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傾国の狐と魔王の覚悟
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逃げてきた私たちは酒場の隣接されている個室に向かう。挨拶しながら。姫様は無言でいらっしゃる。
「宿長、個室を借りるよ。お酒も」
「はい、かしこまりました」
「あと秘匿情報の伝達。四天王アラニエ、エルザが絶命した」
「な、な!?」
「情報の判断は任せる」
「はい、かしこまりました!! お酒は部下に………私は緊急会議を行います。夜中ですが」
「わかった」
宿屋に戻ってきた。私は仕事の話が終わった後に彼等を酒場の奥にある要人用の個室に案内する。机、椅子が並び数人で飲む用の部屋であり、重役と合う場所でもある。
「防音はしっかりしております。では、お話を」
「わかった………先ずは」
「トキヤ、そこ正座」
「……………」
「正座しなさい」
厳しい声が姫様から発せられる。勇者が正座をし、深々と頭を下げる。
「ネフィア………すまない」
「謝るのは誰にでも出来る。先ずは話をするところから。いい訳を聞きましょう。さぁ昨日の夜の事から全部話す」
私はインフェの本当に怒った時を思い出し背筋が冷える。変なスイッチが入って天使が悪魔のような冷たさと恐怖を見せるのだ。彼に同情をする。
「ええっと、昨日の夜。風を見に行ったときネフィアに偽装したドッペルゲンガーを追いかけたんだ。ネフィアが外を出歩くのは危ないっと思って」
「次」
「そこで四天王のクソババァに出会ったよ。鎖に捕まって………で洗脳をかけてきたわけだ。相手は俺とお前を引き剥がしお前を始末する予定なのがわかった」
「抜け出せなかったの?」
「抜け出せるが、それ以上に洗脳された振りをして情報を取ってやろうと思ったんだ。あとは………お前が府抜けてる理由が俺なのだろうから。離れてみようと思ってな。ずっと見てた」
何となく理由がわかった。確かに勇者様がいない姫様はキリッとしている。
「府抜けてるから………離れる」
「今のお前に果たして、魔王城に乗り込んで『けじめ』をつけられるか不安だったんだよ」
「ほう………ほう………で、結果?」
「昨日の今日で四天王を倒して俺を見つけたんだ。予想より十分な強さになった」
「………誉めても嬉しくないからね」
「口元が緩んでる」
「お黙り!!」
ビクッとトキヤ殿が震える。私は彼に助け船を出す。
「ひ、姫様そろそろよろしいのでは?」
「まだよ!! どれだけ不安になったか考えた? どれだけ心配したかわかってる? 勝手にやって!!」
「す、すいませんでした」
「許さん!! 絶対に許さない!!」
勇者の顔が強張っていた。あまりの怒りに冷や汗が吹いている。勇者もそこまで怒るとは思って無かったのだろう。
「ネフィア、本当にすまない。この通り!! この通り!!」
何度も彼は頭を下げる。
「府抜けてるから勝手にするんじゃなくて私に言ってよね!! はぁ…………もう勝手に消えないでよ………私の夫はトキヤしか居ないんだから」
「ぜ、善処します」
「うん…………まだ、怒ってるから」
私は話を変えるつもりで声を出す。
「それよりも何故勇者様が四天王エリザの洗脳が効かなかったのでしょうか? 私の部下は四天王エリザに洗脳を受けたら仲間の危険を回避するため自害を推奨してます。手がない筈なんですよ」
「…………元々。かからないようになっているんだよ」
「っと申しますと?」
勇者が姫様の顔を覗き込む。少し笑い照れながら喋り出す。
「いや、こう。目線があって洗脳をしようとする瞬間とかさ、本当に効かなくて何故か考えたんだけど。俺、すでにさ、誘惑されてるんだ」
「ん!? ん!?」
姫様が口を押さえ顔を背ける。
「ネフィアにさ、洗脳と誘惑されてるからさ。効かないんだよ。さすが淫魔だなってさ思う」
「あひゃぁ!? ご主人様!! この人凄いですよ‼ 恥ずかしくないんですか!?」
「インフェ騒がない。姫様?」
「んん!!」
姫様が口を押さえたまま震える。わかったことは喜びを我慢している。怒りが消えるぐらい嬉しいのだろう。
「ネフィア、顔をそらせるぐらい怒ってるのはわかってる。だけど、俺は今もずっと………お前の夫だからな………許してくれ」
「んんんんん!!!」
姫様が勢いよく怒りと喜びが混じった想いを乗せ。勇者の顔を蹴り飛ばした。それで終わりにしようと言うのだろう。
だが……その蹴りは勇者が気絶するほどの威力だった。
*
「………怒りも落ち着きました」
今は恥ずかしくて蹴り飛ばした事を悔やんでいる。
「そっか。よかったよかった~」
「殴ってごめ………なんで笑ってるの?」
「あっ許してもらったからかな? あと………懐かしくてな」
「懐かしくて?」
「昔、しょっちゅう殴ってただろ? いや~昔を思い出すよ。一年たってないのになぁ~」
赤くなった頬を撫でながら口元が笑っている。
「なんだ。俺がいなくてもしっかり戦えるし。よかったよかった」
「トキヤの夢を見るために何度も潜入してるからね…………」
トキヤの夢を見るためには彼の記憶の中にある彼が攻略したダンジョンとはぐれデーモンと鋼のドラゴンと戦わないといけない。実は全敗中である。めちゃ強い。生前より強いやろあいつら。
「はぁ、結局………許しちゃうんだな。私は………」
「ネフィアは優しいからな。一番俺が知ってる。忘れた事を確認して諦めたのも結局、優しいからだろうしな」
「くぅ……なんで今日は甘い言葉を!!」
真面目になろうと思っているのに。
「そりゃ……離れてわかる事ってあるんだ。ネフィアが当たり前に隣に居るってことがどれだけ幸せかを再実感したよ」
「うぐぅ!! くうううううう…………」
「ご主人様!? あの人甘いです!!」
「姫様はチョロあまですね」
「そこの二方!!」
「あの~お客様」
「ああ、君。そこにお酒を置いといて下がってくれ」
「はい!!」
トキヤが立ち上がり席につく。
「家族会議はこれで終わりかな?」
「終わりです。はい。真面目も終わり」
「ネフィア。まだだ」
「………はい」
我慢する。何故かおわずけを食らった気分だ。
「吸血鬼セレファ殿。傭兵の件ですが………決まりましたか?」
「1ヶ月より目標でお話ししましょう。今日で四天王を二人も倒していただいた事は感謝しております」
「結論からどうぞ………色んな奴から聞いたから答え合わせだ。目標は?」
「目標はデーモン王。バルボルグを抹殺しデーモンの勢力を倒し、この都市に波乱を起こします」
「えっ? 「デーモンの王を倒せです」て? そんな危ないことを!?」
「姫様、今日のツケはいいものですね。あとちゃっかり四天王倒してますね」
「………………けっこう足元見るのね」
「吸血鬼ですから」
「まぁ、『そうだろうな』と思ったよ………力を蓄えている段階で。自分の戦力を使わず相手の頭を叩いてもらうか撹乱でもしてもらおうと思ったのだろう?」
「はい。二人でしたら削ぐことが出来ると信じてました。もう十分削いでいただきました。上手く行きすぎて笑いが止まりませんね」
「…………だなぁ」
二人が私を見る。自分に指を差し首を傾げる。
「私?」
「お前、お前。四天王倒すしやっぱ魔王だな………お前」
「姫様は、さすが姫様と言ったところです」
ちょっと褒められ過ぎて、むず痒い。両手を股に挟んで前傾姿勢になりながら恥ずかしさに耐え目線を逸らせる。
「な、なんか。褒められすぎて………恥ずかしいかも。ふ、普通だよ」
「普通だな。褒めることないな。褒めるのやめよう」
「そうですね。姫様、普通です」
「……………ええ」
私はどんな顔をすればいいのか悩む。褒めて嬉しかったのに。
「クスッ。本当に可愛いな~困った顔」
「姫様可愛いですね」
「ご主人様。家族会義です」
「えっ!? インフェ!?」
この吸血鬼。相当に骨抜きにされてるんだろうなぁ。
「まぁ、デーモン倒せが目標なら………のんびりやるかな。ネフィア長期間ここに留まるけどいいな?」
「えっ? うん……」
「デーモンは一人も会えなかったからな。ネフィアの動きが良くて調べが途中だ。だから少しづつ見ていくさ」
トキヤが悪い笑みをする。悪魔のような笑みを見つめ。彼が本当に帰ってきたことを私は実感するのだった。
§
勇者トキヤが私に迷惑をかけた日から10日後。都市に激震が走る情報が流れる。理由は何百通の速達。何通も同じ内容が広まった。
「行進パレードのお知らせ。場所は魔王城へ。オペラハウス代表団」
オペラハウスとは劇場のある都市であり。妖精国と仲がいい都市。代表団とは妖精国へ向かう者たちだろう。相手が摂政トレインに変わっただけ。教会の執務室でお茶をしながらお知らせを見る。
「ご主人様。楽しみですね」
「ええ、オペラハウスは素晴らしい都市です。代表団もさぞ華やかなんでしょう。でっ………やはり噂は本当ですね」
「摂政トレインが有力者を募り会見するのだろうな。先ずは会食かな?」
「美味しいもの食べれるんだいいなぁ~」
「ネフィア、真面目にな」
「真面目です。生きる上で大切です」
「食に関して真面目になってもなぁ~」
トキヤに飽きれられながらも大真面目に私は答えている。
「まぁでも。パレードですか? 大変ですよね」
「ええ、この都市初めての出来事ですから。インフェも知らないことでしょう」
「オペラ座の怪人元気かな?」
「わからんな………」
「精神崩壊してたしね…………」
させた本人としてはそこから這い上がってほしい所だ。本当になんとかなってほしい。
「まぁ彼は権力者では無いので代表団には居ないでしょう」
「ですね、楽しみです」
このときはまだ。私はうきうきでパレードを待っていたのだった。
*
パレードのお知らせから数日。普通の都市なら大喜びだろうがこの都市では喜んでるのは教会の者だけであり。他は面倒ごととして受けとる。そんな中、裏では騒ぎが起きていた。
パレードの関係者によって教会の宿が貸しきりになり。急遽、教会の空き部屋まで貸すことになる。
膨大な人数とお金が動く。私たちも宿を教会の空き部屋に移した。
吸血鬼の彼も出払い。忙しくしている。パレードより先に来た長身のゴブリンが言うには「信じれるものが教会に居ると知っているから教会しか頼らない」と話したそうだ。その言葉に引っ掛かりを覚えて、私は部屋に引きこもる。
「ネフィア。お前を知っている者が来る」
「オペラハウスは皆が知ってると思うよ」
「めっちゃ目立ったからなぁ………」
トントン!!
「どうぞ」
「失礼します‼」
一人の長身で鎧を纏ったゴブリンが現れる。彼は最近現れたオペラハウスの衛兵の伝令の一人だ。
「私めはオペラハウス衛兵!! ゴブと申します‼ 姫様に手紙を預っております!!」
「はいはーい。どれ?」
私は低身長のゴブリンから手紙を受けとるために前に出る。
「これでこざいます。そして他言無用とお願いします」
受け取った。何も変わらない手紙。
「わかった。俺が監視をしよう」
「トキヤ!! 私は口固いよ!! あっありがとう。もう行っていいですよ」
誉めることをすればいいような気がするが。「まぁ次にでもすればいい」と思うのだった。
「あっはい!! 姫様!!………いいえ!! オペラ座の女優ネフィア・ネロリリスさま!! 無礼を承知でお願いしとう御座います‼」
「ん? 何でしょうか?」
衛兵が頭を下げる。
「この!! 色紙にサインください!! 数日の講演でしたがあなた様の名演は素晴らしく。警護を忘れ見てしまいました!! 魔王として忙しい事は承知してますが。劇場で演技していただきありがとうございました!!」
「は、はい………ええっと」
ちょっと。引き気味で衛兵から色紙を借り、部屋の羽ペンでささっと書いた。
「名前はゴブですね」
「は、はい。父上が適当につけた名前なんですよ。もっといい名前が良かったんです」
「あなただけのいい名前ですよ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます!!」
私は色紙に「オペラハウスの衛兵コブオ。オペラハウスの衛兵としての仕事ぶりを尊敬し。これからの都市繁栄を頑張ってください。オペラ座の女優。ネフィア・ネロリリス」と書いてここで誉めることにした。彼はここにいると言うことはそれだけの実力者だろう。
「あ、ありがたき幸せ!! し、失礼します」
彼が慌てて部屋を出る。外で奇声が上がるのを聞き苦笑いしてしまう。
「すごいね」
「俺も驚いてる」
「何がそうさせるんだろうね?」
「魔王やめたら女優の方がいいんじゃないか?」
「無理かな。熱意が出ない………トキヤが居るからトキヤに熱意が行ってしまうよね。申し訳ないけど」
「期待してるのになぁ~彼」
少ししか居なかったのに。ファンが出来るとは思わなかった。
「手紙は?」
「そうだった」
手紙をペーパーナイフで切り取り出す。取り出したのだが折り畳まれた魔方陣が書かれ正方形の紙だけ。裏は白紙である。
「なんにもない?」
「これは珍しい手紙だな。魔法使いや秘匿情報を送るときに使うんだ」
「へぇ~」
「すごく、魔方陣を描くのが難しい。だけど知っている奴にしか見えないから中々有用だったりする」
トキヤが手を添えて魔力を流す。
「そして、一番この手紙が良いところは」
紙の魔方陣が輝く。そして、魔方陣の上に薄く人の形を映し出した。
「言葉で手紙がかけるところかな」
テーブルに置かれた紙の上に。仮面を被った男がおじきをして写し出され、喋りだす。
「おはようございます!! こんにちは‼ こんばんは! ! 私、オペラ座の怪人こと!! エリックで御座います‼」
「こんにちは」
元気よく両手で喋りだす幻影におじきする。
「ネフィア。これはその時間を抜き取り記憶する物。相手に伝わらない」
「あうぅ!?」
恥ずかしくて萎縮する。
「ネフィア、トキヤ殿。1ヵ月でしょうがお久しゅう。うち、オペラ座の女優ヨウコじゃ」
友人の狐人。タマモ嬢が写し出される。白いドレスに綺麗なふかふかの金色尻尾の姿だ。
「………エリック。本当にこれでええかの?」
「ええ、大丈夫です。では、姫様一曲」
「わかったのじゃ」
オペラ座の怪人が手を差しのべヨウコが恥ずかしながら掴み。力強く抱き寄せる。音楽が流れ、二人は踊り出す。机の上を劇場………披露宴のように。見つめ合いながら踊る。
1曲が終わるとおじきをした。
「本当に映ってるのかの?」
「安心してください。綺麗に撮れておりますよきっと」
「うむ!! では、先に名前が変わったことを言うのじゃ。我はヨウコ・タマモ・クリストとなり申した。夢をつかんだのじゃ‼」
嬉しそうに尻尾をぐるぐる振り回すヨウコ嬢。非常に愛らしい少女のような喜び方だ。
「では、以上で本題を。私、エリック・クリストは魔王城に向け使節団の派遣に参加します。そして私たちの全財産を使い。衛兵を雇い都市インバスでパレードを行います。私目の凱旋、生まれた都市に帰還で御座います」
少し、キナ臭い。何か仮面の奥に隠している。
「そこで、噂ですがネフィア嬢は『教会』と言う組織にいらしゃる事を聞き。至急用意した所存です」
「エリック。本命」
「あ、ああ。待ってくれ………情況説明でも流さないとその気にならない。解説が欲しい」
「職業病じゃのぉ………」
「おほん!! では、本命。デーモンの拷問王バルボルグを倒し。我が婬魔族尊厳の復活と………私の恨み復讐を行います」
私たちは息を飲む。手紙越しから伝わる殺意がピリッと皮膚に流れる。
「四天王エリザに虐げられ。バルボリグに虐げられた恨みを消すために。私が、ヨウコ嬢と共に歩むために越えなければ行けません。そこで、お願いがあります。私たちにお力をお貸しください」
「ネフィアさま、トキヤさま。彼のトラウマの元を取り除かさしてください。そのお力をお貸しください。お願いします」
二人が深々と頭を下げる。私は彼と見つめ、頷いた。
「教会と目的一緒だね」
「敵の敵は味方じゃないが。戦力が増えたな」
「…………恐ろしい事になるね」
「ああ、戦争の臭いだ」
予想外の所から火花が上がり、火薬に引火しそうなほどの臭くなる。しかもそれは知り合いからだ。
「………大事」
「まったく。ささっと過ぎる予定だったのにな」
「だね。長く居るねこれ」
手紙を見ると。深々と頭を下げていた二人が顔をあげる。
「終わったのじゃ?」
「ええ、これで大丈夫です。あとは………ヨウコ嬢!?」
ヨウコ嬢が服を脱ぎ出す。下着姿のヨウコ嬢。しかし、その下着は隠すべき本来の場所を隠せてない。
「うわぁ!? うわぁ!? トキヤ見ちゃだめ!!」
「ま、まて!! 俺の顔手を当てるな‼ 手紙何処だ!! お、押すなたおれ!!」
ドンッ!!
トキヤが倒れる。
「ヨウコ嬢!? 待ってください。終わったと言いましたが待ってください‼」
「終わったら………抱くと言った。我慢させるでない。うちだって恥ずかしい。でもな、もしお前の復讐が失敗に終わったら。死んでしまう。その前にお主の子を孕む………異種族では難しいじゃろう。でもうちは頑張るんじゃ‼」
「ヨウコ嬢!? あぐぅ!? 私、インキュバスが押されている!?」
「私も妖狐、篭絡は簡単じゃ」
「ダメです写ってます!!」
「はぁ………愛しておるのじゃ」
「!?」
倒れたトキヤは黙る。
「ネフィア………止めよう。他人の行為を見るのはダメだ」
「…………うわぁ、大胆ですね」
「ネフィア!?」
「ほうほう………参考に出来ます」
「ネフィア!!!!」
「あっ、ごめんなさい。手紙止めます」
こっそりあとで学習しようと思う。女性らしさや後学として有用だ。婬魔としては当たり前当たり前。
「これは俺が預かる」
「えっ!? トキヤも学習するの? それとも…………」
男のあれ? 私も男の時はちょっとマセテたから…………まぁ今の方が回数は数倍多い。
「訂正。燃やす」
ボッ!!
「あああ!?………あ~あ」
「ネフィア。こういうのは本人たち恥ずかしいんだ。残していても可哀想だ」
「ちぇ………他の女性がどのようにするか参考にしようと思ったのに」
「しなくてよろしい」
「はーい」
少し残念だったが。確かに恥ずかしいだろうからこれで良かったのだろう。そう思うことにする。
トントン
「ん? また誰か来たね。はーいどうぞ」
ガチャ
「………始めまして魔王さま」
「………?」
次に入ってきた人は黒い褐色の肌で大きな戦斧を持った人だった。安物鎧を見ると衛兵なのが分かる。
「どなたですか?」
「ダークエルフ族長バルバトス」
私は口を押さえて驚き。知らなかった事に深々と頭を下げるのだった。
*
教会経営の酒場どことも変わらない内装が冒険者にとってこれほど安らぐものはない場所だった。そこで、昼食を取る。もちろんダークエルフ族長と共に、彼は黙々とついて来てくれた。
「本当にごめんなさいね。族長でしたら、一度はお会いになってますよね」
「……………いいえ。私は謁見を許されませんでした」
「じゃぁ!? 初対面!? ごめんなさい。ネフィア・ネロリリスです」
「トキヤ・センゲ。まぁ名前変わるかもな。ネロリリスに」
「バルバトス・ダークエルフだ。魔王」
彼は私を厳しい目で睨み付ける。印象は良くないのだろうか。
「にしても。刺客や何処から襲われてもおかしくない魔王が呑気にご飯とはな」
皮肉なのか鼻で笑われる。私は首を傾げた。
「ご飯食べないとひもじいですよ?」
「いや。ご飯食べる食べない関係無くてなネフィア。『緊張感ないな』て言ってるんだぞ。ズレてるなネフィア」
「緊張感ないですか………それは違うと思いますよ?」
「なに? 魔王どう言うことだ?」
「刺客でも誰でも襲ってこればいい。覚悟があるなら、それに答えるだけですから」
「自信があるのか……魔王」
「ええ、そうですね。ご飯食べながらあなたの目的も聞きましょう。わざわざお越しになった理由も。最近、私たちにお願いが多いんですよねぇ~」
「冒険者だからな。一応。ネフィアも俺も」
「………………」
私は、彼の目線を逸らさずに見つめ返す。真っ直ぐ強い眼差しは「男らしい」と思う。
*
自分は切れ長の瞳に吸い込まれそうになり、慌てて目線を逸らす。目的、目的はいたって簡単だ。エルフ族長が会えば分かると言った彼女に会いに来たのだ。
「わかりました。では、お聞きしたい。我らは長くエルフ族から迫害を受けてきました。それを水に長し共に歩もうと言う者が居るんです。まだ、少し整理がつきません」
答えは保留している。整理がつかない。今までを忘れることは無理そうだ。故に問う。魔王がどういう答えを出すかを。
「そう、で? それが何か?」
「!?」
全く答えがない。椅子から転げそうになる。
「ごめんなさい。他人行儀なんですけど………私には関係いないかなって」
「ネフィア………あのな。ぶっきらぼう過ぎるだろ」
ぺしっ
トキヤと言う冒険者に叩かれる魔王。緩すぎる。
「あうぅ~だって、こういうのは多分、拗れて拗れて面倒ですもん」
「面倒だから悩んで聞きに来てるんだ。もっと真面目に答えをな………」
「トキヤなら?」
「天秤にかける。益か損かをな、感情は無しだ」
「そっか………私なら。いいえ。決めるのはやはり族長の地位を持つ者が決めるべきですね。私は当事者じゃないから許せるけど………当事者だったら許せないかも知れません。家族殺されてるでしょうし」
「………ありがたき助言ありがとうございます」
「固くなくていいよ。魔王は辞めるから」
「そう、聞いてましたね。アイツから」
結局、決めるのは自分自信か。なら、決めてもらおう。元から考えるのは不得意だ。
「魔王様。族長としてあなたに一騎討ちを申し込む。真剣での」
大人げない、女をいたぶる趣味はない。だが彼は魔王であり。女の姿を取っているだけと感じている。
「ええ……」
驚いた顔をする魔王。しかし、にこやかに笑みを向けた。
「いいでしょう。ですが真剣でいいのでしょうか?」
「寸止めをします。トキヤ殿は優秀な戦士だ仲介者として見てもらえるでしょう」
「わかりました。お願いねトキヤ」
「ネフィア。わかった」
「では、ご飯を食べて支度しましょ。壁の外へお出かけしなくてはなりませんから」
自分は目の前の魔王倒せる自信がある。自信があるのだ。最初から手を取り合うことなんて出来ないと思っている。俺がよくても仲間が許さないだろう。
*
壁の外へ自分達は赴く。魔物は居らず、萎びた草や木々が生い茂っている。地面にある薄緑の葉などを見ると故郷の不浄地。ダークエルフの里を思い出した。
ある程度の広さのところへ行くと骸骨が転がっている。死体を遺棄し白骨化したのだろう。それを踏みながら身長より長い戦斧を構えた。
槍の先に斧と穂先がついた武器でありリーチと破壊力があり。非常に好んで使っている。叩けば斧。突けば槍であり。魔物を断ち殺すにも楽だ。
「ここでどうでしょうか?」
「いいですね。ちょっとお待ちをバルバトスさん」
魔王が骨を拾い上げ、何かを口すさんでいる。
「………ここの骨は捕らえられてる訳じゃない。成仏してるね」
「ああ、ネフィアの言う通り。見えないからいないな」
「よし、バルバトスさん。いいですよ準備が出来ました」
「何が見えるのだろうか?」と疑問に思う。だが、今は関係ないと首を振った。目の前の魔王を叩き潰す。昔から、ずっと目上から見下してきた。衛兵を馬鹿にしてきた連中のトップ。逆恨みだろうが存分に行かしてもらうつもりだ。
「ネフィア、バルバトス。真剣だから、死んでも文句は言うなよ。制止させるが絶対じゃない」
「最初から!! そのつもりだぁ!!」
俺は勢いよく、振りかぶり。魔王の体を真っ二つにするつもりで横に振った。接近での戦いを重視し魔法を唱えさせる暇を作らせない。速攻魔法で倒される程に俺はやわでもない。
魔王は見るからに魔法職だ。例え騎士の鎧と剣を持ったとしても。匂いがする。
トンッ
「!?」
勢いよく横に振った瞬間。魔王がその場から自分に向かって飛び。頭上を越え背後に立たれる。
しなやかな跳躍力と瞬発力に驚き。慌てて背後を向き直った。余裕のあらわえれか剣を抜かない。手を添えているだけ。
「………何故抜かない」
怪しい、怪しいが。本能が告げる。あれはそういう剣技なのだと。無闇に近付くとやばい物だ。剣先が伸びる幻覚が見えた。
「………変わった剣技ですね」
「わかるんですね!! さすが族長!!」
ビュッ!!
距離を取っていた魔王が駆け込んでくる。予想通りの速さ。一度見ている速さに合わせるよう。戦斧を突き刺す。
しかし、突き刺しが触れる瞬間。魔王が横体を剃らせ、槍の竿の部分を左脇に挟み。固定された。刃のない柄を持たれる。
そして、その状態は目の前に綺麗な顔が見えるほど近くに寄り。慌てて引きはなそうと竿を引っ張る。
「!?」
竿動かない。
「遅い!! 掴まえた!!」
ボゴッ!!
もう一度、引っ張る瞬間。金属が顔面に触れ鈍痛が脳を刺激する。武器じゃない。手甲で殴られた。
「ぐっ!!」
「はぁああ!!」
魔王に腰を落とし、力強く踏み込みながら手甲を叩きつけられる。顔面を防御すれば腹部に。腹部を防御すれば顔面に交互に打ち込まれ、拳を見て防御しても、防御の上から叩きつけられ痛みを伴い。手が痺れる。
「く、くそ!! 反撃しなくては!!」
防御した左手で魔王の顔面を殴り付ける。手応えは感じている。力いっぱい込めた。しかし、魔王は頬を殴られたにも関わらず真っ直ぐ向きなおって、そして目の前から消える。
「!?」
驚いた瞬間に顎から強烈な鈍痛が襲い。白金の手甲が目の前を通っていく。振り抜かれた拳を高く上げ脇に戦斧を掴んでいる魔王が次に見え。地面に仰向けに俺が倒れたのが分かった。俺は戦斧を手放してしまったのだ。あまりの連撃に耐えかねて。
「あがっ!!」
「…………はぁあああ!!」
魔王が戦斧を脇から外し、1回転後、構え直し振り上げる。そして、俺に向かって降り下ろす。
ドシュァ!!!
降り下ろしたさきは倒れている自分の横。地面に深々と刺さり固定され。魔王はそれを放し、手甲をガンガンッと叩く。
「…………ふぅ」
魔王が殴られた頬を赤かく染め笑顔で手を差し伸べる。自分の手を掴み、体を上げるつもりだ。しかし……体は動かない。痺れて動けない。
「つ、つよい」
気付けば自分は倒れ、武器を奪われている。軽装だったためとはいえ、拳の一撃一撃が重く鋭かった。そう、女性の力強さではない。男らしい強さで驚く。結局、女扱いし油断して負けていた。
「………大丈夫?」
「…………」
あまりの呆気なさに呆けている自分に魔王は声をかけてくださる。
「自分で立てます…………情けをかけないでください……んぐ」
「私が勝ったのですから文句は言わない。強がらずにお願いします。はい、手を拝借」
「…………」
差し伸べる手に痺れが取れた手で渋々触れる。引っ張ってもらい立ち上がる。すると、何故か痛みが引いている事に気が付いた。体の中を魔力が走り抜け完全に鈍痛と痺れがなくなった。
「少し楽になりましたか?」
「これは一体!?」
「治癒魔法です。具体的に奇跡と言いますがどっちでもいいですね。人間の模倣です」
「魔王が回復魔法を!?」
それは神聖な者にしか出来ないはず。
「よく怪我をしそうな人が近くにいるから覚えたんですけど板についてきちゃって………あんまり驚かれるとショックです」
「す、すいません」
つい、頭を下げてしまった。独特な雰囲気を持つ彼女になんとも言えなくなる。
「では、私が勝ったのですし。一応まだ魔王ですので一つお願いと感謝を」
「感謝?」
「ええ。魔王城の住人を護る衛兵として感謝とこれからも魔王城の衛兵長としてお守りください。ダークエルフの騎士よ。お願いしますね」
それは、強がらず。彼女なりの頼みなのだろう。
「魔王をお辞めになると言ってましたね」
「はい。だからお願いですね」
自分が殺すつもりでも生かされた。理由はもちろん。
「最初から、殺す気はなかったのですね」
「あなたには魔王城の民を護る義務がある。長く衛兵としていたのですから。あなたにしか出来ないでしょう。真剣なんて言うからちょっとね。アホかと思いました」
「…………完敗です」
武芸、剣術、魔術、そして器。全てにおいて敵わない。これが上位者だ。
「あなたが上ならさぞよかったでしょうね」
自然と跪き。頭を垂れ命を聞く。
「ダークエルフ族長。魔王の………」
エルフ族長は姫様と言っていたな。気持ちがわかったよ。
「姫様の命を受け取りました。衛兵として任務を全うします」
「よろしくお願いしますね~」
会えば分かると言ったが、会えば分かった。彼女は魔王だと。実力者だ。
*
「…………疲れた」
私は、テーブルに屈伏してだらける。緊張感から解放された。
「お疲れ。肩揉んでやろう。いい殴りだった」
「わーい、至福ぅ~」
肩に彼の逞しい手を感じながら溜め息を吐く。まぁ殴るのは最終手段で。実際は魔法が打ち出せない、剣では勝てない気がしたためだ。
「みーんな。会いに来るのは嬉しいけど。疲れる。演じてる気がして緊張する」
「まぁ上に立つ者はそういう物だ」
「魔王辞めるまで我慢だね」
めっちゃ皆が魔王だ魔王だ言うから魔王だったのを思い出せている。まぁ~適当だが。
「しっかりそれまで演じればいいさ」
「ダークエルフ族長はどうするのだろう?」
「急いで帰ったからな………どうするんだろうな」
「いい方に向けばいいね」
「そうだな。でも、本当に強くなったなネフィア」
「へへ、ありがとう‼ 強くなくちゃあなたの隣にいれないもんね」
「そうかぁ?」
「だから、ここに真面目になって勝ったご褒美頂戴」
口に指を差す。
「短くていいか?」
「長くお願いします」
私は立ち上がり背伸びをして首に両手を絡めて深く味わうのだった。ご褒美を。
§
数日後、パレードの一団が登場し、都市中で話題になる。大きすぎる馬車の一つが門を潜れず。置いてけぼりらしい。大きい箱形のお立ち台らしい物が門の外で待機している。
そして、それは話題を呼び興味本意で見に行く野次馬がその大きさに度肝を抜かれるのも話題となる。8本の足で歩く得たいの知れない箱。箱の上には簡素な舞台があり。わざわざ用意したのが分かる。壁の上から眺めながら一言。トキヤに言う。
「アホでしょ」
「避けて通っても魔王城の門は潜れねぇよなぁあれ。アホだな」
二人でバカにした。
「でも、凄い。無駄に大きい舞台」
「移動舞台の発想はいいが大きすぎだろ。てか、アーティファクト無駄に作てるから………勿体ないな」
またまた、二人でボロクソに貶す。
「二人は見えないね?」
「パレードの中だろ」
後方で歓声が聞こえ振り向く。ドレイクに引っ張られた馬車の上に幾人もの芸達者が踊るのが見える。女優や男優、オペラ座にいる者達が全員参加してるようだ。
芸は火を吐いたり、水を出し虹を作ったりと魔法使いもいて賑わっている。ゴブリンの衛兵も楽器を鳴らし、ラッパを吹き鳴らす。
「いた」
私は指を差した。豪華なきらびやかな紅い朱の馬車に風変わりなドレスを着込んだ九本の尻尾を振る女優が見えたのだ。
足の開いた場所から覗かせる綺麗な形の素足が眩い。その姿は異国での衣装だと一目でわかり、色気を放っている。青い狐火が彼女の周りを飛び回り、彩り。観客が触れ、驚いている。熱くないようだ。
「エリックがいないね?」
「よく、見ろ」
「んん?」
「あそこ」
トキヤが指を差した先に仮面を被った男が混じっていた。黒いマントに仮面姿は変わらず。笑いながらパレードの行進中の馬車を飛び回り、大きな大きな声で一人一人観客に紹介をしながら朱の馬車の彼女の元へ行き。隣に立った。
そして、背後を振り向き壁の上へ立っている私に射ぬくような視線を寄越す。目が合う。
「ん……」
少し、ゾクッと背筋が冷え。その冷たい目に背筋を震わせた。
「…………トキヤ」
「どうした? 手を振ってるぞ?」
「う、うん」
私は手を振り返し、さっきの感覚はきっと気のせいだと思い込む。 あまりにも冷えた心だった。
「……………」
「どうした? こういう派手なのは好きじゃないのか?」
「う、うん」
「会いに行こうぜ。待ち合わせ場所は教会だ」
「……………」
私は後ろを振り向く。四角い箱の歩行劇場を見つめ……何かが起きることを予見させる。
「ネフィア?」
「今、行く」
私たちは一足先に教会へ行くのだった。
*
教会に戻ってきた。教会内はごった返していた。色んな人物が寝泊まりするために解放された部屋を巡り人がうようよと押し寄せる。
人間も多く。パレードの観客たちや魔王城に呼ばれた者達が泊まりに来ているのが伺えた。
そして、私は教会のベンチに座り女神像を眺める。愛の女神のイメージ通りだった。その胸は誰より豊満である。目に毒である。
「トキヤ。あの大きい二つどう思う? 私はもうちょっと小ぶりでもいいと思うの」
「ネフィア。男友達とフェチを語る風に話を振らないでくれ。どうせ、自分の胸が一番って思ってるんだろ」
「それ、トキヤが思ってる事だよね?」
「いやいや」
「否定しても、この姿はねぇ………トキヤの好みですからねぇ~」
「まぁ、大きいのは好きだし。貴賤は無い」
「だよねぇ。私も私も、千差万別だよ。実は私は胸よりお尻のラインが好き」
「…………いつか女を襲うんじゃないよな?」
「襲わないよ!!」
他愛のない話を二人でしながら待つ。すると、後方から聞き覚えのある話し声が聞こえ誰がか来たのがわかった。
仲良く会話をする二人。その二人が私たちの目の前で立ちお辞儀をする。パレードもとい、出し物を止めて抜けてきたのだろう。
「お久し振りですね、お嬢さん。お隣、良いでしょうか?」
「お久し振り。ええ、いいですよ」
「お久し振りなのじゃ。お二方」
「久し振りかぁ? この前じゃないか?」
「トキヤ、細かいことは気にしない」
私の隣に仮面の男が座る。そして大袈裟に手を広げ、私の手を掴み感嘆をのべる。
「あの後から。あなたのことを一時も忘れることはありませんでした。美しい女神のようなあなた様にまた出逢える奇跡に感謝を」
これもなんとも一ヶ月振りな気分だ。この仮面の男はこうやってナンパをする。まぁ今回はあしらわずに応答しよう。
「ええ、自分も悪夢を見せた側で心残りでしたので。元気になって良かったです」
「おお!! なんと慈悲深いお言葉を………」
「おっほん!! いつまで繋いでるのじゃ!!」
ヨウコの声に仮面の男が慌てて手を放す。
「これは失敬」
「はぁ、我と言うものがありながら………お前と言う奴は………」
「美しい女性に声をかけたくなるのは性であります」
「そうじゃないのじゃ………ここへ来た理由じゃろ先ず」
「そうでした、そうでした。あまりの綺麗さに我を忘れて………テテテテ」
隣に座っているヨウコ嬢に睨まれながらつねられる。
「ヨウコ嬢、わかりました。では、早急にお話しましょう。手紙は見られましたか?」
「ああ、しっかりな。消す炭にもした」
「徹底した情報管理。ありがとうございます」
「いや、まぁ………うん」
歯切れの悪い言い方をする。さすが我が夫様だ。替わりに私が話を始める。
「行為に及んでいましたので消す炭にしました」
「ああ、やはり入ってましたか…………お見苦しい所申し訳ないです。確認しようにも封が効いて無理でしたので」
「行為? 行為じゃと!?」
顔が赤くなるヨウコ嬢。
「ネフィア……お前は余計なことを!!」
「うきゅううううううう!?」
トキヤにほっぺをつねられる。
「ごめんしゃいいいい!!」
「はぁ……まったく」
トキヤがあきれながら手を離し、私は頬を撫でた。トキヤが何もなかったかのように話しだす。
「まぁ、内容は理解した。デーモンの王を倒せだろ」
「いいえ。デーモンの王を倒すのは私です。依頼と言うのは支援です。私が彼の前に立てる支援をお願いします」
「一騎討ちをするのか?」
「ええ、一騎討ちをし……奴を越える事で………」
エリックが仮面を外し、ひたいの鎖の印に触れる。
「私は身心共に自由になれる」
冷たい声で殺意を含ませて言い放った。
「わかった。教会は俺に倒せと指示があるが?」
「それは、私も聞いておりますので………今から執務室へ向かいませんか? トキヤ殿」
「いいだろう。ネフィア、俺はエリックさんと共にセレファさんに会いに行ってくる。呼ばれてたしな」
「わかりました。女は黙って男の仕事の邪魔はしないのがいい奥さんの秘訣です」
「いい嫁貰ったよ本当に」
「…………………むきゅ」
嬉しいけど。人前だと余計に恥ずかしい。ああ、私ってこんな恥ずかしいことしてたんだと我に帰る。でも、嬉しい。顔を押さえ、自分が赤くなっているのがわかった。
「では、参りましょう。勇者様」
「だからぁ勇者は辞めたんだって」
二人が席を立ち教会を後にする。残された私たちはどうするか話し合い。ここで待つのではなく酒場で紅茶でもと言うことになった。
*
酒場の個室を借り、紅茶をインフェさんが注ぐ。彼女も途中、執務室から出るように言われた所を私たちは拾ったのだ。ヨウコ嬢も最初は幽霊に驚いていたがすぐに慣れ自己紹介も来る途中に済ませてある。
「どうぞ、お二人さん」
「ありがとう。いただくのじゃ」
「ありがとうね、インフェさん」
「メイドの務めですから」
「………ん」
ちょっと私はソワソワする。落ち着かない。理由はもちろん久し振りのお茶会だからだ。
何故緊張するかを悩み考えた。1対1なら普通。男性と一緒でも緊張しないのに女性だけになると少しだけ固くなってしまう。
昔にマクシミリアンのお屋敷で使用人をしていた時はまぁ嫌がったり、適当に流してたが………今はそう。違う。緊張してるが何故か嬉しいのだ。
「ネフィア。よそよそしいのじゃ」
「ええっと、その………複数人との女子会って女性になってから初めてで。ええっと嬉しいなぁって。私、しっかり女性が出来てるって嬉しいなぁ~って」
「姫様、可愛いですね」
「インフェさんもかわいいですよ」
「えっと………私の可愛さは幼子のそれみたいなので………複雑です」
「死んだとき幼かったから仕方ないよ」
「………いえ、ちょっと大きくなること出来るんですけど。悲しいことに短時間なんです」
「そうなんだ………ああ、本当に女子会してるぅ。昔なら出来なかった会話も出来そう。貶したり、愚痴ったり、馬鹿にしたり、侮辱したり、睨み合ったり」
