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花蓮の友達
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「花蓮、行ってくる。愛してるよ。」
花蓮が頬に額にと温かいものを感じ耳元から微かな自分を呼ぶ声でうっすら目を開けると、彼の眉を寄せた、けれど嬉しそうな顔が目に入ってきた。
「起こしてしまったか。ごめん。僕は行ってくる。夜に電話する。」
「いってらっしゃぃ」
花蓮が声がかすれてうまく喋れないのを見てとった俊幸は、花蓮に
「ちょっと待っておいで、水を持ってくるから。」
と言い残しキッチンに向かうと、水のボトルとコップを持ってきて枕元のサイドテーブルに置いた。
花蓮の唇に短く甘いキスをして、「行ってくる。」と言って名残惜しそうに頬を指で撫で、振り切るように身を起こして部屋から出て行きすぐに玄関からバタンと扉の閉まる音が聞こえた。
花蓮はそのまま携帯のアラームが鳴るまでうとうとしていたが、アラームが鳴ると目がパチッと開きクリアーな頭で目が覚めた。
枕元にあった彼が残してくれた水を飲んでから、微かにだるさが残る体をエイっと起こしシャワーに向かう。彼のシャンプーの隣に並んだ花蓮のお気に入りのシャンプーやリンスなどを眺めると頬が緩んでくる。
鏡に映る体に彼の残した赤い印が浮き出ていてそれを見ると幸せな微笑みが自然に浮かんできた、が今日は会社だったと思い出し、にやけている場合ではないと急いで支度の続きを始めた。
コンシェルジュや警備員の人に朝の挨拶をして、マンションから今では通い慣れた道を駅に向かう。よく知っている道や駅なのに初めての彼の家からの出勤のせいか妙に緊張してしまい、いつもより早くに会社に着いた。
「おはよう。おや、今日は早いね、何かいいことあった?」
と花蓮の上機嫌を隣の斉木に目ざとく指摘され、
「今日は友達と飲みに行くんです。」
と答えた花蓮に、斉木は不思議そうな顔をして、
「珍しいね、白河さんが飲みに行くのに機嫌がいいなんて。いつもしぶしぶ参加じゃなかった?」
「合コンじゃなくて大学の友達に会うんです。」
「ああ、それは楽しみだね。」
と言って、じゃあ今日もさっさと片してしまおう、と声をかけながら仕事にかかる
午前中に書類と格闘し、午後のだるい会議を切り抜けて定時の5時にはすっかり臨戦態勢が整っていた。
「お疲れ様です。」
と声を掛けバスルームで身支度の最終点検をする。
今夜の対戦相手の’あやちゃん’と’真澄さん’は大学から一緒だが、ただの友達でなく真澄とは遠い親戚関係に当たる。
花蓮の父方の家系はなぜか芸術関係の才能に恵まれており、変わった人が多く、日本に留まらず海外に出ている親戚もいる。職業は絵描きやシェフから建築家やお花の先生までバラエティに富んでいるが真澄の家は美術商だった。
このいとこ殿は2歳年上で大学の時に2年海外留学をしており、花蓮を通訳とボディガードだと言ってイギリスやフランスに連れ回したのも彼女と彼女の両親である。
おかげで美術関係には強くなった花蓮だが、彼らは実の娘のように花蓮を可愛がり、今でも何かと気をかけてくれる。
あやちゃんは家が何店もの飲食店を経営しており花蓮の従兄弟のシェフが彼女の恋人だ。今日集まる予定の店も彼女が本店と呼ぶレストランだった。約束の時間になり花蓮がレストランに入り待ち合わせであることを伝えると、奥の席の雰囲気の違った美女二人が座っている席に案内される。
妖艶さのある黒く長い髪の美女が「花蓮ちゃんこっち。」と手を振り、健康的な肌の短い髪の美女が「花蓮、お腹すいた?」と聞いてきた。
