悪魔と契約した少年は、王太子殿下に恋をする

翡翠蓮

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第十二話 仕事

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「で、殿下……!」 
「何をしている」 
「これは、この悪魔契約者が不法侵入し、脅迫したので地下牢に連れていこうかと――」 
「不法侵入? この男は俺の客人だ。昨日言っただろう、悪魔契約者の客人が来ると。覚えていないのか?」 
「し、しかし、こんなみすぼらしい服を着た、汚れた者が客人など……ぐぁッ!?」 

 門番に何かあったのか、俺の腕を持ち上げていた手がバッと離れた。 
 身動きが取れるようになって振り向くと、殿下が眉間に強く皺を寄せて、門番の足を思いきり踏んづけているところだった。 
 ギリギリと踏みつけていて、門番は片膝をついて悶えている。 
 門番に声をかけたときのトーンでわかった。殿下は、ひどく不機嫌だ。 
 俺に見せたことのない形相をして、何度も門番の足を踏みにじっている。 

「みすぼらしい服を着ていようが、俺の客人だ。ここで働かせるとも言ったはずなんだが。お前の頭は飾りだったのだろうか」 
「も、申し訳ありませ……ッ、申し訳ありませんでした!」 
「謝る相手が違うな」 
「……っ!」 

 門番が痛みに耐えている表情でこちらを見た。 
 その顔は痛みに歪んでいても「お前などに謝るものか」と書かれているのがわかって、俺は複雑な感情に陥る。 
 王宮の門番というお高い役目を持った人が、こんな身分の低い者に謝りたくないだろう。 
 殿下の言っていることが、この国ではありえないことなのだ。 
 門番が奥歯を噛み締めて謝らないでいると、殿下がさらに深く彼の足を踏みつけた。門番が悲鳴を上げる。 

「早く」 
「申し訳……ありませんでした……」 
「お前もだ」 
「も、申し訳、ありません……」 

 足を踏まれていた門番と、既に怯え切っていた門番が同時に頭を下げる。 
 お、俺、なんて言えばいいの……? どんなこと言ってもこの人たちに恨み持たれる気しかしないんだけど……。 
 しばらく門番たちが頭を下げたあと、殿下が踏みつけていた足を上げ、彼を解放した。 
 黙っていて大丈夫だっただろうか。頭を上げてくださいくらい、言ったほうが良かったかな。 

「お前たちは二年間、給与を半分に下げよう」 
「そ、そんな!」 
「殿下……!」 
「仕方ないだろう。俺の客人をこんな目に遭わせたのだ。……カトレア、行くぞ」 

 俺の手を引いて、殿下はコツコツと靴音を立て王宮の中に入っていった。 
 振り向くと、絶望の顔をした門番の二人がいる。 

「あの、待ってください。セーレが……」 
「セーレ? ああ、あの男か」 

 頬を叩かれて倒れたまま、外にいるはずだ。 
 しばらく立ち止まって待っていると、正面玄関からセーレがひょっこり顔を出した。絶望している門番たちを見て何があったのかわからず困惑の表情を浮かべている。 
 俺が無事なのを見ると、すぐに走ってやってきた。 

「カトレア! 良かったです、無事で」 
「うん。セーレも痛かったよね、大丈夫?」 
「僕の心配なんてしなくていいんですよ。それよりも、貴方が無事で安心しました」 
「殿下が助けてくれたんだ。……ありがとうございます、殿下」 
「礼などいらない。どう考えてもあいつらが悪い」 

 礼を言ったら少しだけ振り返ってくれたけど、そのあとすぐに俺の手を引きながら早足で歩きだした。 
 ……殿下の手は、温かくて少し硬くて大きくて、俺より綺麗だ。 
 爪も整っていて汚れていないし、俺みたいに節くれだっていない。すらりとした長い指とちょっと硬い掌で、どこも汚いところがない。 
 それに比べて俺の手は小さいし、仕事で日に焼けて少し黒い。毎日泥や錆で汚れてしまうから、家で洗いすぎて皮膚もかさかさしている。 
 こんな綺麗な殿下の手に握られていいものじゃない。 

 罪悪感を抱えながら、煌びやかなシャンデリアと天井画が描かれた部屋を歩く。 
 いくつも部屋を抜けると、ある豪奢な扉を開けて回廊に出た。 
 彫刻が一定の間隔で飾られている回廊を抜けて、ルスス宮殿を囲んでいた森に出る。 
 様々な鳥のさえずりと葉擦れの小さな囁きが、アギオ湖を思い出させた。最も、あのアギオ湖があった森より、広いのだろうけど。 

 殿下が歩いているところは整備されていて、誰かが通っているのがわかる。 
 森には珍しい実や花が咲いていて、また来れたらセーレと遊びたいと思うほどだった。 
 しばらく歩くとこじんまりとした畑に出た。 
 トマトやレタスなどの野菜や、薬草が栽培されているのがわかる。 

「あの、殿下。ここは……?」 
「お前には、ここで働いてもらう」 
「つまり、野菜や薬草を栽培しろってことですか?」 
「それは無理があるだろう。お前にはここの野菜や薬草を、料理室に運搬する仕事をしてもらうのだ。八時間労働の休憩が一時間。休日は週に二回。給与は働きによるが、最低でも二十万ビルは出そう」 

 に、に、二十万ビル!? あまりにも給与が良すぎないか!? 大丈夫? 悪魔契約者に月二十万ビル以上って正気? 

「あ、でも……畑、意外と小さいですよね。八時間週に五日働くとしても、野菜や薬草が収穫できない日はどうすればいいんですか?」 
「高級野菜や果物はコンライド街の百貨店で仕入れている。お前はそこからこっちに運搬する仕事も担ってもらう」 
「なるほど。わかりました」 
「力仕事になる。できるか?」 
「できます!」 

 そりゃ最低で二十万ベル貰えたらどの悪魔契約者でもやるだろう。 
 シュロピア村でも重たいものを運んでいたから、力仕事には慣れている。 
 殿下はふむ……と唸って俺のほうに向きなおった。 

「仕事終わりで疲れているだろうが、今一時間だけ働けないか? ここの仕事を覚えてほしい。今日働いた分も給与に含める」 
「あ、はい! 大丈夫ですよ!」 
「では、教えよう。まずは、ここの作物を育てている使用人のことだが……」 

 明日から働くであろう仕事の説明を殿下がしてくれる。 
 この人、もう今日の分の仕事は終わっているのだろうか。俺に構ってる暇なんてあるのかな、と疑問に思ったが、多分またサボっているような気がする……。 
 殿下がここの作物を育てている使用人の説明をしてくれる。リコーラという名前らしい。その人が収穫した野菜や薬草が畑の傍の籠に置かれるから、料理室まで持っていくのが俺の仕事みたいだ。 

 ちょうど籠にレタスとルーコラが三つずつ入っていて、俺は殿下の後をついていき、料理室へ向かった。 
 料理室の扉の前に置くだけでいいらしい。殿下の気遣いなのか、料理人とは話さなくていいと言ってくれた。 
 それから百貨店へも連れて行ってくれた。地下にある食料品売り場の総責任者に話しかければ、ルスス宮殿の料理長が発注した食べ物を持ってきてくれるという。それを料理室の扉の前まで持っていけばいいそうだ。 
 食品は毎日大量に発注されるから、往復して料理室に持っていってくれ、と言われた。 

 店長に挨拶したけれど、セーレを連れた悪魔契約者の俺でも、にこにこと笑って接客してくれた。それどころか「可愛いお兄さんたちだねぇ」とお世辞の言葉まで言ってくれて、驚いて何も返せなかった。 

 後から殿下に聞くと、百貨店の店員たちは人々を差別しないように教育されているという。それでも目を合わせなかったり態度の悪い店員はいるらしいけど、総責任者ともあればそんなことはしないそうだ。 

 百貨店からルスス宮殿までは遠いから、給与を貰って以降はそのお金で自由に馬車を使ってもいいと殿下は言ってくれたけど、それじゃ仕事にならないのでと断った。 

 だって、これ、結構簡単な仕事だぞ!? 

 馬車なんて使ったらさらに簡単になってしまって、二十万ビルも貰うのにものすごく申し訳なくなる。 

 日が暮れていたが、道を覚えるために百貨店から宮殿に帰る。次に殿下が連れて行ってくれたところは――宮殿の一角にある豪華すぎる部屋だった。 
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