「ネ、ネフィア。女子会をなんだと思ってるのじゃ? あまりに酷いもんじゃぞ?」
「男子禁制、女性の醜いところの出し合い。男がいないから着飾ることなく罵詈雑言の場」
「ま、まちがっておらんがの!! それは、ちょっと違うのじゃ‼」
「では、例えば何が正しいの?」
「ええっと。そうじゃの。こう、なりそめとか。こういうとこ好きとか………じゃぁないかの?」
「じゃぁ!! ちょうどヨウコ嬢のなりそめ聞けばいいね!!」
「あっ!! 私も聞きたいです‼ ヨウコお姉さま!!」
「あふぅ!?」
はめた訳じゃないが。言い出しっぺの法則。ニヤリと私はする。ヨウコは「はぁ~」とため息を吐いた。
「さぁさぁ。夜の営みを激しいようですし、そこまで至った経緯を教えてね?」
「よ、夜の営み………ごくん」
「……………お主ら。はめよったな」
「ふふ、予行演習と実地いっぱいしてきましたから。女になる前に」
一応、私の女になる区切りはトキヤを愛してるではなく。本当の気持ちに気づいた瞬間を女になったとした。魔王として勇者に押し倒された事は大人の女になったと考えている。
「はぁ、仕方ないのじゃ。まぁそちは知ってるじゃろ?」
「拾われてからずっとでしょう?」
同じように私も拾われた。
「そうじゃが、あの後。彼が放心してるなか。ずっと声をかけてたんじゃ。ずーと、想いを淡々と。あなたは仮面を外そうとオペラ座の怪人であり、私の想い人とな。言い聞かせ、そしたら。彼が立ち上がり…………自分の居場所は何処だっと聞いてきたのじゃ」
「それで?」
「大丈夫、もうあなたは居場所があるじゃない。『私だって居場所になれる』てね」
「うわぁ~大胆です」
「その言い方…………何処かで?」
自分が言ったような言わなかったような気がする。
「彼ね、居場所が欲しかったんだと思う。私と一緒で。でも彼ね……気付いてなかったの。例え元奴隷だったとしてももう。居場所があることを…………元気になったわ。私に認められた事を知ってね」
「…………不器用な人」
「そう、器用なようで。小心者であり不器用な人。名前を一緒にした理由は非公開だけど。このパレード…………復讐が終わったら引退公演をするつもり。劇名はまだ無い」
「いいなぁ~私も見たいです」
「ふふ、招待するわ。そうそう、ネフィアはもう帰ってこないのかの?」
「帰ってこないとは? 女優ですか?」
「そう、器用な男優ぽい女優をこなせるのは珍しいし。花があるのじゃし、ファンも多いじゃろ?」
「ああ、ごめんなさい。私のお熱は夫しか向きませんから」
「あら? 熱い」
「姫様お熱い」
「ええ、熱いですよ。ヨウコ嬢もでしょ?」
「もちろんなのじゃ」
それからも他愛のない話をし、罵声を吐きながらも楽しい時間を過ごしたのだった。
*
彼が帰ってきた時間は遅かった。すっかり夜中になった寝室、鎧を置いて身軽な状態で酒場から頂いたお酒をグラスに注ぐ。
注いだグラスを親愛なる夫様に手渡した。酒場は大混雑、教会の中もお酒の運送で大混雑であり、在庫が無くなる勢いらしい。儲かってそう。
「ああ、ありがとう」
「長かったですね」
「他愛のない世間話から、色々と調整をな」
「決まったことは?」
「エリックが一騎打ちをするのを俺は支援し、教会は静観するだ。教会はまだ、やる気は無いらしいしパレードの参加者や観客の受け入れだけでいっぱいいっぱいだ」
「夜出歩かれてもね~」
「ああ、まぁでも…………パレードに紛れて沢山の兵士が紛れ込めてるな」
「兵士って皆、オペラハウスの?」
「聞いたらお金で雇った傭兵だけ。衛兵も雇った瞬間だけは傭兵だ」
「そうなんだ。いつ頃…………やる気なの?」
「明後日の夜。それまで何やら準備があるってさ。ネフィア。お前は南側の壁の上に立ってくれ。一応、ヨウコ嬢がそこで立ってるんだってさ。何するか知らないけどな。護衛してほしいらしい」
「私もデーモンの根城に行かなくていいの?」
「男どもで行く。まぁ逐一情報を風で伝えるさ。ヨウコ嬢も不安だろうしな」
「………やさしい」
確かに私が彼女の近くへ行けば風を拾うことで彼女に教える事が出来る。一緒に行けないがせめて壁の上で事の成り行きを待つつもりなのだろう。ヨウコ嬢は。
「わかった。護衛する」
「先にお金は貰ったから全力で頼む」
「まかせんしゃい!!」
「はは!! 昔より本当に頼れるようになって嬉しい限りだ」
「へへへ………」
少し、頭をさげる。恥ずかしさと嬉しさで少し悶えた。この感触がたまらないほど愛おしい。
「………ちょろ」
トンっ、さわっ
「!?」
頭に手が触れ、撫でられる感触がする。
「本当に頑張ったな」
「あうぅ………撫でるには反則」
「可愛いのを愛でるのはいけないか?」
「いけない訳じゃないけど………その、何も出来なくなるの」
「ほら、そういうにが可愛いだよ。全く………ずっとかわいいままだな」
「………トキヤ。甘い」
「甘いのは嫌いか?」
頭から頬に、そしてあごに触れ顔を向けさせる。
「大好物です。んぅ」
触れる唇の甘さは大好物。頭が蕩けるほどに。
§
モゾッ
「…………」
「ん…………あら?」
物音がして、体を起こした私。教会の一室を借りている簡素な部屋にテーブルがある。その上にお酒がグラスに注がれており、それをオペラ座の怪人ことエリックが眺めていた。
「ああ、ヨウコ嬢。起こしてしまいましたか?」
「まだ寝てなかったのじゃな」
「ええ」
私はベットから立ち上がり彼の反対の椅子へ。そして、あくびをひとつ。
「どうされました?」
「それはこっちの台詞じゃ。………眠れんのじゃろ?」
「…………いいえ」
「嘘をいっている顔じゃな」
「……………」
空のグラスに葡萄酒を注ぐ。赤い血のような色のお酒だ。それを一口含み芳醇な香りを楽しむ。
「私はお前のその………ツレじゃ。長い間も一緒だった。わかるのじゃぞ」
「はぁ。さすがタマモ嬢ですね」
「話してみ」
「……………怖いのですよ。ここで夜、寝るのが」
「ふむ」
「寝れば恐怖の夢を見せられてしまう気がして」
「でっ、起きてると」
「ええ、ええ………見てください」
彼が手を見せる。震えて揺れる手を見せる。
「情けないでしょう。震えてるんですよ。あの………オペラ座の怪人がね」
「そうじゃの、情けない。じゃがの………ありがとう」
「はい?」
「我にさ、お主の弱さを見せてくれて。大丈夫じゃ………明けるまで寂しいじゃろ。一緒に起きていよう」
「ヨウコ嬢…………はは。ありがとうございます」
「他人行儀じゃの。我はお前の妻ぞ………寄り添うのが務めじゃ」
「はははは。本当にありがとう」
エリックが笑いながら手を握りしめる。震えが止まり、引っ込める。
「まぁ眠たくなれば寝てくださいね。お体に障ります」
「最後まで付き合うのじゃ」
「そうですか、では。飲み比べましょう」
私一気に飲み干し。笑顔で頷いた。
*
睡魔に襲われたヨウコ嬢がテーブルにうずくまる。飲み比べはすぐに終わらせた。
「すぅ……すぅ……」
自分は眠ってしまった彼女。眠らせた彼女を抱き止め。ベットへ移動させる。金色の尻尾が少し邪魔くさい。
「…………本当にお強い姫様だ」
一生懸命。自分のために起きようと頑張っていた。しかし、自分は力を使い眠らせる。健やかに眠る彼女は本当に綺麗だ。
「本当にありがとうございます。ヨウコ」
彼女はずっと自分を好いてくれる。どんなことがあっても。どれだけ男らしくなくても。それがどれだけ恵まれているかを最近になって実感した。彼女の頭を撫でながら。
「………夜は長く、怖いものでしたが」
自分は彼女の横に移動する。そして、尻尾に触れる。撫でるように繋ぎとめるように。
「今夜は眠れそうです。起きれば貴女はいるでしょうし」
目を閉じる。眠りにつこうとした。
ぎゅ
「エリック………むに」
彼女が振り返り、自分を抱き締める。寝ぼけているだろう彼女が力を強く抱き締める。
「………………」
彼女の優しさ、包容力に………自分は甘えるのだった。今夜だけは穏やかにいられる。自分を見失う事がなくてすむだろうと。
*
夜中、自分は懐中時計を見たあと。婬魔の死体を繋ぎ会わせた縫合体を作り終えたことを確認し自分の主人の間の窓を明けに城を歩く。
主人の間は死んだ人間、婬魔が鎖で繋がれ防腐剤を入れて保管され、吊され、死んでも自由になることはない攻め苦を味あわせている。城の構造は手前、寮。奥側に拷問所、実験室になっており。私が管轄し、機嫌良く見回っている。作品集を眺めるために。
バサッ
大きな巨体に蝙蝠羽根のデーモンが降りてきた。キバや角が恐ろしいほど黒く。深淵を纏った体から障気が漂う。
「おかえりなさいませ。ヴァルボルグ様。お食事は?」
この主人のデーモンは恐怖を糧にしている。死肉喰いや、生きたまま食べることもする。
「何人かワシを殺そうとしているやつに悪夢を植え付けた。美味だ」
「そうですか。あなた様を倒そうとね………魔王ですか?」
「協会っと言う胸くそ悪い連中、吸血鬼の集まり。狼男ら。あとは新しい顔。今日の昼の奴等だ。夢で見ると………オペラ座の怪人」
「誰でしょうか?」
自分は眉を歪ませる。
「知らん、やつの夢を探したが見えなかった。二日後にあやつは攻めてくる。くくく、いい餌だ」
「ええ、兵の備蓄はたんまりありますよ。もて余しているところです」
「くくく………誰に歯向かうか覚えさせてやろう。深淵に飲み込んでやる」
「夜は私たちの領域。とんだ自信を持ったもの達ですね」
「魔王いるからだろう。勇者も………どうだ? 良くないか?」
「いい縫合体と兵士になりそうです」
「ネクロ。遊びの時間だ」
「はい。遊びの時間ですね」
自分は主人が喜ぶような惨劇を用意しなくてはいけないようだ。
「あいつはどうなった?」
「あいつとは?」
「エリザ、わかっているだろうが」
「ええ、頭は無かったので変わりの頭を用意しました。彼女は殺された事は覚えておらず。いつものように拷問室で遊び。執務室で男と遊んでます」
「そうか、そうか」
「私の最高傑作ですから」
四天王エリザは知らない。すでに自分が傀儡であることを。オリジナルは彼に殺され研究室で冷凍保存されている。彼とエリザの子エリックは何人かのエリザを犠牲に彼と逢い引きさせた結果産まれた実験体。
魔王になれる恵まれた体、故に魔王城へ向かわせたのだ。何人ものエリザは彼を溺愛する理由はわからないが都合が良かった。
「エリックは王になった暁には我らがデーモンの世界になりますでしょう」
「そうか、俺は興味がない。征服より血の狂乱、恐怖だ」
「ええ、それもいいですが。もっともっと恐怖を出したいでしょう?」
「ふん、お前が遊びたいだけだろ………俺と同じように」
「ええ、遊びたいだけですね。くくく」
上手く、事が進みすぎて笑えてくる。そう、上手く行きすぎている。
*
早朝、目が覚め。あわてて立ち上がる。頭痛で頭を押さえながら、隣の彼を起こし夜中の事を話す。攻撃を受けたのだ。悪夢を見せる攻撃を。
「トキヤ!! 起きて!!」
「ん、んん」
「敵!!」
「ん!?」
トキヤが勢いよく上体を起こす。
「な、なに!?」
「敵だよ‼ トキヤ!!」
「敵だと!? 何処に!!」
トキヤが魔法を唱え出す。あわてて口を塞いだ。
「あっ、いや。夜中でね、夢を探られたの」
「………どう言うことだ?」
「デーモンロードかな? なんか、夢を渡り……悪夢を植え付け覗きに来てたんだ。でも、全部かわしたけどね。ちょっと頭がいたい」
「…………デーモン」
「トキヤが戦ってきた野良デーモンと違う。こーんな曲がった角でちょっと血色が違うデーモン。魔物じゃない知恵があるデーモン」
「ちょっと細かな話を聞いていいか?」
トキヤがベットから立ち上がり背伸びをする。
「夢と言ったな。婬魔と同じ夢を操るのか?」
「そう、夢魔より強力。隠すので精一杯」
「…………もし、夢に入り込まれたら? お前ならどうする?」
「夢の中でトラウマを埋め込む。自分に刃を向けさせるのを渋らせられるかも。私には出来ないけど………それができるような感じだった」
「それって!? 不味い!!」
トキヤがなにか思いついたのか叫ぶ。
「?」
「すぐに着替えろ‼ 教会へ行く!!」
「???」
「ネフィア、気付けよ。自分で勘づいてるんだ。相手が誰でもいいって訳じゃない。敵対してるなら」
「!?」
そうか、エリック達が危ない。
「相手が大人しくしてる筈もないか‼」
「ごめん!! もっと早く気付けば!!」
私は、急いで鎧を着る。相手が相手だったのだ。
*
教会へ到着し、執務室へ案内され惨状を聞く。教会の一部の人と傭兵が悪夢を見たあと。部屋から出れなくなったらしい。夢は部屋に出て恐ろしい事に遭遇する夢だったとの事。
中には殺してきた奴が這いつくばってくる夢。壁が肉塊の夢。白黒い幽霊が捕まって迫る夢。そしてこれを耐えたものは拷問している夢に行き着き。最後は自分が拷問される夢に行き着く。本当に狂乱の夢だった。
「してやられましたね。私も寝ていたのですがね」
「なんともないがの?」
「ヨウコ嬢はエリックさんに護ってもらえたんです。トキヤもそう。夢魔の隣だと大丈夫なんですよきっと…………吸血鬼は元々耐性があるのかも」
「吸血鬼で良かったと思う日が来るとは………」
「しかし、なぜ夢魔なら大丈夫なのじゃ?」
「私たちは元々、夢を見る操る事が出来ます。そして、婬夢が得意なので………」
「それって姫様………その………」
「おぬし、ちょっと………その………別にうちは婬夢みてないんじゃが」
女性陣が顔を伏せ私も赤くなってしまう。
「ある意味、いい夢だな。悪夢じゃないもんな」
「トキヤ殿は姫様相手に婬夢ですか? 業が深いですね。汚してしまうとは」
「セレファ殿、男という生き物は皆。そういうものです。吸血鬼では理解が難しいでしょうが」
「男性陣黙るのじゃ。今は緊急事態じゃぞ!!」
「そ、そう!! そうだよ!!」
淡々と「男とは」と語りだすのを遮る。
「ネフィア、婬魔の癖に恥ずかしがるから………」
「違うもん!! 別に婬夢見せて守った訳じゃないもん!! 夢でわざわざ見る必要ないもん!!」
「「「あっ」」」
「……………?」
「見る事ないよなぁ………今更」
「ひぃ、ひゃあああああああああああああ!!!」
私は耳を押さえ、しゃがみこむ。言ってしまった言ってしまった。言ってしまった。人の目の前で「私たちそういうことしてます」て言ってしまった。違うのに。
「まぁ、なんだ。外傷がないのがまだ救いだ。カウンセイリングしっかりな。あと、明日の夜まで持ちそうにないかも」
「そうですねトキヤ殿。兵の損耗は避けるべき」
「おおう。悲しいかな、グランギョニルの劇場を見ている者たちなのに」
「残酷劇は所詮、『劇』だ」
「そうでしょうかね~私はそれもリアルと思いますが?」
ドンドンドン!!
「ん? 誰でしょうか。どうぞ」
「失礼します!! 大変です!! 教祖さま!!」
慌てた教会の衛兵が執務室へ飛び込んでくる。息が粗い。焦りながらも戸を叩く冷静さはなんだったのだろうか。
「なんでしょうか?」
「襲撃です!!」
一同に戦慄が走る。状況が思った以上に悪くなっていく。
「場所は!!」
「表通りにデーモン!! あと………大きなゾンビが!!」
「今行きます!! 応戦は!!」
「応戦はないです!! 守りを固めていますが表通りは阿鼻叫喚です……」
「わかりました。行きます。皆さんすいませんが会議はお開きです。行きますよインフェ」
「はい、ご主人様」
勢いよく執務室から衛兵と共に走り出す吸血鬼。残された私たちは私たちで考える。
「うちらはどうするのじゃ?」
「ヨウコ嬢、私たちは教会を護りましょう。全力で寝城を護らなければ。指示を出しにいきましょう」
彼等は彼等で決める。
「ネフィア、どう思う」
「…………戦力差は大きいよね」
「ああ、大きいよな。兵が減る。畳み掛ける。兵が減る。悪循環だな」
「待つより、攻める。トキヤ……行こう。犠牲者出てる。そして、賽は投げられた」
まっすぐ……彼を見つめる。
「ああ、全くそうだな。今日から激しい……行くぞ!!」
私たちも現場へ直行するのだった。
*
建物、尖塔を登り。上空から状況を私たちは確認する。大きな黒い物体がゆっくりと屋根を伝って動くのが見えた。普通の建物ぐらいの大きさ。それを見た瞬間に吐き気がする。
「うっ!?」
「ネフィア、目線そらしてもいいぞ」
「だ、大丈夫。凄いねあれ」
「人造魔物っぽいな」
「ううん。魔物じゃないアーティファクト」
「………わかるのか?」
「うん。幽霊がまとわりついてる」
「見えるのかお前も」
「うん。拷問道具なら知ってる」
黒い物体は色んな物が寄せ集まり。四肢を作っている。胴体は錆びた丸い檻にぎっしりミイラが入っていた。四肢は棘や鞭。椅子、机などが黒い球体で繋ぎ合わされている。その大きな巨体からも色んな死体が吊られていた。まるで動く拷問道具。人の木だ。
「拷問道具に憑依してる」
「ああ、全くおぞましいな………魂を剣で切るか」
「トキヤ……援護するよ。時間を稼いで呼ぶから」
「呼ぶ?」
「魔法はイメージ。十人十色だよ。時間がかかるの」
「よし、なら前衛は俺。後衛はお前。残念ながら有機物に俺の魔法は通りが悪い。任せた」
「うん」
トキヤが勢いよく飛び。空中で描かれた魔方陣を蹴って屋根を渡り、化け物の前に向かう。場所は低い屋根が集まっている裏通り。目的地の斜線上に教会があるのでそれを守るよう立ちはだかり大剣を引き抜いた。そして彼は剣に風を纏わせる。
「ネフィア、時間は」
「詠唱1、2分」
グワッ!!
拷問道具の腕で叩き潰そうとトキヤに向かって叩きつける。
ギャン!!
彼の得意なエンチャント。ドラゴンを吹き飛ばせる技。風を纏わせた剣でそれをはじき返し、化け物がひっくり返る。屋根を魔物は傷付けたが、頑丈な黒石は崩れず化け物を支えた。
「有機物は本当にやりづらい………魂も内側に引っ込みやがって切れねぇし」
耳元で彼の愚痴る声が届く。珍しく彼の決め手を欠ける言葉に驚きながらも手の中の炎を収束させる。昔にワイバーンを倒した魔法の派生だ。イメージは槍。
「「キシャアアアアアアアア!!」」
拷問道具の化け物の中身のミイラが一斉に叫びだし都市を震わせる。恐怖を覚える悲鳴だ。苦痛の叫びだ。
「どれだけの奴がこれに喰われたんだ!? ストームルーラ!!」
剣を振り抜き、生まれた風壁をぶつけて拷問道具を押さえ付ける。悲鳴をかきけしながら。
「…………トキヤ!! 離れて!!」
「わかった。風巻!!」
大きな巨体を風の渦に閉じ込める。竜巻、竜が登るような風の螺旋。それを見ながら、私は右手の収束させた炎球を握りつぶす。握りつぶした瞬間、弾け、手の中しっかりと炎の束の感触が生まれ細長き槍の形を象った炎に生まれ変わった。
「ファイア!!!」
それを巨体に向け構え。
「ランス!!!」
投げる。勢いよく放たれた投げ槍は巨体の中心へ誘導し、竜巻を貫き、拷問道具の中心に突き刺さる。そこから炎が膨張し道具の中身を焼いていく。
「ファイアストーム!!!」
中身を焼き、その炎が竜巻に混じり火柱を上げ。巨体を焼ききる。拷問道具が燃えて赤くなり、溶け、中身が黒く焦げつき。臭いを撒き散らす。
炎がゆっくりと収束し、火の粉を撒き散らしながら巨体が崩れ落ち。赤い金属の液状となって地面や屋根にへばりついた。魂は焼き尽いて、動くものはない。
「ふぅ………今は炎を出すにも時間がかかってしまう」
理由はある場所に罠として火を置いてきたせいである。そう火を置いてきた。
スタッ!!
隣にトキヤが戻ってくる。少し息をあらげていた。
「はぁはぁ、あれだけの即席魔法………魔力が……からっきしになっちまった………はぁはぁ」
あの竜巻はやはり相当の負荷があったらしい。
「トキヤ大丈夫?」
「ちょっと休む。ネフィアお前は大丈夫か?」
「じっくり詠唱したから魔力削減出来てるし。魔力無くても大丈夫なんだけど………今は即席魔法は唱えられないの」
「何故?」
「私の炎、置いてきちゃった。あれはただの魔法だし、トキヤの魔法を借りないと無理」
とにかく今は魔法は使えない。
「どういうことだ?」
「まぁ追々説明するね………こっちみて」
私はしゃがんで彼を覗き込む。そして勢いよく。
「んぐっ」
唇を触れ舌を絡ませる。恥ずかしがってる場合ではない。
「ぷはぁ!! トキヤどう?」
「………いきなり何をする!! と思ったが。魔力が少し回復した」
「トキヤにしかできないからね。口移しなんて」
一番、体の中が密接に繋がれば魔力を渡せる。一番いいのは………まぁその………下半身のあれであるけども。
「婬魔は便利だな」
「うーんこれは好きな相手じゃないと無理だと思う。さぁトキヤ、次なる獲物は?」
「………ゾンビの大群かな首を落とせばいい」
「決まりだね。競う?」
「余裕だな………」
「余裕だよ。生き残るためにね」
「そうか願掛けか。いいぜ。首落とした数だな」
「うん。なんだろ、スイッチ入ったのかな? 刈るのが当たり前な気分になってきた」
「冒険者らしくなったのだろう。狩人の仕事もあるしな。賞金首狩りだってそうだ」
「そうですね。冒険者でもありましたね。じゃぁ冒険者らしく」
私は炎の剣を抜き放つ。そして尖塔から彼と共に飛び降りる。
「今、冒険しましょうか!!」
*
いきなりの襲撃に私は驚くが私たちを狙った戦いかたではない事に気が付く。無差別にゾンビやスケルトンが解き放たれ。生なる者を仲間へと誘っていた。しかし、宿屋や、堅牢な建物に籠りやり過ごせるぐらいに弱い。
「…………解せません」
「ご主人様?」
「インフェ、衛兵たちは無事でしょうか?」
「無事、一部負傷者がいるけどね」
「そうですか」
そう、生ぬるい。もっと苛烈に攻めて来るはず。
「何が狙いだ?」
わからない。
「ご主人様あれ!?」
インフェが奥を指を差す。路地裏から様子を伺う。見えるのは小柄なデーモンが数匹。ゾンビやスケルトンを指揮している。そのデーモンの周りには人狼のゾンビが立ち尽くしていた。
「なるほど。増強ですか」
普通のゾンビより、強いだろう。目的はわかった。本腰を入れだしたのだ。この時期になって。
「このままでは人狼がそのまま兵に。吸血鬼も人狼とデーモン相手では難しいですね」
「ご主人様。どうする?」
「インフェ………いけますか? 昼間ですが」
「いけます。聖霊ですから」
「………では。汝、我のために遣われし天使なり」
一言、教会の憑き人の祝詞を言葉にする。インフェの体が薄くなり、消え失せた。そして、表通りに女性が現れる。ゆったりしたドレス。両手に青い剣。足元は見えず。背中に大きな翼を生やす女性は笑みを絶やさない。
「いつみても………美しい」
感嘆を口に出し。奇跡に感謝をする。死んでから発現した新たな彼女の能力。そう、私の偶像崇拝。
妄想が彼女を変異させた姿だ。皮肉な事に吸血鬼が愛の女神を信じ、その使いの天使を敬い。それが彼女と愚かに信じる行為が奇跡を起こしたのだ。私だけの魔法とも言える。対価はこれ以外の血を媒体にした魔法は一切使えなくなったこと。
「インフェ………彼等に救済を」
「はい、ご主人様」
多くの吸血鬼の力を失った。しかし、後悔はない。
「何者!?………幽霊?」
「幽霊風情が何を」
「叩き潰すか」
デーモン達が大きなメイスを構える。呪われたメイスは幽霊に触れられるのだろう。だが、それはただの霊だ。対象が違う。
スカッ
「なぬ?」
メイスを振り抜き。翼の女性をすり抜ける。
「こやつ………捕まえるぞ。上質な幽霊だ」
「恐怖に滲ませたら旨そうだな」
デーモン達がメイスを置き。彼女を捉えようと飛びつく。インフェが剣を構えた。
「きひ? 幽霊の剣なぞすり抜けるぞ?」
一体が近付き手を伸ばす。それを彼女は切り下ろす。青白い月の光のような剣がデーモンの腕に当たり、そのままスッとすり抜けた。
「ほーら、なんも………」
ブシャッ!!
「!?」
そして、腕がすっと落ち。鮮血を散らした。あの剣は通ったものを切れる。本来は切れない筈なのに。切れてしまうのだ。
「あがぁああああ!!」
両手を失ったデーモンが叫ぶ。そのデーモンの首に剣が過ぎ去り。叫ぶ頭がポトッと落ちた。
「ひっ!?」
仲間の死に驚き。飛び立とうとするデーモン。しかし、フワッと消えたインフェが背後に立ち羽を切り落とす。たまらず、落ちた先でゾンビを盾にするが…………そのまま剣は通りすぎ。デーモンが二つの分かれた。
「ご主人様、終わりました」
「ええ、さすが。インフェ…………私より強いですね」
「そんなことないです。剣を振り回すだけです」
振り回すだけで斬れるのだから十分だ。
「周りのゾンビを倒しときます」
「ああ、頼んだ。人狼はまだ成り立てだから動かないな」
人狼の首跳ねていくのを見ながら。次の獲物を探す。魔力が尽きれば彼女が元に戻る。それまでに敵は刈っておこう。さぁ私の天使よ……彼らに救済を。
*
色んな場所を走り回り。トキヤに通知をして教会へ戻ってきた。トキヤは先に帰っており。門の下で私を出迎えてくれる。
「45」
「なかなか頑張ったな。その剣で」
「もったいぶらないで」
「101」
「敵わないなぁ………」
得物の差が大きい気がする。
「戦慣れの違いだ。で、結局なんだったんだろうな」
「うーん。ゾンビを解き放つ理由だよね」
「なんだろうなぁ………俺なら他にすることを隠すためにやるが。教会も襲われていない」
「他に………してそうなことってなに?」
「わからん。陽動っぽいが」
とにかく情報が足りない。
「トキヤ………空曇って来たね」
「ああ、曇って来た」
「…………太陽沈むね」
「ネフィア。太陽沈んでない」
「えっ? だって暗くなって」
「時計を探そう!! 振り子時計が確か何処かに」
「まって!! 腹時計で見るから‼………ん!! 昼時」
「ネフィア………本当だな」
「うん」
「徐々に暗くなっている」
「曇ってるから?」
「いいや………遠くを見て行こうか」
近くの尖塔に登る。そして、見えたのは壁を越えた先で真っ黒い空。
「ネフィア…………夜が訪れる」
「トキヤそれって」
「ああ、夜の者たちの世界になる」
トキヤが冷や汗をかく。私は剣の柄を強く握った。最悪な予感がするのだった。
§
私たちは教会に戻り。外の状況をエリックたちに伝える。夜のように都市は暗黒の空に包まれ街灯が灯される。
「夜の帳が降り、劇場が一変しましたね」
「夜になっただけじゃないだろう…………」
「ええ、きっとこれは夜の眷属に対する強化魔法でもあるでしょう。私たちは以外の………これは護って明日に繋げることは難しい。やるなら今しかないでしょうね」
「行くのか?」
「はい。最初からそのつもりでした。それが早まっただけのことでしょう?」
「………」
トキヤが厳しい顔をする。目を閉じ悩んだあと口にそた。
「俺は雇われだ。誇り高い騎士でもなんでもない。忠義のために死ぬ気はない。降りるところは選ばせて貰うぜ。だが……途中までの付き添いはする」
「ええ、どうぞ。あなたはそうですね。彼女のためにだけしか自分を賭けないのでしょう。いいですねぇ………劇場栄えします」
「ご主人様は………どうされますか?」
「残りましょう。帰る場所無くなってはいけません。私にはここを護る義務がある。インフェ………大変でしょうが。頑張ってください」
「はい、ご主人様。ただ2、3日は消えるでしょう」
「はい。頼みますよ………我が天使」
吸血鬼の首に幽霊の少女が腕を絡める。少女の笑みが吸血鬼に勇気を与えていた。私はその姿に熱を感じる。しかし、熱すぎない感情。長い間、認めあった夫婦のような雰囲気。空は暗いのに少女は輝いているのだ。私は光を見ている。
「インフェさん。頼みましたよ」
「はい」
「トキヤ、私は?」
「エリックに聞け」
「姫様、姫様はヨウコと一緒に壁から私たちを見守っていてください」
「ええ、わかりました」
そうして欲しいとの意見に頷く。
「エリック………」
「ヨウコ嬢を頼みましたよ。他の者はここで防衛をお願いします」
「…………はい」
何かを含んだ言い方に。気になりはしたが私は黙って移動するのだった。死地へ行く怪人は少し笑っているようだ。
「グランギョニルを演じるのは初めてですね」
そう、不気味に笑うのだった。
*
私は定位置につく。スペクター、悪霊等は時間的にまだ出てこないのか全く会わなかった。都市にはゾンビとスケルトンが徘徊してるだけである。
「………」
そして途中、移動する中で魔方陣の上に婬魔の死体の山が積まれた場所をいくつも見つけた。
地面に黒い液体。そこから黒い霧のようなものが立ち上ぼり、鉄臭い。とにかく鉄臭かった。
魔法の触媒としての犠牲者たちは悲痛の表情。死体は四肢を丁寧に切り落とされているわけではなく裂けていた。拷問後の死体である。
「……………」
「う、うぷ………」
「ヨウコ、大丈夫?」
「だ、大丈夫。壁の上へ上がる階段があるのじゃ」
「無理してない?」
「……………ここって。本当に同じ世界なのか?」
「同じ世界」
「はぁはぁ、本当にエリックはこれを見てきたのじゃな」
「しらない。あなたが一番知ってるのではなくって?」
「…………話してくれんかったのじゃ」
「そう」
「落ち着いてるのじゃ………流石じゃのぉ」
「監禁、魔王から裏切り。そして女にされた」
「………?」
「スケルトンの蔓延る滅びた都市の死んだ王」
「…………」
私は過去を振り返る。
「ウルフの群れ。沢山の魔物たち。盗賊ギルドの拉致。逃避行。ダンジョン攻略。ワイバーンの群れ。出会い……そして死別。黒騎士の襲撃。数々の刺客たち。幽霊怖いけど、いっぱい色んな事を味わってきた。今さらこれぐらい………ね?」
濃厚な時が私に肝を鍛えさせる。元男であるのも強い理由かもしれなかった。
「そうじゃの。強くなくちゃいけないのじゃの………お主は」
「………ええ。彼は全てを退けた。でも今は彼を失う方がもっと怖い。あなたと同じ。だから他の事は耐えられる。我慢できる。そう、信じてる」
「そうじゃったのか………わしは、手が震えるのにのぉ……失うのが怖くて怖くてのぉ……信じたいがの………」
「気持ちわかるよ。でも、女は待つ生き物よ」
私たちは階段の前まで来る。階段の下は濡れていた。階段から、滴る液体は石が黒いため目立たない。しかし、それがなんなのかわかる。たまに白い物が転がっているのきっと、脂だろう。
「うぷっ………おえぇえええ」
「…………上がるよ」
ニチャニチャ
足裏にへばりつく脂。血の粘りが不快な音を立てる。壁の上まで行くと魔方陣の上に何人もの婬魔の死体が腹が裂かれて放置されていた。死体から紐が伸び、それを貪る烏が何羽もいた。
そして、物音を聞き一斉に飛び立つ。食い散らかしながらカンテラが怪しく全てを映してしまう。
「くぅ………何処行っても死体」
「そうですね」
食い散らかされた死体に火を落とす。死体は燃え上がり。辺りに焦げた臭いを振り撒く。今は火力が低く。臭いが出てしまうが供養ぐらいは出来る。
「トキヤ、こちらネフィア。壁についたよ」
私の声を音を風に乗せて届けさせる。ヨウコ嬢の声も怪人に送ってあげる。
「そうか、こっちもついたよ。二人だけで城に入って暴れろってんだ。面倒な仕事だ」
「敵は?」
「デーモンたちは都市に溢れかえって各々が生きたまま皮を剥いだりして遊んでやがる。好き勝手に暴れてな」
「………そう。本当に悪魔だね」
「俺も大概、悪魔悪魔言われてきたがまぁ。本家には敵わないな。ネフィア支援頼むな」
「うん。トキヤ………一応同族だけどさ」
「なんだ? 同情したか?」
「ふふ、同情しないこと知ってる癖に………情け無用。好きなだけ暴れてね」
「任せろ。暗殺や殺しは得意だ」
「知ってる」
「…………あなたたちの『本当の顔』て恐ろしいわね」
隣のヨウコ嬢が溜め息を吐く。
「恐ろしいだってトキヤ」
「なんだ? 誉めてくれるのか?」
「ばーか。誉めてないよ」
「知ってる。ははは」
「ふふふ」
「……………ちょっと笑えるなんて引くわ」
ヨウコ嬢が微妙な顔をした。エリックとの会話もあまり普通なので変わらないと思うのだが……不思議である。
「ネフィア、今から門を開ける」
「わかったよ」
彼の声が真面目になった。背中の剣を抜く姿が想像出来る。
「エリック…………お願い………生きて」
隣で彼女が悲痛に祈る。何故か胸騒ぎがし、剣を強く束を握りしめ。勢いよく抜けるように待機する。隣の女の子護るために。今は女を忘れよう。
*
トキヤは大きな城の前の広場で斧を持った巨体のデーモンの足を切り落として倒れたところを突き入れ引き抜く。
「同じ赤い色か」
剣の血を風で拭う。
「門を入った瞬間。デーモンがお出迎え」
「これは、これは。醜い生き物ですね」
「醜いとは思わんが。大きい巨体は脅威だ」
「そうですか? でしたらこっそり忍び込んで仕留めましょう」
カサ、カチャ!!
「………こっそりですか? お二方」
「おうおう、もう四天王のお出ましか?」
目の前、城に入る扉の前に黒い服を着た優男が笑いながら手をあげる。すると、庭の骨が集まり錆びた剣を持ちながら立ち上がった。その数は数えきれないほど、庭を満たす。
「これは、これは。ネクロマンサーですね」
「囲まれたか。どうする? 怪人さん」
「そうですね。一体づつ倒せたらいいですね」
「………いいや。俺が活路を見いだし扉の先へ導く。あとは探してくれ」
トキヤは剣を構え直し、道筋のスケルトンを吹き飛ばそうとした瞬間、思い止まる。目の前に火の粉がフワッと目の前を過ぎたのだ。
匂い立つ、火の起こり。トキヤはネフィアの匂いに気が付いた。
「さぁ二人ともこれだけの相手に私を相手できますか?」
「残念だが、お相手は違うようだな」
「?」
広場の淀んだ土から火の粉が吹き出す。スケルトンたちがそれに触れた場所から燃えてゆっくりと炭化する。
「な、なにが!? 起きて………!!!!」
ネクロマンサーが1歩2歩と後ろへ下がった。そして彼の耳に大きな鳥の産声が響く。
「トキヤ殿、これは一体!?」
「俺もわからんが。状況は一転したらしい」
火の粉が炎を産み。それが集まり一つの鳥の形を象る。大きな、何本の尾、燃え盛る翼。スケルトンたちを火葬し。目に見えて魂たちが鳥に吸い込まれていく。巨大な鳥が城の広場一帯を焼く。
「くっ!! 仕方がない………傑作を」
ガシッ!!
ネクロマンサーの足元に骨の手が強く掴んだ。
「離せ!! 名も無き物たち」
骨の手を蹴り飛ばす。しかし、周りのスケルトンが集まり抱き付く。
「くぅ!!……はぁあああ!!」
捕まれている骨たちが黒い霧に包まれ、骨が地面に散らばる。ネクロマンサーは大きな角と蝙蝠羽根の姿形に変化し、怒りを目に宿す。
「この醜い姿を晒すとは。情けない失態!!」
デーモン。蝙蝠羽根をもち、黒く頑丈な肉体を持つ。悪魔の上位種。彼の右手にもった黒い石が魔力の黒い塊を産みだし、それを目の前の炎の鳥に投げつけた。
黒い塊が周りを集束し、飲み込む。炎の鳥も黒い塊に抵抗する。拮抗し、それを包んで抑えた。
「どうです!! 最高傑作は!! 重力球は!! 吸え!!」
バシィン!!
ネクロマンサーが叫ぶと……黒い塊にヒビが入り中の圧縮したものがバラバラに飛び散る。
「な、なに!? この魔法を吸えないだと!?」
「我はまだ魔王なり。故に四天王ネクロマンサー。あなたを四天王の座から追放する」
「ど、どこにいる!! 魔王ネファリウス!!」
「目の前に」
「くぅっそ………体勢を立て直す!! いくらでもゾンビはいる!!」
ザッ!!
ネクロマンサーは振り向こうとしたその瞬間だった。ゆっくりと顔を下げるネクロマンサーの目に真っ赤に血塗られた剣先が見える。真っ直ぐに突き入れられ体の芯から突き刺されている事をゆっくりと理解する。
「な、に!?」
「痛みはないか。薬かなにかだろう。そうそう、動くなよ。切りにくい」
「いつの間に背後に!!」
「スケルトンやネフィアの時間稼ぎだな。お前は自分で戦うことがなかったのだろうな。動きが鈍い」
「くぅ!? あがぁ!! 抜いてやろう!! こんなもの!!………!?」
「残念。俺もお前と一緒で少し力強いんだ。デーモンと殴り合えるぐらいに」
トキヤが相手を持ち。勢いよく剣をもっと突き入れる。十字の返しがついているところまで。
「ネフィア!!」
「ええ!! お願い!! 私の火!! 邪な悪魔を焼き払え!!」
トキヤは火の鳥が触れる瞬間離れた。火の鳥が炎の翼で抱き締めるように囲い触れ、飲み込み……炎の球体に変貌した。そして、フワッとした火の粉を撒き散らす。
残ったスケルトンたちも燃え上がり。炭化から、一切の塵も残さないほどに燃え尽きた。
デーモンの断末魔すら聞こえないほどに一瞬で全てを焼き付くしたのである。
「………ネフィア嬢はここまでお強いとは……トキヤ殿を隠れ蓑にし、相手を騙し仕留める手際。さすが魔王ですね」
「たまたま隠れ蓑になってるだけでふかーい意味はないぞ。そこまで考えてないだろ」
「トキヤ~聞こえてるよぉ~確かに!! 伏兵の炎鳥はたまたまこの前に逃げるため置いてただけだね」
「ほーら、考えてない!!」
「結果よければ全てよし!!………まぁそれよりネクロマンサーの魂はある?」
「…………あるな」
「トキヤ、魂食いの禁術に魂を操ることは出来ない?」
「肉体を持っている奴は出来ない。肉体を失った者は舌だけを用意すれば話を聞き出す事は出来る。しかし魂の強さによる。大体無理だ。世の中上手くはいかないものさ」
「じゃぁ、わかった。ネクロマンサーを潰せ」
「お怒りだな」
「お怒りはそこで使役されている者たち。私は手伝っただけ」
トキヤは熱せられた剣を掴む。熱いが火傷するほどでもない。剣先に黒い塊があり、ドス黒く強い魂だ。
それを掴み。魔力を流しながら握り潰した。痛みに震えているだろうが舌がないがため発声もない。塊はひび割れ砕け破片が燃える。
「トキヤ殿。今何をされたのです? 火の粉が手から出ましたが?」
「ネクロマンサーという者がこの瞬間に存在は消えた。魂さえ亡くなり。来世もない完全な滅びが行われた」
「…………それは、それは。愉快ですね‼ 愉悦です‼」
怪人の口元が笑みに歪んだ。嬉しそうに。
*
何とかなったようだ。一安心する。四天王の一人を倒せたのは大きい戦果だ。
「なんとか、なったのかの?」
「なんとななりました。私の落とした火が役に立ったようです」
パタパタ!!
