金の騎士の蕩ける花嫁教育 - ティアの冒険は束縛求愛つき -  

藤谷藍

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忍び寄る影

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先ずはイゼルとジュノが絶対寄りそうにない女性専門の下着屋だ。
チリの店でもらった下着一式にひどく惹かれたティアは、早速可愛い女性用の服屋を見て回る。

あ、これ、可愛い、色付き刺繍が縫ってある。

こうしてじっくり回った店々で長い時間、ウインドウショッピングを楽しみ、欲しかった下着を使い回しできるよう吟味を重ねて3セットほど購入すると、今度は先程目をつけておいた甘味屋に入ってみる。

ん~、美味しい! ああ、幸せ~。

女性たちがお店の客ほとんどを占める店の片隅で、美味しそうに、注文したケーキを頬張る。紅茶のお代わりをサービスで持ってきてくれた女性が、ティアの至福の顔を見てニコニコと笑いながら人懐っこく話しかけてきた。

「それ、当店の今月のオリジナル新作なんですよ。お陰様でお客様に大人気です。来月はちょっと値段が上がっちゃうかも知れないので、今の内ですよ。」
「あら、どうして値段上げちゃうの?」
「まだ分からないですけどね、小麦粉や砂糖の値段が上がるかも知れないんだそうで。ほらアズラン連邦の何処かの国の使者が援助を求めて来たじゃないですか、それでもし援助となると、あそこってずっと戦争ですからね、穀物の値段が上がるんじゃ、と市場では心配されてるんですよ。」

なんと、祖国の戦争が海を越えて、こんな遠くのファラメルンのケーキ屋まで影響を与えてるとは!

なんて事なの! 一体どこのバカよ、そんな事要求するの!

「へー、ところで何処の国だったっけ? アズロンから援助を求めてるのって?」
「確かにたような名前の二つの国でしたよね、イルス、マルス? でしたっけ?」

うっそー! 我が祖国じゃん!!

この人懐っこいお姉さんが言っているのは、イリス、とマリス公国のことに違いない。
ショックを受けたティアに、またまた、聞き捨てならない話が耳に飛び込んでくる。
今度の情報は王宮の噂話を始めた隣の女中同士らしき集団からだった。

「ねえねえ、王妃様、お加減悪いんだって、聞いた? こうなったら国王様も王太子様の花嫁選びを今年中に、って話、ほんとかもよ。」
「お風邪程度では、引退なさらないわよ。」
「でも、今度の風邪はタチが悪いらしくって、私の王宮に勤めている従姉妹が言ってたわよ、もう何週間もお顔を拝見してないって。」
「まあ、お気の毒にねえ、早く回復なさると良いわね。」
「今度の舞踏会の話聞いた? お嬢様ったら、ドレスの採寸で・・・・」

賑やかの女中集団の噂話は続いていたが、ティアの心は今聞いたばかりのニュースに更にショックを受けていた。

王妃様の病、何週間も臥せっている病気、そして秘密裏に無理をしてまで大至急任務の遂行をしたレイの言葉が蘇る。

「突然倒れて目を覚まさない。多分だが普通の病気ではなく、呪詛系の何かでは、と推察されている。」
「彼女はもう若くないし、体力も昔ほどではない。気が強い女性ひとだが、呪詛に負けてしまうのでは、と心配なだけだ。」

まさか、まさか・・・・・

ティアの脳裏に嫌な予感が駆け巡る。

スウも言っていたが、ファラメルン王国は長い間平和が続いており、文化の点ではアズロン連邦を遥かに凌ぐ。
美味しい食べ物屋、学校、図書館などが大きな街には必ず存在し、ファラメルンを西大陸一の王国にのし上げている。

「その代わりアズロンがファラメルンに凌ぐものもあるんですよ。なんだと思います?」
「えーと、魔法?」
「そうですね、魔法を含め、呪術類の類、魔草の研究などです。どうしてだと思いますか?」
「・・・古代遺跡の神殿が比較的状態よく保存されてるから?」
「それもありますが、アズロン連邦は太古から争いの絶えない土地だったからですよ。つまり戦争のプロになってしまった私たちは争いを中心とした文化を奨励してきました。どこかの国の暗殺に使われる毒薬、それに対抗する薬草、など、歪んだ文化の賜物なのですよ、私の知識も。」