「真澄さん、あやちゃん久しぶり。元気だった?」
「相変わらずよ。それよりこれは彩乃の言った通りかもね。花蓮ちゃん恋人ができたわね。なんか幸せオーラが出てるわよ。」
「ね、私の行った通りでしょう。花蓮、今日は覚悟なさい。私達に内緒にしてるなんて信じられない。前の花見でそんなそぶりも見せなかったのに。」
「花蓮ちゃんにそんな器用な芸当ができるとは思えないけど。恋は盲目って言うし、私達に言えないような人なの?」
「・・とりあえず、お腹すいたのでオーダー入れていい?」
「もちろんよ。今日は私の奢りだから。その代わり隠してること全部吐くのよ。いいわね。」
会った途端の怒涛の如くの先制攻撃に、早くも花蓮はため息をついた。
オーダーを入れて、待ち構えている二人に取り敢えず言い訳しておく。
「内緒にしてた訳じゃなくて、前に集まった時には彼の事知らなかったのよ。」
「? 知らなかったって何処の誰か分からなかったって事? 仕事で会った人じゃないの?」
「花蓮ちゃん、まさか知らない人に一目惚れしてたって事? 嘘でしょ、それこそ有り得ないわ。私達が気づかない筈がないじゃないの。」
「だから、言葉どおりだってば。俊幸さんと出会ったのは花見の後なの。」
「!待って待って、確か前の花見は今月の初めの週末よね。と言う事は出逢ったばかりなの?」
「でも花蓮ちゃん、名前呼びしてるじゃない。それに金曜日の夜に会うんでしょう? よっぽど親しくならないとそんな無謀なマネしないわよ。」
「花蓮、一体いつその彼と知り合ったの?」
「・・・3週ほど前かな。」
「花蓮ちゃん!そんな知り合って間もない人と金曜日の夜に会うなんて。今まで誘われても困った時すぐに帰れるように、平日限定だったじゃない。一体どれぐらい親しくなったの?」
「・・・今日は彼の家から出勤しました。・・・」
「!!!」「???」
「彼の夕食毎日作って、洗濯掃除もやっています。合鍵も持ってますし、出張中の留守も預かってます。」
「花蓮ちゃん!」「花蓮!」
「待って待って、最初から話すから」
あまりの動揺に椅子からよろめく真澄と、いきり立ちそうな彩乃を宥めすかすことようやく5分、初めは結婚詐欺のカモだの、タチの悪い詐欺だの、騒いでいた二人も注文した料理がテーブルに運ばれて来てようやく落ち着いて来たので、食べながらこれまでの事を掻い摘んで話した。
「つまりこういう事よね。二人ともお互い一目惚れで、彼は経済的に自立していて、社会的地位もある人で年齢的にも花蓮ちゃんに釣り合う。彼は多分本気で花蓮ちゃんが好きで、花蓮ちゃんも彼の事を憎からず思っていて・・」
「真澄、憎からずって・・・一体いつの昭和生まれよ・・・」
「うるさいわね、ともかく花蓮ちゃんも彼のことが好きなのよね。でもいくら好きでも、知り合って3週間じゃお互いのことほどんど知らないんじゃない?お姉さんは花蓮ちゃんをそんな軽率な子に育てた覚えはありませんよ。」
・・・真澄の花蓮可愛がりに拍車がかかった気がする、と思いながらも花蓮は答えた。
「あのね、真澄さん、一応昨日彼の幼馴染という人に会って挨拶したし、彼の家族構成とか、お家が鎌倉にあって、製薬会社を経営してるとは聞いてるの。」
「じゃあ彼のバックグランドはしっかりしてるって事ね。まあ結婚詐欺の可能性はこれで低くなったわ。だけど花蓮、そんな事、口ではなんとでも言えるわよ。その彼のお友達とやらもグルだったらどうするの。」
「そんな感じには見えなかったけどなあ、彼の妹さんと婚約間近だって言ってたし。」
彼のバックグランドを聞いてから、ハッとした様子で何か考えていた真澄が花蓮に確認する。
「花蓮ちゃん、彼、名前は俊幸さんだったわよね。名字はなんておっしゃるの?」