小さな火の小鳥が長い尻尾みたいな羽尾を引っ張りながら私の肩に止まる。
「なんじゃ? それは? 魔法?」
「そう、私の魔法。おかえり」
小鳥を手で包み胸に当てる。囚われた魂は無事開放されたようだ。他の方も居るだろうけど。全てを救おうというのは偽善者であり無理と思う。目についた者だけに留める。
「チュッ」
小鳥が私の胸のなかで消える。胸の中が少し熱いが。すぐ収まるだろう。
「ヨウコ嬢、無事にデーモンの前まで行けそうですね」
「……………」
「こっからです」
勇者は正面から潜入が成功したようだ。声が飛び飛びだが何とか聞こえる。聞こえる声は断末魔混じりであるもで無双しているのだろう。昔も今も通り名【魔物】は健在だ。
*
「ま、まってください!! 王の間までご案内します!!」
「?」
城の通路で一人の兵士が手を上げて近付いてきた。奥からは笑い声が響く。
「バルボルグさまがご案内しろと………お相手致すと申しており……!?」
俺は剣で悪魔に近付いて切り払う。悪魔は距離を取り避ける。
「罠だ。気を付けろ避けたぞ………こいつ」
「罠でしょうね」
「罠ではございません‼ この先に大きな扉があります!! そこ王の間でございます!! 私の仕事終わりましたから失礼!!」
悪魔が廊下のドアに入り。鍵を締める。
「警戒していこう………誘われている」
「ええ、誘われていますね」
奥から笑い声がする。デーモンの王。王に相応しい場所で彼は笑っていのだろう。
罠を警戒、身構えながら歩き。大きな鉄扉に行き着く。何もなく誰もおらず、カンテラの明るさが不気味に揺らぐ。
「ここまでだな。あとは」
「ええ、エスコートありがとうございました」
自分は壁に背中を預ける。ここまでの護衛は終わりだからだ。そして耳に手を当てる。ネフィアの声は途切れ途切れだが聞こえるからだ。目を閉じ、中を魔法で様子をみる。
趣味の悪い部屋。棺桶と吊るされた者たち。奥に鎮座するデーモン。赤黒い皮膚に大きな蝙蝠羽根。そして、四天王エリザが立っていた。
「エリザ!?」
「では、ここからは私のお仕事です」
「ま、まて!!」
静止を聞かずに扉の中へ入る。仕方がない、期を見て援護だ。二人同時は無理だ。
「…………エリザが生きてる?」
何故だ。
「これはこれは、お久しゅうございます。デーモン閣下」
玉座に座るデーモンが笑う。
「ああ、久しいな脱走者。なぁエリザ」
「ええ、懐かしいですね。味は覚えてます? 母親の味は?」
「ええ、美味しかったですよ。泥の味でした………殺すぞ女」
「………ひひ、いい顔」
「殺したいのか?」
ガシッ‼
「んが!? えっ? あなた? え?」
「残念だったな」
「あああ!! やめて!! どうしたの!?」
バシンッ!!!
「…………」
中で信じられない事が起きる。仲間の頭を握り潰した。それも妻らしき人を。
「これで殺せなくなったな!! ガハハハハ!!」
「狂喜の王………」
エリザの死体がピクピク跳ねる。廻りに飛び散った肉片に虫が集った。吊るされた者たちが揺れ、新しい死者に歓喜する。
ブァン!!
デーモンが立て掛けてある大きな幅が広い剣を掴む。その大きさは人より大きく鎖が巻かれていた。鎖で縛られているのは死体。ミイラが縛り付けられている。手を足、頭を全て縛り付けられている。
「くくく、愚かな矮小な生き物よ。耐えられるかな?」
エリックが黒い球から赤い魔力の槍を生み出し掴む。黒魔法だ。デーモンは剣を地面に刺し、ミイラを見せつける。あまりの狂気を孕んだ剣に見るものの脳を焼くような錯覚に陥らせる。
「では、こい!!」
「ええ!! そのつもりです‼」
エリックが走り出す。そして、槍をデーモンの顔目掛けて突き入れる。その瞬間にミイラが口を開けた。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」
城を揺らすような絶叫。苦痛の叫び。呪いの叫び。俺は耳を塞ぐ。
「つぅ!?」
衝撃波がミイラから発せられ吹き飛ばされるエリックが見えた。
「ほう!! 耐えられるか!! 恐怖せず!! くくく!!」
ミイラの絶叫が収まる。収まったがミイラは体を震わせる。
「デーモンランス!!」
「ん?」
エリックは呪文を唱え終わり。デーモンの王の背後から無数の槍が生み出した。勢いよくデーモンを突き刺す。堅い皮膚を突き入れたのだ。
「ぐはぁ!?…………くそ!! わっぱの癖に!!」
「死ね王よ!!」
「ぐわああああああああはははははははは!!」
「!?」
デーモンの王が黒い霧になる。そして同じ所にデーモンの王が姿を現す。
「デーモンランスが効かない……」
「くく。当たり前だ。悪魔に悪魔の黒魔法は効きづらい!! まぁ存分にワシを殺すがいい!! 殺せればだがな!!」
デーモンの王が仁王立ちになる。誘っている攻撃を。これは、骨が折れそうな戦いだ。相手は化け物なのだから。
「くく、悪夢を見せよう」
*
「悪夢だな。致命傷だろうが攻撃が全て効いていない」
「悪夢?」
私は状況を聞き焦る。
「………エリックが困ってるな。何故効かない?」
「苦戦してる?」
「ああ、あっ!?」
私は伝わる苦戦情報に冷汗が出る。
「トキヤ? どうしたの?」
「…………すまん。相手の罠にかかったようだ。エリックがやられたかもしれない。深淵に引き摺り込まれた」
私はトキヤの声に震える。
「エリックが!?………トキヤ………逃げて」
「すまんが逃げ場所もない。デーモン王が俺を指名してる。残念だが………やるしかないようだ」
「トキヤ!?」
「相手の得意な場所での戦闘は厳しいな」
「逃げて!! だめ!! 私も行くから!!」
「…………無理だ。本気で殺らないといけない。エリックと共闘をしなくちゃな」
「トキヤ!! トキヤ!!」
呼び掛けに答えない。途切れ途切れだった声も聞こえなくなる。
「ネフィア、何が起きてるのじゃ?」
「…………罠にかかった。デーモン王が予想以上に強い。聞こえる状況では判断出来ない」
「………そうなのじゃな。エリックが負けたのじゃな?」
「まだ、確かなことは………」
「よい………じゃから……狐火!!」
ヨウコ嬢が手をかざす。その手の中から青い炎の球が打ち出され暗闇の夜空に消えていく。
「ヨウコ嬢?」
「………………ネフィア。すまぬのぉ」
ガシャン!! ガシャン!!
「!?」
壁の外、後方から大きな音が響く。暗闇の中で松明が焚かれ。チラッと遠くが見える。見えた物は劇場。門を潜ることの出来なかった物が動き。燃え上がった。劇場がバラバラと崩れ落ちる。
「あれは!? オペラハウスの壁にあった遺物!!」
壁の上に鎮座していた砲台が目の前に立っている。
「…………狐火!!」
「えっ!?」
私は横から青い炎で吹き飛ばされ、壁から落とされるのだった。
「ヨウコ!?」
§
壁の上のヨウコ嬢が冷たい目を私に向ける。落ちている私にはトキヤもいない。地面に叩きつけられてしまうだろう。
「…………フェニックス!!」
背中に大きな炎の翼が生え、羽ばたく。落下速度が収まり、体勢を立て直しゆっくりと屋根の上に降り立った。羽ばたきを一回行うと炎翼が消える。飛ぶことは出来ずとも滑空は出来るらしい。そんなことよりも気になる事がある。私は壁を見上げた。
「ヨウコ嬢!! なんで!!」
「…………ごめん」
「謝る前に!! 理由を!!」
私はヨウコ嬢の顔を見る。悲痛な顔で私を見つめていた。苦しい表情だ。
「ゴブリンの放火砲でこの都市を焼き払う。トキヤ殿には申し訳ない。じゃが、これも全て彼のために」
「えっ!?」
一瞬呆ける。あまりにも唐突な話に頭が追い付かないからだ。
「ごめんなさい」
ヨウコ嬢はそれだけを口にし真っ直ぐ私を見た。怒りが込み上げる。
「…………なんで!! なんでそんなことを!! ダメ!! 絶対に!! どれだけの無関係の人が居るのか分かってる!!」
「グランギョニル。私と彼は後生に最悪の厄災として名を残すのじゃ」
「つぅ!?」
狂気の微笑をヨウコ嬢がする。まるで無理矢理演じているかのような姿に背筋が冷えた。
「させない!! そんなことを!!」
「知ってる!! だから…………狐火!!」
壁の上から、膨大な量の火球が降り注ぐ。私は剣を抜き。火の壁を生み出して防御した。しかし、青い炎球は抜けてくる。
「!?」
「そうそう、お主も火の魔法得意でじゃろうが。我の火の方が熱いのじゃ」
屋根の上で着弾した狐火が爆発し、屋根から吹き飛ばされる。勢いのまま違う屋根へ飛び移り、転がりながらも体勢を立て直して立ち、睨みつけた。
「ヨウコ嬢!! その力で助けに行きなさいよ‼」
「…………私は魔王や勇者より強くないのじゃ」
「そんなことないでしょ!!」
「結果、立っている。仕留められていないのぉ」
それはきっと白金の鎧が護ったのだ。もとより防御力は高いし、自分自身もタフだと思っている。火の粉を撒き散らしながら剣を振った。何故か前より彼女が……強い気がする。
「おかしい、こんだけ強かったら。ヨウコ嬢の追っ手とかに返り討ちは起きないはず。強くなってる? なんで!?」
家が一つ吹き飛んだのだ。誰も住んでいない空き家だったことに少し安心する。だがその威力は尋常じゃない。
「愛の女神から力をいただいたのじゃ。お主を止めておくだけの………力が欲しいかと聞かれての。貴女を倒す力を。押し留めておく力を!!」
「愛の女神はそんな事を!?」
「ええ、彼のために。彼の願いのために」
「そんな!! それじゃぁ、あなたは幸せになれない!!」
「元より!! 妖狐!! 稲荷と違い!! 九尾の一族。玉藻、妲己を祖先に持つ者…………結局、国を滅ぼすのが我らじゃ、それが運命じゃ!!」
ヨウコ嬢が壁から降りる。狐火の青い炎に包まれ大きく燃え上がり。その炎から一体の大きな狐が現れた。九本の尻尾に鋭い鉤爪。屋根に降り立った姿は紛れもなく魔物の姿だった。
「ワレハカレノノゾミノタメニ」
「その姿は!? くぅ、この馬鹿者がぁあああああああああああああ!!」
それだけの覚悟と力があるなら好きに未来を掴めるのに。何故、やり方を間違うのか。何故変な声に耳を傾けたのか。私は怒りで歯を食い縛る。
「メガミハオマエヲタオセトイッテイル」
「女神は正しいでしょう。愛は美しさと醜さを持っています。ですが、これは認めませんよ!! 私は認めない!!」
剣に炎を纏わせる。せっかく結ばれたのにわざわざ死地に追いやる事を。私の目の前で許せない。
「絶対に!! 私は認めない!!」
私は叫んだ。そして、私の声が「ええ、私も認めません!!」と頭に声を残す。赤の他人のような口調で。
「!?」
頭の中で私に似た誰かの声が聞こえる。そして、一つ思い付き、私は行動に移した。
*
俺はネフィアとの連絡を断ち、デーモン王の前に進む。俺とデーモン王の前には黒い沼のような物の穴が空き、エリックを飲み込んだ。
「深淵、悪夢が渦巻く穴へ。ようこそ勇者」
「勇者は辞めた。何処から聞いてくるんだよ……噂をさ」
「簡単だ。酔狂で魔王をさらって自分の奴隷にした男だろ? まぁ綺麗な女だ。独り占めをしたくなるのは欲だ。生き物のな」
「はは、そりゃね? 酔狂だろうさ、女にして拐ってな」
穴が邪魔で近くまでよれない。遠距離からの攻撃は全てダメだ。エリックが試した。
「…………お主は闇の者だ。どうだ? 饗宴を楽しまないか?」
「残念、嫁が待ってる。帰らないと行けない」
エリックはどうなっただろうか。様子は黒い穴が空いているだけである。
「そうか、気になるか………なら」
「!?」
「お前も来い!!」
黒い穴の中からデーモンが現れ、足を掴み引き込む。引き込まれた先は深淵。目の前のデーモン王は幻影だったのだろう。だから、効かなかったのだ。本体はこいつだと全てを俺は察する。
「畜生、最初のミイラの叫びに惑わされたか!!」
あれのせいで目線がそちらに移ったのだ。やられたと知る。
「わかるか小僧。まぁでも………終わりだ」
誘われた深淵の中は暗く。そして、どんよりした空気が流れる。地面も黒、周りも黒。光は自分の周りだけ。
「…………やぁトキヤ」
深淵の奥から声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。
「なんで裏切ったの?」
「なんで、殺したの?」
「トキヤ………私さ、なんでもねぇや」
声の主は懐かしい黒騎士団のメンバーたち。女性の声はあのバリスタのスナイパーの姉さんだ。俺は溜め息を吐く。悪夢の世界らしい。
地面からも臓物を撒き散らした兵士が足を掴む。鎧を見ると連合国の鎧だ。周りが明るくなり、亡骸の山が目に入る。
殺した、兵士、市民、騎士。滅ぼした都市。色んな者たちが自分に向かってはい寄ってくる。紫蘭が寄ってきた瞬間に本当にこれが夢だとわかった。逆に俺は怒りを覚える。
「デーモンさん。ちょっとつまらないですよ」
「くくく、ははははは!! お前はやはり我と同じ深淵を覗けるもの!! だがな…………これはどうだ?」
また真っ暗になる。そして、次に現れたのは覚えがある。
「トキヤ?」
ネフィアだ。
「トキヤ………大丈夫?」
そして、彼女の背後から。大きな剣が刺さる。彼女が悲鳴をあげ自分に手を向ける。救いを求めるように。
「……………」
また暗くなり今度は首輪を着けた彼女が引っ張られ、断頭台に据え付けられる姿を見せつけられる。そして刃は落ちた。
「…………」
もちろん、首は落ち。足元に転がる。自分は理解をした。エリックが今はどういった拷問を受けているかを。そして、目を閉じ微かに笑った。
「見るのが嫌か?」
「いいや、楽しいなぁって。デーモン王よ。まってろよ!! 今からその性根の腐った体を真っ二つにしてやるからなぁ!!」
恐怖よりも……怒りに全身を震わせた。流石に許せる限度を越えている。生まれ変わりなぞ絶対にさせないようにしてやる。
*
壁の上に立つ。屋根上からなんとかここまで逃げてきた。壁の内側で戦うと被害が出ると考えたから戦場を選ぶ。被害を避けるために戻ってきたのだ。
ゴゴゴゴ……
ゴブリンの放火砲が魔力を充填し、砲身を光らせる。放火砲自体が光を放ち暗闇にさえ全貌が見てとれた。
「フゥフゥ狐火!!」
九本の尻尾から炎の塊が休みなく私に向かってくる。それを剣で切り払った。
ドンッ!!
それを見たヨウコ嬢が飛び、私に向かって鉤爪で切りかかる。私は後方へよけてそれをかわす。足がもつれそうになりながらもなんとか凌いだ。巨体からの攻撃は重い。
「つっ……」
魔力も無くなり撃ち合いも出来ない。撃ち合いも相手の九本の尻尾に数で押し負けるため有効ではなかった。
「はぁはぁ………んぐ」
「オワリ」
九本の尻尾からの炎の弾が面で叩くかのようにまた襲ってくる。何度も、何度も防ぐために剣を振る。しかし、今度は目の前に狐の鼻先が見え。勢いよく体当たりされて壁の上に吹き飛ばされた。体当たりはよく効く。
ドゴォン!!
「ぐぅ!!」
お腹の中心に鈍痛。吐き気。鎧に対してやはり打撃がよく効く。衝撃により、石の上を転がり。咳を吐く。
「げほげほ」
顔を上げた瞬間。狐火の球が降り注いだ。連続した攻撃に……私は悲鳴をあげる。
「きゅあああああああああ!!」
ドシャ!!
「フフ、オワリナノジャ」
転がる体にやけどの痛みが走る。炎に焼かれヒリヒリした痛みが全身にある。炎の魔法を扱う故に耐性はあるが、狐の火と言う魔法はそれを上回る火力を持っていた。
「はぁはぁ……つぅ………」
「残念じゃが、ゴブリンの放火砲は準備ができたようじゃ」
ヨウコ嬢が姿を戻す。服は燃え付き。きれいな裸体をさらけ出す。
「まぁ、時間稼ぎだけじゃったから………うぐぅ……頭が痛いのじゃ!! なぜ『殺せ』と言うのじゃな!? う、うるさいのじゃ!! あがっ!!!」
ヨウコ嬢が頭を押さえてうずくまる。誰かに唆されてる。
「す、すまぬ……す、すまぬ………殺しゃな、いかんのじゃ………放火砲に巻き込まれるから大丈夫……大丈夫」
「誰に話しかけているのだろうか?」と疑問に思ったが今は痛みを噛み締め……私は待つ。そして、その時は来た。
ギュルウウウウウウウウウウ!!!
放火砲から激しい駆動音と遠くからでも聞こえるゴブリンたちの離れろと言う声。砲身が赤くなり、魔力が高まった古の『遺物』が咆哮をあげている。
ドゴォオオオオオオン!! シュウウウウウウ!!
都市を揺らす衝撃音と共に膨大な魔力球の火球が放火砲から打ち出された。放火砲の足が地面に沈み。打ち出した放火砲の足元や体から煙を噴射する。
「ははは、これで………おしまい」
「はぁはぁ………今よ!! フェニックス!!」
私は待っていたこの時を。放火砲の上空に火の鳥が現れ、放物線を描き飛んでくる球の射線上に陣取る。
「何をするつもりじゃ!!」
「………放火砲は火を打ち出す物よね。だからさぁ」
火の鳥が球を翼と体で受け止めて混ざり会う。
「私の炎で操る!! 最初からそれだけが狙いよ!!」
火球が空中で止まり、光を放ち始める。すでに生み出された炎は消すことはできない。だが光として発散させることは出来る。それを私の体は知っている。私が『炎という物を感覚で理解している』のだ。
「オペラハウスの都市を大切に守ってきた物で!! 都市を破壊するために使わないで!!」
ゴブリンの放火砲が沈黙し、その場に座る。そして、火球が真っ白に燃え上がり白い光を放つ。閃光として都市を照らし、ヨウコ嬢は眩しくて目を閉じて顔を背けた。私は立ち上がり右手に力を込めて走り込む。
「んんんんああああああああああああ!!」
そして、ヨウコ嬢の頬を勢いよく全力で殴り抜けた。
*
深淵の中を自分は苦慮する。エリックを見つけたが、彼は既にボロボロだったのだ。うわ言のように謝り続けている。深淵を歩くことは簡単だが、脱出の仕方がわからないため困っている。己の怒りを静めながら。
「畜生め」
「ガハハハハ!! 諦めよ小輩!!」
デーモン王が数体現れ囲む。
「八つ裂きにしてやろう‼」
「いいや!! 八つ裂きより拷問だ」
「じゃぁ火やぶりがいいな」
デーモンたちが笑いながら近付く。この深淵原理は理解した。本当に悪夢だ。俺たちは何かをされて気絶しているのだろう。しかし、起きることは出来ず。恐怖を産み出しデーモンを強くさせる。夢魔より強烈な拘束を持つ夢だ。
ネフィアのお陰で予備知識を持っている故に夢とわかる。
「選ばせてやろう。楽に死ぬ以外の方法をな!!」
「…………」
俺は黙って頭を回転させる。「どうする? どうやって起きればいい? それよりも別のやつに体を譲るか? だれに? はぐれデーモンの魂か? 鋼のドラゴンの魂か?」と混じり合った魂の力を頼ろうとする。
「夢で俺が起きないなら他のやつに体を使ってもらって………ん!?」
空が眩しい、深淵の中で白い光が溢れた。自分の視界が霞み、光に手を伸ばす。勝手に体が動いたのだ。
「!?」
伸ばした先で幻覚が見えた。丘の上に立つ女性の微笑み。これが夢であることを再度思い出させた。そして……あの夢にまだ届かない悔しさに唇を噛み締めるのだった。
*
「夢、じゃないな」
「ごほ……?」
自分達は気絶から起きたようだ。窓の外が明るい。昼間が戻ったように明るい。目の前の転がっている剣をつかんで俺は立ち上がった。
「ぐぉおおおおおおお!!」
目の前のデーモンが目を押さえる。窓から閃光が部屋を照らし暗い部屋が明るく照らした。深淵も霞むほどに強烈な光だ。
「悪夢だった。ですが、最後………ヨウコ嬢が引っ張り出してくれました。帰らなくては………彼女の元に」
「エリック、お前もか……おれは残念ながらネフィアの夢じゃなかったよ。悔しい夢だ」
まだ、あの夢を諦め切れてないのだろうな。それよりも怒りが先だ。
「くぅ…忌々しい光め!!」
「幻覚じゃないな」
「ええ、私たちは恐怖で見えてなかったのですね」
「あの光はなにかわからないが」
「太陽は昇ってましたから魔法が切れたのでしょうね。チャンスです」
「くぅ………まぁよい。お主らは俺が直々に切り落としてやる」
デーモン王が剣を掴み構えた。俺は笑みを溢す。デーモンや竜と切り合ってきた俺にとってそっちの方がやり易い。そして、今は。
「トキヤ殿、援護はします。止めは任せます」
「ああ、行くぞ!!」
左右に飛び。二人で魔法を唱える。
「デーモンランス!!」
「風矢!!」
「こざかしい!! 深淵よ!!」
黒いヘドロが立ち上ぼり、魔法を防ぐ。
「もう一度!! デーモンランス!!」
デーモンの背に黒い球が生まれ、そこから槍が突き入れる。しかし、槍は刺さらず。今度は弾かれる。
幻影ではない本物だが、生半可な魔法は効かないようだ。
「こざかしい!! 先ずはお前から潰してやる!!」
「来ましたね!! 誘い込みました!!」
デーモン王がエリックに向けて跳躍し剣を振りかざす。エリックがそれを見て横に飛ぶ。
「ストームルーラー!!」
俺は素早くデーモン王の背中に向けて風の刃を当てる。勢いよく奥へ押すかたちになり、壁をえぐり、隣の部屋にまで穴を開け吹き飛ばした。勢いよく打ち込んだ結果……デーモンの王は体勢を崩し倒れる。
「デーモンランス!! これを」
「ああ、借りるぜ‼」
自分は剣を置きエリックが産み出した槍を走りながら受け取って転がっているデーモンに向けて大きく振りかぶって魂のデーモンの力を思い出しながら投げた。投げ入れ終わった瞬間に剣を拾い、肩に背負って突貫する。
「小輩!!」
デーモン王が立ち上がり、デーモンランスを剣で弾いた。袈裟の切り上げで右手の剣を高く振り上げているかたちになったデーモンの目の前に俺は立つ。相手はそのまま振り下ろす気だろう。だが、それは俺が許さない。
「はぁああああ!!」
俺はそうはさせないと勢いよく愛剣を肩から叩きつけるように真っ直ぐ居合いの要領で縦に振り抜いた。デーモンの左肩を真っ直ぐに切り落とし、怒りの絶叫が響き血飛沫が部屋を染める。そう赤く黒く部屋を彩る。自分は離れ、そして止めの声が響く。
「デーモンランス!!」
「風矢!!」
二人でありったけの魔力を使い剣を弱々しく振り下ろしたデーモンに向けて槍と矢を打ち出す。壁が巻き込まれて崩れ、砂煙を巻き上げながらも相手の手応えがなくなるまで打ち続けた。
そして、数分後。何個も部屋を壊し続けた攻撃は止み。奥に槍が刺さった裂傷まみれのデーモン王が倒れていた。ピクリとも動かない。
エリックが一本、確認のために槍を投げつけ刺さった瞬間に絶命していることを理解する。絶命しデーモンランスを弾くほどの力は無くなったので確認が取れた。怒りでありったけ撃ち込んだお陰だ。
「お、終わったな」
「はい、胸がスッキリしました。本当にスッキリしました!! ははははは!! 天にも登るように爽快です‼」
エリックの笑い声が収まるまで時間を要し、俺は窓の外を安堵の表情で見る。太陽が昇っていると思っていたが……どうやら違うようだ。
「ネフィア。聞こえるか? 空が明るい」
「聞こえる。トキヤは大丈夫?」
「ああ、エリックが笑い捲って不気味だが大丈夫だ」
「そっか………よかった………はぁ………ごめん………迎えに………きて」
「そっちは?」
「ちょっと体が…………ヨウコ嬢も動かない」
「………迎えに行くよ」
「うん…………待ってる」
会話が切れる。向こうで何かがあったらしい。
「エリック、ヨウコ嬢が倒れた。向かおう」
「!?………ええ。向かいましょう」
「クククク!!」
「「!?」」
目の前に横たわったデーモンから笑い声がする。デーモンから黒い影が立ち上ぼり部屋が薄暗くなる。
「死んでなかったのですか?」
「いいや、肉体は死んでいる。精神体だ………」
「元々、この体は紛い物……我は不滅なり」
王の間に吊るされている死体が笑い出す。ケタケタと。
「………魂を破壊しないといけないか!!」
剣を構え、魔力を流し。走り、黒い霧を切り払った。しかし、手応えがない。
「???」
霧を何度も切り払うが全く手応えがない。
「何処だ? 何処行った!!」
「…………デーモンランス」
「!?」
背後から殺気を感じ、その場を横に避ける。背後からの赤い槍をかわし振り向くとエリックが攻撃していた。
「ふむ。劣種と思っていたが軽いし使い勝手がいいな。こいつの体は」
エリックが槍を構えて笑う。
「!?」
「さぁ……仲間を斬れるか………ん?」
エリックは笑いながら、槍を逆さに構え腹部に突き刺す。
「な、なに!? げほ!!」
赤い槍から血が滴る。
「なぜ!? 体を奪った筈!!………クククク。デーモン王………いい恐怖だ」
笑みが深く、口が歪む。槍を抜きもう一度刺そうとする。
「一緒に逝きましょう!!」
ザシュ!!
2回目の突き刺しによってエリックが倒れる。エリックの体からは黒い霧が立ち登った。今度はハッキリと見え、剣を捨て右手を伸ばし俺はそれを掴む。
「捕まえたぞ!!」
右手に魔力を流し込んで力強く握り潰す。ブシャッと音をたて黒い霧が霧散し、今度は確かな手応えを感じた。
「魂壊し………これで終わったか?」
「げほっげほっ」
「エリック、大丈夫か? いや、大丈夫じゃないな。傷を見せろ…………ん?」
ひっくり返し、服を脱がす。傷跡を見て応急処置をしようと思ったのだが。
「傷跡がない?」
「…………どうでしたか? 名演でしたでしょう?」
「いや、血があった筈?」
「デーモンランスは血を媒介に産み出します。傷跡を偽装するぐらい簡単ですよ………あとは痛みを悪夢で再現すればこの通りです!! 演じきりましたよ。はははは」
「さすがはオペラ座の怪人だ」
自分も騙されてしまった。
「ははは!! お褒め預かり光栄ですが………ちょっと血を使いすぎました。立てないです」
「………ギリギリだったんだな。悪夢は晴れたか?」
「ええ、晴れました」
自分は彼の手を取り立たせた後、座らせ休ませる。笑顔のエリックは何か憑き物が取れた顔をする。満足そうに光を浴びる。
「帰りまでが戦場だが……大丈夫か?」
「ええ、休憩したら折り返しましょう。ヨウコ嬢が待っています。放火砲は失敗したようですね」
「…………いま、物騒な名前を聞いたぞ?」
「ははは、何でもございません」
俺は背筋を冷える気がした。もしやこの光は……と思ったのだ。
*
少し休憩したあとに城の廊下を俺たち歩く。悪魔やデーモンは外の光景に口を開け驚き。そして震えていた。太陽が落ちてくるのかわからないといい逃げ惑う者や。部屋に籠るものなど。侵入者の騒ぎではないようだ。
「……」
何事もなく外へ出ると陽射しが眩しくて少し暑い。いったい何が起きたかをネフィアに問うがネフィアの返事はなかった。
「急ぎましょう。トキヤ殿」
「ああ、仮面はいいのか?」
「もう、被る必要はないですから」
二人して、ネフィアの元に向かう。歩きながら町を見るとスケルトンもゾンビもいない。空に浮かんだ物をじっと目を細めて見ている者や、何が起きたかを調べようとする者が溢れていた。
「急ごう」
「トキヤ殿あれを!!」
エリックが指を差す。壁の近くに来るといくつかの家屋が崩れ、燃えており、何か戦闘があったことが伺い知れる。自分達は焦り、駆け足で壁の階段をあがる。
「ネフィア!?」
「ヨウコ!!」
ネフィアとヨウコは倒れていた。ヨウコ嬢に至っては一糸纏わぬ姿だ。慌ててエリックが服を脱ぎ被せる。
「いったい、何が起きたんだ?」
「……………ヨウコがネフィアを襲ったのです。邪魔されないように。遠くに放火砲が見えるでしょう?」
エリックが知っている口ぶりで話をする。元々、都市ごと滅びる気だったと説明してくれた。なんちゅうことを考えるんだこいつ。
「じゃぁ、あれは?」
空に浮かぶ放火砲の火球を指差す。光を出すだけで………何もない。
「トキヤ殿。ネフィア嬢が何かやったようですね」
「ああ、らしいが何をしたんだ?」
「…………姫様は本当に底が知れないですから」
「そうだった……」
ヨウコ嬢はエリックが背負い。俺はネフィアを背負う。耳元で寝息が聞こえる。痛みより疲れが大きいのだろうが笑顔でスヤスヤと眠っていた。
「終わったな」
「終わりましたね」
各々の嫁を背負い、俺たちは輝ける都市の帰路につくのだった。
§
教会へ帰ってきた。二人を別々の部屋で横にし、疲労に効くと言う薬をいただき薄めて飲み込ませる。夜になっても光は小さくなったもののまだ照らし続け、悪霊とスペクターが現れても影のある場所から動かさせず、恐怖を覚えさせていた。彼らには恐ろしいらしい、あの光が。
「………ん」
「起きたか? いや……寝言かぁ」
「トキヤ……むなぁむなぁ………もう仕方ないなぁ。いっぱい飲んであげる」
「呑気だなぁ~」
頭を撫でる。本当に寝てる姿は可愛らしい娘のように幼い。
「トキヤのせいえ………むぐぅ!?」
「おい!! 起きろ!! 変な夢見るな!!」
今さっきの穏やかな空気がなくなる。なんちゅう夢をみてるんだ。
「むぐぅ!? んん!! ぷは!!……………あれ?」
「くっそ、かわいいと思ったのに………」
「…………あれ? あれ? せい? えきは?」
スパーン!!
「痛い!? ん?……………あっ!! トキヤ!!」
「やっと起きたか……」
自分はため息を吐く。本当に調子が狂う。女になって大概の事に動じないのはすごいと思うが、その結果で俺の穏やかな気持ちが吹っ飛んだ。
「ネフィア、寝言はかわいいので頼む。本当に周りの目があるんだぞ。特に今回は」
「痛い……叩き起こされた。私が何をしたんだよ~」
「ごめんな……しかしな……まぁ……うん」
説明する気もおきない。
「うぅ………頭がヒリヒリするぅ………」
「ネフィア、火傷は大丈夫なんだな?」
倒れているネフィアは皮膚が焦げていた。今は全くそんな事はない。ツルツルだ。
「それよりも今は頭が痛い……叩きすぎだよ……」
さすがは亞人。人間より生命力が高い。回復魔法と薬を用意すればすぐに軽傷は治る。
「ごめんな」
一応頭をさする。ニコニコと頭を自分に委ねるネフィアに平穏が訪れたことを知る。
「うん。でっ……ここは教会?」
「ああ、そうだ。強敵だったぞ、一瞬で夢の世界に導き深淵に落とし込む奴だった」
「…………ふーん。あっ!?」
ネフィアが立ち上がろうとする。それを慌てて肩を掴み静止させた。
「ネフィア!? どうした!?」
「ヨウコは!? ヨウコは大丈夫なの!!」
「あ、ああ。大丈夫だぞ。隣の部屋だ」
「そっか…………良かった」
「何があった?」
「それは………」
壁での出来事を聞く。内容は予想通りの仲間割れだった。そして最初から、ネフィアを連絡係として用意させられた事。ネフィアの能力を知り、エリックが苦戦するようならエリックもろとも崩壊させる。ただ誤算は放火砲を炎の魔法に近い物だったと言うこと、それをネフィアが知っていたことだった。
「声が聞こえたんだ~」
「ん?」
「『絶対、認めません。そんな結末を』て」
たまにネフィアは変なことを言う。まぁそういう変なことは戦場では普通にあることなので気にしない。それを含めて指輪を渡したのだ。変人なのは覚悟の上。
「そうか、女神によろしく」
「うん!!」
満面の笑み。疑わない。神の存在を。
「終わったね………よかった。何もなくて」
そういえば、怪我はしていない。精神も蝕まれてない。エリックは笑っていたが………今思えば、無理をして笑っている気もする。
「無傷だな珍しく」
「珍しく、私の方が傷だらけ」
「……護れなくてごめんな」
「……うん、護って貰えなきゃいけない弱さでごめん」
「そこは、気にするな」
「なら、気にしない」
「………ふっ」
「………クスッ」
少し静かに笑い会う。
「トキヤ、今何時?」
「零時を過ぎた辺りだろう。お前も起きたことだし、行ってくる」
「どこへ?」
「戦争は始まりや途中が大事じゃない。一番大事なのは終わりだよネフィア」
「?」
「理解しなくていい。そういうのは出来る奴がやればいい。安静にな」
「………トキヤ、待って」
「ん?」
ネフィアが立ち上がり。勢いよく飛び。俺はそれを抱き締める。注意を促そうと思っていても抱き締め瞬間には口は塞がってしまっていた。
すぐさま、彼女は離れて手を後ろで結び上目使いで笑みを溢す。
「早く、帰ってきてね」
「ああ、わかった」
俺は、扉を開け。部屋を出た瞬間に唇に触れうずくまる。
「くっそ、いきなり不意打ち過ぎる」
軽い、挨拶のようなキスだったが。心臓が痛くなるほどに驚いたのだった。
*
私はヨウコの隣で彼女の寝顔を眺める。頬の打撲傷以外は目立った外傷はなく。ネフィア嬢の技量が伺い知れた。どうやって気絶まで持って行ったのかわからないが。全て、彼女のお陰で今こうして生きていられる。
「………んん」
「ヨウコ」
「ん………あれ? ここ………地獄かのぉ?」
「残念、地獄へは落ちてません」
「天国じゃと?」
「それも違います。私たちは生かされました。この世界に」
「………なぁんだ。天国なのね」
「いや、違いますよ。難しく言いましたね。死んでません。現世です」
回りくどく言い過ぎたようです。
「ふふ、わからないのじゃな………お主がいるだけで天国じゃ………一緒に居れるのじゃな………」
「……………本当に申し訳なかったです」
「何で謝るのじゃ?」
「貴女の好意を使い。復讐を成そうとした。親友であるネフィア嬢と仲違いさせ、辛い選択を迫らせました」
「……………後悔はないのじゃ。どうしたのじゃ? 仮面は? それより………なぜ泣いているのじゃ?」
自分は唇と拳を握りしめた。終わってみれば情けない。やっと彼女を見ることが出来、そして自分のやったことがあまりに愚かだった事を知る。復讐は成したが………自信がついた訳じゃない。結局、過去は過去なんだ。
「エリック………ん」
ヨウコが体を起こし、泣いている自分の頭を抱き締める。
「エリック、良かったのじゃ………これで心置きなく幸せになれるじゃろ………」
「ぅ………ええ、なれます。今がそうです」
「お主は頑張ったのじゃ。逃げなかったのじゃ………怖くても。男らしい私の自慢の王子さまじゃぞ」
あたたかい。本当にあたたかい。これを捨てようとしていたなんて……そうか……多くの女性は暖かいのでしょう。
「自分は自分を隠し。劣等種であり。自信なんてこれっぽっちも持てません」
「持っておらぬの………じゃが。それがエリックじゃろ」
「はい、ヨウコ。これまでこれたのは貴女のお陰です。これからは………今まであった償いをしたい」
「エリック、女はの不憫な生き物じゃ。劇場のヒロインたちと一緒での…………好きな人のためにやることは過ぎれば苦ではないのじゃよ。お主がやる事はの」
ヨウコが自分の顔を上げさせ首を傾げて笑いかける。そして、一つ目を閉じ。唇を重ねる。深く甘く。劇場のヒロインの誰よりも想いを乗せた行為。
「仮面の取ったお主の顔は本当に大好き」
自分は、彼女に惚れる事が出来るようだ。体が熱い。劇場の観客より、心臓の音がうるさい。
「…………ネフィアに謝りたいの。そして………お礼を言いたいの。怒ってるじゃろうなぁ」
「私から先に頭を下げます。ヨウコはお休みください」
「ん………わかったのじゃ。はぁ………幸せじゃ。ありがとう、女神様」
ヨウコは横になり、笑いながら寝息を立てる。自分は立ち上がり。部屋を後にした。
*
「ご主人様」
「様子はどうだった? インフェ」
「姫様と騎士さまは長い付き合いの恋人同士な所から。付き合いたての恋人のような抱擁とキスでした。その後も騎士さまは恥ずかしさでこっそりドキドキしてました!!」
「インフェ? インフェ?」
「もう二方は復讐者と片想いのような関係が終わり、本当に愛し合える。ヒロインと王子さまの関係に変わって、深い愛を王子さまは受け取った所です!!」
「い、インフェ!! 私はね様子を見に行けと言ったのであって。覗き見する事は言ってない!!」
「ご主人様、たまたまです」
「たまたまにしてはタイミングが………」
「不可抗力です。ご主人様」
「………インフェ。この事は内緒にしましょう」
「はい。胸の宝箱に閉まっておきます」
「まぁ元気なら良いでしょう。では、処置を検討するために話し合いを設けたいですね」
「はい。伝えに行きます。怪人と騎士さまをお呼びしますね」
「ああ、明るいが深夜にすまないと言っておいてくれ」
「はい」
ガチャ
「残念だがもう来てる」
「いいご趣味ですね。覗きとは………」
「………申し訳ございません。私の憑き人の不祥事です」
「そうだな。不祥事、罰として眠れなくなった相手をしてもらおう」
「それはそれは、トキヤ殿も眠れなかったのですね。私も付き合っていただきましょうか?」
「ふぅ、インフェ。秘蔵の物とグラスを」
「はい、ご主人様………すいませんでした」
「いいや、いい。その幼女の姿だ………他人の恋路を見たくなるのも仕方がない。君のご主人様が代わりに謝ってくれてるさ」
「ええ、そうですね」
「………はい、ではすぐにお持ちします」
ガチャン!!
「帰ってくるのは5分10分。トキヤ殿ちょうどいいです。聞きたいことがあります」
「それはいい!! 私めも少しだけ、トキヤ殿の話を聞きたいと思っておりました」
「インフェ聞かれたら嫌ですので。すぐに質問を………」
「ああ、いいぞ。二人とも」
「………姫様は一体何者ですか?」
「私も同意です。姫様は一体何者でしょうか?」
「…………難しいな。何故何者かを気にする? 俺は気にしないが?」
「私は姫様の魔法を見たときに軽い状況説明で思ったのです。『この人はいったい何をしてるんだ?』と」
「私は怪人として出会ってから今までに彼女と同じ婬魔を沢山見てきましたが……彼女は違う。悪魔とも違う。そう、全く同じようで違うのです。『婬魔』なのが疑わしいです」
「………要はあいつは『魔王である』じゃ~納得しないのか?」
「私は納得します」
「………私めは納得せず。疑問を持ち続けます。考て見てください。全て、上手く行きすぎではないでしょうか? ここにいる誰もが五体満足です」
シーン
「…………」
「確かに…………」
「ですから、こう思うのです。誰かが手引きをしている。もしくは『援護している』と。そして、それを姫様は『女神』と仰っていると」
「あいつが喋っているのは幼少期の孤独を埋めるために作ったもう一人の人格なんじゃないかと思っていたのだが?」
「トキヤ殿………自分の姫をそのように思っていたのですか? 狂人か何かと」
「ああ、変なこと言ってかわいいなってな」
「なんとも……………」
「私はそれは違い。『居る』と思ってしまうのです。現に奇跡でしょう? 放火砲を無力化し闇を払い。勝利に導いたことは」
「…………はぁ。二人とも難しく考えるなぁ~。あいつはネフィア・ネロリリス。魔王であり……婬魔、悪魔のハーフの元男だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そうですか。もしやっと思いましてね。彼女が………め……」
ガチャン
「持ってきました!!」
「ああ、インフォありがとう。すごく早かったね」
「はい。お客をお待たせさせておりますから。おつぎします」
「…………では、皆さん」
「ああ」
「ええ」
「今日の勝利に乾杯」
§
トントン!!
