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正直者は英雄(失恋)の始まり③

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 ヒムは学校で今日は気分が悪く、俺は「どうした?」と聞くと「股から血が出るそんな日」と誤魔化されてしまう。なぜ、誤魔化しなのかと言うと。ヒムは執着心を捨てて逐次教えてくれるからだ。

 だが、俺は指摘しない。「放課後、音楽室に来て」と相談があったからだ。きっと先生から鍵を借りてピアノを弾くのだろう。彼女は類いまれなピアノの技術がある。

 それは、タカナシさんが嫉妬するほどである。相談受けたこともある。その時は俺はタカナシさんの荒々しい気持ちに驚かされたが、それがピアノに生きる気がして助言したぐらいだ。

「……」

 放課後、言われた通りに向かう、ヒムがピアノの鍵盤を叩く音が聞こえた。翼の生えた音が脇を抜ける。彼女の心情が伺えるほどに綺麗な音色である。

 演奏を邪魔しないように黙って部屋に入ると、夢中でピアノと向き合っていた。その横顔は繊細でいまにも壊れそうなほど儚く感じる。ひとしきり曲を弾ききると拍手をして気付かせた。

「やっぱ上手いなヒムのピアノ。◯ouTubeデビューで美少女高校生で活動すればいいじゃないか」

「そんな、顔を晒すのは怖い。それに私のピアノは……褒められた物じゃない……誰かのだから」

 違和感ある言い方をする。不思議な子だからこそ、いつもの会話のようでどこか、罪を感じさせる声音である。涙を貯めて、そのままそれを膝に落とす。

「そっか? 昔からずっと練習してきたんだろ?」

「そう、練習してきたつもり。でも……最近、私は真実を知ったの……あの、タカナシに内緒にしてくれない?」

「ああ、だからさ……はい、ハンカチ。涙ぬぐえよ」

 ハンカチを手渡した、その瞬間にヒムは大きく声を出して泣き出す。

「はは、はは………ああああああああああああああ」

 ひとしきりに泣き、落ち着いて来たときにピアノ椅子の隣に座る。綺麗な瞳の涙を指ですくい、彼女が悩んでいるだろう事を聞いた。

「不思議ちゃん、今回は何をお悩みかな?」

 ヒムは安心しきった表情で口を開く。

「もしも、もしも…………他人の記憶を忘れさせる事が出来て、それが親愛な人の記憶だったら。マサキはどうする? 私だけが覚えてる。覚えてるの」

 それは俺には想像つかない質問だった。ただ、状況だけは想像出来る。俺がヒムの事を忘れてしまうが、ヒムはその事を知っている。そう考えると非常に悲しいだろう。そして、ヒムが「何かしらの能力」を持っている事も伺い知れた。俺と同じ「能力者」かもしれない。

「そんな能力を俺は持ってないけど。真っ直ぐその他人に伝える。そして、許しを乞う。罪悪感があるなら、何かあったなら、俺は一緒に居てあげるから。ヒムが思う、スッキリする解決方法を決めよう。君を許せるのは君だけだから」

「ありがとう……高校生の癖に、いい回答するね」

「不思議ちゃんを相手にしてるとね」

 目の前にいる女性は非常に賢い。そして、それに影響を受けている自分がいる。達観した姿勢を、俺はリスペクトしている。怪人と戦うためには最高の武器である。

「……ありがとう。今から行ってくる」

「俺は?」

 ついつい、聞いてしまう。能力をあることを知られてしまい、その結果で少し消えてしまいそうな、そんな気になってしまった。

「電話する。だから、校門で待ってて」

「ああ、わかった」

 だが、そんな不安は彼女の笑みで消える。頭を撫でて「頑張れ」と手から念を押して去ったのだった。






 校門でまつとスッキリした表情のヒムに俺は安心した。解決したようだ。

「ありがとう、背を押してくれて。私、頑張ったよ」

「よかったな。聞いてたけど、いい歌に演奏だった」

 校門の所まで聞こえて来ないが、俺は「きっとそうにちがいない事」を信じている。頭を撫で小動物のような表情の彼女を愛でた。

「あっハンカチ返すね」

「ヒム、そこは洗って返すんじゃないか?」

 そこそこ湿ってそうなハンカチを見せる。少し、それを受けとるのは「変な想像してしまい」で嫌である。

「いいの? 借りパクするよ?」

「いや、返せよ」

 「返さなくていい」なんて今は言えない。「返しに来る理由」をつけて彼女と逢いたいだけである。

「やだ。マサキのハンカチ。今日はこの日を忘れたくないから、頂戴。買って返すね」

「いや、お前のセンスで選ばれたくない!! すみっこハンカチは嫌だぞ?」

 クラスでそんなの使ってたら3人とバトルする事になる。「奪われて嗅がれる」と言う最悪な結末が。

「かわいいよ? それとも『でんきねずみ』がいい?」

 それなら、俺の趣味で通せそうでいい。有名なため、非常に悪くない。だが、ちょっと使いにくそうだ。

「無印、無地にして」

「……赤とかどう?」

「………………」

 悩み、考える。赤と言うのは演技がいい。特に有名野球チームのカラーであり、「それはいいか……」とボソっと答えてしまう。「しまった」と言う表情に彼女は手に触れる。

「帰ろう、今日は活動ないんでしょ?」

「ああ、ないな。あれ? お前に話した事あったっけ?」

 俺はヒヤッとしたが、彼女は聞いている旨を話していたので俺が彼女に「死ぬかもしれない」事を知ってもらいたい事を伝えたのだろう。なぜ、忘れてるのかはわからない。

「……うーん。ヒムが言うならそうか」

 これが何故なのか俺は気にしない事にする。それはヒムを失う事になりそうな事を感じたのだった。

「………………」

 彼女の悲痛な隠そうとして隠せてない。そんな顔をさせるのは嫌だからこそ聞くべきでない。俺はそう思い、手を強く握った。離さないように。



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