悪魔と契約した少年は、王太子殿下に恋をする

翡翠蓮

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第十一話 王宮へ

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「……いいわ。行きたければ行きなさい」 

 収穫祭が終わった夜。 
 殿下から王宮で働かないかと誘われたことを母さんに話すと、素っ気なくそう返してくれた。 
 殿下はあのあと陛下に呼ばれて会場の奥の方へ行ってしまった。 
 行く前に、殿下が「明日からルスス宮殿に来い。俺が事情を話して中に入れてやる」とだけ言い残して去ってしまい、帰ってきた今でも若干混乱している。 

 けど、ほとんど命令って感じだったし、殿下の命をこの俺が断るわけにはいかない。 
 母さんに一応相談したら、行きたいなら行けばいいとたった一言言われて、まぁ、母さんならそう言うよな、と思ったけど「本当なの?」とも疑われずに背中を押されただけで少し困る。 

 母さんは俺に怯えているからとっとと王宮で働いてあまり帰ってくるなという意味で言ったのだろう。 
 が、俺は正直この上手い話を鵜呑みにしていいのか迷っている。 
 だって、悪魔契約者の俺がシルフ地区の王宮で働くなんて、普通なら絶対無理だぞ!? 
 殿下に正気ですか? あ、もしかしておれのこと騙してます? って疑うレベルだ。 


 収穫祭でたくさん食べたから夕食が入らず、そのまま自分の部屋に行ってベッドに寝転がって考える。 

「セーレ、こんな上手い話、承諾していいと思う?」 
「うーん……」 

 椅子に座っているセーレがホットミルクを両手で持ちながら唸る。 
 一口飲んでから、俺と目を合わせた。 

「殿下が貴方を騙す人とは思えません。というか、嘘を吐いたり吐かれるのが嫌いなタイプに見えますし……。少なくとも貴方に危害を加えようとは思っていないんじゃないですか?」 
「そうかなぁ。だってさ、王宮だよ? シルフ地区の中で一番すごいところだよ? そんなところで働くなんてさ……」 
「なら、殿下のせっかくの誘いを断って、今まで通りこの村で働くんですか?」 
「う……」 

 正直この村の仕事場は良いところだと思えない。休憩なんてないし、勝手にしたら怒られるし、休日がない。 
 ルスス宮殿はこの地区で一番発展した技術や流行りの文化を使って仕事をしていると聞く。この国で高価な本だって作れるところだ。休日も設けられているだろうし、もしかしたら休憩時間だってあるかもしれない。 
 こんなに良い条件のお誘いを殿下直々からしてもらえるなんて、こんな絶好のチャンスはない……! 

「まぁ、僕たちはこんな身分ですし、王宮にいる人の何倍も働かなくちゃいけないかもしれませんけど」 

 俺の考えを見透かすように、セーレが苦笑して言った。 
 それでも殿下の傍で働けるなら……と思ってしまう俺は、不純だろうか。 
 とにかく、明日の仕事終わりに馬車に乗って王宮に行くことを決意した。 




◇◇◇ 

「ねえ、改めて見ると、すごいね……」 
「ええ。僕も驚いています」 

 仕事が終わって自宅で身体の汚れを落としたあと、一応自分たちなりに身だしなみを整えてルスス宮殿へやってきた。 
 ルスス宮殿はコンライド街の北の方に君臨していて、森に囲まれている。 
 第一の感想は……死ぬほど大きい。これ、俺の家何個分あるんだろう……と数えようとしても、数えることができないくらい大きい。 
 アーチ状の窓がいくつもあって、頂の方にはシルフの精霊をイメージしたステンドグラス。 
 奥には回廊が見えて、離宮と繋がっているのがわかる。 
 石畳の地面を歩いて門の前に行くと、門番の人に思いきり睨まれた。 

「ここはお前たちのような者が来る場所ではない。去れ」 
「えっと……アイヴァン殿下はいらっしゃいますか?」 
「殿下の名を呼ぶなど、この悪魔契約者はいつから身分が高くなったつもりだ! 恥を知れ!」 

 大声で怒鳴られ、そのまま武器を構えてきた。 
 喉の先に刃物がぐっと当てられ、殺意が増した眸でこちらを睨んでくる。 
 ……ここで死ぬの? 俺。いや、そんなことは絶対に嫌だ。せめて王宮で一日だけ働いて、殿下を一目見てから死にたい。 
 事情を話すから中に入れてやる、と殿下は言っていたけど、この人には伝わっていないんじゃないか? 
 もう一人の門番も、いつ俺が暴れだすかわからないと言ったように背後に立っている。 
 逃げ場がない。本当に俺は、死ぬのか? 

「今なら上に報告書を書き、不法侵入罪だけで済ませてやる」 
「あの、殿下から聞いていませんか? 俺、殿下にここに来いと言われて……」 
「口答えをするなッ! おい、連れていけ」 
「ああ」 
「え、あっ、ちょっと!」

 後ろにいた門番の人が俺を羽交い絞めにして、そのままずるずる引きずられていく。 
 この人たちは、人の話を聞くということをもっとした方がいいんじゃないのか……!? 

 今抵抗したら絶対に殺されるだろうから、されるがままに引きずられる。 
 足が石畳に擦れて痛い。ひりひりする。 
 痛みに歯を食いしばっていると、俺を引っ張っている門番がくっと笑った。 

「お前は不法侵入罪、脅迫罪の二重の罪で極刑にしてやろう。殿下の名も呼んだしな。死刑が執行されるまで、お前は地下牢で拷問にあっているといい」 
「え……っ」 

 あまりの理不尽さに目を瞠った。 
 不法侵入罪、脅迫罪って、どっちもした覚えないんですけど……。 
 俺は殿下に呼ばれたから来たってだけで、王宮に勝手に入ったってわけでもないし、門番たちにちゃんとそのことを伝えようとしただけなのに脅迫罪になるなんて、どう考えてもおかしいだろ! 

「ちょっと待ってください! この子は本当に殿下に呼ばれて……」 
「うるさい! 口答えをするなと言ってるだろう!」 
「……っ!」 
「セーレ!」 

 抗議したセーレがばしん! と頬を叩かれ、その場に倒れこんだ。 
 ひどい。悪魔は普通の成人した人間よりも小さい身体なのに、そんなに全力で叩くなんて。 
 俺がセーレに手を伸ばしても、ずるずる引かれてどんどん遠ざかってしまう。 

 ……やっぱり、騙されていたのかな。 
 こんな上手い話、あるはずがない。ホイホイ殿下に乗せられてしまった、俺が馬鹿だったんだ。 
 もう、殿下のことは信用しない方がいいのだろうか。 
 いや、もう話すことも会うこともできないだろう。 
 俺はこれから地下牢で拷問されて、死刑になるんだからな。 

 そう思った瞬間、走馬灯のように今までのいろいろな記憶が蘇ってきて、じわりと涙が浮かんだ。後ろで玄関の扉を開ける重厚な音が聞こえて、いよいよだと唇を噛み締めた――そのとき。 

「……おい」 

 低く唸るような声が聞こえた。 
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