「どうぞ………あっ」
私は自分の部屋で服を脱ぎ。火傷の様子を鏡で眺めていたとき。ノック音にすぐ反応してしまい慌てて近くの布を体に巻く。相手が男性だったら、はしたない姿を謝らなくては。
「ヨウコ?」
ドアを開け。入ってきたのはちょっと伏し目がちな。金狐の獣人だった。女優の余裕ある表情じゃぁない。ゆっくり小さく自信なさげに口を開く。
「………うむ。その………謝りに来たのじゃが………何故ゆえ、その姿なのじゃ? そういう趣味かの?」
「あっ……ええっと火傷の跡の確認を。綺麗な体ですから」
「………」
スッ
ヨウコが床に座り、ゆっくり頭を床につける。
「すまんかった!!」
私はそれが東方の土下座と言う謝罪と知っている。多くの人に広まった謝罪方法。私は溜め息一つ吐く。
「許す!!」
そして、大きく声を張り上げて言い放った。
「………いいかの? そんなに簡単で?」
ヨウコ嬢はゆっくり顔を上げ驚いた表情をする。そりゃ死闘だった。しかし生きている。
「つべこべ言わない。こう言うのはすっぱり許せば丸く収まるの!! 結果良ければ全てよし。さぁ立って手伝って背中の火傷後に薬が濡れないのよ」
私は布を取り背中を見せる。
「ふふ、そうじゃの………流石、一度は玉座に座った者じゃの」
「関係ないよ。早く~」
「わかったぞえ~。ん? 背中に傷はないのぉ」
「えっ? そうなの?」
私は「やったぁ」と思い喜んだ。
「そうじゃ、綺麗なもんじゃ」
「うーむ、そういえば戦いで背後を許してないね。トキヤ以外で背後見せてない」
「……まぁ、強かったのじゃ。手加減されてもの~。やっと空にある、あの光は消えたのじゃ」
「そっか。良かった~眩しかったもんね。エリックも大丈夫だった?」
「そうじゃの。心身疲れておったが………憑き物は取れたの。あの鬼気迫る感じは無くなったの」
「良かったね」
「………ありがとうなのじゃ。謝るよりも感謝したかったのじゃ。幾度、我の恋路を救ってくれての」
「御安い御用よ!! だって!!」
私は振り替えってしたり顔で言い放つ。
「友達!! そして殴りあった親友でしょ‼」
「………ふふ、はははは!! 殴りあった親友は男同士の話じゃぞ!!」
「ふふ、別に男の専門じゃないでしょ? ごめん、そこの濡れたタオル取って」
「ん?」
私は水の入った木桶を指を差す。
「風呂とか水浴びはまだ染みるから」
「背中を拭いてあげるのじゃ」
「うん」
背後で水を絞る音が聞こえる。
ピトッ
「ひゃ!? つめた!!」
「おっと、すまぬ」
「大丈夫、最初は驚いたけど慣れた」
「にしても………肌綺麗じゃ。手入れしてるのかの?」
「冒険者だからする暇ないかな? でも、傷は全力で癒してる。好きな人の前では綺麗な体でいたいから」
「………ごめんね。全力で戦ってしもうて」
「許したのに‼ もう蒸し返さない!!」
「ごめんなさい」
「すいません」とは言わず本当に申し訳なさそうに喋る。
「謝りすぎ!! もういいって~笑顔だよ。好きなひとにはそんな顔しないでしょ?」
「そうじゃの!! 湿気た面はよろしくないの!!」
「そうそう!!」
「………にしても本当に肌綺麗じゃの」
「ヨウコも綺麗だと思う」
「我のは手入れを欠かしておらんぞ。特に尻尾はの~9本あるし、すぐに埃を巻き取ってしまうんじゃ」
「大変そう。尻尾があると」
「大変じゃぞ、一本一本神経が通っておっての~変な当たり方すると痛いんじゃ」
「触ってもいい?」
「いいのじゃが? 根本は止めてくれの」
「はーい」
私は振り向いて背後に回って撫でる。ツルツルした毛。しかしふかふかで柔らかい。狐の変化のときのあの尻尾はもっと凄いのだろうと予想。触ってみたい。
「変化出来る?」
「今は無理じゃ。声は聞こえぬ故、力を蓄えなくちゃならん。ん…………ね、根本は止めるのじゃ!! あふぅ………」
「変な所が性感体だね?」
「最近知ったのじゃ。ほら、離せ!!」
「はーい。で、声が聞こえないとは?」
「そうじゃの、女神じゃったか。囁きが聞こえないの………変わりに優しい声は聞こえたのじゃ」
「ん? どんな?」
「『ごめん、そして。これからはお幸せに』じゃ」
「それって………もしかして。こんな声?」
私は今までに囁かれた声を全く同じように表現をする。どちらかと言えば私に似た声質。可愛い声の主。
「そうじゃ。ネフィア似のその声じゃ………やっぱり女神かの? 居るんじゃの?」
「居ますよ。見てくださってます。私たちが愛を持ち続けてるかぎり」
「ふむ、わかった。じゃぁ…………ネフィア。力をくれた女神は一体何者?」
「…………?」
「我は始めに聞いた声と今の声は全然違うのじゃ………お主の囁く者と我の囁く者は違うのじゃ」
「ん?」
少しだけ。キナ臭い話になってきた。
「そしての、囁くのは魔王を殺せじゃ」
「………なんですかね?」
「わからんのじゃが。もう聞こえないのじゃ………でも気を付けるのじゃ」
「わかった。肝に命じる」
「………最後にの」
「うん」
「その、胸揉ましてくれぬかの? どんな感じなのじゃ?」
「あっ!! 私もヨウコの揉んでみたい!!」
そこからは二人で胸の感触を味わった。ヨウコの胸はちょっと垂れ気味だったが手を包みような柔らかさだった。私の張りの強い胸とは違った感触だった。
*
「ふぁあ~眠い。戦闘後からそのまま夜通しじゃぁ………やはりきついか。昔なら2、3日は戦えたがな」
ガチャ
ボーッとする頭を押さえながら借りている寝室へ足を運ぶ。戦後処理っというよりか。お金の用意とこれからの事を話し合い。情報交換も行った。体が重いが、やることをやらなければいけない。やっと……終わったので後は寝るだけだ。
「ふぁ~ネフィア。遅くなってすまん………色々あって……………」
「「!?」」
目に前でヨウコ嬢とネフィアが胸を揉み合っていた。ネフィアの手いっぱいでも掴みきれない程に大きいのが分かり、逆にネフィアの胸はしっかりと掌いっぱいに収まっている。元気であれば喜べるほどの光景だが今は眠気が強く反応できない。一体何があってそうなったのかわからなかったが、理由だけは納得していた。
「とうとう女を襲ったかネフィア。すまんが外でやってくれ眠いんだ」
「えっ!? 違うよ!!」
「大丈夫、お前は元男でもあるんだ。襲ったって不思議じゃない………ふぁ~ねむ。エリックも帰って来て寝てるだろうな。エリックも寝てるだろうから別の部屋で盛ってくれ。エリックには秘密にしといてあげるから」
「と、トキヤ!! 誤解!! わ、わたしは女だから女同士じゃ無理だよ!! それより欲情しないの!?」
「ごめん。睡魔が強い………飲みすぎて頭が痛い」
「え、えっと!! そうじゃの!! 我は帰るのじゃ!!」
そそくさと服を着て、飛び出すように部屋を出る。焦った姿はなんとも可愛らしかった。別に気にしない。それよりも睡魔が強く。
俺はベットに倒れるように体を横にする。
「と、トキヤ!! 話を聞いて!!」
「………すまん。起きてから話し聞くわ………おやすみ」
ネフィアが何かを叫んでるが自分は魔法で音を遮り。安眠するのだった。
*
「おはようトキヤ」
「お、おう?」
目を覚まし体を起こす。疲れは一切取れていないが眠気はない。少し首を傾げる。
「まだ、数時間も寝ている気分じゃない? 今さっき寝たばっかりですぐに目が覚めてしまった。いや、あんだけ眠かったんだそうそう起きれる筈はない…………っとなると」
「……………ぴー」
「口笛吹けてない。何した………いやこれは夢か」
「無防備だからスッと入れたんだよね‼ 操ってこの部屋を出したの」
「………まぁ起こした訳じゃないし。いいか」
一応は寝ている。
「そ、そう!! トキヤ、勘違いだからね!! 私は襲ってないから!!」
「…………俺の目には行為に走る一歩手前だった気がするが?」
「違うよ!! 信じて!! 私は、えっと………そのぉ………つ、つ………えっと………女の子だから!! 女の子だからね!!」
真っ赤になりながらネフィアが抗議する。下ネタを思い付いたのだろうが言える勇気は出なかったようだ。かわいい。
「わかったから……っで何であんなことに?」
「えっと、私の胸と他の人の胸を比較したくて………頼んだの。あっ!! ヨウコの胸ね!! 大きくてすっごい柔らかかった!! だから、ちょっと垂れちゃいそう」
「いや、カミングアウトしなくていい……死闘の後に変な理由で仲良くなるんだな……すごいよ、お前」
「でも、女の子同士だから触りっこ出来たんだよね」
「本当に凄いなそこも……元男って知って触らせるんだから」
ある意味、口に出すより勇気がいるだろうに。しかし、女子だけになると気が大きくなるのかも知れない。
「それだけ今の私は女の子なんですけど~もう元男とか元男とか、ええっとしつこいです!! あれもついてないの!! 立派な女なの!! 今は穴なの!! 昔は昔!! 今の私を見て!! ほら!!」
スカートを捲って確認させようとしてくる。
「だぁあああ!! スカート捲るな!! 知ってるから知ってるからな!!」
「本当に~なんか最近よく言う」
「誰がお前を女にしたんだよ」
「……………凄い説得力」
うんうん頷きながら納得するネフィア。はい、かわいい。
「ふぅ、まぁそう言うことだ。女の前に家族だけどな」
「か、家族?………ふふ、へへ~そうだよね家族だよね。ああ、本当に夫婦なんだぁ~今でも現実味がなくって夢みたい」
「今は夢だけど?」
「起きても、夫婦ですぅ~へへへ」
自分の体に擦り寄せてくる。
「ねぇ、お話し長かったね」
「長かった。一応、教会は現状維持の徹底しこの都市の勢力争いを静閑するだってな。あと、エリックと俺でデーモン倒したから報酬、山分けになり。仕事も終わったから自由だ。明後日でも都市を出よう」
「うん。わかった」
「ああ、後。エリックもついて来る。パレードだってさ」
「一応行くんだね」
「ああ、それと一緒に教会の主も呼ばれてるから行くんだってさ。有力者は集まり出してるな」
「………ちょっと道草し過ぎたかな。ヘルカイトさん元気かな?」
「まぁ帰っての楽しみだな」
「………そうだね。ねぇトキヤ~淫夢見ない?」
「夢でいいのか?」
「夢も現実、断るなら。キスを受け入れないで」
「…………」
俺は目を閉じてネフィアの朱を奪うのだった。
*
仮眠を取り起きた後に私は予備の仮面を付ける。そして、仕事の段取りを終わらせて自室へ戻ってきた。
「エリック。仮面を何故つけるのかの?」
「オペラ座の怪人として。最後まで演じますよ。パレードは終わりませんでした」
「魔王城にいくのじゃな」
「ええ、見たくないですか? 姫様の実演を………魔王と言う地位を捨てる瞬間を。いい台本を作るためにも欠かせませんよ?」
「台本、書くのかの?」
「ええ、演じるのはある講演を最後に辞めようと思っております」
「やめてどうするのじゃ?」
「………それはですね。ヨウコ嬢!! 私と共に理由を聞かずついてきてくれませんか‼」
「…………ふむ。いいじゃろ。ここより地獄はないじゃろう。だから、何処へでもついていきます」
「ありがとう!! では、幕をあげましょう‼ あなたを幸せにする演目を!!」
「…………うれしいのじゃ………ずっと待ってたのじゃ。心からの言葉を。うぅう………すまん、ちょっと胸貸して」
「いいですよ。昨日は私が。今日はあなたが泣き虫になる番ですか?」
「そうじゃの………でも。嬉し、涙じゃの」
私は、新しく仮面を被る。恥ずかしさを隠すため。そしてそれ以上に仮面の有無が彼女の愛を左右するものではない事を知っている。知り得た。
「姫様、一つ…………甘い口づけはいかがでしょうか?」
「いただきましょう。満足させてくださいね」
「もちろん」
その日は、深く二人で絡み合った。互いを求めるように貪欲に、深く、甘く。劇場より激しく。
§
都市インバスには変わった事無い。いつものように昼は平和であり、夜だけが少し勢力争いが激しくなっただけで結局、一番上を倒してもなにも変わらなかった。
だが、波乱の次に上になる者で都市は変わるだろう。それまで、この都市はどうなるか私にはわからないがいい方向へ向かえばいいなと思い旅に出る。
「ネフィア、準備出来たぞ。馬車に荷物を入れ終えた」
「わかった。今行く。行こ、ワンちゃん」
「ワン!!」
物憂げに考えながらのドレイクに対するブラッシングを終えた私はドレイクに手綱をつけ、黒石作りの馬小屋を出る。
出た場所は待機所。大きい広場のような場所に沢山の馬とドレイクが手入れや取り引きが行われている。その広場に何台も連なっている馬車の一つに見知った顔ぶれが立っており私は手を振った。
立っている顔ぶれは宿屋の店主に教会の主……オペラ座の怪人と狐の姫に狂った勇者だ。狂ったとは、まぁ私に対しての評価である。
「連れてきたよ。ワンちゃんもひさしぶりに外だね」
「ワン!!」
「………わん? ドレイクとはこんな泣き方でしたっけ?」
「へんじゃの?」
オペラ夫妻は首を傾げる。
「ああ、これ買ったときから変わった鳴き声なんだよ」
「面白いですね。ご主人様」
「ええ、面白いですね。それよりも馬車での旅の方が気になりますね。任せましたよ、留守の間」
「はい、主よ。妹共々お守りします。では、仕事がございますので失礼します」
宿屋の店主が馬車に2頭ドレイクを取り付けたあと。嫁と仲良くおじきをしその場を去る。
「準備できましたし魔王城へ行きましょうか。教会の主として呼ばれてなすので」
「どれだけの多くの人が集まるのでしょう?」
「どうでしょうね。行ってみればわかりますよ。一つ言えることは帝国からも来ているようですね。宿屋の帳簿にありました。連合国からもですね」
「宿屋は情報集めに優秀だなぁ」
トキヤが私の感心した言葉に頷く。
「では、私たち夫婦はパレードの先導もありますのでまだこの都市で残っております。一緒に行きたかったのですが………無理でした」
「そうじゃの。この都市で終わる予定じゃったから。物品が足らんのじゃ………」
酷い理由である。まぁそうなのだろが。
「ええ、それに放火砲をもとの場所へ戻してもらわなければいけないのでその指示もしなくてはこの都市が危ないですから」
危ないもんね。あんな遺物。
「オペラハウスってそう考えると物騒だね」
「放火砲4門とか。怖いわなぁ………ネフィアがいなかったら消し炭だもんなぁ」
本当にな。
「では、私たちも用事があります。魔王城への旅に幸あらん事を」
「幸あらん事をなのじゃ」
「うん。エリックさんもヨウコもまた会いましょう」
二人が待機所から去る。残ったのは吸血鬼と幽霊だけだ。すると何やら騒ぎが起きる。
「グルルル!! ガオォ!!」
「がおぉ!!」
「ん?」
馬車の前に繋がれてるドレイクが吠え出す。ドレイクがドラゴンの咆哮のように野太いのは元はドラゴンの末裔だからだろうからだ。ワンちゃんこと私の旅で用意したドレイクと睨み合っていた。
「ワン」
「ググルルル…………」
一吠えと睨みで、2頭のドレイクが萎縮する。ワンちゃんが2頭の手綱を噛み千切り。馬車の金具を器用に外して2頭を逃がした。というか逃げてしまった。
「ワンちゃん!?」
「おいおい!! ちょっとまて!!」
トキヤと私で急いでなだめに入る。ワンちゃんが手綱を咥え鼻を私に押し付けた。
「ど、どうしたの? この手綱………あっ馬車の?」
「ワン」
「おいおい。この馬車は大きい。2頭はいるぞ?」
「でも。ワンちゃんが引くって」
「いけるか? まぁいいや!! 俺はそこにいる逃げたドレイク捕まえるからお前は繋げておいてくれ」
「はーい」
私は長い手綱と馬車の金具をつけ、馬車とドレイクを結ぶ。トキヤは逃げた2頭を馬主に理由を話している所だ。
「なかなか気が難しいドレイクですね」
「売れ残ってたの」
「ああ、そうですか。理由があるドレイクなのですね」
すぐに何かを察したのか吸血鬼は納得する。しかし、現状はそこまで悪い買い物では無かったと思っている。非常にかわいいので。
「ワンちゃん大丈夫?」
「大丈夫だ」ボソッ
「そっか、ワンちゃんはすごいなぁ………えっ!?」
「ワン」
「…………今、しゃべった?」
少し、渋い声を聞いた気がする。ドレイクを返し終えたトキヤが戻ってくる。
「ト、トキヤ!! ワンちゃんが喋った!!」
「ネフィア、また妄言かぁ?」
「ひ、ひどい!! いつも妄言を言ってるような言い方!!」
「今さら、喋ったって気にするなよ。ヘルカイトは喋るぞ」
「そ、それは……そうだけど」
エルダードラゴンとドレイクは違うと思う。ワンちゃんは何故かそっぽ向いている。
「まぁあれだ。喋るんだよきっとな?」
「………トキヤ、信じてない」
「………おい。ワン。喋れるか?」
「ワン」
「だっそうだ」
「……………うーむ。二人は聞いてません?」
「いえ、姫様と仲良くされている所しか」
「ご主人様と同じです」
私は首を傾げる。気のせいだったのだろうか。
「では、出発しましょう。私が手綱を………」
「ごめんなさい。馬車は私とトキヤで交代しながら手綱を持ちます」
「姫様が?」
「この子。私たち以外だと嫌がってダメなんです」
「そ、そうですか。しかし、姫様が馬車を引くなんて………」
「多芸ですね………姫様」
「へへ、そうでもないですよ。では、乗ってください」
「わかりました。お言葉に甘えて」
吸血鬼と幽霊が荷台の扉を開けて中に入る。私たちはローブを着込み顔を隠した。
荷台の運転席に乗り手綱を持つ。ドレイクがしっかりした力強い足取りで歩き出し馬車を引く。
1頭だが、力強く引き。待機所から表通りを出る。久しぶりの壁の外。魔物に気を付けながら魔王の土地へ旅立つ。
「長く居たね」
「本当になぁ~長い」
「ねぇ、トキヤ」
「ん?」
「呆気ないね。旅立つのあんだけの事があったのに」
「それが冒険者ってもんだよ」
「冒険って………楽しいんだね」
「あと少しだな」
「うん」
馬車に揺られながら、私の故郷を目指すのだった。
*
魔国の下町の酒場。広い店だが、昼間なためガラガラである。夜になれば衛兵ばかりがここへ来る。私は仕事を休み飲みに来ている。エルフ族長としての仕事が減り暇になったのだ。
「はぁ………姫様ぁ………はぁ………」
「あのなぁ。昼間っから暗い顔して族長という立場で酒を飲むのはいいのか?」
「今日は休んだ。気が乗らない………」
「そうかぁ。まぁ………休みなら何も言わねぇよ」
マスターが離れる。
「マスター。話し相手してほしいのだが?」
「…………すまねぇ。下準備があるんだ」
「逃げてないか?」
「お前の絡み酒は面倒なんだ。姫様、姫様って………うるさい」
「仕方がない。惚れた弱みだ」
しかし、女性として惚れたと言うより全てに惚れたと言うべき事だ。そういえば、城に似た女性が居るが姫様ではないが似ていた。首輪をつけていたし、鎖で引っ張られていたので奴隷だろう。
「………あれは一体何だろうな。調べるか」
「おい、朝からなに飲んでるんだ」
「ん?………おお。帰ってきたのか!!」
声の主に向く。声の主はダークエルフ族長であり衛兵を纏める衛兵長だ。今は要人が多く集まり出して大変忙しいと聞く。
「1週間前にな………思いの外、忙しくて忙しくて」
「そうか。私は干されているから暇だ」
「絶交したらしいな」
「いいや、絶交はしていない。他の族長を重用しているだけだ。まぁ暇でいい。マスターに会えるしな」
「…………帰ってくれ。絡まないでくれ」
「おい、エルフ族長。嫌われているじゃないか!!」
「嫌われものだからな」
「いや、本当に絡み酒が………」
「客の相手をするのが店主の努めだ」
「…………はぁ」
ドンッ!!
隣に屈強な黒いエルフが変な武器を置き座る。
「マスター同じもん」
「ありがてぇ。任せた………絡まれたら仕事が出来ん」
「タダで飲ませろよ」
「1杯なら」
「よし。もうけもうけ」
ダークエルフが笑う。昔に比べ、俺の前で笑うようになったのに驚く。
「エルフ族長、グレデンテ。姫様に会ってきた」
「ん? 元気でしたか?」
「ああ元気。そして。戦ってきた」
「ふむ、結果は?」
「殴り倒され、斧は奪われ、一切手出しできず負けた」
「あの、戦斧を奪われた? もしや、それでこの奇っ怪な武器を使ってるのか? 返して貰えなかったのか?」
「戦斧は返してもらったさ。だが、柄が長い武器はダメだ。掴まれたら終わり。故に作ってもらった。柄が少し短く。刃先を長く。ブレードランスと言う。片刃の大剣のようだが、柄が長く槍の使い方だ」
確かに武器は柄が槍より短い。代わりに刃先を長く。槍程に延びている。片刃の大剣と言われれば分かりやすい。詳しく聞くと柄を掴まれて負けたらしい。
「一撃一撃が女のそれとは思えんほど重かった。芯に響く打撃だったよ………」
「それはそれは。私なら喜んでましたね」
「嘘だろ!? おい!?」
「嘘です」
「くっそ。真面目な顔で言うな!!」
「騙されたのが悪い」
「「ははは」」
コップで乾杯し一気に飲む。
「ぷはぁ~お前の言った通りだった。あれは………確かに変わった。大きくなった………おしいなぁ」
「でしょう。姫様なら『今の魔国を変えれる』と思うんですがやる気を全く持っていない」
「勇者トキヤと言う手練れにゾッコンだったな」
「ええ、ですが。彼と約束はしました。いつか叶えばいいですが。ゆっくり地道に頑張ってみます」
「………それについてなんだが。詳しく聞かせてくれ」
「いいですよ。ありがとうダークエルフ族長、バルバトス」
「ああ、いいさ。同じ志だ…………『魔国内で俺らの地位向上するんだろう』」
「ええ。では、マスター。会計と鍵を借りる」
「おう」
金貨を数枚置き、私達は立ち上がった。
「姫様の行ってきた事を調べよう」
「何かいい案があるのか?」
「ええ、ありますよ…………素晴らしい手が」
勇者の約束を満たす方法を見出だしていた。天啓があった。だからこそ。
「まぁ一枚噛ませろ」
「ええ、君が居ないと始まらない」
何年かかっても、目的は遂行する。
*
魔王城の玉座、大広間。目の前で膝をつき、報告を聞く。
「トレイン様、都市インバスでの反乱は収まったようです。父上様も崩御されたかと」
「そうか………母上は死んだか」
「ええ」
「ふむ。目上の邪魔者は消えた。母上も自由になっただろう………ネファリウスも使いによっては素晴らしい働きだったな」
毒をもって毒を制するとはこの事だろう。アラクネの問題児も死んだ。ネクロマンサーも亡くなりエルフ族長も大人しくなる。これほど動きやすくなるとは。
「素晴らしいな。悲しいことに側近が死んだが…………まぁいい。他にも優秀な者はいる」
「私めとかいかがでしょう?」
「やる気があるなら良かろう」
「はっ!! 誠意を持って職務を全うします」
自分は席から立ち上がる。
「そろそろ、役者は揃ったか?」
「ほぼ揃っております。オペラハウスのパレードが行われた後、開演と致しましょう」
「ああ、新しい魔国の誕生だ。そのために…………用意した」
「ええ、大人しくしておりますよ」
笑う。ただただ笑う。懸案事項は魔王だが………別に本物を用意する必要はない。
「魔剣の持ち主が魔王ではない。魔王は作れるのだ」
長かった。しかし、これからだ。自分は拳を握りしめ、胸の奥の熱さを抑え込んだ。
§
旅は順調だった。パーティメンバーの吸血鬼と精霊のコンビ。風の魔法使いトキヤと炎の魔法使いの私のコンビは沼地の魔物を退け、深き不浄の森を進み抜ける。
大きくなった精霊は天使のような姿であり吸血鬼とは異質の世界観があった。魔物を切り払う天使は如何にも聖なる者だった。
「綺麗~」
「ありがとうございます。姫様」
「ええ、インフェは美しい」
何故、彼が強者で教会を纏められたかを私は知る。吸血鬼としての強さよりも彼女と言う存在が一つ二つ、吸血鬼の中で飛び抜けた強さを持っていたのだ。絶対に防御が出来ない霊体の刃は恐ろしい。
「んっしょ」
インフェの体が輝き。小さな幼女へと姿を変える。
「時間切れです」
「さっくり倒せたので沢山愛でることが出来ました。魔物に感謝です」
蜘蛛魔物の死体を退かせて馬車を進める。少しづつ森が明るくなっていった。出口は近く花の香りが強くなる。
「そろそろ、不浄地も終わりだな」
「そうですね。花の香りはいつも通り」
森の出口。そして現れる情景に嘆息。トキヤが喋りだす。懐かしそうに、私は彼を見る。彼と出会った土地。
「魔王の土地イヴァリース。不浄地の中の楽園」
「ははは!! インフェ!! 凄いですねこれは!! 聞いていたよりも絵よりも!! なによりも!! 昔に謁見許されてませんからねぇ、初めてですよ」
「ご主人様………インフェも驚きで声が出ません」
「私は帰ってきたんだね」
目の前に広がるは花の楽園。彩り豊かな花の草原。そう、イヴァリースは北の不浄地の中で唯一無二の場所。畑も、小川も、全て清らかな場所なのだ。何故かは知らない。
「俺は帝国で魔国の首都は醜いと聞いていたから、最初は驚いたよ。汚れた地の聖地に………聖地だからこそ。上の者しか住めないのだろうが、この花園は何処にもない」
ゆっくりと馬車は道を進む。花の匂いに包まれた荷台から聖霊は飛び出し花の上を舞う。
「インフェああ、なんとも綺麗な光景でしょうか」
少し荷台でうっとりしている吸血鬼がいるが、気にしない。
「荷台のあいつ。お前みたいだな」
「あんなんじゃない!!」
「本当?」
「………す、少しは」
目線をそらす。心当たりがある。
「まぁ、にしても魔物は居ないな」
「居ないからこそ、聖地。ワイバーンはいるけどね」
「ワイバーン繁殖地」
「そうそう」
夏ごろなら、多くのワイバーンを見れると聞く。
「にしても穏やかだな」
「穏やかだね」
「おっ!! 見えた!! 小さい城が」
「本当だね!! 懐かしい!!」
「懐かしいなぁ~最初は性格がなぁ」
「うっ!」
胸を押さえる。昔の自分を思い出し、なんとも恥ずかしい思いになる。
「かわいかったなぁ」
「んん!?」
「ツンツンしながら、頼って来るとこ……もごぉ!!」
「黙って!! お願い!! 忘れて!!」
「……」
「うぅ。昔は子供だったの」
トキヤはすぐに昔を掘り返す。恥ずかしい思い出を仄めかしいじめるのだ。
「はぁ、まぁ~思い出だしなぁ。今も子供だろ」
「………」
「お二方、聞きたいのですが………どうやって門を潜るのです?」
「それは、簡単ですよねトキヤ」
「簡単だな。馬車は置いていくよ」
「ほう。では、お手並みを拝見しましょう」
ゆっくりと私たちは壁へ歩を進めるのだった。
*
数時間後、私たちは門とは離れた場所の壁の下に馬車を置き見上げる。陽の穏やかな日射しが私たちを照らし。吸血鬼を弱体化させた。苦しそうである。
「よし、こっからにするか?」
「壁への潜入って初めてだね」
「今まで普通に門がくぐれたからな」
「久しぶり? 戦時中?」
「お前に会いに来るぶりだな」
トキヤが魔法で足場を作る。魔方陣が階段状に重ねられ、トキヤはそれを登った後。用意していた紐を垂らす。
次に必要な物を括って、トキヤが持ち上げる。それを数回行った。ドレイクは重すぎたために手綱を外して放牧する。最後は自分の腰に紐を括って引っ張りあげて貰い。吸血鬼は蝙蝠に変化し登った。登った瞬間貧血で倒れ休んでいるらしい。最後に私が引っ張られる。
「おっも」
「私は重くない。鎧が重い」
「いや、鎧を加味してたより……重いなって……やっぱり」
「上がったら殴るよ?」
女性になって、怒る事柄が変わった気がする。紐で引っ張られ壁の上に到着した。そして、今度は反対に荷物を下ろし同じように私を下ろす。
すんなり、壁を越えた私たち。荷物から身隠しのローブを着た後に宿屋を探すのだった。
*
何処とも変わらない造りの城下町は賑わっている。人間や他種族の騎士が牽制しながらも観光を行い。衛兵が目を光らせていた。
彼等は主人の護衛でここまでついてきた者たちだろう。敵同士もいるだろうが、ここで事件を起こす気はないらしい。
待ち合わせばトキヤと探している途中。知った声に出会う。
「こんにちは、トキヤとネフィアさん。僕です。ランスロットです。大分、遅かったですね」
一人の騎士が自分達を見つけて声をかけてくれる。彼はトキヤの珍しい友人の一人。帝国の皇子ランスロットだ。物語の美成年の王子が出てきたかのような人で、トキヤとは違った男らしいイケメンだ。
トキヤの次に顔はいい。声もすごく耳元で囁いたらコロッと逝くだろう。友人のアラクネ女の子はそうだ。コロッと惚れた。惚れてしまった。魔物をあっさりやめるほど。
「ごめんなさい。オペラハウスで女優の真似事して、インバスでデーモン倒してたんです」
「仕事でな」
「君は本当に依頼をよく頼まれるね」
「お前もだろ?」
「僕は奥さんと新婚旅行を楽しんでたさ。四天王のアラクネが泊まる場所に泊まっているよ」
「ランスロットくん!! 奥さんは?」
「部屋で待っているよ。では行こう。案内するよ」
「待て。ネフィアを頼む。俺は新しい知り合いを連れてくる。ネフィアは部屋を用意しておいてくれ」
「はーい」
「トキヤ? 新しい知り合い?」
「後で紹介する。まぁ~元依頼主さ」
「わかった」
私はランスロットについていき。表通りから離れた宿屋へ向かった。そこで部屋をとり、その場所にトキヤが彼等を連れてお迎えする。部屋は大型の亞人用に広かった。
*
私は衛兵がばか騒ぎする酒場で今日もダークエルフ族長と飲む。最近しょちゅう一緒に飲む。
「そろそろ、妹を引き取って欲しい。人質いらないぞ」
「家事は出来ているだろ?」
「家事は確かに楽できているけどな。人質としていつも居るのは………ちょっとなぁ」
「仕事させればいい。衛兵の管理でもさせとけばいいだろう」
「……………出来るか?」
「元々、管理職は得意だ」
妹としてコキつかって来た。
「わかった。考えとく。そう言えば外壁に乗り捨てられた馬車と、ドレイクが放牧されていた。馬車を調べた結果、馬車のマークに都市インバス、教会と言う組織の印がある。紐の擦った後も確認され。潜入した痕跡が残っている」
「……でっ? 何が言いたい?」
バルバトスの顔を覗き込む。冷や汗をかいているのがわかる。
「表から入れず、都市インバス教会にツテがある人。あの高い壁を簡単に潜入を行う事が出来る人物…………予想だが、姫様じゃないか?」
「そろそろ来てもいい頃だしそうかもしれないな」
「………叫んで店を出ていくかと思った」
「安心しろ、飲み終わったら探しに行く」
「行くのか」
一気に飲み干し、銀貨を置いて立ち上がる。
「酒場を廻り。情報を集めればすぐに会えるさ。『目立つ』。どこにいようと」
「後で教えてくれよ」
「お前も来い」
「えぇ………」
渋々といった感じで立ち上がった。
「仕方ない。付き合おう」
「では、会いに行こう。夜は情報が集まりやすい」
*
次の日、集めた情報の元。アラクネの種族がトロールや大型者たちが泊まれる数少ない宿屋に居ると部下から情報を貰った。そして、そこへ向かう。
「四天王ではなく。冒険者らしいアラクネが人間と一緒に長い間、滞在しているらしい」
「アラクネか。四天王以外は初めてだな」
「ああ、四天王以外に話ができる者がいるとは思わないからな。しかし、何故か匂うアラクネだった」
「商業都市から来ただったか……」
「時期が重なる。滞在された時期が……かの人と」
「知り合いかもしれない」
トントン
宿屋の大きな廊下から大きな扉を叩く。アラクネの滞在者がいる部屋を教えてもらい。戸を叩いた。
「はーい」
優しそうな女性の声が聞こえる。四天王アラクネ以外では初めての相手。何が起こるかわからないがあまりの毒気のない声で首を傾げた。
ギィィィ
「えーと、どちら様でしょうか?」
対応する女性は四肢胴体が蜘蛛であるが上半身は
人間に近く、紫のドレスを着込んでいる。四天王とは違い。お上品な立ち振る舞いであり知性を感じさせる。
「エルフ族長クレデンデ」
「ダークエルフ族長バルバトス」
「あら!? ネフィア姉に会いに来たのですか?」
「「!?」」
「ふふ、図星ですね。では、聞きます。敵か否、ここで私に食われるか、夫に斬られるかを選べ」
雰囲気が一変、重々しく張りつめた。よく知っているアラクネを思い出す。そう、アラクネという種族は私たちを喰らう魔物だ。しかし、戦う必要は無いようだ。
「誤解を、姫様に会いに来たのです」
「ええ、姫様に謁見を」
「…………トキヤさん!! ちょっとお願いします!!」
知った名前を呼ぶアラクネ。知った人物が顔を出し。お辞儀する。
「トキヤさん? 知り合いですか?」
「ああ、知り合い。ネフィアに会いに来たんだろ? 通していいぞ」
「数々の御無礼。すいませんでした」
アラクネがおじきする。四天王のアラクネに爪のあかでも飲ませてやりたい行為だ。まぁもう絶命していると広まってはいるが。そう、姫様が断罪した。
「では、こちらへ。ネフィア姉さんにお客さん!!」
アラクネが振り向き声をあげて呼ぶ。そして、奥から現れる白のドレスを着込んだ姫様が表れ、手を振ってくださる。なんと美しい姿か。
「姫様、お久しゅうございます」
「こんにちは。姫様…………こんなに早く会えるとは」
「お久しぶり。グレデンデさん、バルバトスさん。遊びに来たのですか?」
「いえ。姫様がいらっしゃると思い。謁見をするために探しておりました。アラクネを従えていらっしゃるとは流石姫様でございます」
「従える…………といいますか。友人ですね」
「失礼しました」
なんと、アラクネを友人として迎える器量。感服します。
「んん、なんか……むず痒いです。なんか……敬われてて」
「まぁまだ魔王だしなぁ」
「もう、魔王辞めるし。気を緩めて欲しいね~。譲位はすぐに行う予定です」
「だってよ。グレデンデ……」
「わかりました。では、私たちも場所の確認は出来たのでまた今度はお酒でも持参します」
「うん、待ってる。魔王城での宴会もまだまだ先だしね」
「10日後ですが、参加されると?」
「いいえ、忍び込み。皆の前で宣言すればそれで終わりです」
「それでしたら、少し考えさせてください。バルバトス、2日後でどうだ?」
「ええ、仕事空けときます」
「それでは失礼します!!」
「はい、また…………バルバトス」
「はい!! 姫様!!」
「得物、変わった?」
「ええ、今度は掴まれませんよ姫様」
俺たちは立ち上がり、その場を後にした。
*
寝室のテーブルで椅子に座りながらランスロットが本を読んでいる。本を閉じ、椅子から立ち上がりアラクネの元へ。私たちはそれを見ながら首を傾げる。
「うーむ。私の場所はすぐバレてるね」
「ランスの奥さんが隠れ蓑としてはいいけど、知り合いと疑われたら見つかるからな、目立つし」
コンコン
「リディア、また誰か来たみたいだね」
「誰でしょう?」
「気を付けて出るように」
「はい」
リディアと言う姫が扉を開ける。
ガチャ
「こんにちは綺麗な蜘蛛姫さん、ネフィアさんいるかしら?」
「えっと、どちら様でしょうか?」
「ふふ、エルミア」
「!?」
私は、椅子から立ち上がって部屋の入口に駆け足で向かう。そこに立っていたのは肩に紋章が大きく描かれた女性用の甲冑に身を包んだエルフ。ハイエルフの気品のある女性が立っていた。懐かしさと、驚きで私は口を押さえていた。
「久しぶり、ネフィア。覚えてるでしょ? エルミアよ」
「えっと!! エルミアお姉さん!? なんでここに!?」
「……………ん? エルミアお姉さん?」
「あっ……えっとお嬢様?」
「ええと。まぁその立ち話もあれなので部屋にどうぞ」
リディアが案内する。ほしい飲み物を聞き、部屋の奥へと進んだ。アラクネは何処で覚えたか、紅茶を丁寧に淹れる。トキヤは少し眉を動かしたぐらいで驚きは浅かった。エルミア姉さんは皆に軽く挨拶を済ませる。
「ありがとう」
「リディア、隣の部屋へ行こう」
「はい。私たちは別の部屋で待機しております」
「ええ、僕たちはお邪魔ですね」
「あら、ごめんなさい。気を効かせて」
二人が隣の部屋へ。何かを感じたのかそそくさと部屋を空ける。
「彼、帝国の皇子ランスロットね。新しい魔王が呼ばれて帝国の代表者で来たのね」
「いえ、彼はただの旅行者ですねエルミア嬢。アラクネのリディアと結ばれ、帝国に帰れなくなりましたので」
「あら」
トキヤの説明に驚きはするが、納得もしている様子だった。雰囲気から仲の良さがわかるらしい。私はお尻を擦りながら思い出を思い出す。よく叩かれた事を。
「えっと、エルミア姉さん。何故、こんなところへ?」
「マクシミリアンの家に招待状が届いたの………でっ新しい魔王の様子見にね。後は情報屋で『貴女に会える』て思ってここまで来たの」
「わ、私に? お尻、叩きに?」
「違うわ。………トキヤさん」
エルミアがトキヤに困った顔をする。何か説明を『欲しい』と目で訴えており、私は少し狼狽えた。
「ああ、エルミア。昔とちょっと違うんだ」
「そ、そう。ちょっとこう………変わりすぎて。あなたネフィア? あの? ネフィア?」
私はちょっとバツが悪い表情をする。
「ええっと。あ、あのときはお世話になりました。色々、女性のあり方とか、戦い方とかの基礎をありがとうございます。えっと昔の自分はその」
「シャキッとしなさい!! 言いたいことはハッキリ言う!!」
「は、はい!! えっと!! 女になりました!!」
「!?」
エルミアお姉さまは再度トキヤをみる。
「エルミア嬢。俺を見つめられても。驚いてるんだろうけど色々あったんだよ」
「そ、そうなの。女にね………ふぅ……ん!!」
フワッ!!
「えっ!?………!!!」
エルミアが立ち、私に近付く。そして勢いよく私のドレスのスカートを捲る。慌てて股を両手で押さえ睨みつける。
「エルミアお姉!!」
「………うんうん!!」
ギュウウ!!
