1 / 71
悪役令嬢になる前の兄上
兄上、弟に薬を盛られ女になる。
しおりを挟む離れの別宅。領地統括する父上の屋敷とは違う別宅。愛人や知らない女性と夜を共にするための小さな家に僕は今……いや。俺はいま、監禁されていた。慣れない娼婦のドレスを着せられ……ただただ時間を持て余させる。
弟に別邸に誘われた結果……全て失い。その奪った相手が窓の外に写った。
「帰ってきたか……」
ボソッとそう、囁き。俺は鍵をかける。些細な抵抗で無意味な抵抗を行った。もちろん、鍵はあやつは持っている。
ガチャ
「ただいま兄さん」
「…………おかえり。ヒナト」
変わった名前の1歳しか変わらない弟の名前を呼ぶ。満面の笑みで窓まで詰め寄るヒナトに俺は逃げるように壁を背にする。
「あれからも挨拶してくれるなんて……お兄さんは優しいですね」
「くっ!! 挨拶大事と教えたからな!! ヒナト!! 早く俺の体を戻せ!!」
「わかってる。まだ勝負は終わっていない……お兄さん」
ヒナトは俺の顎を撫でようとしそれをはたき落とす。
「痛いですね」
「なにが痛いだ!! 兄をこんな姿に変えて、無理やり縛り全てを奪ったお前に心はないのか!! 心に痛みはそんなもんじゃないだろ!!」
「残念ですが。兄上……私は昔から壊れてしまっている。覚悟しているのです。それを気付かせてくれたのは兄上自身でした」
「俺自身!? そ、そんな……いったいいつの時だ……あれか? お前のおやつのプリン間違って食べた事か? お前の好きだった小説。あまりにも表現が過激で焼いた事か? あとは……足を踏んだり」
「兄上の悪事……本当に小さい事ばかりですね。はぁあああ!! 全く!!」
ドンッ
壁にヒナトが押し付ける。力が強く抵抗さえ許してはくれない。それよりも俺は……今まで関わって来た事。ヒナトのためにと思ってやって来た事を公開していく。
「違うのか……ごめん……ヒナト。心当たりがない……そんなに思い詰めてたなんて思わなかった。許してくれ。ここまでの所業は相当だ」
「……許す。許さないの話じゃないのです。こればかりはこればかりは……私の問題です」
スッと胸の辺りの部分をヒナトは引っ張りチョーカーに触れてすぐに手を離した。下を向くとほんのり膨らみがつきだした胸に自身の身に何が起きているかハッキリとする。
「ヒナト!! なんで!? 許してくれないのか!? そんな酷いことを……」
「ええ、今も結構酷いことですが。ただ兄上は悪くない。悪いのは全部、私です。だから……恨んでください」
「ヒナト!? やめろ!! この魔法具外せ!! さもないと!!」
「……女になった兄上は無力ですよ」
「嫌だ!! やめろ……やめてくれ。なんで……」
魔法具で力を奪われたままヒナトは頭を下げた。
「……兄上。ごめん」
俺は何も言えなくなり、顔を逸らす。
*
いったい、いつ。歪んでしまったのだろうか? そんな事を最近はずっと悩んでいた。
心当たりがなく。ヒナトは自身が悪いと言うが。俺自身は必ず原因は俺にあると思っている。
「……これでは鳥籠に匿われた箱入り娘じゃないか」
ヒナトに運動も何もかもさせてはくれない。ヒナトを最近は怒鳴り続けるがそれでも収まることはなく。男に戻して貰えず……毎日。下半身から変わっていく体に不満が募っていく。
気付けば胸も大きく。声も甲高い。自分自身を失っていき……何もかも昔とは違っていく。
ただ、変わらないのは……何故か笑うヒナトの笑顔だけ。
「なんなんだ? 一体……なんなんだ」
わかる事のない問い。いつか……ヒナトから切り出して貰うことを期待する。
*
屋敷の中は退屈である。だが、ヒナトがいるときほど緊張はない。襲われる心配がないためだ。
「監禁されていると言うのに何も捜索の動きがない……母上父上もヒナトの味方か」
俺は屋敷を探索し、使用人を撒こうとするが……やはり。訓練された女性の兵士らしく隙を見せなかった。そうこうしているうちにヒナトが帰って来てしまったらしく。廊下でばったりと会う。
「ありがとう。お疲れ様でした……下がっていいですよ。メルトさん」
「はい、ヒナト。めっちゃ毎日疲れるのだけど……学校休んでるし」
「……仕方ないです。女になったとしても兄上です」
高く買ってくれているらしい。ちょっと頬が緩むが叩き気を引き締める。
「ヒナト!! ただいまは!!」
「……ただいま兄さん」
「おかえり!! それよりもだ!! 何故、監禁生活が成立出来ている!! 教えろ!!」
「父上母上は知っています。そして……兄上はもう戻る事は出来ない。なぜなら兄上は既に葬式は終わっており。今更帰る場所はないです」
「そ、葬式だと!?」
「そうです。すでに故人です」
俺は背中からブワッと汗が出る。恐ろしい事をしてくれた。そう、抹殺。社会的に俺を殺したのだ。男に戻らさせないように。用意周到だとは思っていた。思っていた!!
「な、なぜ!? なぜそこまで兄を恨む!? 全てを奪おうとする!? 自害さえも許さない理由はなんだ!! 飼い殺す気もないだろう!!」
「……」
ヒナトが口を押さえる。少し照れたあとに首を振り、そして真っ直ぐ歩き。俺の肩をつかんだ。
「私は歪んでしまってます。兄上……いえ、今の兄上も美しい」
「気持ち悪いことを言うな」
「気持ち悪いでしょう。知ってます。知ってますが……私は言います。兄上!!」
「……」
ヒナトの真っ直ぐな迫力に気圧されながら耳を疑う言葉を聞いた。
「愛して慕っております。兄上」
耳を剣で切り落としたいほどに、身の毛がよだつ。そう、いままで全て。ヒナトの歪んだ愛情が行わせていることを俺はこの時になって初めて絶望し、頭を押さえたのだった。
「ひどい……ひどすぎる」
「……綺麗です。姉上」
「喋るな!! 姉ではない!! 兄だ!!」
俺は……どうしたらいいんだ? 神様よ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる