいと言っていました。でも、今回の三人の事件は、兄にとって辛いものだと思いますよ」

「苦しんでいる三人の事がわかっていながら、救えなかったんですもんね」

「そうですね」

そう言って、大乂君は目を伏せていた。

カランカラン

「お帰りなさい」

「ああ」

「いい、チーズ買えた?」

「今日入荷されたやつ」

「へぇー。いいね。美味しそう。味見してみる?」

「うん、切ってみて」

「わかった」

大乂君は、チーズを切っている。

「大乂から、もしかして何か聞きましたか?」

「えっ?」

私の顔を見て香乂さんが言った。

「図星ですか」

「すみません」

「いえ、別に気にしていませんよ。」

香乂さんは、そう言って笑った。

「三人を救えなかった事を悲しんでいますか?」

並川さんは、香乂さんに話しかけた。

「そうですね。悲しみや苦しみを理解できたのに、救えなかった。気づけなかったなんて、私は、駄目な人間だ。」

「それって、香乂さんと過ごすこの場所がとても幸せだったって事じゃないですか?幸せだから、気づかれなかった。私は、そう思います。」

舘野さんは、そう言って笑った。

「幸せだった。嬉しいですね。そう思っていただける場所をつくれていたなら、本望ですよ」

香乂さんは、大乂君が切ったチーズを私達に渡してくれた。

「10年です。みんな前を向いていきましょう」

「お二人も、何か飲んで下さいよ」

「大乂、あれを」

「はい」

大乂君は、ワインを出してきた。

「三人が、よく飲んでいたワインです。そちらを飲みませんか?」

「はい」

大乂君は、グラスにワインをいれてくれた。

「これからの未来に、乾杯」

「乾杯」

私達は、乾杯した。

「新しいパートナー探すの大変だよね」

「わかる」

「あの、香乂さん」

「はい」

「ここで、パートナーを探す事は可能でしょうか?」

「構いませんよ。どうぞ」

「やっぱり抜け出せない?」

「どうだろう?多分、染み付いちゃったのかな?」

「私も、そうかも」

香乂さんは、私達三人を見て笑った。

「ただ、彼の面影を探しているだけなのか、性癖になってしまったのか、確かめればいいですよ。この場所で…。」

「はい」

そう言って、私達は笑い合った。

「これからは、素敵な未来になりますよ」

香乂さんは、私達の前に三人の写真を並べた。

「これは?」

「事件の三日前の写真です。」

その写真の三人は、何かが吹っ切れたようなキラキラとした笑顔を浮かべていた。

「幸せそうですね」

「ですね」

香乂さんは、三日前の写真を何枚か並べてくれた。

どれも、これも、幸せな笑顔で苦しんでいる事なんて微塵も感じさせない。

三人は、本当に心から幸せだったんだと思う。

この場所が、この三人が、そして私達三人が…。

全てが、大好きだった事がわかる。

「香乂さん」

「はい」

「香乂さんも、いつか幸せになって下さいね」

「ありがとうございます」

その日、私達は香乂さんのお店が閉まるまで語り合った。


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