「ほ、ほえぇ?」
エルミアが私に抱き付く。いきなりの行動の連続で怒りも全てわけが分からなくなる。
「ふふ、あれから風の噂を聞いてた。色々あったのよね。うん頑張った。頑張った。いい女の子になったね。捲られて恥ずかしがるのは確かよ」
「エルミアお姉………うん。頑張ったよ」
鎧なのにスゴく胸が暖かい。
「うんうん、可愛い可愛い」
「う、ふしゅ………」
「本当に乙女になっちゃって………トキヤ殿」
「は、はい」
「絶対、泣かせるなよ。私が許さない」
「残念ですが泣き虫なんですよこいつ」
「そ、そんなことないよ!!」
「綺麗な涙、流せるんですよねぇ………本当に俺と違って」
「そうなのね。この指輪はあなたが?」
エルミアが離れ。私の手を取り、綺麗に紅く輝く宝石を見つめる。
「ええ、エルミア嬢の言う通りです」
「ふふ。ネフィア、しっかりね」
「も、もちろん!! 教えて貰ったこと本当に役立ってます。お尻叩かれたのはいい思い出です」
「あー本当にいい子になっちゃって。頬、ふにふにね。若いっていいわぁ~おやつ食べるかい?」
また抱き締められ頬を触られる。おやつは持ってきた小袋にクッキーが入っているらしい。おばあちゃんぽい。
「エルミア嬢。ええっと再会の抱擁中すみませんが用事とは?」
「ただ、会いに来た。そしたらこんなに可愛くなって。本当にそれだけ」
「んぎゅう~」
「そうですか」
「エルミアお姉。そろそろ鎧が痛い」
「ごめんね………そだ!! 私もこの宿に泊まろう」
「えっ?」
「独り身はな……寂しいからね」
そう言って、離れた彼女は身支度しに借りている宿に戻るのだった。
「宿長、個室を借りるよ。お酒も」
「はい、かしこまりました」
「あと秘匿情報の伝達。四天王アラニエ、エルザが絶命した」
「な、な!?」
「情報の判断は任せる」
「はい、かしこまりました!! お酒は部下に………私は緊急会議を行います。夜中ですが」
「わかった」
宿屋に戻ってきた。私は仕事の話が終わった後に彼等を酒場の奥にある要人用の個室に案内する。机、椅子が並び数人で飲む用の部屋であり、重役と合う場所でもある。
「防音はしっかりしております。では、お話を」
「わかった………先ずは」
「トキヤ、そこ正座」
「……………」
「正座しなさい」
厳しい声が姫様から発せられる。勇者が正座をし、深々と頭を下げる。
「ネフィア………すまない」
「謝るのは誰にでも出来る。先ずは話をするところから。いい訳を聞きましょう。さぁ昨日の夜の事から全部話す」
私はインフェの本当に怒った時を思い出し背筋が冷える。変なスイッチが入って天使が悪魔のような冷たさと恐怖を見せるのだ。彼に同情をする。
「ええっと、昨日の夜。風を見に行ったときネフィアに偽装したドッペルゲンガーを追いかけたんだ。ネフィアが外を出歩くのは危ないっと思って」
「次」
「そこで四天王のクソババァに出会ったよ。鎖に捕まって………で洗脳をかけてきたわけだ。相手は俺とお前を引き剥がしお前を始末する予定なのがわかった」
「抜け出せなかったの?」
「抜け出せるが、それ以上に洗脳された振りをして情報を取ってやろうと思ったんだ。あとは………お前が府抜けてる理由が俺なのだろうから。離れてみようと思ってな。ずっと見てた」
何となく理由がわかった。確かに勇者様がいない姫様はキリッとしている。
「府抜けてるから………離れる」
「今のお前に果たして、魔王城に乗り込んで『けじめ』をつけられるか不安だったんだよ」
「ほう………ほう………で、結果?」
「昨日の今日で四天王を倒して俺を見つけたんだ。予想より十分な強さになった」
「………誉めても嬉しくないからね」
「口元が緩んでる」
「お黙り!!」
ビクッとトキヤ殿が震える。私は彼に助け船を出す。
「ひ、姫様そろそろよろしいのでは?」
「まだよ!! どれだけ不安になったか考えた? どれだけ心配したかわかってる? 勝手にやって!!」
「す、すいませんでした」
「許さん!! 絶対に許さない!!」
勇者の顔が強張っていた。あまりの怒りに冷や汗が吹いている。勇者もそこまで怒るとは思って無かったのだろう。
「ネフィア、本当にすまない。この通り!! この通り!!」
何度も彼は頭を下げる。
「府抜けてるから勝手にするんじゃなくて私に言ってよね!! はぁ…………もう勝手に消えないでよ………私の夫はトキヤしか居ないんだから」
「ぜ、善処します」
「うん…………まだ、怒ってるから」
私は話を変えるつもりで声を出す。
「それよりも何故勇者様が四天王エリザの洗脳が効かなかったのでしょうか? 私の部下は四天王エリザに洗脳を受けたら仲間の危険を回避するため自害を推奨してます。手がない筈なんですよ」
「…………元々。かからないようになっているんだよ」
「っと申しますと?」
勇者が姫様の顔を覗き込む。少し笑い照れながら喋り出す。
「いや、こう。目線があって洗脳をしようとする瞬間とかさ、本当に効かなくて何故か考えたんだけど。俺、すでにさ、誘惑されてるんだ」
「ん!? ん!?」
姫様が口を押さえ顔を背ける。
「ネフィアにさ、洗脳と誘惑されてるからさ。効かないんだよ。さすが淫魔だなってさ思う」
「あひゃぁ!? ご主人様!! この人凄いですよ‼ 恥ずかしくないんですか!?」
「インフェ騒がない。姫様?」
「んん!!」
姫様が口を押さえたまま震える。わかったことは喜びを我慢している。怒りが消えるぐらい嬉しいのだろう。
「ネフィア、顔をそらせるぐらい怒ってるのはわかってる。だけど、俺は今もずっと………お前の夫だからな………許してくれ」
「んんんんん!!!」
姫様が勢いよく怒りと喜びが混じった想いを乗せ。勇者の顔を蹴り飛ばした。それで終わりにしようと言うのだろう。
だが……その蹴りは勇者が気絶するほどの威力だった。
*
「………怒りも落ち着きました」
今は恥ずかしくて蹴り飛ばした事を悔やんでいる。
「そっか。よかったよかった~」
「殴ってごめ………なんで笑ってるの?」
「あっ許してもらったからかな? あと………懐かしくてな」
「懐かしくて?」
「昔、しょっちゅう殴ってただろ? いや~昔を思い出すよ。一年たってないのになぁ~」
赤くなった頬を撫でながら口元が笑っている。
「なんだ。俺がいなくてもしっかり戦えるし。よかったよかった」
「トキヤの夢を見るために何度も潜入してるからね…………」
トキヤの夢を見るためには彼の記憶の中にある彼が攻略したダンジョンとはぐれデーモンと鋼のドラゴンと戦わないといけない。実は全敗中である。めちゃ強い。生前より強いやろあいつら。
「はぁ、結局………許しちゃうんだな。私は………」
「ネフィアは優しいからな。一番俺が知ってる。忘れた事を確認して諦めたのも結局、優しいからだろうしな」
「くぅ……なんで今日は甘い言葉を!!」
真面目になろうと思っているのに。
「そりゃ……離れてわかる事ってあるんだ。ネフィアが当たり前に隣に居るってことがどれだけ幸せかを再実感したよ」
「うぐぅ!! くうううううう…………」
「ご主人様!? あの人甘いです!!」
「姫様はチョロあまですね」
「そこの二方!!」
「あの~お客様」
「ああ、君。そこにお酒を置いといて下がってくれ」
「はい!!」
トキヤが立ち上がり席につく。
「家族会議はこれで終わりかな?」
「終わりです。はい。真面目も終わり」
「ネフィア。まだだ」
「………はい」
我慢する。何故かおわずけを食らった気分だ。
「吸血鬼セレファ殿。傭兵の件ですが………決まりましたか?」
「1ヶ月より目標でお話ししましょう。今日で四天王を二人も倒していただいた事は感謝しております」
「結論からどうぞ………色んな奴から聞いたから答え合わせだ。目標は?」
「目標はデーモン王。バルボルグを抹殺しデーモンの勢力を倒し、この都市に波乱を起こします」
「えっ? 「デーモンの王を倒せです」て? そんな危ないことを!?」
「姫様、今日のツケはいいものですね。あとちゃっかり四天王倒してますね」
「………………けっこう足元見るのね」
「吸血鬼ですから」
「まぁ、『そうだろうな』と思ったよ………力を蓄えている段階で。自分の戦力を使わず相手の頭を叩いてもらうか撹乱でもしてもらおうと思ったのだろう?」
「はい。二人でしたら削ぐことが出来ると信じてました。もう十分削いでいただきました。上手く行きすぎて笑いが止まりませんね」
「…………だなぁ」
二人が私を見る。自分に指を差し首を傾げる。
「私?」
「お前、お前。四天王倒すしやっぱ魔王だな………お前」
「姫様は、さすが姫様と言ったところです」
ちょっと褒められ過ぎて、むず痒い。両手を股に挟んで前傾姿勢になりながら恥ずかしさに耐え目線を逸らせる。
「な、なんか。褒められすぎて………恥ずかしいかも。ふ、普通だよ」
「普通だな。褒めることないな。褒めるのやめよう」
「そうですね。姫様、普通です」
「……………ええ」
私はどんな顔をすればいいのか悩む。褒めて嬉しかったのに。
「クスッ。本当に可愛いな~困った顔」
「姫様可愛いですね」
「ご主人様。家族会義です」
「えっ!? インフェ!?」
この吸血鬼。相当に骨抜きにされてるんだろうなぁ。
「まぁ、デーモン倒せが目標なら………のんびりやるかな。ネフィア長期間ここに留まるけどいいな?」
「えっ? うん……」
「デーモンは一人も会えなかったからな。ネフィアの動きが良くて調べが途中だ。だから少しづつ見ていくさ」
トキヤが悪い笑みをする。悪魔のような笑みを見つめ。彼が本当に帰ってきたことを私は実感するのだった。
§
勇者トキヤが私に迷惑をかけた日から10日後。都市に激震が走る情報が流れる。理由は何百通の速達。何通も同じ内容が広まった。
「行進パレードのお知らせ。場所は魔王城へ。オペラハウス代表団」
オペラハウスとは劇場のある都市であり。妖精国と仲がいい都市。代表団とは妖精国へ向かう者たちだろう。相手が摂政トレインに変わっただけ。教会の執務室でお茶をしながらお知らせを見る。
「ご主人様。楽しみですね」
「ええ、オペラハウスは素晴らしい都市です。代表団もさぞ華やかなんでしょう。でっ………やはり噂は本当ですね」
「摂政トレインが有力者を募り会見するのだろうな。先ずは会食かな?」
「美味しいもの食べれるんだいいなぁ~」
「ネフィア、真面目にな」
「真面目です。生きる上で大切です」
「食に関して真面目になってもなぁ~」
トキヤに飽きれられながらも大真面目に私は答えている。
「まぁでも。パレードですか? 大変ですよね」
「ええ、この都市初めての出来事ですから。インフェも知らないことでしょう」
「オペラ座の怪人元気かな?」
「わからんな………」
「精神崩壊してたしね…………」
させた本人としてはそこから這い上がってほしい所だ。本当になんとかなってほしい。
「まぁ彼は権力者では無いので代表団には居ないでしょう」
「ですね、楽しみです」
このときはまだ。私はうきうきでパレードを待っていたのだった。
*
パレードのお知らせから数日。普通の都市なら大喜びだろうがこの都市では喜んでるのは教会の者だけであり。他は面倒ごととして受けとる。そんな中、裏では騒ぎが起きていた。
パレードの関係者によって教会の宿が貸しきりになり。急遽、教会の空き部屋まで貸すことになる。
膨大な人数とお金が動く。私たちも宿を教会の空き部屋に移した。
吸血鬼の彼も出払い。忙しくしている。パレードより先に来た長身のゴブリンが言うには「信じれるものが教会に居ると知っているから教会しか頼らない」と話したそうだ。その言葉に引っ掛かりを覚えて、私は部屋に引きこもる。
「ネフィア。お前を知っている者が来る」
「オペラハウスは皆が知ってると思うよ」
「めっちゃ目立ったからなぁ………」
トントン!!
「どうぞ」
「失礼します‼」
一人の長身で鎧を纏ったゴブリンが現れる。彼は最近現れたオペラハウスの衛兵の伝令の一人だ。
「私めはオペラハウス衛兵!! ゴブと申します‼ 姫様に手紙を預っております!!」
「はいはーい。どれ?」
私は低身長のゴブリンから手紙を受けとるために前に出る。
「これでこざいます。そして他言無用とお願いします」
受け取った。何も変わらない手紙。
「わかった。俺が監視をしよう」
「トキヤ!! 私は口固いよ!! あっありがとう。もう行っていいですよ」
誉めることをすればいいような気がするが。「まぁ次にでもすればいい」と思うのだった。
「あっはい!! 姫様!!………いいえ!! オペラ座の女優ネフィア・ネロリリスさま!! 無礼を承知でお願いしとう御座います‼」
「ん? 何でしょうか?」
衛兵が頭を下げる。
「この!! 色紙にサインください!! 数日の講演でしたがあなた様の名演は素晴らしく。警護を忘れ見てしまいました!! 魔王として忙しい事は承知してますが。劇場で演技していただきありがとうございました!!」
「は、はい………ええっと」
ちょっと。引き気味で衛兵から色紙を借り、部屋の羽ペンでささっと書いた。
「名前はゴブですね」
「は、はい。父上が適当につけた名前なんですよ。もっといい名前が良かったんです」
「あなただけのいい名前ですよ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます!!」
私は色紙に「オペラハウスの衛兵コブオ。オペラハウスの衛兵としての仕事ぶりを尊敬し。これからの都市繁栄を頑張ってください。オペラ座の女優。ネフィア・ネロリリス」と書いてここで誉めることにした。彼はここにいると言うことはそれだけの実力者だろう。
「あ、ありがたき幸せ!! し、失礼します」
彼が慌てて部屋を出る。外で奇声が上がるのを聞き苦笑いしてしまう。
「すごいね」
「俺も驚いてる」
「何がそうさせるんだろうね?」
「魔王やめたら女優の方がいいんじゃないか?」
「無理かな。熱意が出ない………トキヤが居るからトキヤに熱意が行ってしまうよね。申し訳ないけど」
「期待してるのになぁ~彼」
少ししか居なかったのに。ファンが出来るとは思わなかった。
「手紙は?」
「そうだった」
手紙をペーパーナイフで切り取り出す。取り出したのだが折り畳まれた魔方陣が書かれ正方形の紙だけ。裏は白紙である。
「なんにもない?」
「これは珍しい手紙だな。魔法使いや秘匿情報を送るときに使うんだ」
「へぇ~」
「すごく、魔方陣を描くのが難しい。だけど知っている奴にしか見えないから中々有用だったりする」
トキヤが手を添えて魔力を流す。
「そして、一番この手紙が良いところは」
紙の魔方陣が輝く。そして、魔方陣の上に薄く人の形を映し出した。
「言葉で手紙がかけるところかな」
テーブルに置かれた紙の上に。仮面を被った男がおじきをして写し出され、喋りだす。
「おはようございます!! こんにちは‼ こんばんは! ! 私、オペラ座の怪人こと!! エリックで御座います‼」
「こんにちは」
元気よく両手で喋りだす幻影におじきする。
「ネフィア。これはその時間を抜き取り記憶する物。相手に伝わらない」
「あうぅ!?」
恥ずかしくて萎縮する。
「ネフィア、トキヤ殿。1ヵ月でしょうがお久しゅう。うち、オペラ座の女優ヨウコじゃ」
友人の狐人。タマモ嬢が写し出される。白いドレスに綺麗なふかふかの金色尻尾の姿だ。
「………エリック。本当にこれでええかの?」
「ええ、大丈夫です。では、姫様一曲」
「わかったのじゃ」
オペラ座の怪人が手を差しのべヨウコが恥ずかしながら掴み。力強く抱き寄せる。音楽が流れ、二人は踊り出す。机の上を劇場………披露宴のように。見つめ合いながら踊る。
1曲が終わるとおじきをした。
「本当に映ってるのかの?」
「安心してください。綺麗に撮れておりますよきっと」
「うむ!! では、先に名前が変わったことを言うのじゃ。我はヨウコ・タマモ・クリストとなり申した。夢をつかんだのじゃ‼」
嬉しそうに尻尾をぐるぐる振り回すヨウコ嬢。非常に愛らしい少女のような喜び方だ。
「では、以上で本題を。私、エリック・クリストは魔王城に向け使節団の派遣に参加します。そして私たちの全財産を使い。衛兵を雇い都市インバスでパレードを行います。私目の凱旋、生まれた都市に帰還で御座います」
少し、キナ臭い。何か仮面の奥に隠している。
「そこで、噂ですがネフィア嬢は『教会』と言う組織にいらしゃる事を聞き。至急用意した所存です」
「エリック。本命」
「あ、ああ。待ってくれ………情況説明でも流さないとその気にならない。解説が欲しい」
「職業病じゃのぉ………」
「おほん!! では、本命。デーモンの拷問王バルボルグを倒し。我が婬魔族尊厳の復活と………私の恨み復讐を行います」
私たちは息を飲む。手紙越しから伝わる殺意がピリッと皮膚に流れる。
「四天王エリザに虐げられ。バルボリグに虐げられた恨みを消すために。私が、ヨウコ嬢と共に歩むために越えなければ行けません。そこで、お願いがあります。私たちにお力をお貸しください」
「ネフィアさま、トキヤさま。彼のトラウマの元を取り除かさしてください。そのお力をお貸しください。お願いします」
二人が深々と頭を下げる。私は彼と見つめ、頷いた。
「教会と目的一緒だね」
「敵の敵は味方じゃないが。戦力が増えたな」
「…………恐ろしい事になるね」
「ああ、戦争の臭いだ」
予想外の所から火花が上がり、火薬に引火しそうなほどの臭くなる。しかもそれは知り合いからだ。
「………大事」
「まったく。ささっと過ぎる予定だったのにな」
「だね。長く居るねこれ」
手紙を見ると。深々と頭を下げていた二人が顔をあげる。
「終わったのじゃ?」
「ええ、これで大丈夫です。あとは………ヨウコ嬢!?」
ヨウコ嬢が服を脱ぎ出す。下着姿のヨウコ嬢。しかし、その下着は隠すべき本来の場所を隠せてない。
「うわぁ!? うわぁ!? トキヤ見ちゃだめ!!」
「ま、まて!! 俺の顔手を当てるな‼ 手紙何処だ!! お、押すなたおれ!!」
ドンッ!!
トキヤが倒れる。
「ヨウコ嬢!? 待ってください。終わったと言いましたが待ってください‼」
「終わったら………抱くと言った。我慢させるでない。うちだって恥ずかしい。でもな、もしお前の復讐が失敗に終わったら。死んでしまう。その前にお主の子を孕む………異種族では難しいじゃろう。でもうちは頑張るんじゃ‼」
「ヨウコ嬢!? あぐぅ!? 私、インキュバスが押されている!?」
「私も妖狐、篭絡は簡単じゃ」
「ダメです写ってます!!」
「はぁ………愛しておるのじゃ」
「!?」
倒れたトキヤは黙る。
「ネフィア………止めよう。他人の行為を見るのはダメだ」
「…………うわぁ、大胆ですね」
「ネフィア!?」
「ほうほう………参考に出来ます」
「ネフィア!!!!」
「あっ、ごめんなさい。手紙止めます」
こっそりあとで学習しようと思う。女性らしさや後学として有用だ。婬魔としては当たり前当たり前。
「これは俺が預かる」
「えっ!? トキヤも学習するの? それとも…………」
男のあれ? 私も男の時はちょっとマセテたから…………まぁ今の方が回数は数倍多い。
「訂正。燃やす」
ボッ!!
「あああ!?………あ~あ」
「ネフィア。こういうのは本人たち恥ずかしいんだ。残していても可哀想だ」
「ちぇ………他の女性がどのようにするか参考にしようと思ったのに」
「しなくてよろしい」
「はーい」
少し残念だったが。確かに恥ずかしいだろうからこれで良かったのだろう。そう思うことにする。
トントン
「ん? また誰か来たね。はーいどうぞ」
ガチャ
「………始めまして魔王さま」
「………?」
次に入ってきた人は黒い褐色の肌で大きな戦斧を持った人だった。安物鎧を見ると衛兵なのが分かる。
「どなたですか?」
「ダークエルフ族長バルバトス」
私は口を押さえて驚き。知らなかった事に深々と頭を下げるのだった。
*
教会経営の酒場どことも変わらない内装が冒険者にとってこれほど安らぐものはない場所だった。そこで、昼食を取る。もちろんダークエルフ族長と共に、彼は黙々とついて来てくれた。
「本当にごめんなさいね。族長でしたら、一度はお会いになってますよね」
「……………いいえ。私は謁見を許されませんでした」
「じゃぁ!? 初対面!? ごめんなさい。ネフィア・ネロリリスです」
「トキヤ・センゲ。まぁ名前変わるかもな。ネロリリスに」
「バルバトス・ダークエルフだ。魔王」
彼は私を厳しい目で睨み付ける。印象は良くないのだろうか。
「にしても。刺客や何処から襲われてもおかしくない魔王が呑気にご飯とはな」
皮肉なのか鼻で笑われる。私は首を傾げた。
「ご飯食べないとひもじいですよ?」
「いや。ご飯食べる食べない関係無くてなネフィア。『緊張感ないな』て言ってるんだぞ。ズレてるなネフィア」
「緊張感ないですか………それは違うと思いますよ?」
「なに? 魔王どう言うことだ?」
「刺客でも誰でも襲ってこればいい。覚悟があるなら、それに答えるだけですから」
「自信があるのか……魔王」
「ええ、そうですね。ご飯食べながらあなたの目的も聞きましょう。わざわざお越しになった理由も。最近、私たちにお願いが多いんですよねぇ~」
「冒険者だからな。一応。ネフィアも俺も」
「………………」
私は、彼の目線を逸らさずに見つめ返す。真っ直ぐ強い眼差しは「男らしい」と思う。
*
自分は切れ長の瞳に吸い込まれそうになり、慌てて目線を逸らす。目的、目的はいたって簡単だ。エルフ族長が会えば分かると言った彼女に会いに来たのだ。
「わかりました。では、お聞きしたい。我らは長くエルフ族から迫害を受けてきました。それを水に長し共に歩もうと言う者が居るんです。まだ、少し整理がつきません」
答えは保留している。整理がつかない。今までを忘れることは無理そうだ。故に問う。魔王がどういう答えを出すかを。
「そう、で? それが何か?」
「!?」
全く答えがない。椅子から転げそうになる。
「ごめんなさい。他人行儀なんですけど………私には関係いないかなって」
「ネフィア………あのな。ぶっきらぼう過ぎるだろ」
ぺしっ
トキヤと言う冒険者に叩かれる魔王。緩すぎる。
「あうぅ~だって、こういうのは多分、拗れて拗れて面倒ですもん」
「面倒だから悩んで聞きに来てるんだ。もっと真面目に答えをな………」
「トキヤなら?」
「天秤にかける。益か損かをな、感情は無しだ」
「そっか………私なら。いいえ。決めるのはやはり族長の地位を持つ者が決めるべきですね。私は当事者じゃないから許せるけど………当事者だったら許せないかも知れません。家族殺されてるでしょうし」
「………ありがたき助言ありがとうございます」
「固くなくていいよ。魔王は辞めるから」
「そう、聞いてましたね。アイツから」
結局、決めるのは自分自信か。なら、決めてもらおう。元から考えるのは不得意だ。
「魔王様。族長としてあなたに一騎討ちを申し込む。真剣での」
大人げない、女をいたぶる趣味はない。だが彼は魔王であり。女の姿を取っているだけと感じている。
「ええ……」
驚いた顔をする魔王。しかし、にこやかに笑みを向けた。
「いいでしょう。ですが真剣でいいのでしょうか?」
「寸止めをします。トキヤ殿は優秀な戦士だ仲介者として見てもらえるでしょう」
「わかりました。お願いねトキヤ」
「ネフィア。わかった」
「では、ご飯を食べて支度しましょ。壁の外へお出かけしなくてはなりませんから」
自分は目の前の魔王倒せる自信がある。自信があるのだ。最初から手を取り合うことなんて出来ないと思っている。俺がよくても仲間が許さないだろう。
*
壁の外へ自分達は赴く。魔物は居らず、萎びた草や木々が生い茂っている。地面にある薄緑の葉などを見ると故郷の不浄地。ダークエルフの里を思い出した。
ある程度の広さのところへ行くと骸骨が転がっている。死体を遺棄し白骨化したのだろう。それを踏みながら身長より長い戦斧を構えた。
槍の先に斧と穂先がついた武器でありリーチと破壊力があり。非常に好んで使っている。叩けば斧。突けば槍であり。魔物を断ち殺すにも楽だ。
「ここでどうでしょうか?」
「いいですね。ちょっとお待ちをバルバトスさん」
魔王が骨を拾い上げ、何かを口すさんでいる。
「………ここの骨は捕らえられてる訳じゃない。成仏してるね」
「ああ、ネフィアの言う通り。見えないからいないな」
「よし、バルバトスさん。いいですよ準備が出来ました」
「何が見えるのだろうか?」と疑問に思う。だが、今は関係ないと首を振った。目の前の魔王を叩き潰す。昔から、ずっと目上から見下してきた。衛兵を馬鹿にしてきた連中のトップ。逆恨みだろうが存分に行かしてもらうつもりだ。
「ネフィア、バルバトス。真剣だから、死んでも文句は言うなよ。制止させるが絶対じゃない」
「最初から!! そのつもりだぁ!!」
俺は勢いよく、振りかぶり。魔王の体を真っ二つにするつもりで横に振った。接近での戦いを重視し魔法を唱えさせる暇を作らせない。速攻魔法で倒される程に俺はやわでもない。
魔王は見るからに魔法職だ。例え騎士の鎧と剣を持ったとしても。匂いがする。
トンッ
「!?」
勢いよく横に振った瞬間。魔王がその場から自分に向かって飛び。頭上を越え背後に立たれる。
しなやかな跳躍力と瞬発力に驚き。慌てて背後を向き直った。余裕のあらわえれか剣を抜かない。手を添えているだけ。
「………何故抜かない」
怪しい、怪しいが。本能が告げる。あれはそういう剣技なのだと。無闇に近付くとやばい物だ。剣先が伸びる幻覚が見えた。
「………変わった剣技ですね」
「わかるんですね!! さすが族長!!」
ビュッ!!
距離を取っていた魔王が駆け込んでくる。予想通りの速さ。一度見ている速さに合わせるよう。戦斧を突き刺す。
しかし、突き刺しが触れる瞬間。魔王が横体を剃らせ、槍の竿の部分を左脇に挟み。固定された。刃のない柄を持たれる。
そして、その状態は目の前に綺麗な顔が見えるほど近くに寄り。慌てて引きはなそうと竿を引っ張る。
「!?」
竿動かない。
「遅い!! 掴まえた!!」
ボゴッ!!
もう一度、引っ張る瞬間。金属が顔面に触れ鈍痛が脳を刺激する。武器じゃない。手甲で殴られた。
「ぐっ!!」
「はぁああ!!」
魔王に腰を落とし、力強く踏み込みながら手甲を叩きつけられる。顔面を防御すれば腹部に。腹部を防御すれば顔面に交互に打ち込まれ、拳を見て防御しても、防御の上から叩きつけられ痛みを伴い。手が痺れる。
「く、くそ!! 反撃しなくては!!」
防御した左手で魔王の顔面を殴り付ける。手応えは感じている。力いっぱい込めた。しかし、魔王は頬を殴られたにも関わらず真っ直ぐ向きなおって、そして目の前から消える。
「!?」
驚いた瞬間に顎から強烈な鈍痛が襲い。白金の手甲が目の前を通っていく。振り抜かれた拳を高く上げ脇に戦斧を掴んでいる魔王が次に見え。地面に仰向けに俺が倒れたのが分かった。俺は戦斧を手放してしまったのだ。あまりの連撃に耐えかねて。
「あがっ!!」
「…………はぁあああ!!」
魔王が戦斧を脇から外し、1回転後、構え直し振り上げる。そして、俺に向かって降り下ろす。
ドシュァ!!!
降り下ろしたさきは倒れている自分の横。地面に深々と刺さり固定され。魔王はそれを放し、手甲をガンガンッと叩く。
「…………ふぅ」
魔王が殴られた頬を赤かく染め笑顔で手を差し伸べる。自分の手を掴み、体を上げるつもりだ。しかし……体は動かない。痺れて動けない。
「つ、つよい」
気付けば自分は倒れ、武器を奪われている。軽装だったためとはいえ、拳の一撃一撃が重く鋭かった。そう、女性の力強さではない。男らしい強さで驚く。結局、女扱いし油断して負けていた。
「………大丈夫?」
「…………」
あまりの呆気なさに呆けている自分に魔王は声をかけてくださる。
「自分で立てます…………情けをかけないでください……んぐ」
「私が勝ったのですから文句は言わない。強がらずにお願いします。はい、手を拝借」
「…………」
差し伸べる手に痺れが取れた手で渋々触れる。引っ張ってもらい立ち上がる。すると、何故か痛みが引いている事に気が付いた。体の中を魔力が走り抜け完全に鈍痛と痺れがなくなった。
「少し楽になりましたか?」
「これは一体!?」
「治癒魔法です。具体的に奇跡と言いますがどっちでもいいですね。人間の模倣です」
「魔王が回復魔法を!?」
それは神聖な者にしか出来ないはず。
「よく怪我をしそうな人が近くにいるから覚えたんですけど板についてきちゃって………あんまり驚かれるとショックです」
「す、すいません」
つい、頭を下げてしまった。独特な雰囲気を持つ彼女になんとも言えなくなる。
「では、私が勝ったのですし。一応まだ魔王ですので一つお願いと感謝を」
「感謝?」
「ええ。魔王城の住人を護る衛兵として感謝とこれからも魔王城の衛兵長としてお守りください。ダークエルフの騎士よ。お願いしますね」
それは、強がらず。彼女なりの頼みなのだろう。
「魔王をお辞めになると言ってましたね」
「はい。だからお願いですね」
自分が殺すつもりでも生かされた。理由はもちろん。
「最初から、殺す気はなかったのですね」
「あなたには魔王城の民を護る義務がある。長く衛兵としていたのですから。あなたにしか出来ないでしょう。真剣なんて言うからちょっとね。アホかと思いました」
「…………完敗です」
武芸、剣術、魔術、そして器。全てにおいて敵わない。これが上位者だ。
「あなたが上ならさぞよかったでしょうね」
自然と跪き。頭を垂れ命を聞く。
「ダークエルフ族長。魔王の………」
エルフ族長は姫様と言っていたな。気持ちがわかったよ。
「姫様の命を受け取りました。衛兵として任務を全うします」
「よろしくお願いしますね~」
会えば分かると言ったが、会えば分かった。彼女は魔王だと。実力者だ。
*
「…………疲れた」
私は、テーブルに屈伏してだらける。緊張感から解放された。
「お疲れ。肩揉んでやろう。いい殴りだった」
「わーい、至福ぅ~」
肩に彼の逞しい手を感じながら溜め息を吐く。まぁ殴るのは最終手段で。実際は魔法が打ち出せない、剣では勝てない気がしたためだ。
「みーんな。会いに来るのは嬉しいけど。疲れる。演じてる気がして緊張する」
「まぁ上に立つ者はそういう物だ」
「魔王辞めるまで我慢だね」
めっちゃ皆が魔王だ魔王だ言うから魔王だったのを思い出せている。まぁ~適当だが。
「しっかりそれまで演じればいいさ」
「ダークエルフ族長はどうするのだろう?」
「急いで帰ったからな………どうするんだろうな」
「いい方に向けばいいね」
「そうだな。でも、本当に強くなったなネフィア」
「へへ、ありがとう‼ 強くなくちゃあなたの隣にいれないもんね」
「そうかぁ?」
「だから、ここに真面目になって勝ったご褒美頂戴」
口に指を差す。
「短くていいか?」
「長くお願いします」
私は立ち上がり背伸びをして首に両手を絡めて深く味わうのだった。ご褒美を。
§
数日後、パレードの一団が登場し、都市中で話題になる。大きすぎる馬車の一つが門を潜れず。置いてけぼりらしい。大きい箱形のお立ち台らしい物が門の外で待機している。
そして、それは話題を呼び興味本意で見に行く野次馬がその大きさに度肝を抜かれるのも話題となる。8本の足で歩く得たいの知れない箱。箱の上には簡素な舞台があり。わざわざ用意したのが分かる。壁の上から眺めながら一言。トキヤに言う。
「アホでしょ」
「避けて通っても魔王城の門は潜れねぇよなぁあれ。アホだな」
二人でバカにした。
「でも、凄い。無駄に大きい舞台」
「移動舞台の発想はいいが大きすぎだろ。てか、アーティファクト無駄に作てるから………勿体ないな」
またまた、二人でボロクソに貶す。
「二人は見えないね?」
「パレードの中だろ」
後方で歓声が聞こえ振り向く。ドレイクに引っ張られた馬車の上に幾人もの芸達者が踊るのが見える。女優や男優、オペラ座にいる者達が全員参加してるようだ。
芸は火を吐いたり、水を出し虹を作ったりと魔法使いもいて賑わっている。ゴブリンの衛兵も楽器を鳴らし、ラッパを吹き鳴らす。
「いた」
私は指を差した。豪華なきらびやかな紅い朱の馬車に風変わりなドレスを着込んだ九本の尻尾を振る女優が見えたのだ。
足の開いた場所から覗かせる綺麗な形の素足が眩い。その姿は異国での衣装だと一目でわかり、色気を放っている。青い狐火が彼女の周りを飛び回り、彩り。観客が触れ、驚いている。熱くないようだ。
「エリックがいないね?」
「よく、見ろ」
「んん?」
「あそこ」
トキヤが指を差した先に仮面を被った男が混じっていた。黒いマントに仮面姿は変わらず。笑いながらパレードの行進中の馬車を飛び回り、大きな大きな声で一人一人観客に紹介をしながら朱の馬車の彼女の元へ行き。隣に立った。
そして、背後を振り向き壁の上へ立っている私に射ぬくような視線を寄越す。目が合う。
「ん……」
少し、ゾクッと背筋が冷え。その冷たい目に背筋を震わせた。
「…………トキヤ」
「どうした? 手を振ってるぞ?」
「う、うん」
私は手を振り返し、さっきの感覚はきっと気のせいだと思い込む。 あまりにも冷えた心だった。
「……………」
「どうした? こういう派手なのは好きじゃないのか?」
「う、うん」
「会いに行こうぜ。待ち合わせ場所は教会だ」
「……………」
私は後ろを振り向く。四角い箱の歩行劇場を見つめ……何かが起きることを予見させる。
「ネフィア?」
「今、行く」
私たちは一足先に教会へ行くのだった。
*
教会に戻ってきた。教会内はごった返していた。色んな人物が寝泊まりするために解放された部屋を巡り人がうようよと押し寄せる。
人間も多く。パレードの観客たちや魔王城に呼ばれた者達が泊まりに来ているのが伺えた。
そして、私は教会のベンチに座り女神像を眺める。愛の女神のイメージ通りだった。その胸は誰より豊満である。目に毒である。
「トキヤ。あの大きい二つどう思う? 私はもうちょっと小ぶりでもいいと思うの」
「ネフィア。男友達とフェチを語る風に話を振らないでくれ。どうせ、自分の胸が一番って思ってるんだろ」
「それ、トキヤが思ってる事だよね?」
「いやいや」
「否定しても、この姿はねぇ………トキヤの好みですからねぇ~」
「まぁ、大きいのは好きだし。貴賤は無い」
「だよねぇ。私も私も、千差万別だよ。実は私は胸よりお尻のラインが好き」
「…………いつか女を襲うんじゃないよな?」
「襲わないよ!!」
他愛のない話を二人でしながら待つ。すると、後方から聞き覚えのある話し声が聞こえ誰がか来たのがわかった。
仲良く会話をする二人。その二人が私たちの目の前で立ちお辞儀をする。パレードもとい、出し物を止めて抜けてきたのだろう。
「お久し振りですね、お嬢さん。お隣、良いでしょうか?」
「お久し振り。ええ、いいですよ」
「お久し振りなのじゃ。お二方」
「久し振りかぁ? この前じゃないか?」
「トキヤ、細かいことは気にしない」
私の隣に仮面の男が座る。そして大袈裟に手を広げ、私の手を掴み感嘆をのべる。
「あの後から。あなたのことを一時も忘れることはありませんでした。美しい女神のようなあなた様にまた出逢える奇跡に感謝を」
これもなんとも一ヶ月振りな気分だ。この仮面の男はこうやってナンパをする。まぁ今回はあしらわずに応答しよう。
「ええ、自分も悪夢を見せた側で心残りでしたので。元気になって良かったです」
「おお!! なんと慈悲深いお言葉を………」
「おっほん!! いつまで繋いでるのじゃ!!」
ヨウコの声に仮面の男が慌てて手を放す。
「これは失敬」
「はぁ、我と言うものがありながら………お前と言う奴は………」
「美しい女性に声をかけたくなるのは性であります」
「そうじゃないのじゃ………ここへ来た理由じゃろ先ず」
「そうでした、そうでした。あまりの綺麗さに我を忘れて………テテテテ」
隣に座っているヨウコ嬢に睨まれながらつねられる。
「ヨウコ嬢、わかりました。では、早急にお話しましょう。手紙は見られましたか?」
「ああ、しっかりな。消す炭にもした」
「徹底した情報管理。ありがとうございます」
「いや、まぁ………うん」
歯切れの悪い言い方をする。さすが我が夫様だ。替わりに私が話を始める。
「行為に及んでいましたので消す炭にしました」
「ああ、やはり入ってましたか…………お見苦しい所申し訳ないです。確認しようにも封が効いて無理でしたので」
「行為? 行為じゃと!?」
顔が赤くなるヨウコ嬢。
「ネフィア……お前は余計なことを!!」
「うきゅううううううう!?」
トキヤにほっぺをつねられる。
「ごめんしゃいいいい!!」
「はぁ……まったく」
トキヤがあきれながら手を離し、私は頬を撫でた。トキヤが何もなかったかのように話しだす。
「まぁ、内容は理解した。デーモンの王を倒せだろ」
「いいえ。デーモンの王を倒すのは私です。依頼と言うのは支援です。私が彼の前に立てる支援をお願いします」
「一騎討ちをするのか?」
「ええ、一騎討ちをし……奴を越える事で………」
エリックが仮面を外し、ひたいの鎖の印に触れる。
「私は身心共に自由になれる」
冷たい声で殺意を含ませて言い放った。
「わかった。教会は俺に倒せと指示があるが?」
「それは、私も聞いておりますので………今から執務室へ向かいませんか? トキヤ殿」
「いいだろう。ネフィア、俺はエリックさんと共にセレファさんに会いに行ってくる。呼ばれてたしな」
「わかりました。女は黙って男の仕事の邪魔はしないのがいい奥さんの秘訣です」
「いい嫁貰ったよ本当に」
「…………………むきゅ」
嬉しいけど。人前だと余計に恥ずかしい。ああ、私ってこんな恥ずかしいことしてたんだと我に帰る。でも、嬉しい。顔を押さえ、自分が赤くなっているのがわかった。
「では、参りましょう。勇者様」
「だからぁ勇者は辞めたんだって」
二人が席を立ち教会を後にする。残された私たちはどうするか話し合い。ここで待つのではなく酒場で紅茶でもと言うことになった。
*
酒場の個室を借り、紅茶をインフェさんが注ぐ。彼女も途中、執務室から出るように言われた所を私たちは拾ったのだ。ヨウコ嬢も最初は幽霊に驚いていたがすぐに慣れ自己紹介も来る途中に済ませてある。
「どうぞ、お二人さん」
「ありがとう。いただくのじゃ」
「ありがとうね、インフェさん」
「メイドの務めですから」
「………ん」
ちょっと私はソワソワする。落ち着かない。理由はもちろん久し振りのお茶会だからだ。
何故緊張するかを悩み考えた。1対1なら普通。男性と一緒でも緊張しないのに女性だけになると少しだけ固くなってしまう。
昔にマクシミリアンのお屋敷で使用人をしていた時はまぁ嫌がったり、適当に流してたが………今はそう。違う。緊張してるが何故か嬉しいのだ。
「ネフィア。よそよそしいのじゃ」
「ええっと、その………複数人との女子会って女性になってから初めてで。ええっと嬉しいなぁって。私、しっかり女性が出来てるって嬉しいなぁ~って」
「姫様、可愛いですね」
「インフェさんもかわいいですよ」
「えっと………私の可愛さは幼子のそれみたいなので………複雑です」
「死んだとき幼かったから仕方ないよ」
「………いえ、ちょっと大きくなること出来るんですけど。悲しいことに短時間なんです」
「そうなんだ………ああ、本当に女子会してるぅ。昔なら出来なかった会話も出来そう。貶したり、愚痴ったり、馬鹿にしたり、侮辱したり、睨み合ったり」
「ネ、ネフィア。女子会をなんだと思ってるのじゃ? あまりに酷いもんじゃぞ?」
「男子禁制、女性の醜いところの出し合い。男がいないから着飾ることなく罵詈雑言の場」
「ま、まちがっておらんがの!! それは、ちょっと違うのじゃ‼」
「では、例えば何が正しいの?」
「ええっと。そうじゃの。こう、なりそめとか。こういうとこ好きとか………じゃぁないかの?」
「じゃぁ!! ちょうどヨウコ嬢のなりそめ聞けばいいね!!」
「あっ!! 私も聞きたいです‼ ヨウコお姉さま!!」
「あふぅ!?」
はめた訳じゃないが。言い出しっぺの法則。ニヤリと私はする。ヨウコは「はぁ~」とため息を吐いた。
「さぁさぁ。夜の営みを激しいようですし、そこまで至った経緯を教えてね?」
「よ、夜の営み………ごくん」
「……………お主ら。はめよったな」
「ふふ、予行演習と実地いっぱいしてきましたから。女になる前に」
一応、私の女になる区切りはトキヤを愛してるではなく。本当の気持ちに気づいた瞬間を女になったとした。魔王として勇者に押し倒された事は大人の女になったと考えている。
「はぁ、仕方ないのじゃ。まぁそちは知ってるじゃろ?」
「拾われてからずっとでしょう?」
同じように私も拾われた。
「そうじゃが、あの後。彼が放心してるなか。ずっと声をかけてたんじゃ。ずーと、想いを淡々と。あなたは仮面を外そうとオペラ座の怪人であり、私の想い人とな。言い聞かせ、そしたら。彼が立ち上がり…………自分の居場所は何処だっと聞いてきたのじゃ」
「それで?」
「大丈夫、もうあなたは居場所があるじゃない。『私だって居場所になれる』てね」
「うわぁ~大胆です」
「その言い方…………何処かで?」
自分が言ったような言わなかったような気がする。
「彼ね、居場所が欲しかったんだと思う。私と一緒で。でも彼ね……気付いてなかったの。例え元奴隷だったとしてももう。居場所があることを…………元気になったわ。私に認められた事を知ってね」
「…………不器用な人」
「そう、器用なようで。小心者であり不器用な人。名前を一緒にした理由は非公開だけど。このパレード…………復讐が終わったら引退公演をするつもり。劇名はまだ無い」
「いいなぁ~私も見たいです」
「ふふ、招待するわ。そうそう、ネフィアはもう帰ってこないのかの?」
「帰ってこないとは? 女優ですか?」
「そう、器用な男優ぽい女優をこなせるのは珍しいし。花があるのじゃし、ファンも多いじゃろ?」
「ああ、ごめんなさい。私のお熱は夫しか向きませんから」
「あら? 熱い」
「姫様お熱い」
「ええ、熱いですよ。ヨウコ嬢もでしょ?」
「もちろんなのじゃ」
それからも他愛のない話をし、罵声を吐きながらも楽しい時間を過ごしたのだった。
*
彼が帰ってきた時間は遅かった。すっかり夜中になった寝室、鎧を置いて身軽な状態で酒場から頂いたお酒をグラスに注ぐ。
注いだグラスを親愛なる夫様に手渡した。酒場は大混雑、教会の中もお酒の運送で大混雑であり、在庫が無くなる勢いらしい。儲かってそう。
「ああ、ありがとう」
「長かったですね」
「他愛のない世間話から、色々と調整をな」
「決まったことは?」
「エリックが一騎打ちをするのを俺は支援し、教会は静観するだ。教会はまだ、やる気は無いらしいしパレードの参加者や観客の受け入れだけでいっぱいいっぱいだ」
「夜出歩かれてもね~」
「ああ、まぁでも…………パレードに紛れて沢山の兵士が紛れ込めてるな」
「兵士って皆、オペラハウスの?」
「聞いたらお金で雇った傭兵だけ。衛兵も雇った瞬間だけは傭兵だ」
「そうなんだ。いつ頃…………やる気なの?」
「明後日の夜。それまで何やら準備があるってさ。ネフィア。お前は南側の壁の上に立ってくれ。一応、ヨウコ嬢がそこで立ってるんだってさ。何するか知らないけどな。護衛してほしいらしい」
「私もデーモンの根城に行かなくていいの?」
「男どもで行く。まぁ逐一情報を風で伝えるさ。ヨウコ嬢も不安だろうしな」
「………やさしい」
確かに私が彼女の近くへ行けば風を拾うことで彼女に教える事が出来る。一緒に行けないがせめて壁の上で事の成り行きを待つつもりなのだろう。ヨウコ嬢は。
「わかった。護衛する」
「先にお金は貰ったから全力で頼む」
「まかせんしゃい!!」
「はは!! 昔より本当に頼れるようになって嬉しい限りだ」
「へへへ………」
少し、頭をさげる。恥ずかしさと嬉しさで少し悶えた。この感触がたまらないほど愛おしい。
「………ちょろ」
トンっ、さわっ
「!?」
頭に手が触れ、撫でられる感触がする。
「本当に頑張ったな」
「あうぅ………撫でるには反則」
「可愛いのを愛でるのはいけないか?」
「いけない訳じゃないけど………その、何も出来なくなるの」
「ほら、そういうにが可愛いだよ。全く………ずっとかわいいままだな」
「………トキヤ。甘い」
「甘いのは嫌いか?」
頭から頬に、そしてあごに触れ顔を向けさせる。
「大好物です。んぅ」
触れる唇の甘さは大好物。頭が蕩けるほどに。
§
モゾッ
「…………」
「ん…………あら?」
物音がして、体を起こした私。教会の一室を借りている簡素な部屋にテーブルがある。その上にお酒がグラスに注がれており、それをオペラ座の怪人ことエリックが眺めていた。
「ああ、ヨウコ嬢。起こしてしまいましたか?」
「まだ寝てなかったのじゃな」
「ええ」
私はベットから立ち上がり彼の反対の椅子へ。そして、あくびをひとつ。
「どうされました?」
「それはこっちの台詞じゃ。………眠れんのじゃろ?」
「…………いいえ」
「嘘をいっている顔じゃな」
「……………」
空のグラスに葡萄酒を注ぐ。赤い血のような色のお酒だ。それを一口含み芳醇な香りを楽しむ。
「私はお前のその………ツレじゃ。長い間も一緒だった。わかるのじゃぞ」
「はぁ。さすがタマモ嬢ですね」
「話してみ」
「……………怖いのですよ。ここで夜、寝るのが」
「ふむ」
「寝れば恐怖の夢を見せられてしまう気がして」
「でっ、起きてると」
「ええ、ええ………見てください」
彼が手を見せる。震えて揺れる手を見せる。
「情けないでしょう。震えてるんですよ。あの………オペラ座の怪人がね」
「そうじゃの、情けない。じゃがの………ありがとう」
「はい?」
「我にさ、お主の弱さを見せてくれて。大丈夫じゃ………明けるまで寂しいじゃろ。一緒に起きていよう」
「ヨウコ嬢…………はは。ありがとうございます」
「他人行儀じゃの。我はお前の妻ぞ………寄り添うのが務めじゃ」
「はははは。本当にありがとう」
エリックが笑いながら手を握りしめる。震えが止まり、引っ込める。
「まぁ眠たくなれば寝てくださいね。お体に障ります」
「最後まで付き合うのじゃ」
「そうですか、では。飲み比べましょう」
私一気に飲み干し。笑顔で頷いた。
*
睡魔に襲われたヨウコ嬢がテーブルにうずくまる。飲み比べはすぐに終わらせた。
「すぅ……すぅ……」
自分は眠ってしまった彼女。眠らせた彼女を抱き止め。ベットへ移動させる。金色の尻尾が少し邪魔くさい。
「…………本当にお強い姫様だ」
一生懸命。自分のために起きようと頑張っていた。しかし、自分は力を使い眠らせる。健やかに眠る彼女は本当に綺麗だ。
「本当にありがとうございます。ヨウコ」
彼女はずっと自分を好いてくれる。どんなことがあっても。どれだけ男らしくなくても。それがどれだけ恵まれているかを最近になって実感した。彼女の頭を撫でながら。
「………夜は長く、怖いものでしたが」
自分は彼女の横に移動する。そして、尻尾に触れる。撫でるように繋ぎとめるように。
「今夜は眠れそうです。起きれば貴女はいるでしょうし」
目を閉じる。眠りにつこうとした。
ぎゅ
「エリック………むに」
彼女が振り返り、自分を抱き締める。寝ぼけているだろう彼女が力を強く抱き締める。
「………………」
彼女の優しさ、包容力に………自分は甘えるのだった。今夜だけは穏やかにいられる。自分を見失う事がなくてすむだろうと。
*
夜中、自分は懐中時計を見たあと。婬魔の死体を繋ぎ会わせた縫合体を作り終えたことを確認し自分の主人の間の窓を明けに城を歩く。
主人の間は死んだ人間、婬魔が鎖で繋がれ防腐剤を入れて保管され、吊され、死んでも自由になることはない攻め苦を味あわせている。城の構造は手前、寮。奥側に拷問所、実験室になっており。私が管轄し、機嫌良く見回っている。作品集を眺めるために。
バサッ
大きな巨体に蝙蝠羽根のデーモンが降りてきた。キバや角が恐ろしいほど黒く。深淵を纏った体から障気が漂う。
「おかえりなさいませ。ヴァルボルグ様。お食事は?」
この主人のデーモンは恐怖を糧にしている。死肉喰いや、生きたまま食べることもする。
「何人かワシを殺そうとしているやつに悪夢を植え付けた。美味だ」
「そうですか。あなた様を倒そうとね………魔王ですか?」
「協会っと言う胸くそ悪い連中、吸血鬼の集まり。狼男ら。あとは新しい顔。今日の昼の奴等だ。夢で見ると………オペラ座の怪人」
「誰でしょうか?」
自分は眉を歪ませる。
「知らん、やつの夢を探したが見えなかった。二日後にあやつは攻めてくる。くくく、いい餌だ」
「ええ、兵の備蓄はたんまりありますよ。もて余しているところです」
「くくく………誰に歯向かうか覚えさせてやろう。深淵に飲み込んでやる」
「夜は私たちの領域。とんだ自信を持ったもの達ですね」
「魔王いるからだろう。勇者も………どうだ? 良くないか?」
「いい縫合体と兵士になりそうです」
「ネクロ。遊びの時間だ」
「はい。遊びの時間ですね」
自分は主人が喜ぶような惨劇を用意しなくてはいけないようだ。
「あいつはどうなった?」
「あいつとは?」
「エリザ、わかっているだろうが」
「ええ、頭は無かったので変わりの頭を用意しました。彼女は殺された事は覚えておらず。いつものように拷問室で遊び。執務室で男と遊んでます」
「そうか、そうか」
「私の最高傑作ですから」
四天王エリザは知らない。すでに自分が傀儡であることを。オリジナルは彼に殺され研究室で冷凍保存されている。彼とエリザの子エリックは何人かのエリザを犠牲に彼と逢い引きさせた結果産まれた実験体。
魔王になれる恵まれた体、故に魔王城へ向かわせたのだ。何人ものエリザは彼を溺愛する理由はわからないが都合が良かった。
「エリックは王になった暁には我らがデーモンの世界になりますでしょう」
「そうか、俺は興味がない。征服より血の狂乱、恐怖だ」
「ええ、それもいいですが。もっともっと恐怖を出したいでしょう?」
「ふん、お前が遊びたいだけだろ………俺と同じように」
「ええ、遊びたいだけですね。くくく」
上手く、事が進みすぎて笑えてくる。そう、上手く行きすぎている。
*
早朝、目が覚め。あわてて立ち上がる。頭痛で頭を押さえながら、隣の彼を起こし夜中の事を話す。攻撃を受けたのだ。悪夢を見せる攻撃を。
「トキヤ!! 起きて!!」
「ん、んん」
「敵!!」
「ん!?」
トキヤが勢いよく上体を起こす。
「な、なに!?」
「敵だよ‼ トキヤ!!」
「敵だと!? 何処に!!」
トキヤが魔法を唱え出す。あわてて口を塞いだ。
「あっ、いや。夜中でね、夢を探られたの」
「………どう言うことだ?」
「デーモンロードかな? なんか、夢を渡り……悪夢を植え付け覗きに来てたんだ。でも、全部かわしたけどね。ちょっと頭がいたい」
「…………デーモン」
「トキヤが戦ってきた野良デーモンと違う。こーんな曲がった角でちょっと血色が違うデーモン。魔物じゃない知恵があるデーモン」
「ちょっと細かな話を聞いていいか?」
トキヤがベットから立ち上がり背伸びをする。
「夢と言ったな。婬魔と同じ夢を操るのか?」
「そう、夢魔より強力。隠すので精一杯」
「…………もし、夢に入り込まれたら? お前ならどうする?」
「夢の中でトラウマを埋め込む。自分に刃を向けさせるのを渋らせられるかも。私には出来ないけど………それができるような感じだった」
「それって!? 不味い!!」
トキヤがなにか思いついたのか叫ぶ。
「?」
「すぐに着替えろ‼ 教会へ行く!!」
「???」
「ネフィア、気付けよ。自分で勘づいてるんだ。相手が誰でもいいって訳じゃない。敵対してるなら」
「!?」
そうか、エリック達が危ない。
「相手が大人しくしてる筈もないか‼」
「ごめん!! もっと早く気付けば!!」
私は、急いで鎧を着る。相手が相手だったのだ。
*
教会へ到着し、執務室へ案内され惨状を聞く。教会の一部の人と傭兵が悪夢を見たあと。部屋から出れなくなったらしい。夢は部屋に出て恐ろしい事に遭遇する夢だったとの事。
中には殺してきた奴が這いつくばってくる夢。壁が肉塊の夢。白黒い幽霊が捕まって迫る夢。そしてこれを耐えたものは拷問している夢に行き着き。最後は自分が拷問される夢に行き着く。本当に狂乱の夢だった。
「してやられましたね。私も寝ていたのですがね」
「なんともないがの?」
「ヨウコ嬢はエリックさんに護ってもらえたんです。トキヤもそう。夢魔の隣だと大丈夫なんですよきっと…………吸血鬼は元々耐性があるのかも」
「吸血鬼で良かったと思う日が来るとは………」
「しかし、なぜ夢魔なら大丈夫なのじゃ?」
「私たちは元々、夢を見る操る事が出来ます。そして、婬夢が得意なので………」
「それって姫様………その………」
「おぬし、ちょっと………その………別にうちは婬夢みてないんじゃが」
女性陣が顔を伏せ私も赤くなってしまう。
「ある意味、いい夢だな。悪夢じゃないもんな」
「トキヤ殿は姫様相手に婬夢ですか? 業が深いですね。汚してしまうとは」
「セレファ殿、男という生き物は皆。そういうものです。吸血鬼では理解が難しいでしょうが」
「男性陣黙るのじゃ。今は緊急事態じゃぞ!!」
「そ、そう!! そうだよ!!」
淡々と「男とは」と語りだすのを遮る。
「ネフィア、婬魔の癖に恥ずかしがるから………」
「違うもん!! 別に婬夢見せて守った訳じゃないもん!! 夢でわざわざ見る必要ないもん!!」
「「「あっ」」」
「……………?」
「見る事ないよなぁ………今更」
「ひぃ、ひゃあああああああああああああ!!!」
私は耳を押さえ、しゃがみこむ。言ってしまった言ってしまった。言ってしまった。人の目の前で「私たちそういうことしてます」て言ってしまった。違うのに。
「まぁ、なんだ。外傷がないのがまだ救いだ。カウンセイリングしっかりな。あと、明日の夜まで持ちそうにないかも」
「そうですねトキヤ殿。兵の損耗は避けるべき」
「おおう。悲しいかな、グランギョニルの劇場を見ている者たちなのに」
「残酷劇は所詮、『劇』だ」
「そうでしょうかね~私はそれもリアルと思いますが?」
ドンドンドン!!
「ん? 誰でしょうか。どうぞ」
「失礼します!! 大変です!! 教祖さま!!」
慌てた教会の衛兵が執務室へ飛び込んでくる。息が粗い。焦りながらも戸を叩く冷静さはなんだったのだろうか。
「なんでしょうか?」
「襲撃です!!」
一同に戦慄が走る。状況が思った以上に悪くなっていく。
「場所は!!」
「表通りにデーモン!! あと………大きなゾンビが!!」
「今行きます!! 応戦は!!」
「応戦はないです!! 守りを固めていますが表通りは阿鼻叫喚です……」
「わかりました。行きます。皆さんすいませんが会議はお開きです。行きますよインフェ」
「はい、ご主人様」
勢いよく執務室から衛兵と共に走り出す吸血鬼。残された私たちは私たちで考える。
「うちらはどうするのじゃ?」
「ヨウコ嬢、私たちは教会を護りましょう。全力で寝城を護らなければ。指示を出しにいきましょう」
彼等は彼等で決める。
「ネフィア、どう思う」
「…………戦力差は大きいよね」
「ああ、大きいよな。兵が減る。畳み掛ける。兵が減る。悪循環だな」
「待つより、攻める。トキヤ……行こう。犠牲者出てる。そして、賽は投げられた」
まっすぐ……彼を見つめる。
「ああ、全くそうだな。今日から激しい……行くぞ!!」
私たちも現場へ直行するのだった。
*
建物、尖塔を登り。上空から状況を私たちは確認する。大きな黒い物体がゆっくりと屋根を伝って動くのが見えた。普通の建物ぐらいの大きさ。それを見た瞬間に吐き気がする。
「うっ!?」
「ネフィア、目線そらしてもいいぞ」
「だ、大丈夫。凄いねあれ」
「人造魔物っぽいな」
「ううん。魔物じゃないアーティファクト」
「………わかるのか?」
「うん。幽霊がまとわりついてる」
「見えるのかお前も」
「うん。拷問道具なら知ってる」
黒い物体は色んな物が寄せ集まり。四肢を作っている。胴体は錆びた丸い檻にぎっしりミイラが入っていた。四肢は棘や鞭。椅子、机などが黒い球体で繋ぎ合わされている。その大きな巨体からも色んな死体が吊られていた。まるで動く拷問道具。人の木だ。
「拷問道具に憑依してる」
「ああ、全くおぞましいな………魂を剣で切るか」
「トキヤ……援護するよ。時間を稼いで呼ぶから」
「呼ぶ?」
「魔法はイメージ。十人十色だよ。時間がかかるの」
「よし、なら前衛は俺。後衛はお前。残念ながら有機物に俺の魔法は通りが悪い。任せた」
「うん」
トキヤが勢いよく飛び。空中で描かれた魔方陣を蹴って屋根を渡り、化け物の前に向かう。場所は低い屋根が集まっている裏通り。目的地の斜線上に教会があるのでそれを守るよう立ちはだかり大剣を引き抜いた。そして彼は剣に風を纏わせる。
「ネフィア、時間は」
「詠唱1、2分」
グワッ!!
拷問道具の腕で叩き潰そうとトキヤに向かって叩きつける。
ギャン!!
彼の得意なエンチャント。ドラゴンを吹き飛ばせる技。風を纏わせた剣でそれをはじき返し、化け物がひっくり返る。屋根を魔物は傷付けたが、頑丈な黒石は崩れず化け物を支えた。
「有機物は本当にやりづらい………魂も内側に引っ込みやがって切れねぇし」
耳元で彼の愚痴る声が届く。珍しく彼の決め手を欠ける言葉に驚きながらも手の中の炎を収束させる。昔にワイバーンを倒した魔法の派生だ。イメージは槍。
「「キシャアアアアアアアア!!」」
拷問道具の化け物の中身のミイラが一斉に叫びだし都市を震わせる。恐怖を覚える悲鳴だ。苦痛の叫びだ。
「どれだけの奴がこれに喰われたんだ!? ストームルーラ!!」
剣を振り抜き、生まれた風壁をぶつけて拷問道具を押さえ付ける。悲鳴をかきけしながら。
「…………トキヤ!! 離れて!!」
「わかった。風巻!!」
大きな巨体を風の渦に閉じ込める。竜巻、竜が登るような風の螺旋。それを見ながら、私は右手の収束させた炎球を握りつぶす。握りつぶした瞬間、弾け、手の中しっかりと炎の束の感触が生まれ細長き槍の形を象った炎に生まれ変わった。
「ファイア!!!」
それを巨体に向け構え。
「ランス!!!」
投げる。勢いよく放たれた投げ槍は巨体の中心へ誘導し、竜巻を貫き、拷問道具の中心に突き刺さる。そこから炎が膨張し道具の中身を焼いていく。
「ファイアストーム!!!」
中身を焼き、その炎が竜巻に混じり火柱を上げ。巨体を焼ききる。拷問道具が燃えて赤くなり、溶け、中身が黒く焦げつき。臭いを撒き散らす。
炎がゆっくりと収束し、火の粉を撒き散らしながら巨体が崩れ落ち。赤い金属の液状となって地面や屋根にへばりついた。魂は焼き尽いて、動くものはない。
「ふぅ………今は炎を出すにも時間がかかってしまう」
理由はある場所に罠として火を置いてきたせいである。そう火を置いてきた。
スタッ!!
隣にトキヤが戻ってくる。少し息をあらげていた。
「はぁはぁ、あれだけの即席魔法………魔力が……からっきしになっちまった………はぁはぁ」
あの竜巻はやはり相当の負荷があったらしい。
「トキヤ大丈夫?」
「ちょっと休む。ネフィアお前は大丈夫か?」
「じっくり詠唱したから魔力削減出来てるし。魔力無くても大丈夫なんだけど………今は即席魔法は唱えられないの」
「何故?」
「私の炎、置いてきちゃった。あれはただの魔法だし、トキヤの魔法を借りないと無理」
とにかく今は魔法は使えない。
「どういうことだ?」
「まぁ追々説明するね………こっちみて」
私はしゃがんで彼を覗き込む。そして勢いよく。
「んぐっ」
唇を触れ舌を絡ませる。恥ずかしがってる場合ではない。
「ぷはぁ!! トキヤどう?」
「………いきなり何をする!! と思ったが。魔力が少し回復した」
「トキヤにしかできないからね。口移しなんて」
一番、体の中が密接に繋がれば魔力を渡せる。一番いいのは………まぁその………下半身のあれであるけども。
「婬魔は便利だな」
「うーんこれは好きな相手じゃないと無理だと思う。さぁトキヤ、次なる獲物は?」
「………ゾンビの大群かな首を落とせばいい」
「決まりだね。競う?」
「余裕だな………」
「余裕だよ。生き残るためにね」
「そうか願掛けか。いいぜ。首落とした数だな」
「うん。なんだろ、スイッチ入ったのかな? 刈るのが当たり前な気分になってきた」
「冒険者らしくなったのだろう。狩人の仕事もあるしな。賞金首狩りだってそうだ」
「そうですね。冒険者でもありましたね。じゃぁ冒険者らしく」
私は炎の剣を抜き放つ。そして尖塔から彼と共に飛び降りる。
「今、冒険しましょうか!!」
*
いきなりの襲撃に私は驚くが私たちを狙った戦いかたではない事に気が付く。無差別にゾンビやスケルトンが解き放たれ。生なる者を仲間へと誘っていた。しかし、宿屋や、堅牢な建物に籠りやり過ごせるぐらいに弱い。
「…………解せません」
「ご主人様?」
「インフェ、衛兵たちは無事でしょうか?」
「無事、一部負傷者がいるけどね」
「そうですか」
そう、生ぬるい。もっと苛烈に攻めて来るはず。
「何が狙いだ?」
わからない。
「ご主人様あれ!?」
インフェが奥を指を差す。路地裏から様子を伺う。見えるのは小柄なデーモンが数匹。ゾンビやスケルトンを指揮している。そのデーモンの周りには人狼のゾンビが立ち尽くしていた。
「なるほど。増強ですか」
普通のゾンビより、強いだろう。目的はわかった。本腰を入れだしたのだ。この時期になって。
「このままでは人狼がそのまま兵に。吸血鬼も人狼とデーモン相手では難しいですね」
「ご主人様。どうする?」
「インフェ………いけますか? 昼間ですが」
「いけます。聖霊ですから」
「………では。汝、我のために遣われし天使なり」
一言、教会の憑き人の祝詞を言葉にする。インフェの体が薄くなり、消え失せた。そして、表通りに女性が現れる。ゆったりしたドレス。両手に青い剣。足元は見えず。背中に大きな翼を生やす女性は笑みを絶やさない。
「いつみても………美しい」
感嘆を口に出し。奇跡に感謝をする。死んでから発現した新たな彼女の能力。そう、私の偶像崇拝。
妄想が彼女を変異させた姿だ。皮肉な事に吸血鬼が愛の女神を信じ、その使いの天使を敬い。それが彼女と愚かに信じる行為が奇跡を起こしたのだ。私だけの魔法とも言える。対価はこれ以外の血を媒体にした魔法は一切使えなくなったこと。
「インフェ………彼等に救済を」
「はい、ご主人様」
多くの吸血鬼の力を失った。しかし、後悔はない。
「何者!?………幽霊?」
「幽霊風情が何を」
「叩き潰すか」
デーモン達が大きなメイスを構える。呪われたメイスは幽霊に触れられるのだろう。だが、それはただの霊だ。対象が違う。
スカッ
「なぬ?」
メイスを振り抜き。翼の女性をすり抜ける。
「こやつ………捕まえるぞ。上質な幽霊だ」
「恐怖に滲ませたら旨そうだな」
デーモン達がメイスを置き。彼女を捉えようと飛びつく。インフェが剣を構えた。
「きひ? 幽霊の剣なぞすり抜けるぞ?」
一体が近付き手を伸ばす。それを彼女は切り下ろす。青白い月の光のような剣がデーモンの腕に当たり、そのままスッとすり抜けた。
「ほーら、なんも………」
ブシャッ!!
「!?」
そして、腕がすっと落ち。鮮血を散らした。あの剣は通ったものを切れる。本来は切れない筈なのに。切れてしまうのだ。
「あがぁああああ!!」
両手を失ったデーモンが叫ぶ。そのデーモンの首に剣が過ぎ去り。叫ぶ頭がポトッと落ちた。
「ひっ!?」
仲間の死に驚き。飛び立とうとするデーモン。しかし、フワッと消えたインフェが背後に立ち羽を切り落とす。たまらず、落ちた先でゾンビを盾にするが…………そのまま剣は通りすぎ。デーモンが二つの分かれた。
「ご主人様、終わりました」
「ええ、さすが。インフェ…………私より強いですね」
「そんなことないです。剣を振り回すだけです」
振り回すだけで斬れるのだから十分だ。
「周りのゾンビを倒しときます」
「ああ、頼んだ。人狼はまだ成り立てだから動かないな」
人狼の首跳ねていくのを見ながら。次の獲物を探す。魔力が尽きれば彼女が元に戻る。それまでに敵は刈っておこう。さぁ私の天使よ……彼らに救済を。
*
色んな場所を走り回り。トキヤに通知をして教会へ戻ってきた。トキヤは先に帰っており。門の下で私を出迎えてくれる。
「45」
「なかなか頑張ったな。その剣で」
「もったいぶらないで」
「101」
「敵わないなぁ………」
得物の差が大きい気がする。
「戦慣れの違いだ。で、結局なんだったんだろうな」
「うーん。ゾンビを解き放つ理由だよね」
「なんだろうなぁ………俺なら他にすることを隠すためにやるが。教会も襲われていない」
「他に………してそうなことってなに?」
「わからん。陽動っぽいが」
とにかく情報が足りない。
「トキヤ………空曇って来たね」
「ああ、曇って来た」
「…………太陽沈むね」
「ネフィア。太陽沈んでない」
「えっ? だって暗くなって」
「時計を探そう!! 振り子時計が確か何処かに」
「まって!! 腹時計で見るから‼………ん!! 昼時」
「ネフィア………本当だな」
「うん」
「徐々に暗くなっている」
「曇ってるから?」
「いいや………遠くを見て行こうか」
近くの尖塔に登る。そして、見えたのは壁を越えた先で真っ黒い空。
「ネフィア…………夜が訪れる」
「トキヤそれって」
「ああ、夜の者たちの世界になる」
トキヤが冷や汗をかく。私は剣の柄を強く握った。最悪な予感がするのだった。
§
私たちは教会に戻り。外の状況をエリックたちに伝える。夜のように都市は暗黒の空に包まれ街灯が灯される。
「夜の帳が降り、劇場が一変しましたね」
「夜になっただけじゃないだろう…………」
「ええ、きっとこれは夜の眷属に対する強化魔法でもあるでしょう。私たちは以外の………これは護って明日に繋げることは難しい。やるなら今しかないでしょうね」
「行くのか?」
「はい。最初からそのつもりでした。それが早まっただけのことでしょう?」
「………」
トキヤが厳しい顔をする。目を閉じ悩んだあと口にそた。
「俺は雇われだ。誇り高い騎士でもなんでもない。忠義のために死ぬ気はない。降りるところは選ばせて貰うぜ。だが……途中までの付き添いはする」
「ええ、どうぞ。あなたはそうですね。彼女のためにだけしか自分を賭けないのでしょう。いいですねぇ………劇場栄えします」
「ご主人様は………どうされますか?」
「残りましょう。帰る場所無くなってはいけません。私にはここを護る義務がある。インフェ………大変でしょうが。頑張ってください」
「はい、ご主人様。ただ2、3日は消えるでしょう」
「はい。頼みますよ………我が天使」
吸血鬼の首に幽霊の少女が腕を絡める。少女の笑みが吸血鬼に勇気を与えていた。私はその姿に熱を感じる。しかし、熱すぎない感情。長い間、認めあった夫婦のような雰囲気。空は暗いのに少女は輝いているのだ。私は光を見ている。
「インフェさん。頼みましたよ」
「はい」
「トキヤ、私は?」
「エリックに聞け」
「姫様、姫様はヨウコと一緒に壁から私たちを見守っていてください」
「ええ、わかりました」
そうして欲しいとの意見に頷く。
「エリック………」
「ヨウコ嬢を頼みましたよ。他の者はここで防衛をお願いします」
「…………はい」
何かを含んだ言い方に。気になりはしたが私は黙って移動するのだった。死地へ行く怪人は少し笑っているようだ。
「グランギョニルを演じるのは初めてですね」
そう、不気味に笑うのだった。
*
私は定位置につく。スペクター、悪霊等は時間的にまだ出てこないのか全く会わなかった。都市にはゾンビとスケルトンが徘徊してるだけである。
「………」
そして途中、移動する中で魔方陣の上に婬魔の死体の山が積まれた場所をいくつも見つけた。
地面に黒い液体。そこから黒い霧のようなものが立ち上ぼり、鉄臭い。とにかく鉄臭かった。
魔法の触媒としての犠牲者たちは悲痛の表情。死体は四肢を丁寧に切り落とされているわけではなく裂けていた。拷問後の死体である。
「……………」
「う、うぷ………」
「ヨウコ、大丈夫?」
「だ、大丈夫。壁の上へ上がる階段があるのじゃ」
「無理してない?」
「……………ここって。本当に同じ世界なのか?」
「同じ世界」
「はぁはぁ、本当にエリックはこれを見てきたのじゃな」
「しらない。あなたが一番知ってるのではなくって?」
「…………話してくれんかったのじゃ」
「そう」
「落ち着いてるのじゃ………流石じゃのぉ」
「監禁、魔王から裏切り。そして女にされた」
「………?」
「スケルトンの蔓延る滅びた都市の死んだ王」
「…………」
私は過去を振り返る。
「ウルフの群れ。沢山の魔物たち。盗賊ギルドの拉致。逃避行。ダンジョン攻略。ワイバーンの群れ。出会い……そして死別。黒騎士の襲撃。数々の刺客たち。幽霊怖いけど、いっぱい色んな事を味わってきた。今さらこれぐらい………ね?」
濃厚な時が私に肝を鍛えさせる。元男であるのも強い理由かもしれなかった。
「そうじゃの。強くなくちゃいけないのじゃの………お主は」
「………ええ。彼は全てを退けた。でも今は彼を失う方がもっと怖い。あなたと同じ。だから他の事は耐えられる。我慢できる。そう、信じてる」
「そうじゃったのか………わしは、手が震えるのにのぉ……失うのが怖くて怖くてのぉ……信じたいがの………」
「気持ちわかるよ。でも、女は待つ生き物よ」
私たちは階段の前まで来る。階段の下は濡れていた。階段から、滴る液体は石が黒いため目立たない。しかし、それがなんなのかわかる。たまに白い物が転がっているのきっと、脂だろう。
「うぷっ………おえぇえええ」
「…………上がるよ」
ニチャニチャ
足裏にへばりつく脂。血の粘りが不快な音を立てる。壁の上まで行くと魔方陣の上に何人もの婬魔の死体が腹が裂かれて放置されていた。死体から紐が伸び、それを貪る烏が何羽もいた。
そして、物音を聞き一斉に飛び立つ。食い散らかしながらカンテラが怪しく全てを映してしまう。
「くぅ………何処行っても死体」
「そうですね」
食い散らかされた死体に火を落とす。死体は燃え上がり。辺りに焦げた臭いを振り撒く。今は火力が低く。臭いが出てしまうが供養ぐらいは出来る。
「トキヤ、こちらネフィア。壁についたよ」
私の声を音を風に乗せて届けさせる。ヨウコ嬢の声も怪人に送ってあげる。
「そうか、こっちもついたよ。二人だけで城に入って暴れろってんだ。面倒な仕事だ」
「敵は?」
「デーモンたちは都市に溢れかえって各々が生きたまま皮を剥いだりして遊んでやがる。好き勝手に暴れてな」
「………そう。本当に悪魔だね」
「俺も大概、悪魔悪魔言われてきたがまぁ。本家には敵わないな。ネフィア支援頼むな」
「うん。トキヤ………一応同族だけどさ」
「なんだ? 同情したか?」
「ふふ、同情しないこと知ってる癖に………情け無用。好きなだけ暴れてね」
「任せろ。暗殺や殺しは得意だ」
「知ってる」
「…………あなたたちの『本当の顔』て恐ろしいわね」
隣のヨウコ嬢が溜め息を吐く。
「恐ろしいだってトキヤ」
「なんだ? 誉めてくれるのか?」
「ばーか。誉めてないよ」
「知ってる。ははは」
「ふふふ」
「……………ちょっと笑えるなんて引くわ」
ヨウコ嬢が微妙な顔をした。エリックとの会話もあまり普通なので変わらないと思うのだが……不思議である。
「ネフィア、今から門を開ける」
「わかったよ」
彼の声が真面目になった。背中の剣を抜く姿が想像出来る。
「エリック…………お願い………生きて」
隣で彼女が悲痛に祈る。何故か胸騒ぎがし、剣を強く束を握りしめ。勢いよく抜けるように待機する。隣の女の子護るために。今は女を忘れよう。
*
トキヤは大きな城の前の広場で斧を持った巨体のデーモンの足を切り落として倒れたところを突き入れ引き抜く。
「同じ赤い色か」
剣の血を風で拭う。
「門を入った瞬間。デーモンがお出迎え」
「これは、これは。醜い生き物ですね」
「醜いとは思わんが。大きい巨体は脅威だ」
「そうですか? でしたらこっそり忍び込んで仕留めましょう」
カサ、カチャ!!
「………こっそりですか? お二方」
「おうおう、もう四天王のお出ましか?」
目の前、城に入る扉の前に黒い服を着た優男が笑いながら手をあげる。すると、庭の骨が集まり錆びた剣を持ちながら立ち上がった。その数は数えきれないほど、庭を満たす。
「これは、これは。ネクロマンサーですね」
「囲まれたか。どうする? 怪人さん」
「そうですね。一体づつ倒せたらいいですね」
「………いいや。俺が活路を見いだし扉の先へ導く。あとは探してくれ」
トキヤは剣を構え直し、道筋のスケルトンを吹き飛ばそうとした瞬間、思い止まる。目の前に火の粉がフワッと目の前を過ぎたのだ。
匂い立つ、火の起こり。トキヤはネフィアの匂いに気が付いた。
「さぁ二人ともこれだけの相手に私を相手できますか?」
「残念だが、お相手は違うようだな」
「?」
広場の淀んだ土から火の粉が吹き出す。スケルトンたちがそれに触れた場所から燃えてゆっくりと炭化する。
「な、なにが!? 起きて………!!!!」
ネクロマンサーが1歩2歩と後ろへ下がった。そして彼の耳に大きな鳥の産声が響く。
「トキヤ殿、これは一体!?」
「俺もわからんが。状況は一転したらしい」
火の粉が炎を産み。それが集まり一つの鳥の形を象る。大きな、何本の尾、燃え盛る翼。スケルトンたちを火葬し。目に見えて魂たちが鳥に吸い込まれていく。巨大な鳥が城の広場一帯を焼く。
「くっ!! 仕方がない………傑作を」
ガシッ!!
ネクロマンサーの足元に骨の手が強く掴んだ。
「離せ!! 名も無き物たち」
骨の手を蹴り飛ばす。しかし、周りのスケルトンが集まり抱き付く。
「くぅ!!……はぁあああ!!」
捕まれている骨たちが黒い霧に包まれ、骨が地面に散らばる。ネクロマンサーは大きな角と蝙蝠羽根の姿形に変化し、怒りを目に宿す。
「この醜い姿を晒すとは。情けない失態!!」
デーモン。蝙蝠羽根をもち、黒く頑丈な肉体を持つ。悪魔の上位種。彼の右手にもった黒い石が魔力の黒い塊を産みだし、それを目の前の炎の鳥に投げつけた。
黒い塊が周りを集束し、飲み込む。炎の鳥も黒い塊に抵抗する。拮抗し、それを包んで抑えた。
「どうです!! 最高傑作は!! 重力球は!! 吸え!!」
バシィン!!
ネクロマンサーが叫ぶと……黒い塊にヒビが入り中の圧縮したものがバラバラに飛び散る。
「な、なに!? この魔法を吸えないだと!?」
「我はまだ魔王なり。故に四天王ネクロマンサー。あなたを四天王の座から追放する」
「ど、どこにいる!! 魔王ネファリウス!!」
「目の前に」
「くぅっそ………体勢を立て直す!! いくらでもゾンビはいる!!」
ザッ!!
ネクロマンサーは振り向こうとしたその瞬間だった。ゆっくりと顔を下げるネクロマンサーの目に真っ赤に血塗られた剣先が見える。真っ直ぐに突き入れられ体の芯から突き刺されている事をゆっくりと理解する。
「な、に!?」
「痛みはないか。薬かなにかだろう。そうそう、動くなよ。切りにくい」
「いつの間に背後に!!」
「スケルトンやネフィアの時間稼ぎだな。お前は自分で戦うことがなかったのだろうな。動きが鈍い」
「くぅ!? あがぁ!! 抜いてやろう!! こんなもの!!………!?」
「残念。俺もお前と一緒で少し力強いんだ。デーモンと殴り合えるぐらいに」
トキヤが相手を持ち。勢いよく剣をもっと突き入れる。十字の返しがついているところまで。
「ネフィア!!」
「ええ!! お願い!! 私の火!! 邪な悪魔を焼き払え!!」
トキヤは火の鳥が触れる瞬間離れた。火の鳥が炎の翼で抱き締めるように囲い触れ、飲み込み……炎の球体に変貌した。そして、フワッとした火の粉を撒き散らす。
残ったスケルトンたちも燃え上がり。炭化から、一切の塵も残さないほどに燃え尽きた。
デーモンの断末魔すら聞こえないほどに一瞬で全てを焼き付くしたのである。
「………ネフィア嬢はここまでお強いとは……トキヤ殿を隠れ蓑にし、相手を騙し仕留める手際。さすが魔王ですね」
「たまたま隠れ蓑になってるだけでふかーい意味はないぞ。そこまで考えてないだろ」
「トキヤ~聞こえてるよぉ~確かに!! 伏兵の炎鳥はたまたまこの前に逃げるため置いてただけだね」
「ほーら、考えてない!!」
「結果よければ全てよし!!………まぁそれよりネクロマンサーの魂はある?」
「…………あるな」
「トキヤ、魂食いの禁術に魂を操ることは出来ない?」
「肉体を持っている奴は出来ない。肉体を失った者は舌だけを用意すれば話を聞き出す事は出来る。しかし魂の強さによる。大体無理だ。世の中上手くはいかないものさ」
「じゃぁ、わかった。ネクロマンサーを潰せ」
「お怒りだな」
「お怒りはそこで使役されている者たち。私は手伝っただけ」
トキヤは熱せられた剣を掴む。熱いが火傷するほどでもない。剣先に黒い塊があり、ドス黒く強い魂だ。
それを掴み。魔力を流しながら握り潰した。痛みに震えているだろうが舌がないがため発声もない。塊はひび割れ砕け破片が燃える。
「トキヤ殿。今何をされたのです? 火の粉が手から出ましたが?」
「ネクロマンサーという者がこの瞬間に存在は消えた。魂さえ亡くなり。来世もない完全な滅びが行われた」
「…………それは、それは。愉快ですね‼ 愉悦です‼」
怪人の口元が笑みに歪んだ。嬉しそうに。
*
何とかなったようだ。一安心する。四天王の一人を倒せたのは大きい戦果だ。
「なんとか、なったのかの?」
「なんとななりました。私の落とした火が役に立ったようです」
パタパタ!!