スウの言葉にその時は、人を助ける薬を研究するスウは戦争のプロなんかじゃない、尊い知識の持ち主だ、と反論したが、今、痛いほどスウの言葉が突き刺さる。

途端に食欲がなくなり、喉に何か詰まったような気分のまま、店を出たティアはこっそり宿に帰ってきた。が、先程よぎった考えが、頭にこびり付いて離れない。どうしても、そんな馬鹿な事、と笑って済まして放置できない。

援助を求めている二つの相反する国。突然倒れた王妃様。ここでどちらからの国から、お困りなら我が国の秘伝の特効薬を提供しましょう、その代わり、今後是非とも我が国の援助をよろしく、と要求されたら・・・・

問題は王妃様の病気が呪詛系だった場合、全て仕組まれた可能性が大である事だ。
自分たちで呪っておいて、さも親切のように、お困りでしょう、と助け援助を得る。戦略に長けたイリスの仕掛けそうな罠だ。

イリスは、古代遺跡の神殿が比較的状態良く保存されている国だ。未だ古代の神殿を中心とした神官制度があり、その怪しい知識を独占している。遥か太古に今よりずっと進んだ技術を持ち、栄華を極めたとされる大帝国文明遺跡である神殿の存在は、イリスを望ましくない方向へと増長させた。自分たちこそが古代帝国の子孫であり、アズラン連邦のリーダーだ、他の国は従え、と昔から強硬な態度を崩さないのだ。

そうして、何かと東大陸の調和を乱すイリスの将来に憂いを感じた王家の血筋である有力な貴族が、自分達の領地でティアの国を築き上げた。つまりティアのご先祖様だ。イリスとマリスは元々は一つの大きな国だったのだ。

遥か昔から豊かな鉱山に恵まれ、国の主要産業を鉱業に頼りっぱなしだったイリスは、長い間その恩恵で豊かな国ではあったが、王族は選民意識が高く、農業や工業を人々のために発展させる信念に欠けていた為、やがて近年になって鉱山を掘り尽くし、だんだん国力を失いつつあった。

イリス王室は自分達の国から分裂したマリスが平和で豊かな国に発展したのが気に入らないらしく、何かといちゃもんを付けて隙をついては執拗に画策を繰り返し、マリスの土地を手に入れようと狙っていた。そしてそれが10年前のマリス内戦の始まりの真相だった。

どうしよう、もし、私の考えが当たっていたら・・・・レイ・・・

不安な気持ちで風呂を済ませベッドに入ったが、その夜は中々眠れず、ティアの頭は今日仕入れた情報で一杯だ。

隣にいない頼もしい背中、レイ・・・彼に会って少しでも真相を確かめなければ。

明日、朝早く出発して一刻も早く、ファラドンに向かおう! そして思い過ごしであればいい、だけどもしティアのポーションが役に立つのであればレイに預けよう。

心に決めると明日の為に、と胸騒ぎを無視して、眠りについた。




「あねさん、幾ら何でも早すぎやしませんか? まだ目覚ましドリも鳴いてやしませんぜ?」
「いいから、出発するわよ、ちゃっちゃと起きて支度する!」

まだ、寝ぼけまなこで大きな欠伸をしながら起き出すイゼルとジュノに馬を用意させ、朝早く夜明け前に街を後にする。

「あねさん、馬乗れるんですかあ? よかったら、俺っちと相乗りでも。」
「大丈夫よ。ありがとう。」
「ほう、流石、様になってますな。」

感心したように手綱を握るイゼルの隣の馬に、ひらり、と身軽に背中に飛び乗ったティアを見上げて、口が開いたままのジュノに告げる。

「さっさと乗らないと、置いてくわよ。」
「へ? おおっと、ちょっと! ああ、置いてかないで~。」

ほんとは身体強化して走り出したいのを我慢しているティアは、さっさと馬を進行方向に向けると、軽く腹を蹴って出発する。街中ではいつもの格好をするわけにもいかず、かさばる町娘のドレスで乗馬だ。
はあ、めんどくさいわね、でも目立つわけにはいかないし・・・下には一応薄い生地のズボンを履いてきた。

「次の角を曲がったほうが近道ですな。地元民しか通りませんし、この時間なら余裕でしょう。」
「有難うイゼル。」

流石年長者なだけあってイゼルは落ち着いたものだ。
馬は幼い頃から乗っていたので、身体がちゃんと覚えていた。危なげなく乗りこなすティアに二人は顔を見合わせて、頷く。

「やっぱり、レイと離れたのが寂しいんじゃないか?」
「ええ? でも昨日はそんな様子、ぜんっぜん見せなかったすけどねぇ。」
「ごちゃごちゃ言ってないで、ほら、検閲を過ぎたら飛ばすわよ。」
「「へーい」」

欠伸をしながら、ジュノが渡した身分証明書を見て、ご苦労様です、と衛兵に挨拶された。こうして広い街道に出ると、人気ひとけのまだない道を、イゼルを先頭にティア、ジュノと続き馬を駆ってファラドンを目指す。

「それにしても、農家や牧場が途切れないわね。」
「まあ王都まで近いですし、この辺の土地は農業に向いてるそうですぜ。あねさん、ファラドンを訪れたことは?」
「ないわ、とても緑豊かな学園都市だと聞いてるけど。」

食べ損ねた朝食休憩に寄った大きな木の木陰で、昨日の残りのイノシシ鍋を振る舞うと、二人はファラドンの様子を、美味い美味い、と鉢の中身を掻き込みながら話してくれた。

「なんでも元々は王城の敷地内にある巨大な大木を中心に栄えた街だそうで、今でも王城の裏の王家の森にこの大木がありまさぁ。仰る通り、王城の湖畔から街の中心にかけては緑豊かな気持ちのいい広場がありますな。」
「学問も研究やらも盛んで、俺っちもこう見えて、高等学校卒業してるんですぜ。」
「まあ、それは意外だわ。」

でも確かに、二人は荒っぽい外見の割には、スレてない、というか乱暴な感じが二人から感じられない。どこぞの酒屋で飲んだくれているような外見でも、物事をよく知っている。

「ねえ、ジュノ、あなたもしかしてアズロンの噂とか聞いてない?」
「あねさん、やっぱりお国の事が気になるんで?」
「ええ、アズロンからファラメルンが援助を求められたって聞いて。」

二人はまた顔を見合わせて、どうするよ、でもレイは、いやでも噂もう耳に入ってるようだし、とコソコソ何か相談していたが、イゼルが最後にこう言った。

「俺たちでは、どこまで説明していいのか分かりかねます・・、ので、レイに直接聞いてもらえると助かりますな。」
「レイ? ああ、そっか。レイってあなた達の上司だっていってたわね。」
「そうなんすよ、なので今はその辺は勘弁して下さい。王都に着いたらレイに到着を知らせる事になってるんで。」
「えっ、でも、騎士ってそんな簡単に任務中抜け出せるものなの?」
「レイは特別なんで。」

益々、訳が分からなくなってきた。騎士は統率の取れた集団であり任務中抜け出せるなんて管理職以外考えられない。

でも、レイは任務でルナデドロップを採取しにハテまで来たし・・・・

それも魔の森にはレイ一人で出向いて来た。普通管理職はそんな事しない。密使を兼ねた役職ってことかしら? ・・・まあ、いいか、レイはレイだし。

不思議に思いながらも、お国が違えば制度も違う。レイの仕事は気にしない事に決めて、古い大きな並木道を馬を走らせ駆けてゆく。
木漏れ日も柔らかな日差しに、道ゆく人々は大きく街道にまで伸びた木々の太い枝に太陽から守られて、緑のトンネルをたくさんの人が気持ち良さそうに行き交う。人家は途絶えず、自然と緑の豊かな街々を通り過ぎていく。

「わあ、可愛い街がいっぱい! 街道も馬車や早馬用のレーンと歩行者用に別れてるし、安心して旅ができるように工夫されているのね。」
「歩行者用レーンには休憩所とかもあって屋台も出てるんですぜ。」
「まあ、もうお腹空いたの?さっき食べたとこでしょ。」
「いや、ちょっと久しぶりに串焼きの匂いが・・・」

あとでおごったげるから、と軽口を叩きながら街を通り抜ける度、速度を落として緑も豊かな賑わう街並みを見て楽しむ。

争いの少ない国は、こんなに緑豊かなのね・・・

祖国は水が豊かではあったが、ここまで歴史を感じさせる建物や街並み、文化の香りを漂わせるちょっとした広場に設けてある装飾の凝った東屋など、見ているだけで人々の目を楽しませる自然と建造物は少なかった。

父上が目指したのはきっとこういう国なんだわ。 ハテも緑豊かで気持ちのいいところだと思ったけれど、王都がこんなに自然にあふれているなんて・・・・

だんだんファラドンの中心に近づくと、流石に建物に二階建てが増え家々の間隔は狭まってきたが、それでもやっぱり古い並木に囲まれた通りは少しも窮屈さを感じさせない。遠くに見えていた湖と小高い丘にある巨大な木が近づき、なだらかな坂道にかかると王都の中心に入ったのだ、と二人が教えてくれた。

「検問は無いの?」
「さっきの街で最後でさあ、王都と周りの街は人の行き交いが多すぎて検問は無理なんすよ。その代わり、ここに来るまでいくつかの衛兵詰め所を見かけたでやんしょ。要所要所にああして衛兵をおいて犯罪者の取り締まりや、怪しい奴らの出入りに目を光らせてるんですぜ。」
「まあ、それでも、網目をすり抜けるやつらはいるんで俺たちがいるんだがな。」
「えっ?」
「ああ、あねさんは、気にしないでいいっすよ。ほら、あの宿で休憩しましょう。イゼル、俺はあねさんを案内してくっから、お前ひとっ走り、レイのとこまで頼んだ。」
「お前は、そうやってまた楽ばっかりしやがって。」

呆れた顔のイゼルを見送って、青と白の看板のペイントも新しい、清潔そうな宿にちょうど昼前に到着したティアたち。
人々の間を縫うように進んで厩舎に馬を預け、よだれを垂らしそうに屋台の串焼きなどを先ほどから見ていたジュノに約束どおり、昼を奢ってやり、ついでに自分の昼もそこで済ます。

すれ違った同い年ぐらいの若者の集団を見て、幾分ティアの顔をさり気なくチェックされたような気はするが、きっと目と髪のせいね、よかった、浮いてはいないわ、上手く溶け込めてる、と安堵の息を漏らす。

石畳の上を楽しそうにおしゃべりをしながら歩いていく人々。
街の人々の目を楽しませる、至るところに植えてある街路樹や街灯に色とりどりの花々。
雰囲気のある街並みは路地裏までお洒落で、思わず散策したくなる。

「あねさん、王都見物したいでしょうけど、とりあえず宿で連絡待ちなんでおとなしく待っていて貰えますか?」
「わかったわ。」

レイからの連絡を逃すわけにはいかない。

窓を開け放って、新鮮な緑の匂いのする空気を吸い込み、緑の合間に点々と見える色々な赤煉瓦の屋根の景色を楽しみ眺めながら、今回は素直におとなしく部屋で汗をかいた身体を拭いて着替えることにした。
サービスです、と果実入り飲み物を差し入れに挨拶してきた宿屋の女将さんに、部屋で身体を拭きたい、と言うと、たらいいっぱいのお湯とタオルを部屋に運んで用意してくれた。

ふう、久しぶりの乗馬でちょっと緊張しちゃった。

身体のあちこちを動かして筋肉をほぐしてみる。
ポーションの飲みすぎは身体に毒ですよ、とスウに口すっぱく注意されているので、これくらいなら身体をちょっと慣れせば、と思い、湯で身体をぬぐい、シンプルだが女性らしい新品のドレスに腕を通すと、ジンに習ったゆっくり身体を動かす運動を始めた。
そうしてしばらく運動に集中していると、突然、あねさん、レイが、と言いながら扉を開けたジュノを、足を延ばすついでに思い切り蹴り上げてしまった。

「ギョフ!」
「大丈夫!? ごめんジュノ、誰か入ってくるとは思わなくって・・・」
「・・・ティア、いったい君は部屋で何をしているんだ?」
「レイ!」

ジュノに続いて、部屋に入ってきたレイに呆れた声で声を掛けられ、照れ隠しに、へへ、ちょっと準備運動を・・・と言いながらもそっと抱きつく。
レイも、しっかりティアの背中に手を回して、抱き返してくる。

「あ~。おほん。俺っちの事、忘れてません?」
「悪いな、すっかり忘れてた。」
「ごめん、すっかり忘れてたわ。」
「いいんですよ、どうせ、俺っちなんて・・・」

案外早くダメージから回復したジュノの存在を、レイが目に入った途端すっかり忘れていたティアは、慌てて、レイの身体に回していた手を引っ込める。

「そうだ、レイ、どうなの、回復した?病気は治った?」
「ああ、とりあえず顔色が戻って、正常な脈拍に戻った。ただ、今は眠っている状態で目を覚まさない。ルナデドロップで抽出した薬は万病に効くが呪詛の場合は何か特別な調合が必要なのでは、というのが今の見解だ。幸いもう一本ルナデドロップは採集してある。」
「・・・・・」

やっぱり呪詛の類いなんだわ。これはもう、決定的ね。

覚えのある症状、典型的な呪詛の解呪過程報告に、ティアは、やっぱり嫌な予感が当たってしまった、という思いとともに許せない、と怒りを覚える。

こんな素敵で平和な国の援助を得るためだけに人質状態で人命を危機に陥れるなんて、相変わらずやり方が汚いわ。それもこの国に全然関係ないアズロンの内戦に巻き込むなんて!

「レイ、私の手持ちの中に万病に効く、呪詛にももちろん効く、ポーションがあるわ。ただし、これってば強力すぎて、呪詛だった場合、呪った本人に跳ね返っちゃうのよ。」

暗に、外交問題は大丈夫か、と聞いたつもりだ。レイは少し考えて、大きく頷いた。

「問題ない、ティア、そのポーション分けてもらえるか?」
「もちろんよ、回復ポーションと一緒で蓋に一杯で充分だから。」
「わかった。ちなみに、俺が試しに飲んだらどうなる?」
「風邪気味なら風邪が治るし、健康そのものなら、ただのちょっと酸っぱい水を飲むことになるわ。ほら。」

その場で取り出したポーションを目の前で飲んで見せる。酸っぱい、と頬をすぼめたティアを見て、可笑おかしそうに笑いながら、レイはまたティアを抱き寄せた。

「それから、イゼルに聞いたが、アズロン連邦の、イリスとマリスの援助の件が聞きたいのだろう? まったく、半日の買い物でどこまで情報を仕入れてくるんだ? まだ、ほんの一部にしか漏れていないはず、と報告があったばっかりなんだが。」
「女には独特のネットワークがあるのよ。」
「参ったな・・・ちょっと考えなくては・・・何にしろ、ティアは心配しなくていい。イリスとマリスでは求めてきた援助の内容が違いすぎるしな。」
「どう言う事? あ、レイの立場が悪くなるなら話してくれなくても構わないわ、というかなんか聞きたくないかも・・・」
「何だ、祖国を助けてくれ、とは言わないのか?」
「とんでもない! どちらの国の要求も聞く必要ないわ。アズロンの問題を西大陸まで引きずってくるなんて、恥ずかしくなるわ、逆に!」
「ふむ、そうか。 よしそれなら、とりあえず行くか。」
「えっ、どこに行くの? 帰ってきたばっかりなのに、もう新しい任務?」

戸惑うティアの手をしっかり握って、いいから付いて来い、と階下に降りて表に出ると、宿の前には辻馬車が止まっていた。
手綱はイゼルが握っている、と御者台のその隣にジュノもヒョイと飛び乗る。

さあ乗って、と急かされ、馬車に乗り込むと向かい合わせに座らず隣に座ったレイに、軽々と腰を持ち上げられ膝に乗せられた。二人が乗り込んだ途端、イゼルの、ハイヨ、という掛け声がして、馬車はカタコト動き出す。

「ティア、お願いがあるんだが、聞いてくれるか?」
「なあに、改まって?」

馬車の案外スプリングがよく効いたスムーズな動きに驚きながらも、レイからの頼みごとに、何だろう?とティアの好奇心が疼く。

「実は君に仕事の依頼をしたい。」
「仕事? 森の案内役みたいな?」
「ああ、君の腕を見込んで、ある人の警護をして欲しいんだ。」
「!」

今まで、生まれた時から守られてばっかりで、ティアは自分が警護する側になった事はなかった。
予期せぬ話に戸惑ったが、ふと、出発する時のスウとジンの信頼に満ちた表情を思い出す。

「ソフィラティア様なら大丈夫ですよ、私たち二人が心血注いでお育て申し上げた姫様なのですから。」
「そうです。姫様の腕はどの国の魔法騎士にも劣りません! このジンが保証します。」

・・・そっか、スウやジンが今回あっさり認めてくれたのも、もしかして、私を一人前扱いしてくれたのかな?
母上が施そう、としていた姫教育とは、随分、方向性が違うような気もするが・・・・

元姫のソフィラティアの立場としては複雑だが、ただのティアとしては、自分の腕を認めてもらえるのは単純に嬉しいし、人の役に立つのも誇らしい。

「もちろん、私で役に立つなら喜んで。」
「よかった、ティアが引き受けてくれると本当に助かる。今まで警護についていた者たちは、腕はあるが、イカツイ騎士ばかり、と文句を言われてな。彼女も必要な事とはいえ、ちょっと窮屈に感じるらしい。」
「彼女? レイ、どう言うこと?」

ティアの声と目が心なしかとんがっている。

ちょっと、どう言う事。返答によってはここで馬車から飛び降りる。

「っちがう! 違う、ミレイユは王城に住む2番目の王子の妻だ! 元宰相の娘で今は宰相の妻だな。」
「! ・・・そんな身分のある人の警備を私がするの? どうして? それに第二王子が宰相なの?」
「ああ、男では女性の警備には限界があってな。その点君なら、付き添いとして側にいて自然だしな。それと、簡単にいえば、今王家には3人の王子がいるだろ。王太子が軍事や国の治安担当でいずれは王になる予定、結婚はまだだ。2番目が王を支える宰相、主に外交や法関係担当、既婚者、3番目が財務担当、婚約者がいる、とこんな状態だ。」

既婚者なら、まあいい、と機嫌を直したティアの頬に鼻の頭をすり寄せてキスをしてきたレイに、ティアは曝露した。

「ごめんなさい、実はこの国の王家の事、ほとんど知らないの。王子が3人もいるって事も実は初めて知ったわ。今まであんまり興味なくて。政治なら分かるけど、王家の構成はサッパリよ。噂で今年中に王太子の花嫁選びの舞踏会が開かれるとは聞いたけど。」
「はは、そうか。ティアは興味ないのか?」
「だってハテに住んでる私には、関係ない話ですもの。」
「成る程な、お、もうすぐ着くぞ。」

窓の外に目をやったレイに釣られて窓の外を見たティアは感嘆の声を上げてしまった。

「わあ、綺麗な湖! それになんて素敵なお城なの!」
「気に入ったか?」
「もちろんよ。ほんと綺麗ね。」

澄んだ水の湖畔のほとりに立つ白い王城は、後ろの山間の丘に建つ巨大な大木の緑を背景に優美なその姿をひときわ輝かせ、王城までの整った並木道もまるで絵画のような風景だ。
湖には水の精霊が元気に飛び回っているのがこの距離からでも感じられる。

はあ、ほんと素敵・・・・・あれ、でも、この道ってまっすぐ行くと・・・

ぼうっと窓から流れる景色に見とれている間に、気がつくとお城を囲む塀がどんどん近づいて来る。御者のイゼルが門番に挨拶をした後、馬車が向かう先は、やはり先ほど見えた王城だった。

「レイ、警備の話、私が断らないって最初からわかってたんでしょ。」
「もちろんだ。君が断るはずがないと思ってたさ。」

まじですか? ええっ、早速もう仕事場に直行って事?

驚きと呆れの混じったティアに軽くキスをして、ようこそファラメルンの王城へ、と耳元で囁くと、レイはもう一度顔を離してティアの顔をじっと見つめ、嬉しそうにまた口づけをしてくる。

お城の正面玄関に着くと、レイはニッコリ笑って早速ティアが馬車から降りるのに丁寧に手を貸す。姫のような扱いに、ティアはちょっと昔に戻ったような気分だ。
慣れた仕草で優雅にスカートの裾を摘んで、昔取った杵柄、とばかりに優美にふわりと地面に足をつける。

だが、レイは見張りの騎士が近づいてくる気配に、急いでティアに挨拶をした。

「ティア、俺はこれから仕事だ。あとでまた会おう。」
「えっっ?、レイ、ちょっ私どうすれば・・・」

気分が高揚していただけに、お城の立派な正面玄関に着くなりいきなり置いてけぼりにされて、膨らんだ風船に突然穴が空いて急速に萎むように、ティアの気分も急降下。
そのままレイは馬車から降りず、馬車ごと城の奥に走り去る。

えー、こんなのって! 私、一体どうすれば・・・

途方にくれた気分で馬車を見送る羽目になったティアに、警備の騎士が近づいて丁寧に声をかけれくれる。

「女官長から伺っています。 ミレイユ様のコンパニオンの方ですね。どうぞこちらへ。」
「えっ、あ、はい。どうもありがとう。」

こうして、ファラメルンの王都にある、由緒正しき優美な白い王城の堂々とした正面玄関に、騎士に案内されつつティアはドキドキしながら最初の一歩を踏み入れたのだった。
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「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

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