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第八話 なんでも複雑にする
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”仕事が出来るアタシ”を気取っているが、仕事が出来ない薮原恵巳は、どんな事でも三行で済む内容を三千字に増やす女だった。
今日のテーマは「会議室の蛍光灯が切れそうだから交換していいか」という、至ってシンプルなものだった。しかし、薮原の口を開いた瞬間、空気がざわついた。職場の誰もが「あ、始まった」と悟ったからだ。
蛍光灯を交換するかどうかの話が、なぜ国際経済の話に飛ぶのか、誰も分からない。
話はどこまでも、果てしなく広がっていく。
しかも、本人は理路整然と語っているつもりだ。
薮原の解説は、“複雑だった方が自分は分かっているように見える”という信念のもと組み立てられていた。
その自信満々な顔のまま、突然テーマを変えた。
「それと、皆さん案外ご存じないかもしれませんが、蛍光管とLEDの違いってすごく複雑で――」
彼女は二つの方式の違いを説明しようとしながら、途中で環境問題の話へ、そこから突然の「あたしの友達の家の照明事情」へ、それがなぜか「最近の若者は合理性を追求するけど、そこがむしろ危うい」という説教へと跳ねまわった。
そして極めつけは、話の最中に必ず入る蛇足の挿話。
「そういえばこの前、電気屋さんに行った時にね、店員の対応がちょっと失礼で…… いや、そういう話じゃなくて、とにかく!」
だいたいそういう話になっている。
正社員の山本が恐る恐る話を戻そうとする。
「えっと……つまり蛍光灯は交換していいんですよね?」
しかし薮原は眉をひそめた。
「ちょっと待って。今、話の流れを理解していませんよね?」
理解できるはずがない。
「あたしはね、物事を“単純化”するのって、実は危険だと思うんです。表面だけ見て判断すると、本質を見落とす。だからこそ、こうやって“全体像”を把握することが大事で――」
誰も聞いていないことに、薮原は気づかない。
気づかないどころか、さらに勢いづいてしまった。
「それにね、LEDに変えるかどうかって、施設全体の電力効率の話だけじゃなくって、メンタル面にも影響するんですよ。照明って心理学的に――」
(また新しいテーマに入った!)
皆の目が死んでいく中、薮原だけが元気だった。
ついに部長が口を挟んだ。
「薮原さん、結論だけ言ってくれる?」
薮原はハッとした表情を見せたものの、誇らしげに胸を張った。
「総合的な観点から言えば、“交換しても問題はありません”。ただし、変える場合は環境負荷や――」
「結論はもう聞いた!」
部長の声が会議室に響き渡り、ようやくその場に静けさが訪れた。
椅子にぐったりともたれかかった山本が、小さく呟いた。
「はぁ……また“薮原なこと”だ……」
その言葉に、皆が密かに同意する。
物事を複雑にし、話を必要以上に膨らませ、蛇足を重ねて全員を疲弊させる。
それが、薮原恵巳の“薮原なこと”。
なぜか本人だけが、それを“知的で丁寧な説明”だと信じ続けているのだった。
今日のテーマは「会議室の蛍光灯が切れそうだから交換していいか」という、至ってシンプルなものだった。しかし、薮原の口を開いた瞬間、空気がざわついた。職場の誰もが「あ、始まった」と悟ったからだ。
蛍光灯を交換するかどうかの話が、なぜ国際経済の話に飛ぶのか、誰も分からない。
話はどこまでも、果てしなく広がっていく。
しかも、本人は理路整然と語っているつもりだ。
薮原の解説は、“複雑だった方が自分は分かっているように見える”という信念のもと組み立てられていた。
その自信満々な顔のまま、突然テーマを変えた。
「それと、皆さん案外ご存じないかもしれませんが、蛍光管とLEDの違いってすごく複雑で――」
彼女は二つの方式の違いを説明しようとしながら、途中で環境問題の話へ、そこから突然の「あたしの友達の家の照明事情」へ、それがなぜか「最近の若者は合理性を追求するけど、そこがむしろ危うい」という説教へと跳ねまわった。
そして極めつけは、話の最中に必ず入る蛇足の挿話。
「そういえばこの前、電気屋さんに行った時にね、店員の対応がちょっと失礼で…… いや、そういう話じゃなくて、とにかく!」
だいたいそういう話になっている。
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「えっと……つまり蛍光灯は交換していいんですよね?」
しかし薮原は眉をひそめた。
「ちょっと待って。今、話の流れを理解していませんよね?」
理解できるはずがない。
「あたしはね、物事を“単純化”するのって、実は危険だと思うんです。表面だけ見て判断すると、本質を見落とす。だからこそ、こうやって“全体像”を把握することが大事で――」
誰も聞いていないことに、薮原は気づかない。
気づかないどころか、さらに勢いづいてしまった。
「それにね、LEDに変えるかどうかって、施設全体の電力効率の話だけじゃなくって、メンタル面にも影響するんですよ。照明って心理学的に――」
(また新しいテーマに入った!)
皆の目が死んでいく中、薮原だけが元気だった。
ついに部長が口を挟んだ。
「薮原さん、結論だけ言ってくれる?」
薮原はハッとした表情を見せたものの、誇らしげに胸を張った。
「総合的な観点から言えば、“交換しても問題はありません”。ただし、変える場合は環境負荷や――」
「結論はもう聞いた!」
部長の声が会議室に響き渡り、ようやくその場に静けさが訪れた。
椅子にぐったりともたれかかった山本が、小さく呟いた。
「はぁ……また“薮原なこと”だ……」
その言葉に、皆が密かに同意する。
物事を複雑にし、話を必要以上に膨らませ、蛇足を重ねて全員を疲弊させる。
それが、薮原恵巳の“薮原なこと”。
なぜか本人だけが、それを“知的で丁寧な説明”だと信じ続けているのだった。
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