小さな火の小鳥が長い尻尾みたいな羽尾を引っ張りながら私の肩に止まる。
「なんじゃ? それは? 魔法?」
「そう、私の魔法。おかえり」
小鳥を手で包み胸に当てる。囚われた魂は無事開放されたようだ。他の方も居るだろうけど。全てを救おうというのは偽善者であり無理と思う。目についた者だけに留める。
「チュッ」
小鳥が私の胸のなかで消える。胸の中が少し熱いが。すぐ収まるだろう。
「ヨウコ嬢、無事にデーモンの前まで行けそうですね」
「……………」
「こっからです」
勇者は正面から潜入が成功したようだ。声が飛び飛びだが何とか聞こえる。聞こえる声は断末魔混じりであるもで無双しているのだろう。昔も今も通り名【魔物】は健在だ。
*
「ま、まってください!! 王の間までご案内します!!」
「?」
城の通路で一人の兵士が手を上げて近付いてきた。奥からは笑い声が響く。
「バルボルグさまがご案内しろと………お相手致すと申しており……!?」
俺は剣で悪魔に近付いて切り払う。悪魔は距離を取り避ける。
「罠だ。気を付けろ避けたぞ………こいつ」
「罠でしょうね」
「罠ではございません‼ この先に大きな扉があります!! そこ王の間でございます!! 私の仕事終わりましたから失礼!!」
悪魔が廊下のドアに入り。鍵を締める。
「警戒していこう………誘われている」
「ええ、誘われていますね」
奥から笑い声がする。デーモンの王。王に相応しい場所で彼は笑っていのだろう。
罠を警戒、身構えながら歩き。大きな鉄扉に行き着く。何もなく誰もおらず、カンテラの明るさが不気味に揺らぐ。
「ここまでだな。あとは」
「ええ、エスコートありがとうございました」
自分は壁に背中を預ける。ここまでの護衛は終わりだからだ。そして耳に手を当てる。ネフィアの声は途切れ途切れだが聞こえるからだ。目を閉じ、中を魔法で様子をみる。
趣味の悪い部屋。棺桶と吊るされた者たち。奥に鎮座するデーモン。赤黒い皮膚に大きな蝙蝠羽根。そして、四天王エリザが立っていた。
「エリザ!?」
「では、ここからは私のお仕事です」
「ま、まて!!」
静止を聞かずに扉の中へ入る。仕方がない、期を見て援護だ。二人同時は無理だ。
「…………エリザが生きてる?」
何故だ。
「これはこれは、お久しゅうございます。デーモン閣下」
玉座に座るデーモンが笑う。
「ああ、久しいな脱走者。なぁエリザ」
「ええ、懐かしいですね。味は覚えてます? 母親の味は?」
「ええ、美味しかったですよ。泥の味でした………殺すぞ女」
「………ひひ、いい顔」
「殺したいのか?」
ガシッ‼
「んが!? えっ? あなた? え?」
「残念だったな」
「あああ!! やめて!! どうしたの!?」
バシンッ!!!
「…………」
中で信じられない事が起きる。仲間の頭を握り潰した。それも妻らしき人を。
「これで殺せなくなったな!! ガハハハハ!!」
「狂喜の王………」
エリザの死体がピクピク跳ねる。廻りに飛び散った肉片に虫が集った。吊るされた者たちが揺れ、新しい死者に歓喜する。
ブァン!!
デーモンが立て掛けてある大きな幅が広い剣を掴む。その大きさは人より大きく鎖が巻かれていた。鎖で縛られているのは死体。ミイラが縛り付けられている。手を足、頭を全て縛り付けられている。
「くくく、愚かな矮小な生き物よ。耐えられるかな?」
エリックが黒い球から赤い魔力の槍を生み出し掴む。黒魔法だ。デーモンは剣を地面に刺し、ミイラを見せつける。あまりの狂気を孕んだ剣に見るものの脳を焼くような錯覚に陥らせる。
「では、こい!!」
「ええ!! そのつもりです‼」
エリックが走り出す。そして、槍をデーモンの顔目掛けて突き入れる。その瞬間にミイラが口を開けた。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」
城を揺らすような絶叫。苦痛の叫び。呪いの叫び。俺は耳を塞ぐ。
「つぅ!?」
衝撃波がミイラから発せられ吹き飛ばされるエリックが見えた。
「ほう!! 耐えられるか!! 恐怖せず!! くくく!!」
ミイラの絶叫が収まる。収まったがミイラは体を震わせる。
「デーモンランス!!」
「ん?」
エリックは呪文を唱え終わり。デーモンの王の背後から無数の槍が生み出した。勢いよくデーモンを突き刺す。堅い皮膚を突き入れたのだ。
「ぐはぁ!?…………くそ!! わっぱの癖に!!」
「死ね王よ!!」
「ぐわああああああああはははははははは!!」
「!?」
デーモンの王が黒い霧になる。そして同じ所にデーモンの王が姿を現す。
「デーモンランスが効かない……」
「くく。当たり前だ。悪魔に悪魔の黒魔法は効きづらい!! まぁ存分にワシを殺すがいい!! 殺せればだがな!!」
デーモンの王が仁王立ちになる。誘っている攻撃を。これは、骨が折れそうな戦いだ。相手は化け物なのだから。
「くく、悪夢を見せよう」
*
「悪夢だな。致命傷だろうが攻撃が全て効いていない」
「悪夢?」
私は状況を聞き焦る。
「………エリックが困ってるな。何故効かない?」
「苦戦してる?」
「ああ、あっ!?」
私は伝わる苦戦情報に冷汗が出る。
「トキヤ? どうしたの?」
「…………すまん。相手の罠にかかったようだ。エリックがやられたかもしれない。深淵に引き摺り込まれた」
私はトキヤの声に震える。
「エリックが!?………トキヤ………逃げて」
「すまんが逃げ場所もない。デーモン王が俺を指名してる。残念だが………やるしかないようだ」
「トキヤ!?」
「相手の得意な場所での戦闘は厳しいな」
「逃げて!! だめ!! 私も行くから!!」
「…………無理だ。本気で殺らないといけない。エリックと共闘をしなくちゃな」
「トキヤ!! トキヤ!!」
呼び掛けに答えない。途切れ途切れだった声も聞こえなくなる。
「ネフィア、何が起きてるのじゃ?」
「…………罠にかかった。デーモン王が予想以上に強い。聞こえる状況では判断出来ない」
「………そうなのじゃな。エリックが負けたのじゃな?」
「まだ、確かなことは………」
「よい………じゃから……狐火!!」
ヨウコ嬢が手をかざす。その手の中から青い炎の球が打ち出され暗闇の夜空に消えていく。
「ヨウコ嬢?」
「………………ネフィア。すまぬのぉ」
ガシャン!! ガシャン!!
「!?」
壁の外、後方から大きな音が響く。暗闇の中で松明が焚かれ。チラッと遠くが見える。見えた物は劇場。門を潜ることの出来なかった物が動き。燃え上がった。劇場がバラバラと崩れ落ちる。
「あれは!? オペラハウスの壁にあった遺物!!」
壁の上に鎮座していた砲台が目の前に立っている。
「…………狐火!!」
「えっ!?」
私は横から青い炎で吹き飛ばされ、壁から落とされるのだった。
「ヨウコ!?」
§
壁の上のヨウコ嬢が冷たい目を私に向ける。落ちている私にはトキヤもいない。地面に叩きつけられてしまうだろう。
「…………フェニックス!!」
背中に大きな炎の翼が生え、羽ばたく。落下速度が収まり、体勢を立て直しゆっくりと屋根の上に降り立った。羽ばたきを一回行うと炎翼が消える。飛ぶことは出来ずとも滑空は出来るらしい。そんなことよりも気になる事がある。私は壁を見上げた。
「ヨウコ嬢!! なんで!!」
「…………ごめん」
「謝る前に!! 理由を!!」
私はヨウコ嬢の顔を見る。悲痛な顔で私を見つめていた。苦しい表情だ。
「ゴブリンの放火砲でこの都市を焼き払う。トキヤ殿には申し訳ない。じゃが、これも全て彼のために」
「えっ!?」
一瞬呆ける。あまりにも唐突な話に頭が追い付かないからだ。
「ごめんなさい」
ヨウコ嬢はそれだけを口にし真っ直ぐ私を見た。怒りが込み上げる。
「…………なんで!! なんでそんなことを!! ダメ!! 絶対に!! どれだけの無関係の人が居るのか分かってる!!」
「グランギョニル。私と彼は後生に最悪の厄災として名を残すのじゃ」
「つぅ!?」
狂気の微笑をヨウコ嬢がする。まるで無理矢理演じているかのような姿に背筋が冷えた。
「させない!! そんなことを!!」
「知ってる!! だから…………狐火!!」
壁の上から、膨大な量の火球が降り注ぐ。私は剣を抜き。火の壁を生み出して防御した。しかし、青い炎球は抜けてくる。
「!?」
「そうそう、お主も火の魔法得意でじゃろうが。我の火の方が熱いのじゃ」
屋根の上で着弾した狐火が爆発し、屋根から吹き飛ばされる。勢いのまま違う屋根へ飛び移り、転がりながらも体勢を立て直して立ち、睨みつけた。
「ヨウコ嬢!! その力で助けに行きなさいよ‼」
「…………私は魔王や勇者より強くないのじゃ」
「そんなことないでしょ!!」
「結果、立っている。仕留められていないのぉ」
それはきっと白金の鎧が護ったのだ。もとより防御力は高いし、自分自身もタフだと思っている。火の粉を撒き散らしながら剣を振った。何故か前より彼女が……強い気がする。
「おかしい、こんだけ強かったら。ヨウコ嬢の追っ手とかに返り討ちは起きないはず。強くなってる? なんで!?」
家が一つ吹き飛んだのだ。誰も住んでいない空き家だったことに少し安心する。だがその威力は尋常じゃない。
「愛の女神から力をいただいたのじゃ。お主を止めておくだけの………力が欲しいかと聞かれての。貴女を倒す力を。押し留めておく力を!!」
「愛の女神はそんな事を!?」
「ええ、彼のために。彼の願いのために」
「そんな!! それじゃぁ、あなたは幸せになれない!!」
「元より!! 妖狐!! 稲荷と違い!! 九尾の一族。玉藻、妲己を祖先に持つ者…………結局、国を滅ぼすのが我らじゃ、それが運命じゃ!!」
ヨウコ嬢が壁から降りる。狐火の青い炎に包まれ大きく燃え上がり。その炎から一体の大きな狐が現れた。九本の尻尾に鋭い鉤爪。屋根に降り立った姿は紛れもなく魔物の姿だった。
「ワレハカレノノゾミノタメニ」
「その姿は!? くぅ、この馬鹿者がぁあああああああああああああ!!」
それだけの覚悟と力があるなら好きに未来を掴めるのに。何故、やり方を間違うのか。何故変な声に耳を傾けたのか。私は怒りで歯を食い縛る。
「メガミハオマエヲタオセトイッテイル」
「女神は正しいでしょう。愛は美しさと醜さを持っています。ですが、これは認めませんよ!! 私は認めない!!」
剣に炎を纏わせる。せっかく結ばれたのにわざわざ死地に追いやる事を。私の目の前で許せない。
「絶対に!! 私は認めない!!」
私は叫んだ。そして、私の声が「ええ、私も認めません!!」と頭に声を残す。赤の他人のような口調で。
「!?」
頭の中で私に似た誰かの声が聞こえる。そして、一つ思い付き、私は行動に移した。
*
俺はネフィアとの連絡を断ち、デーモン王の前に進む。俺とデーモン王の前には黒い沼のような物の穴が空き、エリックを飲み込んだ。
「深淵、悪夢が渦巻く穴へ。ようこそ勇者」
「勇者は辞めた。何処から聞いてくるんだよ……噂をさ」
「簡単だ。酔狂で魔王をさらって自分の奴隷にした男だろ? まぁ綺麗な女だ。独り占めをしたくなるのは欲だ。生き物のな」
「はは、そりゃね? 酔狂だろうさ、女にして拐ってな」
穴が邪魔で近くまでよれない。遠距離からの攻撃は全てダメだ。エリックが試した。
「…………お主は闇の者だ。どうだ? 饗宴を楽しまないか?」
「残念、嫁が待ってる。帰らないと行けない」
エリックはどうなっただろうか。様子は黒い穴が空いているだけである。
「そうか、気になるか………なら」
「!?」
「お前も来い!!」
黒い穴の中からデーモンが現れ、足を掴み引き込む。引き込まれた先は深淵。目の前のデーモン王は幻影だったのだろう。だから、効かなかったのだ。本体はこいつだと全てを俺は察する。
「畜生、最初のミイラの叫びに惑わされたか!!」
あれのせいで目線がそちらに移ったのだ。やられたと知る。
「わかるか小僧。まぁでも………終わりだ」
誘われた深淵の中は暗く。そして、どんよりした空気が流れる。地面も黒、周りも黒。光は自分の周りだけ。
「…………やぁトキヤ」
深淵の奥から声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。
「なんで裏切ったの?」
「なんで、殺したの?」
「トキヤ………私さ、なんでもねぇや」
声の主は懐かしい黒騎士団のメンバーたち。女性の声はあのバリスタのスナイパーの姉さんだ。俺は溜め息を吐く。悪夢の世界らしい。
地面からも臓物を撒き散らした兵士が足を掴む。鎧を見ると連合国の鎧だ。周りが明るくなり、亡骸の山が目に入る。
殺した、兵士、市民、騎士。滅ぼした都市。色んな者たちが自分に向かってはい寄ってくる。紫蘭が寄ってきた瞬間に本当にこれが夢だとわかった。逆に俺は怒りを覚える。
「デーモンさん。ちょっとつまらないですよ」
「くくく、ははははは!! お前はやはり我と同じ深淵を覗けるもの!! だがな…………これはどうだ?」
また真っ暗になる。そして、次に現れたのは覚えがある。
「トキヤ?」
ネフィアだ。
「トキヤ………大丈夫?」
そして、彼女の背後から。大きな剣が刺さる。彼女が悲鳴をあげ自分に手を向ける。救いを求めるように。
「……………」
また暗くなり今度は首輪を着けた彼女が引っ張られ、断頭台に据え付けられる姿を見せつけられる。そして刃は落ちた。
「…………」
もちろん、首は落ち。足元に転がる。自分は理解をした。エリックが今はどういった拷問を受けているかを。そして、目を閉じ微かに笑った。
「見るのが嫌か?」
「いいや、楽しいなぁって。デーモン王よ。まってろよ!! 今からその性根の腐った体を真っ二つにしてやるからなぁ!!」
恐怖よりも……怒りに全身を震わせた。流石に許せる限度を越えている。生まれ変わりなぞ絶対にさせないようにしてやる。
*
壁の上に立つ。屋根上からなんとかここまで逃げてきた。壁の内側で戦うと被害が出ると考えたから戦場を選ぶ。被害を避けるために戻ってきたのだ。
ゴゴゴゴ……
ゴブリンの放火砲が魔力を充填し、砲身を光らせる。放火砲自体が光を放ち暗闇にさえ全貌が見てとれた。
「フゥフゥ狐火!!」
九本の尻尾から炎の塊が休みなく私に向かってくる。それを剣で切り払った。
ドンッ!!
それを見たヨウコ嬢が飛び、私に向かって鉤爪で切りかかる。私は後方へよけてそれをかわす。足がもつれそうになりながらもなんとか凌いだ。巨体からの攻撃は重い。
「つっ……」
魔力も無くなり撃ち合いも出来ない。撃ち合いも相手の九本の尻尾に数で押し負けるため有効ではなかった。
「はぁはぁ………んぐ」
「オワリ」
九本の尻尾からの炎の弾が面で叩くかのようにまた襲ってくる。何度も、何度も防ぐために剣を振る。しかし、今度は目の前に狐の鼻先が見え。勢いよく体当たりされて壁の上に吹き飛ばされた。体当たりはよく効く。
ドゴォン!!
「ぐぅ!!」
お腹の中心に鈍痛。吐き気。鎧に対してやはり打撃がよく効く。衝撃により、石の上を転がり。咳を吐く。
「げほげほ」
顔を上げた瞬間。狐火の球が降り注いだ。連続した攻撃に……私は悲鳴をあげる。
「きゅあああああああああ!!」
ドシャ!!
「フフ、オワリナノジャ」
転がる体にやけどの痛みが走る。炎に焼かれヒリヒリした痛みが全身にある。炎の魔法を扱う故に耐性はあるが、狐の火と言う魔法はそれを上回る火力を持っていた。
「はぁはぁ……つぅ………」
「残念じゃが、ゴブリンの放火砲は準備ができたようじゃ」
ヨウコ嬢が姿を戻す。服は燃え付き。きれいな裸体をさらけ出す。
「まぁ、時間稼ぎだけじゃったから………うぐぅ……頭が痛いのじゃ!! なぜ『殺せ』と言うのじゃな!? う、うるさいのじゃ!! あがっ!!!」
ヨウコ嬢が頭を押さえてうずくまる。誰かに唆されてる。
「す、すまぬ……す、すまぬ………殺しゃな、いかんのじゃ………放火砲に巻き込まれるから大丈夫……大丈夫」
「誰に話しかけているのだろうか?」と疑問に思ったが今は痛みを噛み締め……私は待つ。そして、その時は来た。
ギュルウウウウウウウウウウ!!!
放火砲から激しい駆動音と遠くからでも聞こえるゴブリンたちの離れろと言う声。砲身が赤くなり、魔力が高まった古の『遺物』が咆哮をあげている。
ドゴォオオオオオオン!! シュウウウウウウ!!
都市を揺らす衝撃音と共に膨大な魔力球の火球が放火砲から打ち出された。放火砲の足が地面に沈み。打ち出した放火砲の足元や体から煙を噴射する。
「ははは、これで………おしまい」
「はぁはぁ………今よ!! フェニックス!!」
私は待っていたこの時を。放火砲の上空に火の鳥が現れ、放物線を描き飛んでくる球の射線上に陣取る。
「何をするつもりじゃ!!」
「………放火砲は火を打ち出す物よね。だからさぁ」
火の鳥が球を翼と体で受け止めて混ざり会う。
「私の炎で操る!! 最初からそれだけが狙いよ!!」
火球が空中で止まり、光を放ち始める。すでに生み出された炎は消すことはできない。だが光として発散させることは出来る。それを私の体は知っている。私が『炎という物を感覚で理解している』のだ。
「オペラハウスの都市を大切に守ってきた物で!! 都市を破壊するために使わないで!!」
ゴブリンの放火砲が沈黙し、その場に座る。そして、火球が真っ白に燃え上がり白い光を放つ。閃光として都市を照らし、ヨウコ嬢は眩しくて目を閉じて顔を背けた。私は立ち上がり右手に力を込めて走り込む。
「んんんんああああああああああああ!!」
そして、ヨウコ嬢の頬を勢いよく全力で殴り抜けた。
*
深淵の中を自分は苦慮する。エリックを見つけたが、彼は既にボロボロだったのだ。うわ言のように謝り続けている。深淵を歩くことは簡単だが、脱出の仕方がわからないため困っている。己の怒りを静めながら。
「畜生め」
「ガハハハハ!! 諦めよ小輩!!」
デーモン王が数体現れ囲む。
「八つ裂きにしてやろう‼」
「いいや!! 八つ裂きより拷問だ」
「じゃぁ火やぶりがいいな」
デーモンたちが笑いながら近付く。この深淵原理は理解した。本当に悪夢だ。俺たちは何かをされて気絶しているのだろう。しかし、起きることは出来ず。恐怖を産み出しデーモンを強くさせる。夢魔より強烈な拘束を持つ夢だ。
ネフィアのお陰で予備知識を持っている故に夢とわかる。
「選ばせてやろう。楽に死ぬ以外の方法をな!!」
「…………」
俺は黙って頭を回転させる。「どうする? どうやって起きればいい? それよりも別のやつに体を譲るか? だれに? はぐれデーモンの魂か? 鋼のドラゴンの魂か?」と混じり合った魂の力を頼ろうとする。
「夢で俺が起きないなら他のやつに体を使ってもらって………ん!?」
空が眩しい、深淵の中で白い光が溢れた。自分の視界が霞み、光に手を伸ばす。勝手に体が動いたのだ。
「!?」
伸ばした先で幻覚が見えた。丘の上に立つ女性の微笑み。これが夢であることを再度思い出させた。そして……あの夢にまだ届かない悔しさに唇を噛み締めるのだった。
*
「夢、じゃないな」
「ごほ……?」
自分達は気絶から起きたようだ。窓の外が明るい。昼間が戻ったように明るい。目の前の転がっている剣をつかんで俺は立ち上がった。
「ぐぉおおおおおおお!!」
目の前のデーモンが目を押さえる。窓から閃光が部屋を照らし暗い部屋が明るく照らした。深淵も霞むほどに強烈な光だ。
「悪夢だった。ですが、最後………ヨウコ嬢が引っ張り出してくれました。帰らなくては………彼女の元に」
「エリック、お前もか……おれは残念ながらネフィアの夢じゃなかったよ。悔しい夢だ」
まだ、あの夢を諦め切れてないのだろうな。それよりも怒りが先だ。
「くぅ…忌々しい光め!!」
「幻覚じゃないな」
「ええ、私たちは恐怖で見えてなかったのですね」
「あの光はなにかわからないが」
「太陽は昇ってましたから魔法が切れたのでしょうね。チャンスです」
「くぅ………まぁよい。お主らは俺が直々に切り落としてやる」
デーモン王が剣を掴み構えた。俺は笑みを溢す。デーモンや竜と切り合ってきた俺にとってそっちの方がやり易い。そして、今は。
「トキヤ殿、援護はします。止めは任せます」
「ああ、行くぞ!!」
左右に飛び。二人で魔法を唱える。
「デーモンランス!!」
「風矢!!」
「こざかしい!! 深淵よ!!」
黒いヘドロが立ち上ぼり、魔法を防ぐ。
「もう一度!! デーモンランス!!」
デーモンの背に黒い球が生まれ、そこから槍が突き入れる。しかし、槍は刺さらず。今度は弾かれる。
幻影ではない本物だが、生半可な魔法は効かないようだ。
「こざかしい!! 先ずはお前から潰してやる!!」
「来ましたね!! 誘い込みました!!」
デーモン王がエリックに向けて跳躍し剣を振りかざす。エリックがそれを見て横に飛ぶ。
「ストームルーラー!!」
俺は素早くデーモン王の背中に向けて風の刃を当てる。勢いよく奥へ押すかたちになり、壁をえぐり、隣の部屋にまで穴を開け吹き飛ばした。勢いよく打ち込んだ結果……デーモンの王は体勢を崩し倒れる。
「デーモンランス!! これを」
「ああ、借りるぜ‼」
自分は剣を置きエリックが産み出した槍を走りながら受け取って転がっているデーモンに向けて大きく振りかぶって魂のデーモンの力を思い出しながら投げた。投げ入れ終わった瞬間に剣を拾い、肩に背負って突貫する。
「小輩!!」
デーモン王が立ち上がり、デーモンランスを剣で弾いた。袈裟の切り上げで右手の剣を高く振り上げているかたちになったデーモンの目の前に俺は立つ。相手はそのまま振り下ろす気だろう。だが、それは俺が許さない。
「はぁああああ!!」
俺はそうはさせないと勢いよく愛剣を肩から叩きつけるように真っ直ぐ居合いの要領で縦に振り抜いた。デーモンの左肩を真っ直ぐに切り落とし、怒りの絶叫が響き血飛沫が部屋を染める。そう赤く黒く部屋を彩る。自分は離れ、そして止めの声が響く。
「デーモンランス!!」
「風矢!!」
二人でありったけの魔力を使い剣を弱々しく振り下ろしたデーモンに向けて槍と矢を打ち出す。壁が巻き込まれて崩れ、砂煙を巻き上げながらも相手の手応えがなくなるまで打ち続けた。
そして、数分後。何個も部屋を壊し続けた攻撃は止み。奥に槍が刺さった裂傷まみれのデーモン王が倒れていた。ピクリとも動かない。
エリックが一本、確認のために槍を投げつけ刺さった瞬間に絶命していることを理解する。絶命しデーモンランスを弾くほどの力は無くなったので確認が取れた。怒りでありったけ撃ち込んだお陰だ。
「お、終わったな」
「はい、胸がスッキリしました。本当にスッキリしました!! ははははは!! 天にも登るように爽快です‼」
エリックの笑い声が収まるまで時間を要し、俺は窓の外を安堵の表情で見る。太陽が昇っていると思っていたが……どうやら違うようだ。
「ネフィア。聞こえるか? 空が明るい」
「聞こえる。トキヤは大丈夫?」
「ああ、エリックが笑い捲って不気味だが大丈夫だ」
「そっか………よかった………はぁ………ごめん………迎えに………きて」
「そっちは?」
「ちょっと体が…………ヨウコ嬢も動かない」
「………迎えに行くよ」
「うん…………待ってる」
会話が切れる。向こうで何かがあったらしい。
「エリック、ヨウコ嬢が倒れた。向かおう」
「!?………ええ。向かいましょう」
「クククク!!」
「「!?」」
目の前に横たわったデーモンから笑い声がする。デーモンから黒い影が立ち上ぼり部屋が薄暗くなる。
「死んでなかったのですか?」
「いいや、肉体は死んでいる。精神体だ………」
「元々、この体は紛い物……我は不滅なり」
王の間に吊るされている死体が笑い出す。ケタケタと。
「………魂を破壊しないといけないか!!」
剣を構え、魔力を流し。走り、黒い霧を切り払った。しかし、手応えがない。
「???」
霧を何度も切り払うが全く手応えがない。
「何処だ? 何処行った!!」
「…………デーモンランス」
「!?」
背後から殺気を感じ、その場を横に避ける。背後からの赤い槍をかわし振り向くとエリックが攻撃していた。
「ふむ。劣種と思っていたが軽いし使い勝手がいいな。こいつの体は」
エリックが槍を構えて笑う。
「!?」
「さぁ……仲間を斬れるか………ん?」
エリックは笑いながら、槍を逆さに構え腹部に突き刺す。
「な、なに!? げほ!!」
赤い槍から血が滴る。
「なぜ!? 体を奪った筈!!………クククク。デーモン王………いい恐怖だ」
笑みが深く、口が歪む。槍を抜きもう一度刺そうとする。
「一緒に逝きましょう!!」
ザシュ!!
2回目の突き刺しによってエリックが倒れる。エリックの体からは黒い霧が立ち登った。今度はハッキリと見え、剣を捨て右手を伸ばし俺はそれを掴む。
「捕まえたぞ!!」
右手に魔力を流し込んで力強く握り潰す。ブシャッと音をたて黒い霧が霧散し、今度は確かな手応えを感じた。
「魂壊し………これで終わったか?」
「げほっげほっ」
「エリック、大丈夫か? いや、大丈夫じゃないな。傷を見せろ…………ん?」
ひっくり返し、服を脱がす。傷跡を見て応急処置をしようと思ったのだが。
「傷跡がない?」
「…………どうでしたか? 名演でしたでしょう?」
「いや、血があった筈?」
「デーモンランスは血を媒介に産み出します。傷跡を偽装するぐらい簡単ですよ………あとは痛みを悪夢で再現すればこの通りです!! 演じきりましたよ。はははは」
「さすがはオペラ座の怪人だ」
自分も騙されてしまった。
「ははは!! お褒め預かり光栄ですが………ちょっと血を使いすぎました。立てないです」
「………ギリギリだったんだな。悪夢は晴れたか?」
「ええ、晴れました」
自分は彼の手を取り立たせた後、座らせ休ませる。笑顔のエリックは何か憑き物が取れた顔をする。満足そうに光を浴びる。
「帰りまでが戦場だが……大丈夫か?」
「ええ、休憩したら折り返しましょう。ヨウコ嬢が待っています。放火砲は失敗したようですね」
「…………いま、物騒な名前を聞いたぞ?」
「ははは、何でもございません」
俺は背筋を冷える気がした。もしやこの光は……と思ったのだ。
*
少し休憩したあとに城の廊下を俺たち歩く。悪魔やデーモンは外の光景に口を開け驚き。そして震えていた。太陽が落ちてくるのかわからないといい逃げ惑う者や。部屋に籠るものなど。侵入者の騒ぎではないようだ。
「……」
何事もなく外へ出ると陽射しが眩しくて少し暑い。いったい何が起きたかをネフィアに問うがネフィアの返事はなかった。
「急ぎましょう。トキヤ殿」
「ああ、仮面はいいのか?」
「もう、被る必要はないですから」
二人して、ネフィアの元に向かう。歩きながら町を見るとスケルトンもゾンビもいない。空に浮かんだ物をじっと目を細めて見ている者や、何が起きたかを調べようとする者が溢れていた。
「急ごう」
「トキヤ殿あれを!!」
エリックが指を差す。壁の近くに来るといくつかの家屋が崩れ、燃えており、何か戦闘があったことが伺い知れる。自分達は焦り、駆け足で壁の階段をあがる。
「ネフィア!?」
「ヨウコ!!」
ネフィアとヨウコは倒れていた。ヨウコ嬢に至っては一糸纏わぬ姿だ。慌ててエリックが服を脱ぎ被せる。
「いったい、何が起きたんだ?」
「……………ヨウコがネフィアを襲ったのです。邪魔されないように。遠くに放火砲が見えるでしょう?」
エリックが知っている口ぶりで話をする。元々、都市ごと滅びる気だったと説明してくれた。なんちゅうことを考えるんだこいつ。
「じゃぁ、あれは?」
空に浮かぶ放火砲の火球を指差す。光を出すだけで………何もない。
「トキヤ殿。ネフィア嬢が何かやったようですね」
「ああ、らしいが何をしたんだ?」
「…………姫様は本当に底が知れないですから」
「そうだった……」
ヨウコ嬢はエリックが背負い。俺はネフィアを背負う。耳元で寝息が聞こえる。痛みより疲れが大きいのだろうが笑顔でスヤスヤと眠っていた。
「終わったな」
「終わりましたね」
各々の嫁を背負い、俺たちは輝ける都市の帰路につくのだった。
§
教会へ帰ってきた。二人を別々の部屋で横にし、疲労に効くと言う薬をいただき薄めて飲み込ませる。夜になっても光は小さくなったもののまだ照らし続け、悪霊とスペクターが現れても影のある場所から動かさせず、恐怖を覚えさせていた。彼らには恐ろしいらしい、あの光が。
「………ん」
「起きたか? いや……寝言かぁ」
「トキヤ……むなぁむなぁ………もう仕方ないなぁ。いっぱい飲んであげる」
「呑気だなぁ~」
頭を撫でる。本当に寝てる姿は可愛らしい娘のように幼い。
「トキヤのせいえ………むぐぅ!?」
「おい!! 起きろ!! 変な夢見るな!!」
今さっきの穏やかな空気がなくなる。なんちゅう夢をみてるんだ。
「むぐぅ!? んん!! ぷは!!……………あれ?」
「くっそ、かわいいと思ったのに………」
「…………あれ? あれ? せい? えきは?」
スパーン!!
「痛い!? ん?……………あっ!! トキヤ!!」
「やっと起きたか……」
自分はため息を吐く。本当に調子が狂う。女になって大概の事に動じないのはすごいと思うが、その結果で俺の穏やかな気持ちが吹っ飛んだ。
「ネフィア、寝言はかわいいので頼む。本当に周りの目があるんだぞ。特に今回は」
「痛い……叩き起こされた。私が何をしたんだよ~」
「ごめんな……しかしな……まぁ……うん」
説明する気もおきない。
「うぅ………頭がヒリヒリするぅ………」
「ネフィア、火傷は大丈夫なんだな?」
倒れているネフィアは皮膚が焦げていた。今は全くそんな事はない。ツルツルだ。
「それよりも今は頭が痛い……叩きすぎだよ……」
さすがは亞人。人間より生命力が高い。回復魔法と薬を用意すればすぐに軽傷は治る。
「ごめんな」
一応頭をさする。ニコニコと頭を自分に委ねるネフィアに平穏が訪れたことを知る。
「うん。でっ……ここは教会?」
「ああ、そうだ。強敵だったぞ、一瞬で夢の世界に導き深淵に落とし込む奴だった」
「…………ふーん。あっ!?」
ネフィアが立ち上がろうとする。それを慌てて肩を掴み静止させた。
「ネフィア!? どうした!?」
「ヨウコは!? ヨウコは大丈夫なの!!」
「あ、ああ。大丈夫だぞ。隣の部屋だ」
「そっか…………良かった」
「何があった?」
「それは………」
壁での出来事を聞く。内容は予想通りの仲間割れだった。そして最初から、ネフィアを連絡係として用意させられた事。ネフィアの能力を知り、エリックが苦戦するようならエリックもろとも崩壊させる。ただ誤算は放火砲を炎の魔法に近い物だったと言うこと、それをネフィアが知っていたことだった。
「声が聞こえたんだ~」
「ん?」
「『絶対、認めません。そんな結末を』て」
たまにネフィアは変なことを言う。まぁそういう変なことは戦場では普通にあることなので気にしない。それを含めて指輪を渡したのだ。変人なのは覚悟の上。
「そうか、女神によろしく」
「うん!!」
満面の笑み。疑わない。神の存在を。
「終わったね………よかった。何もなくて」
そういえば、怪我はしていない。精神も蝕まれてない。エリックは笑っていたが………今思えば、無理をして笑っている気もする。
「無傷だな珍しく」
「珍しく、私の方が傷だらけ」
「……護れなくてごめんな」
「……うん、護って貰えなきゃいけない弱さでごめん」
「そこは、気にするな」
「なら、気にしない」
「………ふっ」
「………クスッ」
少し静かに笑い会う。
「トキヤ、今何時?」
「零時を過ぎた辺りだろう。お前も起きたことだし、行ってくる」
「どこへ?」
「戦争は始まりや途中が大事じゃない。一番大事なのは終わりだよネフィア」
「?」
「理解しなくていい。そういうのは出来る奴がやればいい。安静にな」
「………トキヤ、待って」
「ん?」
ネフィアが立ち上がり。勢いよく飛び。俺はそれを抱き締める。注意を促そうと思っていても抱き締め瞬間には口は塞がってしまっていた。
すぐさま、彼女は離れて手を後ろで結び上目使いで笑みを溢す。
「早く、帰ってきてね」
「ああ、わかった」
俺は、扉を開け。部屋を出た瞬間に唇に触れうずくまる。
「くっそ、いきなり不意打ち過ぎる」
軽い、挨拶のようなキスだったが。心臓が痛くなるほどに驚いたのだった。
*
私はヨウコの隣で彼女の寝顔を眺める。頬の打撲傷以外は目立った外傷はなく。ネフィア嬢の技量が伺い知れた。どうやって気絶まで持って行ったのかわからないが。全て、彼女のお陰で今こうして生きていられる。
「………んん」
「ヨウコ」
「ん………あれ? ここ………地獄かのぉ?」
「残念、地獄へは落ちてません」
「天国じゃと?」
「それも違います。私たちは生かされました。この世界に」
「………なぁんだ。天国なのね」
「いや、違いますよ。難しく言いましたね。死んでません。現世です」
回りくどく言い過ぎたようです。
「ふふ、わからないのじゃな………お主がいるだけで天国じゃ………一緒に居れるのじゃな………」
「……………本当に申し訳なかったです」
「何で謝るのじゃ?」
「貴女の好意を使い。復讐を成そうとした。親友であるネフィア嬢と仲違いさせ、辛い選択を迫らせました」
「……………後悔はないのじゃ。どうしたのじゃ? 仮面は? それより………なぜ泣いているのじゃ?」
自分は唇と拳を握りしめた。終わってみれば情けない。やっと彼女を見ることが出来、そして自分のやったことがあまりに愚かだった事を知る。復讐は成したが………自信がついた訳じゃない。結局、過去は過去なんだ。
「エリック………ん」
ヨウコが体を起こし、泣いている自分の頭を抱き締める。
「エリック、良かったのじゃ………これで心置きなく幸せになれるじゃろ………」
「ぅ………ええ、なれます。今がそうです」
「お主は頑張ったのじゃ。逃げなかったのじゃ………怖くても。男らしい私の自慢の王子さまじゃぞ」
あたたかい。本当にあたたかい。これを捨てようとしていたなんて……そうか……多くの女性は暖かいのでしょう。
「自分は自分を隠し。劣等種であり。自信なんてこれっぽっちも持てません」
「持っておらぬの………じゃが。それがエリックじゃろ」
「はい、ヨウコ。これまでこれたのは貴女のお陰です。これからは………今まであった償いをしたい」
「エリック、女はの不憫な生き物じゃ。劇場のヒロインたちと一緒での…………好きな人のためにやることは過ぎれば苦ではないのじゃよ。お主がやる事はの」
ヨウコが自分の顔を上げさせ首を傾げて笑いかける。そして、一つ目を閉じ。唇を重ねる。深く甘く。劇場のヒロインの誰よりも想いを乗せた行為。
「仮面の取ったお主の顔は本当に大好き」
自分は、彼女に惚れる事が出来るようだ。体が熱い。劇場の観客より、心臓の音がうるさい。
「…………ネフィアに謝りたいの。そして………お礼を言いたいの。怒ってるじゃろうなぁ」
「私から先に頭を下げます。ヨウコはお休みください」
「ん………わかったのじゃ。はぁ………幸せじゃ。ありがとう、女神様」
ヨウコは横になり、笑いながら寝息を立てる。自分は立ち上がり。部屋を後にした。
*
「ご主人様」
「様子はどうだった? インフェ」
「姫様と騎士さまは長い付き合いの恋人同士な所から。付き合いたての恋人のような抱擁とキスでした。その後も騎士さまは恥ずかしさでこっそりドキドキしてました!!」
「インフェ? インフェ?」
「もう二方は復讐者と片想いのような関係が終わり、本当に愛し合える。ヒロインと王子さまの関係に変わって、深い愛を王子さまは受け取った所です!!」
「い、インフェ!! 私はね様子を見に行けと言ったのであって。覗き見する事は言ってない!!」
「ご主人様、たまたまです」
「たまたまにしてはタイミングが………」
「不可抗力です。ご主人様」
「………インフェ。この事は内緒にしましょう」
「はい。胸の宝箱に閉まっておきます」
「まぁ元気なら良いでしょう。では、処置を検討するために話し合いを設けたいですね」
「はい。伝えに行きます。怪人と騎士さまをお呼びしますね」
「ああ、明るいが深夜にすまないと言っておいてくれ」
「はい」
ガチャ
「残念だがもう来てる」
「いいご趣味ですね。覗きとは………」
「………申し訳ございません。私の憑き人の不祥事です」
「そうだな。不祥事、罰として眠れなくなった相手をしてもらおう」
「それはそれは、トキヤ殿も眠れなかったのですね。私も付き合っていただきましょうか?」
「ふぅ、インフェ。秘蔵の物とグラスを」
「はい、ご主人様………すいませんでした」
「いいや、いい。その幼女の姿だ………他人の恋路を見たくなるのも仕方がない。君のご主人様が代わりに謝ってくれてるさ」
「ええ、そうですね」
「………はい、ではすぐにお持ちします」
ガチャン!!
「帰ってくるのは5分10分。トキヤ殿ちょうどいいです。聞きたいことがあります」
「それはいい!! 私めも少しだけ、トキヤ殿の話を聞きたいと思っておりました」
「インフェ聞かれたら嫌ですので。すぐに質問を………」
「ああ、いいぞ。二人とも」
「………姫様は一体何者ですか?」
「私も同意です。姫様は一体何者でしょうか?」
「…………難しいな。何故何者かを気にする? 俺は気にしないが?」
「私は姫様の魔法を見たときに軽い状況説明で思ったのです。『この人はいったい何をしてるんだ?』と」
「私は怪人として出会ってから今までに彼女と同じ婬魔を沢山見てきましたが……彼女は違う。悪魔とも違う。そう、全く同じようで違うのです。『婬魔』なのが疑わしいです」
「………要はあいつは『魔王である』じゃ~納得しないのか?」
「私は納得します」
「………私めは納得せず。疑問を持ち続けます。考て見てください。全て、上手く行きすぎではないでしょうか? ここにいる誰もが五体満足です」
シーン
「…………」
「確かに…………」
「ですから、こう思うのです。誰かが手引きをしている。もしくは『援護している』と。そして、それを姫様は『女神』と仰っていると」
「あいつが喋っているのは幼少期の孤独を埋めるために作ったもう一人の人格なんじゃないかと思っていたのだが?」
「トキヤ殿………自分の姫をそのように思っていたのですか? 狂人か何かと」
「ああ、変なこと言ってかわいいなってな」
「なんとも……………」
「私はそれは違い。『居る』と思ってしまうのです。現に奇跡でしょう? 放火砲を無力化し闇を払い。勝利に導いたことは」
「…………はぁ。二人とも難しく考えるなぁ~。あいつはネフィア・ネロリリス。魔王であり……婬魔、悪魔のハーフの元男だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そうですか。もしやっと思いましてね。彼女が………め……」
ガチャン
「持ってきました!!」
「ああ、インフォありがとう。すごく早かったね」
「はい。お客をお待たせさせておりますから。おつぎします」
「…………では、皆さん」
「ああ」
「ええ」
「今日の勝利に乾杯」
§
トントン!!
