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極悪令嬢に堕ちる
婚約破棄
しおりを挟むハルトは剣を腰につけたまま、呼ばれたガセボで席に座りながら殿方を待つエルヴィスのみの個人を見つける。赤い薔薇の衣装に扇子で顔を隠すエルヴィスから視線を外し周りを見ると庭師の手入れされた場所しかなく。付き人も誰も彼も用意されていない。『物騒な』と言葉が彼から漏れていた。
「来ましたね……こんにちはハルト君」
「こんにちはエルヴィス嬢。婚約の件でしょう」
「ええ、もちろん。婚約破棄のお話です。ハルト君のお家には私自ら。頭を下げました。そして……『子供二人で決着をつけなさい』と仰りました」
「なるほど。それで説得を試みると言うことですね」
「はい。謝るのは私ですので……お応え出来る範囲はございます。ですが、事の全てお答えできるように努力させていただきますわ」
「納得出来るまで話し込むと言うことか?」
「はい」
ハルトはなぜか暖かい石で出来た椅子に座る。暖かい石に対し、魔法なのかと考えてエルヴィスを見ると彼女は笑顔で答えた。
「暖めておきました。私の力は炎ですから」
エルヴィスがスッと手を出し、そこから一匹の火の小鳥が姿を見せる。雀にキリっとした冠羽を持ち生きているかのようにチョコチョコと動き机に置かれていたクッキーをつついて貪る。
「んん、魔法だよな。これ?」
「ええ、私の炎の具現化です。では、質問を承ります」
「婚約破棄は絶対にするのか?」
「はい……私はもう。火蓋を切りました。あとは火を入れるだけです」
「……ヒナトを諦められないのか?」
「諦められない」
エルヴィスは扇子を閉じて机に置き、目を閉じてゆっくりと口にする。
「小さいころ、貧相で弱々しく。食べるのままにならなかった。だけど、ゆっくりと体が大きくなりながら毎日毎日。『お兄さん、お兄さん』と背中を追ってくる声と姿は今でも目を閉じれば瞼の裏に移ります。いつしか、その声も低くなり、身長も私を越え。誰もが素晴らしいと言う男へと成長しました」
エルヴィスは目を開けて頭を押さえる。
「そう、成長した。私が教えて、私が……育てたの。全部、全部……私が見てきた。おかしいと言われようと熱を持ってヒナトの近くで育てたわ。欲しいものもあげてきた。誰よりも誰よりも……私が一番想ってたのよ。それを……横取りしようとする女性がいる。育児放棄した奴が家族面でヒナトに近づき触れる」
最初は穏やかだった声は低く、魔物が唸る声のようにハルトの耳に入る。自然と剣に触れるほどに……ドロッとした感情に背筋が冷えた。
「………ごめんなさい。今のが私の心情です。あの、『綺麗な兄』を演じていたエルヴィスはもう居ません。居るのは『母の変わりのように育てた血の繋がった弟に恋慕を抱く姉』です。私自身、醜いと思います。だけど……私は嘘を付きません」
「エルヴィス嬢……それ以上は危ない。そんな事を言っていたら……相手は『聖女』だ。殺されるぞ」
ハルトは注意をする。剣を掴みながら、自身が愛した女性の変わりきった姿を認める。すでに諦めがあった。彼にはもう、その感情を抑えることは無理だと感じさせたのだ。
「ええ、だから私は『聖女』になれる機会を捨てた。神は血縁の恋慕を応援は出来ないようです。だから『悪魔』に力を借りました。身を焦がすほどの炎をその身に宿してね。対抗出来る力を手に入れて」
「『悪名高い令嬢』にだから堕ちたと言いたいのか!!」
「……残念ながら。すでに嫌われ者でしたわ。ハルト君にセシル君にヒナトの3人と仲よく一人占めするから。『聖女』のように清く正しく可愛らしくは既に無理な段階です。それに元男です。少し難しいでしょう?」
「だから、『悪女』を演じたと言いたいのか? 元々真面目な性格だったろ?」
ハルトは彼女の考えを知りたいと感じる。今さっきまでの雰囲気と違い、真面目な表情で語るエルヴィスに昔の知る面影を感じた。わざと演じているのが理解出来る。エルヴィスは扇子を掴み、顎につけて悩ましい表情を浮かべる。
「真面目に演じてますよ。元々、評価は地の底。それに言えませんが魔法使いでは非常にいい立場を手に入れました。それを担保、信用を売り。仲間を集め育てようと思いました。『聖女』に靡かず。一緒に戦える妹分を」
「エルヴィス姉の会のことだな……何をしようとしている?」
「『聖女』の権力に少し影響を出せる『悪女』の権力を作り、エーデンベルグ公を説得し。ヒナトを奪うのが当面の私個人の目的です」
「組織の目的は?」
「……令嬢の枠を越えた。令嬢による。強き令嬢での一人立ち支援です。そうだったんですけどねぇ……」
エルヴィス嬢が失笑しながら扇子をパタパタと閉じたり開けたりする。その行為にヒナトは胸を撫で下ろす。あの日、秘密を話した令嬢そのまんまのいたずらっぽい笑みで。
「恵まれない令嬢。家から捨てられるだろう令嬢。嫁ぎ先のない使い捨ての令嬢。厳選して、お気に入りの子を入れてたんです。でっ……変わりに私のために働く駒とする筈で切り捨て覚悟もあったけど。そこまで非道にはなれなかったわ。いいえ、皆ついてきた」
「……エルヴィス嬢らしい」
「甘い女です。時に非道になることも必要な世界なんです……実は……いいえ。これ以上は殿方の知るよしのない。暗い話なのでよしましょう」
エルヴィス嬢はそう言うと一人でにウンウンと勝手に納得する。
「いや、全てを話すと言っただろ」
「聞きますか? 戻れなくなりますよ? あとこれをお持ちください。持ち、そして……この紙に誓約書を書きますと話せる内容が多くなります」
ハルトの目の前に置かれるのは一枚の誓約書と紋章が書かれた木箱である。それ手にし中を見るとカードが数十枚入っており、これに対し質問を彼は投げ掛ける。エルヴィスはそれに深い笑みを向けて答えた。
「魔法使いになるためのルールを守るという誓約書と魔法使いだけが使える即席の魔法陣です。いいですか? よろしければ血印をお願いします」
ハルトにとってそれは悪魔の契約書のように聞こえ、手が震える。エルヴィスは魔法使いでは上位、これに印をつけると言うことは逃げ道を失うのだ。婚約破棄を断れなくなると彼は考える。
「……恐ろしいですか? ブルーライン家以外の騎士貴族の方々は魔法を忌み嫌いますものね。ふふふ、でも上は知ってますよ。色々と」
ハルトは悪魔かと思うほどに深い深い微笑に対し、剣を少し抜き……その剣に親指を当て傷を入れる。傷から滴る血を滲ませた親指で誓約書に押印をし、エルヴィスを睨み付けた。
「……エルヴィス嬢がここまでなった原因を知りたい。それに俺は残念ながら……没落貴族だ。保身に走るほどの名誉も身分もない」
「嘘ですね。噂では良いところまで来てますよ……」
ハルトは剣を掴んだまま、離すことが出来ない己にエルヴィス嬢に恐怖を抱いていたことが確信に変わる。吸い付く剣が糸の命綱のような細く、頼りないとも思える。
「では、話して貰おうか」
「はい、覚悟をお見受けしました。では……ようこそ『魔女の夜』へ」
ハルトは初めてそれがエルヴィスの集まりの名前だと察するほどに言葉が耳に張り付いたのだった。
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