「フルネームは橘俊幸さんよ。」
「橘、やっぱりあの橘なの? でも偶然名字が同じだけって事も。待って、彼ご実家が製薬会社だって言ってたのよね。」
「そうよ、お兄さんがいらして、妹さんと一緒に将来継ぐことになっているって伊集院さんも言ってたわ。」
「伊集院、その名字も聞き覚えがあるわ、鎌倉の橘と伊集院、間違いないわね。」
花蓮と彩乃が不思議そうにしていたのが顔に出ていたのだろう。真澄は二人に説明してくれた。
「うちは代々美術商だから、結構この業界では顔が広いわ。うちと直接取引はなくても取集家や大きな客の話は結構入ってくるのよ。橘も伊集院も聞き覚えがあるわ。特に橘は変わった逸話があるのよ。確か’骨董屋泣かせの橘’と言って、それほど美術品の造詣に詳しいわけでもなく、取集家でもないのに、審美眼だけは確かでプロの私たちでも偽物か本物か区別がつかないものを一目で見分けるそうよ。」
「そういえば俊幸さんが一目惚れの家系だと言っていたような・・・」
「間違い無いわね、その橘よ。確かに本業は製薬会社だと聞いた覚えがあるわ。他にも事業があったと思うけどちょっと思い出せないわ、触りで聞いただけだから。」
「と、なると結婚詐欺や悪徳商法の線は消えたってことか。どころか、もしかして花蓮、彼本気なんじゃない?」
「だからそう言ってるじゃない、私も彼も本気だって。」
「ん~、となるとこれはめでたい話って事?」
「そうよね、私の花蓮ちゃんがその辺の変な男に引っかかるわけがないし、彼が本気なら私も応援するわ。花蓮ちゃん、頑張って彼をものにしなさい。」
「そうよ花蓮、彼が東城さん以上の男なら断然応援するわ。」
「ちょっと彩乃、何を言い出すのよ、そんな古い話。」
真澄が窘めるも彩乃は告げる。
「だって、真澄だって気付いてたでしょう、花蓮が彼と別れて以来デートはしてもまともにお付き合いしてない事。」
「それは、まあ・・・」
「あのね、真澄さん、あやちゃん。何を誤解してるのか知らないけど、東城さんとは本当にそこまで深くお付き合いしてなかったというか、ともかく全然違うの。」
「でもプロポーズまでされたじゃない。」
「だからあの時は私も晴天の霹靂で丁寧にお断りしたのよ。」
東城さんとは花蓮が以前半年ほどお付き合いした男性だ。プロポーズまでしてくれたのに名前を出されるまで思い出しもしなかった事にちょっと罪悪感を感じる。
「まあ花蓮がそう言うならいいか。実は先週彼に偶然会っちゃって挨拶されたのよ。向こうは私のこと覚えてみたいで、だから私はもしかしたらよりが戻ったのかと・・・」
「ないない、それはない。て言うか、東城さんが日本に帰ってきてることも知らなかったよ。」
「そうよね、彩乃はなぜか結構彼を気に入ってたけど、私はいい人だとは思うけど花蓮ちゃんとは性格が合わないと思ったわよ。話を聞く限り橘さんの方が絶対花蓮ちゃんと相性良さそうに思えるわ。何より花蓮ちゃんのこんな幸せそうな様子初めてよ。」
「花蓮ほんと、なんか綺麗になったよね。よし今度その人うちに連れておいで。おごってあげるから。」
「ありがとう、二人とも。俊幸さん今週出張だし、多分当分忙しいけど、都合がついたら紹介するね。」
ひとまず納得してくれて、最後はやっぱりわかってくれた。
花蓮は大事な友達の理解を得たことが嬉しく、その夜は久し振りの女子会を楽しんだ。
そしてその夜かかって来た俊幸からの電話に、今日は久しぶりに友達に会えて楽しかったと報告し、
「今度二人とも俊幸さんにも会いたがっているので一緒に会って頂けますか?」
と花蓮が言うと、彼は、
「もちろんだよ。僕も花蓮の友達なら是非とも会ってみたい。都合がついたら一緒に食事でもしよう。」
と言ってくれた。そして花蓮に甘い言葉を囁き、花蓮を電話口で照れさせながらそのままお休みを言って電話を終えた。
花蓮が頬に額にと温かいものを感じ耳元から微かな自分を呼ぶ声でうっすら目を開けると、彼の眉を寄せた、けれど嬉しそうな顔が目に入ってきた。
「起こしてしまったか。ごめん。僕は行ってくる。夜に電話する。」
「いってらっしゃぃ」
花蓮が声がかすれてうまく喋れないのを見てとった俊幸は、花蓮に
「ちょっと待っておいで、水を持ってくるから。」
と言い残しキッチンに向かうと、水のボトルとコップを持ってきて枕元のサイドテーブルに置いた。
花蓮の唇に短く甘いキスをして、「行ってくる。」と言って名残惜しそうに頬を指で撫で、振り切るように身を起こして部屋から出て行きすぐに玄関からバタンと扉の閉まる音が聞こえた。
花蓮はそのまま携帯のアラームが鳴るまでうとうとしていたが、アラームが鳴ると目がパチッと開きクリアーな頭で目が覚めた。
枕元にあった彼が残してくれた水を飲んでから、微かにだるさが残る体をエイっと起こしシャワーに向かう。彼のシャンプーの隣に並んだ花蓮のお気に入りのシャンプーやリンスなどを眺めると頬が緩んでくる。
鏡に映る体に彼の残した赤い印が浮き出ていてそれを見ると幸せな微笑みが自然に浮かんできた、が今日は会社だったと思い出し、にやけている場合ではないと急いで支度の続きを始めた。
コンシェルジュや警備員の人に朝の挨拶をして、マンションから今では通い慣れた道を駅に向かう。よく知っている道や駅なのに初めての彼の家からの出勤のせいか妙に緊張してしまい、いつもより早くに会社に着いた。
「おはよう。おや、今日は早いね、何かいいことあった?」
と花蓮の上機嫌を隣の斉木に目ざとく指摘され、
「今日は友達と飲みに行くんです。」
と答えた花蓮に、斉木は不思議そうな顔をして、
「珍しいね、白河さんが飲みに行くのに機嫌がいいなんて。いつもしぶしぶ参加じゃなかった?」
「合コンじゃなくて大学の友達に会うんです。」
「ああ、それは楽しみだね。」
と言って、じゃあ今日もさっさと片してしまおう、と声をかけながら仕事にかかる
午前中に書類と格闘し、午後のだるい会議を切り抜けて定時の5時にはすっかり臨戦態勢が整っていた。
「お疲れ様です。」
と声を掛けバスルームで身支度の最終点検をする。
今夜の対戦相手の’あやちゃん’と’真澄さん’は大学から一緒だが、ただの友達でなく真澄とは遠い親戚関係に当たる。
花蓮の父方の家系はなぜか芸術関係の才能に恵まれており、変わった人が多く、日本に留まらず海外に出ている親戚もいる。職業は絵描きやシェフから建築家やお花の先生までバラエティに富んでいるが真澄の家は美術商だった。
このいとこ殿は2歳年上で大学の時に2年海外留学をしており、花蓮を通訳とボディガードだと言ってイギリスやフランスに連れ回したのも彼女と彼女の両親である。
おかげで美術関係には強くなった花蓮だが、彼らは実の娘のように花蓮を可愛がり、今でも何かと気をかけてくれる。
あやちゃんは家が何店もの飲食店を経営しており花蓮の従兄弟のシェフが彼女の恋人だ。今日集まる予定の店も彼女が本店と呼ぶレストランだった。約束の時間になり花蓮がレストランに入り待ち合わせであることを伝えると、奥の席の雰囲気の違った美女二人が座っている席に案内される。
妖艶さのある黒く長い髪の美女が「花蓮ちゃんこっち。」と手を振り、健康的な肌の短い髪の美女が「花蓮、お腹すいた?」と聞いてきた。
「真澄さん、あやちゃん久しぶり。元気だった?」
「相変わらずよ。それよりこれは彩乃の言った通りかもね。花蓮ちゃん恋人ができたわね。なんか幸せオーラが出てるわよ。」
「ね、私の行った通りでしょう。花蓮、今日は覚悟なさい。私達に内緒にしてるなんて信じられない。前の花見でそんなそぶりも見せなかったのに。」
「花蓮ちゃんにそんな器用な芸当ができるとは思えないけど。恋は盲目って言うし、私達に言えないような人なの?」
「・・とりあえず、お腹すいたのでオーダー入れていい?」
「もちろんよ。今日は私の奢りだから。その代わり隠してること全部吐くのよ。いいわね。」
会った途端の怒涛の如くの先制攻撃に、早くも花蓮はため息をついた。
オーダーを入れて、待ち構えている二人に取り敢えず言い訳しておく。
「内緒にしてた訳じゃなくて、前に集まった時には彼の事知らなかったのよ。」
「? 知らなかったって何処の誰か分からなかったって事? 仕事で会った人じゃないの?」
「花蓮ちゃん、まさか知らない人に一目惚れしてたって事? 嘘でしょ、それこそ有り得ないわ。私達が気づかない筈がないじゃないの。」
「だから、言葉どおりだってば。俊幸さんと出会ったのは花見の後なの。」
「!待って待って、確か前の花見は今月の初めの週末よね。と言う事は出逢ったばかりなの?」
「でも花蓮ちゃん、名前呼びしてるじゃない。それに金曜日の夜に会うんでしょう? よっぽど親しくならないとそんな無謀なマネしないわよ。」
「花蓮、一体いつその彼と知り合ったの?」
「・・・3週ほど前かな。」
「花蓮ちゃん!そんな知り合って間もない人と金曜日の夜に会うなんて。今まで誘われても困った時すぐに帰れるように、平日限定だったじゃない。一体どれぐらい親しくなったの?」
「・・・今日は彼の家から出勤しました。・・・」
「!!!」「???」
「彼の夕食毎日作って、洗濯掃除もやっています。合鍵も持ってますし、出張中の留守も預かってます。」
「花蓮ちゃん!」「花蓮!」
「待って待って、最初から話すから」
あまりの動揺に椅子からよろめく真澄と、いきり立ちそうな彩乃を宥めすかすことようやく5分、初めは結婚詐欺のカモだの、タチの悪い詐欺だの、騒いでいた二人も注文した料理がテーブルに運ばれて来てようやく落ち着いて来たので、食べながらこれまでの事を掻い摘んで話した。
「つまりこういう事よね。二人ともお互い一目惚れで、彼は経済的に自立していて、社会的地位もある人で年齢的にも花蓮ちゃんに釣り合う。彼は多分本気で花蓮ちゃんが好きで、花蓮ちゃんも彼の事を憎からず思っていて・・」
「真澄、憎からずって・・・一体いつの昭和生まれよ・・・」
「うるさいわね、ともかく花蓮ちゃんも彼のことが好きなのよね。でもいくら好きでも、知り合って3週間じゃお互いのことほどんど知らないんじゃない?お姉さんは花蓮ちゃんをそんな軽率な子に育てた覚えはありませんよ。」
・・・真澄の花蓮可愛がりに拍車がかかった気がする、と思いながらも花蓮は答えた。
「あのね、真澄さん、一応昨日彼の幼馴染という人に会って挨拶したし、彼の家族構成とか、お家が鎌倉にあって、製薬会社を経営してるとは聞いてるの。」
「じゃあ彼のバックグランドはしっかりしてるって事ね。まあ結婚詐欺の可能性はこれで低くなったわ。だけど花蓮、そんな事、口ではなんとでも言えるわよ。その彼のお友達とやらもグルだったらどうするの。」
「そんな感じには見えなかったけどなあ、彼の妹さんと婚約間近だって言ってたし。」
彼のバックグランドを聞いてから、ハッとした様子で何か考えていた真澄が花蓮に確認する。
「花蓮ちゃん、彼、名前は俊幸さんだったわよね。名字はなんておっしゃるの?」
「フルネームは橘俊幸さんよ。」
「橘、やっぱりあの橘なの? でも偶然名字が同じだけって事も。待って、彼ご実家が製薬会社だって言ってたのよね。」
「そうよ、お兄さんがいらして、妹さんと一緒に将来継ぐことになっているって伊集院さんも言ってたわ。」
「伊集院、その名字も聞き覚えがあるわ、鎌倉の橘と伊集院、間違いないわね。」
花蓮と彩乃が不思議そうにしていたのが顔に出ていたのだろう。真澄は二人に説明してくれた。
「うちは代々美術商だから、結構この業界では顔が広いわ。うちと直接取引はなくても取集家や大きな客の話は結構入ってくるのよ。橘も伊集院も聞き覚えがあるわ。特に橘は変わった逸話があるのよ。確か’骨董屋泣かせの橘’と言って、それほど美術品の造詣に詳しいわけでもなく、取集家でもないのに、審美眼だけは確かでプロの私たちでも偽物か本物か区別がつかないものを一目で見分けるそうよ。」
「そういえば俊幸さんが一目惚れの家系だと言っていたような・・・」
「間違い無いわね、その橘よ。確かに本業は製薬会社だと聞いた覚えがあるわ。他にも事業があったと思うけどちょっと思い出せないわ、触りで聞いただけだから。」
「と、なると結婚詐欺や悪徳商法の線は消えたってことか。どころか、もしかして花蓮、彼本気なんじゃない?」
「だからそう言ってるじゃない、私も彼も本気だって。」
「ん~、となるとこれはめでたい話って事?」
「そうよね、私の花蓮ちゃんがその辺の変な男に引っかかるわけがないし、彼が本気なら私も応援するわ。花蓮ちゃん、頑張って彼をものにしなさい。」
「そうよ花蓮、彼が東城さん以上の男なら断然応援するわ。」
「ちょっと彩乃、何を言い出すのよ、そんな古い話。」
真澄が窘めるも彩乃は告げる。
「だって、真澄だって気付いてたでしょう、花蓮が彼と別れて以来デートはしてもまともにお付き合いしてない事。」
「それは、まあ・・・」
「あのね、真澄さん、あやちゃん。何を誤解してるのか知らないけど、東城さんとは本当にそこまで深くお付き合いしてなかったというか、ともかく全然違うの。」
「でもプロポーズまでされたじゃない。」
「だからあの時は私も晴天の霹靂で丁寧にお断りしたのよ。」
東城さんとは花蓮が以前半年ほどお付き合いした男性だ。プロポーズまでしてくれたのに名前を出されるまで思い出しもしなかった事にちょっと罪悪感を感じる。
「まあ花蓮がそう言うならいいか。実は先週彼に偶然会っちゃって挨拶されたのよ。向こうは私のこと覚えてみたいで、だから私はもしかしたらよりが戻ったのかと・・・」
「ないない、それはない。て言うか、東城さんが日本に帰ってきてることも知らなかったよ。」
「そうよね、彩乃はなぜか結構彼を気に入ってたけど、私はいい人だとは思うけど花蓮ちゃんとは性格が合わないと思ったわよ。話を聞く限り橘さんの方が絶対花蓮ちゃんと相性良さそうに思えるわ。何より花蓮ちゃんのこんな幸せそうな様子初めてよ。」
「花蓮ほんと、なんか綺麗になったよね。よし今度その人うちに連れておいで。おごってあげるから。」
「ありがとう、二人とも。俊幸さん今週出張だし、多分当分忙しいけど、都合がついたら紹介するね。」
ひとまず納得してくれて、最後はやっぱりわかってくれた。
花蓮は大事な友達の理解を得たことが嬉しく、その夜は久し振りの女子会を楽しんだ。
そしてその夜かかって来た俊幸からの電話に、今日は久しぶりに友達に会えて楽しかったと報告し、
「今度二人とも俊幸さんにも会いたがっているので一緒に会って頂けますか?」
と花蓮が言うと、彼は、
「もちろんだよ。僕も花蓮の友達なら是非とも会ってみたい。都合がついたら一緒に食事でもしよう。」
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