「どうぞ………あっ」
私は自分の部屋で服を脱ぎ。火傷の様子を鏡で眺めていたとき。ノック音にすぐ反応してしまい慌てて近くの布を体に巻く。相手が男性だったら、はしたない姿を謝らなくては。
「ヨウコ?」
ドアを開け。入ってきたのはちょっと伏し目がちな。金狐の獣人だった。女優の余裕ある表情じゃぁない。ゆっくり小さく自信なさげに口を開く。
「………うむ。その………謝りに来たのじゃが………何故ゆえ、その姿なのじゃ? そういう趣味かの?」
「あっ……ええっと火傷の跡の確認を。綺麗な体ですから」
「………」
スッ
ヨウコが床に座り、ゆっくり頭を床につける。
「すまんかった!!」
私はそれが東方の土下座と言う謝罪と知っている。多くの人に広まった謝罪方法。私は溜め息一つ吐く。
「許す!!」
そして、大きく声を張り上げて言い放った。
「………いいかの? そんなに簡単で?」
ヨウコ嬢はゆっくり顔を上げ驚いた表情をする。そりゃ死闘だった。しかし生きている。
「つべこべ言わない。こう言うのはすっぱり許せば丸く収まるの!! 結果良ければ全てよし。さぁ立って手伝って背中の火傷後に薬が濡れないのよ」
私は布を取り背中を見せる。
「ふふ、そうじゃの………流石、一度は玉座に座った者じゃの」
「関係ないよ。早く~」
「わかったぞえ~。ん? 背中に傷はないのぉ」
「えっ? そうなの?」
私は「やったぁ」と思い喜んだ。
「そうじゃ、綺麗なもんじゃ」
「うーむ、そういえば戦いで背後を許してないね。トキヤ以外で背後見せてない」
「……まぁ、強かったのじゃ。手加減されてもの~。やっと空にある、あの光は消えたのじゃ」
「そっか。良かった~眩しかったもんね。エリックも大丈夫だった?」
「そうじゃの。心身疲れておったが………憑き物は取れたの。あの鬼気迫る感じは無くなったの」
「良かったね」
「………ありがとうなのじゃ。謝るよりも感謝したかったのじゃ。幾度、我の恋路を救ってくれての」
「御安い御用よ!! だって!!」
私は振り替えってしたり顔で言い放つ。
「友達!! そして殴りあった親友でしょ‼」
「………ふふ、はははは!! 殴りあった親友は男同士の話じゃぞ!!」
「ふふ、別に男の専門じゃないでしょ? ごめん、そこの濡れたタオル取って」
「ん?」
私は水の入った木桶を指を差す。
「風呂とか水浴びはまだ染みるから」
「背中を拭いてあげるのじゃ」
「うん」
背後で水を絞る音が聞こえる。
ピトッ
「ひゃ!? つめた!!」
「おっと、すまぬ」
「大丈夫、最初は驚いたけど慣れた」
「にしても………肌綺麗じゃ。手入れしてるのかの?」
「冒険者だからする暇ないかな? でも、傷は全力で癒してる。好きな人の前では綺麗な体でいたいから」
「………ごめんね。全力で戦ってしもうて」
「許したのに‼ もう蒸し返さない!!」
「ごめんなさい」
「すいません」とは言わず本当に申し訳なさそうに喋る。
「謝りすぎ!! もういいって~笑顔だよ。好きなひとにはそんな顔しないでしょ?」
「そうじゃの!! 湿気た面はよろしくないの!!」
「そうそう!!」
「………にしても本当に肌綺麗じゃの」
「ヨウコも綺麗だと思う」
「我のは手入れを欠かしておらんぞ。特に尻尾はの~9本あるし、すぐに埃を巻き取ってしまうんじゃ」
「大変そう。尻尾があると」
「大変じゃぞ、一本一本神経が通っておっての~変な当たり方すると痛いんじゃ」
「触ってもいい?」
「いいのじゃが? 根本は止めてくれの」
「はーい」
私は振り向いて背後に回って撫でる。ツルツルした毛。しかしふかふかで柔らかい。狐の変化のときのあの尻尾はもっと凄いのだろうと予想。触ってみたい。
「変化出来る?」
「今は無理じゃ。声は聞こえぬ故、力を蓄えなくちゃならん。ん…………ね、根本は止めるのじゃ!! あふぅ………」
「変な所が性感体だね?」
「最近知ったのじゃ。ほら、離せ!!」
「はーい。で、声が聞こえないとは?」
「そうじゃの、女神じゃったか。囁きが聞こえないの………変わりに優しい声は聞こえたのじゃ」
「ん? どんな?」
「『ごめん、そして。これからはお幸せに』じゃ」
「それって………もしかして。こんな声?」
私は今までに囁かれた声を全く同じように表現をする。どちらかと言えば私に似た声質。可愛い声の主。
「そうじゃ。ネフィア似のその声じゃ………やっぱり女神かの? 居るんじゃの?」
「居ますよ。見てくださってます。私たちが愛を持ち続けてるかぎり」
「ふむ、わかった。じゃぁ…………ネフィア。力をくれた女神は一体何者?」
「…………?」
「我は始めに聞いた声と今の声は全然違うのじゃ………お主の囁く者と我の囁く者は違うのじゃ」
「ん?」
少しだけ。キナ臭い話になってきた。
「そしての、囁くのは魔王を殺せじゃ」
「………なんですかね?」
「わからんのじゃが。もう聞こえないのじゃ………でも気を付けるのじゃ」
「わかった。肝に命じる」
「………最後にの」
「うん」
「その、胸揉ましてくれぬかの? どんな感じなのじゃ?」
「あっ!! 私もヨウコの揉んでみたい!!」
そこからは二人で胸の感触を味わった。ヨウコの胸はちょっと垂れ気味だったが手を包みような柔らかさだった。私の張りの強い胸とは違った感触だった。
*
「ふぁあ~眠い。戦闘後からそのまま夜通しじゃぁ………やはりきついか。昔なら2、3日は戦えたがな」
ガチャ
ボーッとする頭を押さえながら借りている寝室へ足を運ぶ。戦後処理っというよりか。お金の用意とこれからの事を話し合い。情報交換も行った。体が重いが、やることをやらなければいけない。やっと……終わったので後は寝るだけだ。
「ふぁ~ネフィア。遅くなってすまん………色々あって……………」
「「!?」」
目に前でヨウコ嬢とネフィアが胸を揉み合っていた。ネフィアの手いっぱいでも掴みきれない程に大きいのが分かり、逆にネフィアの胸はしっかりと掌いっぱいに収まっている。元気であれば喜べるほどの光景だが今は眠気が強く反応できない。一体何があってそうなったのかわからなかったが、理由だけは納得していた。
「とうとう女を襲ったかネフィア。すまんが外でやってくれ眠いんだ」
「えっ!? 違うよ!!」
「大丈夫、お前は元男でもあるんだ。襲ったって不思議じゃない………ふぁ~ねむ。エリックも帰って来て寝てるだろうな。エリックも寝てるだろうから別の部屋で盛ってくれ。エリックには秘密にしといてあげるから」
「と、トキヤ!! 誤解!! わ、わたしは女だから女同士じゃ無理だよ!! それより欲情しないの!?」
「ごめん。睡魔が強い………飲みすぎて頭が痛い」
「え、えっと!! そうじゃの!! 我は帰るのじゃ!!」
そそくさと服を着て、飛び出すように部屋を出る。焦った姿はなんとも可愛らしかった。別に気にしない。それよりも睡魔が強く。
俺はベットに倒れるように体を横にする。
「と、トキヤ!! 話を聞いて!!」
「………すまん。起きてから話し聞くわ………おやすみ」
ネフィアが何かを叫んでるが自分は魔法で音を遮り。安眠するのだった。
*
「おはようトキヤ」
「お、おう?」
目を覚まし体を起こす。疲れは一切取れていないが眠気はない。少し首を傾げる。
「まだ、数時間も寝ている気分じゃない? 今さっき寝たばっかりですぐに目が覚めてしまった。いや、あんだけ眠かったんだそうそう起きれる筈はない…………っとなると」
「……………ぴー」
「口笛吹けてない。何した………いやこれは夢か」
「無防備だからスッと入れたんだよね‼ 操ってこの部屋を出したの」
「………まぁ起こした訳じゃないし。いいか」
一応は寝ている。
「そ、そう!! トキヤ、勘違いだからね!! 私は襲ってないから!!」
「…………俺の目には行為に走る一歩手前だった気がするが?」
「違うよ!! 信じて!! 私は、えっと………そのぉ………つ、つ………えっと………女の子だから!! 女の子だからね!!」
真っ赤になりながらネフィアが抗議する。下ネタを思い付いたのだろうが言える勇気は出なかったようだ。かわいい。
「わかったから……っで何であんなことに?」
「えっと、私の胸と他の人の胸を比較したくて………頼んだの。あっ!! ヨウコの胸ね!! 大きくてすっごい柔らかかった!! だから、ちょっと垂れちゃいそう」
「いや、カミングアウトしなくていい……死闘の後に変な理由で仲良くなるんだな……すごいよ、お前」
「でも、女の子同士だから触りっこ出来たんだよね」
「本当に凄いなそこも……元男って知って触らせるんだから」
ある意味、口に出すより勇気がいるだろうに。しかし、女子だけになると気が大きくなるのかも知れない。
「それだけ今の私は女の子なんですけど~もう元男とか元男とか、ええっとしつこいです!! あれもついてないの!! 立派な女なの!! 今は穴なの!! 昔は昔!! 今の私を見て!! ほら!!」
スカートを捲って確認させようとしてくる。
「だぁあああ!! スカート捲るな!! 知ってるから知ってるからな!!」
「本当に~なんか最近よく言う」
「誰がお前を女にしたんだよ」
「……………凄い説得力」
うんうん頷きながら納得するネフィア。はい、かわいい。
「ふぅ、まぁそう言うことだ。女の前に家族だけどな」
「か、家族?………ふふ、へへ~そうだよね家族だよね。ああ、本当に夫婦なんだぁ~今でも現実味がなくって夢みたい」
「今は夢だけど?」
「起きても、夫婦ですぅ~へへへ」
自分の体に擦り寄せてくる。
「ねぇ、お話し長かったね」
「長かった。一応、教会は現状維持の徹底しこの都市の勢力争いを静閑するだってな。あと、エリックと俺でデーモン倒したから報酬、山分けになり。仕事も終わったから自由だ。明後日でも都市を出よう」
「うん。わかった」
「ああ、後。エリックもついて来る。パレードだってさ」
「一応行くんだね」
「ああ、それと一緒に教会の主も呼ばれてるから行くんだってさ。有力者は集まり出してるな」
「………ちょっと道草し過ぎたかな。ヘルカイトさん元気かな?」
「まぁ帰っての楽しみだな」
「………そうだね。ねぇトキヤ~淫夢見ない?」
「夢でいいのか?」
「夢も現実、断るなら。キスを受け入れないで」
「…………」
俺は目を閉じてネフィアの朱を奪うのだった。
*
仮眠を取り起きた後に私は予備の仮面を付ける。そして、仕事の段取りを終わらせて自室へ戻ってきた。
「エリック。仮面を何故つけるのかの?」
「オペラ座の怪人として。最後まで演じますよ。パレードは終わりませんでした」
「魔王城にいくのじゃな」
「ええ、見たくないですか? 姫様の実演を………魔王と言う地位を捨てる瞬間を。いい台本を作るためにも欠かせませんよ?」
「台本、書くのかの?」
「ええ、演じるのはある講演を最後に辞めようと思っております」
「やめてどうするのじゃ?」
「………それはですね。ヨウコ嬢!! 私と共に理由を聞かずついてきてくれませんか‼」
「…………ふむ。いいじゃろ。ここより地獄はないじゃろう。だから、何処へでもついていきます」
「ありがとう!! では、幕をあげましょう‼ あなたを幸せにする演目を!!」
「…………うれしいのじゃ………ずっと待ってたのじゃ。心からの言葉を。うぅう………すまん、ちょっと胸貸して」
「いいですよ。昨日は私が。今日はあなたが泣き虫になる番ですか?」
「そうじゃの………でも。嬉し、涙じゃの」
私は、新しく仮面を被る。恥ずかしさを隠すため。そしてそれ以上に仮面の有無が彼女の愛を左右するものではない事を知っている。知り得た。
「姫様、一つ…………甘い口づけはいかがでしょうか?」
「いただきましょう。満足させてくださいね」
「もちろん」
その日は、深く二人で絡み合った。互いを求めるように貪欲に、深く、甘く。劇場より激しく。
§
都市インバスには変わった事無い。いつものように昼は平和であり、夜だけが少し勢力争いが激しくなっただけで結局、一番上を倒してもなにも変わらなかった。
だが、波乱の次に上になる者で都市は変わるだろう。それまで、この都市はどうなるか私にはわからないがいい方向へ向かえばいいなと思い旅に出る。
「ネフィア、準備出来たぞ。馬車に荷物を入れ終えた」
「わかった。今行く。行こ、ワンちゃん」
「ワン!!」
物憂げに考えながらのドレイクに対するブラッシングを終えた私はドレイクに手綱をつけ、黒石作りの馬小屋を出る。
出た場所は待機所。大きい広場のような場所に沢山の馬とドレイクが手入れや取り引きが行われている。その広場に何台も連なっている馬車の一つに見知った顔ぶれが立っており私は手を振った。
立っている顔ぶれは宿屋の店主に教会の主……オペラ座の怪人と狐の姫に狂った勇者だ。狂ったとは、まぁ私に対しての評価である。
「連れてきたよ。ワンちゃんもひさしぶりに外だね」
「ワン!!」
「………わん? ドレイクとはこんな泣き方でしたっけ?」
「へんじゃの?」
オペラ夫妻は首を傾げる。
「ああ、これ買ったときから変わった鳴き声なんだよ」
「面白いですね。ご主人様」
「ええ、面白いですね。それよりも馬車での旅の方が気になりますね。任せましたよ、留守の間」
「はい、主よ。妹共々お守りします。では、仕事がございますので失礼します」
宿屋の店主が馬車に2頭ドレイクを取り付けたあと。嫁と仲良くおじきをしその場を去る。
「準備できましたし魔王城へ行きましょうか。教会の主として呼ばれてなすので」
「どれだけの多くの人が集まるのでしょう?」
「どうでしょうね。行ってみればわかりますよ。一つ言えることは帝国からも来ているようですね。宿屋の帳簿にありました。連合国からもですね」
「宿屋は情報集めに優秀だなぁ」
トキヤが私の感心した言葉に頷く。
「では、私たち夫婦はパレードの先導もありますのでまだこの都市で残っております。一緒に行きたかったのですが………無理でした」
「そうじゃの。この都市で終わる予定じゃったから。物品が足らんのじゃ………」
酷い理由である。まぁそうなのだろが。
「ええ、それに放火砲をもとの場所へ戻してもらわなければいけないのでその指示もしなくてはこの都市が危ないですから」
危ないもんね。あんな遺物。
「オペラハウスってそう考えると物騒だね」
「放火砲4門とか。怖いわなぁ………ネフィアがいなかったら消し炭だもんなぁ」
本当にな。
「では、私たちも用事があります。魔王城への旅に幸あらん事を」
「幸あらん事をなのじゃ」
「うん。エリックさんもヨウコもまた会いましょう」
二人が待機所から去る。残ったのは吸血鬼と幽霊だけだ。すると何やら騒ぎが起きる。
「グルルル!! ガオォ!!」
「がおぉ!!」
「ん?」
馬車の前に繋がれてるドレイクが吠え出す。ドレイクがドラゴンの咆哮のように野太いのは元はドラゴンの末裔だからだろうからだ。ワンちゃんこと私の旅で用意したドレイクと睨み合っていた。
「ワン」
「ググルルル…………」
一吠えと睨みで、2頭のドレイクが萎縮する。ワンちゃんが2頭の手綱を噛み千切り。馬車の金具を器用に外して2頭を逃がした。というか逃げてしまった。
「ワンちゃん!?」
「おいおい!! ちょっとまて!!」
トキヤと私で急いでなだめに入る。ワンちゃんが手綱を咥え鼻を私に押し付けた。
「ど、どうしたの? この手綱………あっ馬車の?」
「ワン」
「おいおい。この馬車は大きい。2頭はいるぞ?」
「でも。ワンちゃんが引くって」
「いけるか? まぁいいや!! 俺はそこにいる逃げたドレイク捕まえるからお前は繋げておいてくれ」
「はーい」
私は長い手綱と馬車の金具をつけ、馬車とドレイクを結ぶ。トキヤは逃げた2頭を馬主に理由を話している所だ。
「なかなか気が難しいドレイクですね」
「売れ残ってたの」
「ああ、そうですか。理由があるドレイクなのですね」
すぐに何かを察したのか吸血鬼は納得する。しかし、現状はそこまで悪い買い物では無かったと思っている。非常にかわいいので。
「ワンちゃん大丈夫?」
「大丈夫だ」ボソッ
「そっか、ワンちゃんはすごいなぁ………えっ!?」
「ワン」
「…………今、しゃべった?」
少し、渋い声を聞いた気がする。ドレイクを返し終えたトキヤが戻ってくる。
「ト、トキヤ!! ワンちゃんが喋った!!」
「ネフィア、また妄言かぁ?」
「ひ、ひどい!! いつも妄言を言ってるような言い方!!」
「今さら、喋ったって気にするなよ。ヘルカイトは喋るぞ」
「そ、それは……そうだけど」
エルダードラゴンとドレイクは違うと思う。ワンちゃんは何故かそっぽ向いている。
「まぁあれだ。喋るんだよきっとな?」
「………トキヤ、信じてない」
「………おい。ワン。喋れるか?」
「ワン」
「だっそうだ」
「……………うーむ。二人は聞いてません?」
「いえ、姫様と仲良くされている所しか」
「ご主人様と同じです」
私は首を傾げる。気のせいだったのだろうか。
「では、出発しましょう。私が手綱を………」
「ごめんなさい。馬車は私とトキヤで交代しながら手綱を持ちます」
「姫様が?」
「この子。私たち以外だと嫌がってダメなんです」
「そ、そうですか。しかし、姫様が馬車を引くなんて………」
「多芸ですね………姫様」
「へへ、そうでもないですよ。では、乗ってください」
「わかりました。お言葉に甘えて」
吸血鬼と幽霊が荷台の扉を開けて中に入る。私たちはローブを着込み顔を隠した。
荷台の運転席に乗り手綱を持つ。ドレイクがしっかりした力強い足取りで歩き出し馬車を引く。
1頭だが、力強く引き。待機所から表通りを出る。久しぶりの壁の外。魔物に気を付けながら魔王の土地へ旅立つ。
「長く居たね」
「本当になぁ~長い」
「ねぇ、トキヤ」
「ん?」
「呆気ないね。旅立つのあんだけの事があったのに」
「それが冒険者ってもんだよ」
「冒険って………楽しいんだね」
「あと少しだな」
「うん」
馬車に揺られながら、私の故郷を目指すのだった。
*
魔国の下町の酒場。広い店だが、昼間なためガラガラである。夜になれば衛兵ばかりがここへ来る。私は仕事を休み飲みに来ている。エルフ族長としての仕事が減り暇になったのだ。
「はぁ………姫様ぁ………はぁ………」
「あのなぁ。昼間っから暗い顔して族長という立場で酒を飲むのはいいのか?」
「今日は休んだ。気が乗らない………」
「そうかぁ。まぁ………休みなら何も言わねぇよ」
マスターが離れる。
「マスター。話し相手してほしいのだが?」
「…………すまねぇ。下準備があるんだ」
「逃げてないか?」
「お前の絡み酒は面倒なんだ。姫様、姫様って………うるさい」
「仕方がない。惚れた弱みだ」
しかし、女性として惚れたと言うより全てに惚れたと言うべき事だ。そういえば、城に似た女性が居るが姫様ではないが似ていた。首輪をつけていたし、鎖で引っ張られていたので奴隷だろう。
「………あれは一体何だろうな。調べるか」
「おい、朝からなに飲んでるんだ」
「ん?………おお。帰ってきたのか!!」
声の主に向く。声の主はダークエルフ族長であり衛兵を纏める衛兵長だ。今は要人が多く集まり出して大変忙しいと聞く。
「1週間前にな………思いの外、忙しくて忙しくて」
「そうか。私は干されているから暇だ」
「絶交したらしいな」
「いいや、絶交はしていない。他の族長を重用しているだけだ。まぁ暇でいい。マスターに会えるしな」
「…………帰ってくれ。絡まないでくれ」
「おい、エルフ族長。嫌われているじゃないか!!」
「嫌われものだからな」
「いや、本当に絡み酒が………」
「客の相手をするのが店主の努めだ」
「…………はぁ」
ドンッ!!
隣に屈強な黒いエルフが変な武器を置き座る。
「マスター同じもん」
「ありがてぇ。任せた………絡まれたら仕事が出来ん」
「タダで飲ませろよ」
「1杯なら」
「よし。もうけもうけ」
ダークエルフが笑う。昔に比べ、俺の前で笑うようになったのに驚く。
「エルフ族長、グレデンテ。姫様に会ってきた」
「ん? 元気でしたか?」
「ああ元気。そして。戦ってきた」
「ふむ、結果は?」
「殴り倒され、斧は奪われ、一切手出しできず負けた」
「あの、戦斧を奪われた? もしや、それでこの奇っ怪な武器を使ってるのか? 返して貰えなかったのか?」
「戦斧は返してもらったさ。だが、柄が長い武器はダメだ。掴まれたら終わり。故に作ってもらった。柄が少し短く。刃先を長く。ブレードランスと言う。片刃の大剣のようだが、柄が長く槍の使い方だ」
確かに武器は柄が槍より短い。代わりに刃先を長く。槍程に延びている。片刃の大剣と言われれば分かりやすい。詳しく聞くと柄を掴まれて負けたらしい。
「一撃一撃が女のそれとは思えんほど重かった。芯に響く打撃だったよ………」
「それはそれは。私なら喜んでましたね」
「嘘だろ!? おい!?」
「嘘です」
「くっそ。真面目な顔で言うな!!」
「騙されたのが悪い」
「「ははは」」
コップで乾杯し一気に飲む。
「ぷはぁ~お前の言った通りだった。あれは………確かに変わった。大きくなった………おしいなぁ」
「でしょう。姫様なら『今の魔国を変えれる』と思うんですがやる気を全く持っていない」
「勇者トキヤと言う手練れにゾッコンだったな」
「ええ、ですが。彼と約束はしました。いつか叶えばいいですが。ゆっくり地道に頑張ってみます」
「………それについてなんだが。詳しく聞かせてくれ」
「いいですよ。ありがとうダークエルフ族長、バルバトス」
「ああ、いいさ。同じ志だ…………『魔国内で俺らの地位向上するんだろう』」
「ええ。では、マスター。会計と鍵を借りる」
「おう」
金貨を数枚置き、私達は立ち上がった。
「姫様の行ってきた事を調べよう」
「何かいい案があるのか?」
「ええ、ありますよ…………素晴らしい手が」
勇者の約束を満たす方法を見出だしていた。天啓があった。だからこそ。
「まぁ一枚噛ませろ」
「ええ、君が居ないと始まらない」
何年かかっても、目的は遂行する。
*
魔王城の玉座、大広間。目の前で膝をつき、報告を聞く。
「トレイン様、都市インバスでの反乱は収まったようです。父上様も崩御されたかと」
「そうか………母上は死んだか」
「ええ」
「ふむ。目上の邪魔者は消えた。母上も自由になっただろう………ネファリウスも使いによっては素晴らしい働きだったな」
毒をもって毒を制するとはこの事だろう。アラクネの問題児も死んだ。ネクロマンサーも亡くなりエルフ族長も大人しくなる。これほど動きやすくなるとは。
「素晴らしいな。悲しいことに側近が死んだが…………まぁいい。他にも優秀な者はいる」
「私めとかいかがでしょう?」
「やる気があるなら良かろう」
「はっ!! 誠意を持って職務を全うします」
自分は席から立ち上がる。
「そろそろ、役者は揃ったか?」
「ほぼ揃っております。オペラハウスのパレードが行われた後、開演と致しましょう」
「ああ、新しい魔国の誕生だ。そのために…………用意した」
「ええ、大人しくしておりますよ」
笑う。ただただ笑う。懸案事項は魔王だが………別に本物を用意する必要はない。
「魔剣の持ち主が魔王ではない。魔王は作れるのだ」
長かった。しかし、これからだ。自分は拳を握りしめ、胸の奥の熱さを抑え込んだ。
§
旅は順調だった。パーティメンバーの吸血鬼と精霊のコンビ。風の魔法使いトキヤと炎の魔法使いの私のコンビは沼地の魔物を退け、深き不浄の森を進み抜ける。
大きくなった精霊は天使のような姿であり吸血鬼とは異質の世界観があった。魔物を切り払う天使は如何にも聖なる者だった。
「綺麗~」
「ありがとうございます。姫様」
「ええ、インフェは美しい」
何故、彼が強者で教会を纏められたかを私は知る。吸血鬼としての強さよりも彼女と言う存在が一つ二つ、吸血鬼の中で飛び抜けた強さを持っていたのだ。絶対に防御が出来ない霊体の刃は恐ろしい。
「んっしょ」
インフェの体が輝き。小さな幼女へと姿を変える。
「時間切れです」
「さっくり倒せたので沢山愛でることが出来ました。魔物に感謝です」
蜘蛛魔物の死体を退かせて馬車を進める。少しづつ森が明るくなっていった。出口は近く花の香りが強くなる。
「そろそろ、不浄地も終わりだな」
「そうですね。花の香りはいつも通り」
森の出口。そして現れる情景に嘆息。トキヤが喋りだす。懐かしそうに、私は彼を見る。彼と出会った土地。
「魔王の土地イヴァリース。不浄地の中の楽園」
「ははは!! インフェ!! 凄いですねこれは!! 聞いていたよりも絵よりも!! なによりも!! 昔に謁見許されてませんからねぇ、初めてですよ」
「ご主人様………インフェも驚きで声が出ません」
「私は帰ってきたんだね」
目の前に広がるは花の楽園。彩り豊かな花の草原。そう、イヴァリースは北の不浄地の中で唯一無二の場所。畑も、小川も、全て清らかな場所なのだ。何故かは知らない。
「俺は帝国で魔国の首都は醜いと聞いていたから、最初は驚いたよ。汚れた地の聖地に………聖地だからこそ。上の者しか住めないのだろうが、この花園は何処にもない」
ゆっくりと馬車は道を進む。花の匂いに包まれた荷台から聖霊は飛び出し花の上を舞う。
「インフェああ、なんとも綺麗な光景でしょうか」
少し荷台でうっとりしている吸血鬼がいるが、気にしない。
「荷台のあいつ。お前みたいだな」
「あんなんじゃない!!」
「本当?」
「………す、少しは」
目線をそらす。心当たりがある。
「まぁ、にしても魔物は居ないな」
「居ないからこそ、聖地。ワイバーンはいるけどね」
「ワイバーン繁殖地」
「そうそう」
夏ごろなら、多くのワイバーンを見れると聞く。
「にしても穏やかだな」
「穏やかだね」
「おっ!! 見えた!! 小さい城が」
「本当だね!! 懐かしい!!」
「懐かしいなぁ~最初は性格がなぁ」
「うっ!」
胸を押さえる。昔の自分を思い出し、なんとも恥ずかしい思いになる。
「かわいかったなぁ」
「んん!?」
「ツンツンしながら、頼って来るとこ……もごぉ!!」
「黙って!! お願い!! 忘れて!!」
「……」
「うぅ。昔は子供だったの」
トキヤはすぐに昔を掘り返す。恥ずかしい思い出を仄めかしいじめるのだ。
「はぁ、まぁ~思い出だしなぁ。今も子供だろ」
「………」
「お二方、聞きたいのですが………どうやって門を潜るのです?」
「それは、簡単ですよねトキヤ」
「簡単だな。馬車は置いていくよ」
「ほう。では、お手並みを拝見しましょう」
ゆっくりと私たちは壁へ歩を進めるのだった。
*
数時間後、私たちは門とは離れた場所の壁の下に馬車を置き見上げる。陽の穏やかな日射しが私たちを照らし。吸血鬼を弱体化させた。苦しそうである。
「よし、こっからにするか?」
「壁への潜入って初めてだね」
「今まで普通に門がくぐれたからな」
「久しぶり? 戦時中?」
「お前に会いに来るぶりだな」
トキヤが魔法で足場を作る。魔方陣が階段状に重ねられ、トキヤはそれを登った後。用意していた紐を垂らす。
次に必要な物を括って、トキヤが持ち上げる。それを数回行った。ドレイクは重すぎたために手綱を外して放牧する。最後は自分の腰に紐を括って引っ張りあげて貰い。吸血鬼は蝙蝠に変化し登った。登った瞬間貧血で倒れ休んでいるらしい。最後に私が引っ張られる。
「おっも」
「私は重くない。鎧が重い」
「いや、鎧を加味してたより……重いなって……やっぱり」
「上がったら殴るよ?」
女性になって、怒る事柄が変わった気がする。紐で引っ張られ壁の上に到着した。そして、今度は反対に荷物を下ろし同じように私を下ろす。
すんなり、壁を越えた私たち。荷物から身隠しのローブを着た後に宿屋を探すのだった。
*
何処とも変わらない造りの城下町は賑わっている。人間や他種族の騎士が牽制しながらも観光を行い。衛兵が目を光らせていた。
彼等は主人の護衛でここまでついてきた者たちだろう。敵同士もいるだろうが、ここで事件を起こす気はないらしい。
待ち合わせばトキヤと探している途中。知った声に出会う。
「こんにちは、トキヤとネフィアさん。僕です。ランスロットです。大分、遅かったですね」
一人の騎士が自分達を見つけて声をかけてくれる。彼はトキヤの珍しい友人の一人。帝国の皇子ランスロットだ。物語の美成年の王子が出てきたかのような人で、トキヤとは違った男らしいイケメンだ。
トキヤの次に顔はいい。声もすごく耳元で囁いたらコロッと逝くだろう。友人のアラクネ女の子はそうだ。コロッと惚れた。惚れてしまった。魔物をあっさりやめるほど。
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「仕事でな」
「君は本当に依頼をよく頼まれるね」
「お前もだろ?」
「僕は奥さんと新婚旅行を楽しんでたさ。四天王のアラクネが泊まる場所に泊まっているよ」
「ランスロットくん!! 奥さんは?」
「部屋で待っているよ。では行こう。案内するよ」
「待て。ネフィアを頼む。俺は新しい知り合いを連れてくる。ネフィアは部屋を用意しておいてくれ」
「はーい」
「トキヤ? 新しい知り合い?」
「後で紹介する。まぁ~元依頼主さ」
「わかった」
私はランスロットについていき。表通りから離れた宿屋へ向かった。そこで部屋をとり、その場所にトキヤが彼等を連れてお迎えする。部屋は大型の亞人用に広かった。
*
私は衛兵がばか騒ぎする酒場で今日もダークエルフ族長と飲む。最近しょちゅう一緒に飲む。
「そろそろ、妹を引き取って欲しい。人質いらないぞ」
「家事は出来ているだろ?」
「家事は確かに楽できているけどな。人質としていつも居るのは………ちょっとなぁ」
「仕事させればいい。衛兵の管理でもさせとけばいいだろう」
「……………出来るか?」
「元々、管理職は得意だ」
妹としてコキつかって来た。
「わかった。考えとく。そう言えば外壁に乗り捨てられた馬車と、ドレイクが放牧されていた。馬車を調べた結果、馬車のマークに都市インバス、教会と言う組織の印がある。紐の擦った後も確認され。潜入した痕跡が残っている」
「……でっ? 何が言いたい?」
バルバトスの顔を覗き込む。冷や汗をかいているのがわかる。
「表から入れず、都市インバス教会にツテがある人。あの高い壁を簡単に潜入を行う事が出来る人物…………予想だが、姫様じゃないか?」
「そろそろ来てもいい頃だしそうかもしれないな」
「………叫んで店を出ていくかと思った」
「安心しろ、飲み終わったら探しに行く」
「行くのか」
一気に飲み干し、銀貨を置いて立ち上がる。
「酒場を廻り。情報を集めればすぐに会えるさ。『目立つ』。どこにいようと」
「後で教えてくれよ」
「お前も来い」
「えぇ………」
渋々といった感じで立ち上がった。
「仕方ない。付き合おう」
「では、会いに行こう。夜は情報が集まりやすい」
*
次の日、集めた情報の元。アラクネの種族がトロールや大型者たちが泊まれる数少ない宿屋に居ると部下から情報を貰った。そして、そこへ向かう。
「四天王ではなく。冒険者らしいアラクネが人間と一緒に長い間、滞在しているらしい」
「アラクネか。四天王以外は初めてだな」
「ああ、四天王以外に話ができる者がいるとは思わないからな。しかし、何故か匂うアラクネだった」
「商業都市から来ただったか……」
「時期が重なる。滞在された時期が……かの人と」
「知り合いかもしれない」
トントン
宿屋の大きな廊下から大きな扉を叩く。アラクネの滞在者がいる部屋を教えてもらい。戸を叩いた。
「はーい」
優しそうな女性の声が聞こえる。四天王アラクネ以外では初めての相手。何が起こるかわからないがあまりの毒気のない声で首を傾げた。
ギィィィ
「えーと、どちら様でしょうか?」
対応する女性は四肢胴体が蜘蛛であるが上半身は
人間に近く、紫のドレスを着込んでいる。四天王とは違い。お上品な立ち振る舞いであり知性を感じさせる。
「エルフ族長クレデンデ」
「ダークエルフ族長バルバトス」
「あら!? ネフィア姉に会いに来たのですか?」
「「!?」」
「ふふ、図星ですね。では、聞きます。敵か否、ここで私に食われるか、夫に斬られるかを選べ」
雰囲気が一変、重々しく張りつめた。よく知っているアラクネを思い出す。そう、アラクネという種族は私たちを喰らう魔物だ。しかし、戦う必要は無いようだ。
「誤解を、姫様に会いに来たのです」
「ええ、姫様に謁見を」
「…………トキヤさん!! ちょっとお願いします!!」
知った名前を呼ぶアラクネ。知った人物が顔を出し。お辞儀する。
「トキヤさん? 知り合いですか?」
「ああ、知り合い。ネフィアに会いに来たんだろ? 通していいぞ」
「数々の御無礼。すいませんでした」
アラクネがおじきする。四天王のアラクネに爪のあかでも飲ませてやりたい行為だ。まぁもう絶命していると広まってはいるが。そう、姫様が断罪した。
「では、こちらへ。ネフィア姉さんにお客さん!!」
アラクネが振り向き声をあげて呼ぶ。そして、奥から現れる白のドレスを着込んだ姫様が表れ、手を振ってくださる。なんと美しい姿か。
「姫様、お久しゅうございます」
「こんにちは。姫様…………こんなに早く会えるとは」
「お久しぶり。グレデンデさん、バルバトスさん。遊びに来たのですか?」
「いえ。姫様がいらっしゃると思い。謁見をするために探しておりました。アラクネを従えていらっしゃるとは流石姫様でございます」
「従える…………といいますか。友人ですね」
「失礼しました」
なんと、アラクネを友人として迎える器量。感服します。
「んん、なんか……むず痒いです。なんか……敬われてて」
「まぁまだ魔王だしなぁ」
「もう、魔王辞めるし。気を緩めて欲しいね~。譲位はすぐに行う予定です」
「だってよ。グレデンデ……」
「わかりました。では、私たちも場所の確認は出来たのでまた今度はお酒でも持参します」
「うん、待ってる。魔王城での宴会もまだまだ先だしね」
「10日後ですが、参加されると?」
「いいえ、忍び込み。皆の前で宣言すればそれで終わりです」
「それでしたら、少し考えさせてください。バルバトス、2日後でどうだ?」
「ええ、仕事空けときます」
「それでは失礼します!!」
「はい、また…………バルバトス」
「はい!! 姫様!!」
「得物、変わった?」
「ええ、今度は掴まれませんよ姫様」
俺たちは立ち上がり、その場を後にした。
*
寝室のテーブルで椅子に座りながらランスロットが本を読んでいる。本を閉じ、椅子から立ち上がりアラクネの元へ。私たちはそれを見ながら首を傾げる。
「うーむ。私の場所はすぐバレてるね」
「ランスの奥さんが隠れ蓑としてはいいけど、知り合いと疑われたら見つかるからな、目立つし」
コンコン
「リディア、また誰か来たみたいだね」
「誰でしょう?」
「気を付けて出るように」
「はい」
リディアと言う姫が扉を開ける。
ガチャ
「こんにちは綺麗な蜘蛛姫さん、ネフィアさんいるかしら?」
「えっと、どちら様でしょうか?」
「ふふ、エルミア」
「!?」
私は、椅子から立ち上がって部屋の入口に駆け足で向かう。そこに立っていたのは肩に紋章が大きく描かれた女性用の甲冑に身を包んだエルフ。ハイエルフの気品のある女性が立っていた。懐かしさと、驚きで私は口を押さえていた。
「久しぶり、ネフィア。覚えてるでしょ? エルミアよ」
「えっと!! エルミアお姉さん!? なんでここに!?」
「……………ん? エルミアお姉さん?」
「あっ……えっとお嬢様?」
「ええと。まぁその立ち話もあれなので部屋にどうぞ」
リディアが案内する。ほしい飲み物を聞き、部屋の奥へと進んだ。アラクネは何処で覚えたか、紅茶を丁寧に淹れる。トキヤは少し眉を動かしたぐらいで驚きは浅かった。エルミア姉さんは皆に軽く挨拶を済ませる。
「ありがとう」
「リディア、隣の部屋へ行こう」
「はい。私たちは別の部屋で待機しております」
「ええ、僕たちはお邪魔ですね」
「あら、ごめんなさい。気を効かせて」
二人が隣の部屋へ。何かを感じたのかそそくさと部屋を空ける。
「彼、帝国の皇子ランスロットね。新しい魔王が呼ばれて帝国の代表者で来たのね」
「いえ、彼はただの旅行者ですねエルミア嬢。アラクネのリディアと結ばれ、帝国に帰れなくなりましたので」
「あら」
トキヤの説明に驚きはするが、納得もしている様子だった。雰囲気から仲の良さがわかるらしい。私はお尻を擦りながら思い出を思い出す。よく叩かれた事を。
「えっと、エルミア姉さん。何故、こんなところへ?」
「マクシミリアンの家に招待状が届いたの………でっ新しい魔王の様子見にね。後は情報屋で『貴女に会える』て思ってここまで来たの」
「わ、私に? お尻、叩きに?」
「違うわ。………トキヤさん」
エルミアがトキヤに困った顔をする。何か説明を『欲しい』と目で訴えており、私は少し狼狽えた。
「ああ、エルミア。昔とちょっと違うんだ」
「そ、そう。ちょっとこう………変わりすぎて。あなたネフィア? あの? ネフィア?」
私はちょっとバツが悪い表情をする。
「ええっと。あ、あのときはお世話になりました。色々、女性のあり方とか、戦い方とかの基礎をありがとうございます。えっと昔の自分はその」
「シャキッとしなさい!! 言いたいことはハッキリ言う!!」
「は、はい!! えっと!! 女になりました!!」
「!?」
エルミアお姉さまは再度トキヤをみる。
「エルミア嬢。俺を見つめられても。驚いてるんだろうけど色々あったんだよ」
「そ、そうなの。女にね………ふぅ……ん!!」
フワッ!!
「えっ!?………!!!」
エルミアが立ち、私に近付く。そして勢いよく私のドレスのスカートを捲る。慌てて股を両手で押さえ睨みつける。
「エルミアお姉!!」
「………うんうん!!」
ギュウウ!!
「ほ、ほえぇ?」
エルミアが私に抱き付く。いきなりの行動の連続で怒りも全てわけが分からなくなる。
「ふふ、あれから風の噂を聞いてた。色々あったのよね。うん頑張った。頑張った。いい女の子になったね。捲られて恥ずかしがるのは確かよ」
「エルミアお姉………うん。頑張ったよ」
鎧なのにスゴく胸が暖かい。
「うんうん、可愛い可愛い」
「う、ふしゅ………」
「本当に乙女になっちゃって………トキヤ殿」
「は、はい」
「絶対、泣かせるなよ。私が許さない」
「残念ですが泣き虫なんですよこいつ」
「そ、そんなことないよ!!」
「綺麗な涙、流せるんですよねぇ………本当に俺と違って」
「そうなのね。この指輪はあなたが?」
エルミアが離れ。私の手を取り、綺麗に紅く輝く宝石を見つめる。
「ええ、エルミア嬢の言う通りです」
「ふふ。ネフィア、しっかりね」
「も、もちろん!! 教えて貰ったこと本当に役立ってます。お尻叩かれたのはいい思い出です」
「あー本当にいい子になっちゃって。頬、ふにふにね。若いっていいわぁ~おやつ食べるかい?」
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