悪魔と契約した少年は、王太子殿下に恋をする

翡翠蓮

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第二十八話 好きな人

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「どうしてセーレは黙ってるの? 俺と殿下が、その……しちゃったこと」 
「そんなの、カトレアが流刑に遭ってほしくないからに決まってるじゃないですか!」 
「え……」 
「でも、あれって強姦ですよね。カトレアは立場的に弱いかもしれませんが、普通は強姦として殿下が罪に問われるべきです。婚約者だっているのに、あんなの……」 

 セーレがぎゅっと拳を握りしめる。 

「あんなの、罪に問われて当然です。殿下は婚約者がいるんですよ。なのに貴方を無理やり組み敷いた。流刑に遭うのは殿下のほうでしょう」 
「た、確かに強引だったかもしれないけど……でも、訴えたくはないよ」 
「同意はあったんですか? あんなセックスで?」 
「見てたの?」 
「見てはいません。でも貴方は『やだ』と言っていましたよね。なのに訴えないんですか?」 
「そ、それはちが……」 
「そのままあの人の言いなりになるんですか? お互い身分は弱いですが、二人で訴えれば殿下に罪を問うことができるはずです」 
「俺はそんなこと……」 
「したくないんですか? 訴えないと流刑になるかもしれないのに?」 
「違うよセーレ!」 

 思わず大きな声を出してしまって、セーレがびくっと怯むのがわかった。 
 セーレの眸には、村で働いていたときに俺のことを貶してきたやつに向ける色が見える。 
 セーレの言うことは、最もかもしれない。正しいことを言っているのだろう。 
 でも、そうじゃなくて……。 

「俺は、殿下が俺のことを好きじゃないから、抱かれるのに抵抗を感じただけなんだ」 

 殿下があのとき何故俺を抱いたのか、まだ全然わからない。 

「俺は殿下のことが好きなのに。想いが通じ合ってなかったから、悲しかっただけだよ」 

 今まで逸らしていた現実を言葉にしてしまったような気がして、徐々に涙が浮かんできた。 
 喉奥がきゅっと痛くなり、鼻もつんとしてくる。 
 今後、想いが通じ合えることはない。たったそれだけのことなのに、俺の眸からは大粒の涙が零れた。 

「もしかしたら想いが通じ合ってないのなら、流刑は免れるかもしれないって思った。でも、それが現実なんだ。殿下は俺のことが好きじゃない。これから好きになってくれたとしても、世間が許さない。俺たちは、絶対に結ばれちゃいけないんだよ。セックスもしたのに。俺は、それが辛いんだ」
「……カトレア」 
「俺が女だったら良かった。……それでも、悪魔契約者だから、ダメなのかな。殿下とは、婚姻できないのかな」 
「……」 

 セーレが目を瞬いて、俯いた。 
 しまった。傷つけてしまった。 

「あ……ごめ……」 
「僕は、貴方がこうして生まれてきてくれて、良かったと思っていますよ」 

 セーレはそう言って白いベンチに腰掛ける。 

「知っていますか? 貴方が生まれたときの貴方の母親の顔。すごく嬉しそうな顔をしていましたよ」 
「……母さんが?」 
「そうです。貴方の父親は僕を見て青褪めた顔をしていましたが、母は生まれてきた貴方を涙を零しながら泣いていました。それほど、命は大事なんですよ」 

 母さんが? 本当に? 
 物心ついたときから俺のことを避けているように見えていたのに。 
 俺が生まれたときは、そんなに喜んでいたなんて。 
 セーレが膝にあてていた手をぎゅっと握りしめる。 
 そのまま俯きながら、ぼそりと呟いた。 

「……好きな人と想いが通じ合わないのは、僕だって一緒ですよ」 

 俺と目を合わせて、ふわりと笑った。 

「貴方のことが、ずっと好きだったんです」 
「え……?」 

 まるで天使のような微笑を浮かべてそう言った。 
 その眸は気のせいだろうか、潤んでいるように見える。 
 セーレが、俺を……? 

「僕は何百年も生きていますが、契約者はみんな僕を大切に扱ってくれませんでした。僕が悪魔だからです。なんでお前が来たんだ、とか、どうしてお前と契約しなければならないんだ、とか、散々だったんですよ」 

 ……その話を聞いたのは初めてだった。 
 俺が生まれる前、セーレが何をしていたかなんて、聞いたこともなかった。 
 でも今の話だけで、良い扱いをされていないことはわかる。 
 セーレに冷たくした奴らに激しい怒りが湧いた。 

「今も、怒った顔をしてくれているでしょう」 
「え?」 
「僕に優しくしてくれたのは、カトレアだけだったんですよ。その優しさが嬉しくて、僕はずっとカトレアのことが大好きでした」 

 セーレが再び拳を強く握りしめる。 

「でも、貴方は想い人ができてしまった。その想い人にもたくさんの優しさを与えるようになり、いつしか僕との会話より、その人との会話を楽しんでいるように感じました。……悔しかったんです。僕は生まれたときから貴方のことを見ているのに。ちょっとだけしか一緒にすごしていないやつの、どこを好きなのだろうと……」 

 ぽたりとセーレの手の甲に涙が落ちた。 
 声を震わせながら、話を続ける。 

「そのうち僕からどんどん離れていくんじゃないか。僕をどんどんいらない者にしていくんじゃないかって、思って……っ、辛くて、不安で……」 
「……セーレ」 

 気づけば俺は、セーレを抱きしめていた。 
 俺より小さくて細い背中は女の子みたいで、この小さな身体でたくさん不安を抱え込んでいたと思うと、自分の浅はかさに怒りが向いた。 
 胸がセーレの涙で濡れていくのがわかった。 
 今までの不機嫌な態度は、これが理由だったんだ。 

「セーレ。俺、そんなこと思ったこと一回もないよ」 
「え……」 
「セーレと離れようなんて思ったことないし、いらないだなんて思ったこともない。セーレはずっと俺と一緒にいてほしいよ」 

 生まれたときから一緒なんだから。 
 セーレをもっと強く抱き竦める。 

「俺はセーレのこと、家族として大好きだよ。いつも俺を支えてくれた。俺を差別する人間は、睨んで威嚇したり、庇ったりしてくれただろ? そんないい子をいらないだなんて思わないよ。セーレはこれからもずっと、俺と一緒にいてよ。これからも俺を支えててほしい。セーレは俺にとって絶対必要な存在だよ」 
「……っ」 

 瞬間、セーレが声を出して泣いた。 
 ずっとこの不安を抱えてきたのだろう。全てを吐き出すようにぼろぼろと涙を零し、俺の服をぎゅっと掴んでいた。 
 セーレがこれほどまでに泣いたのは、初めてだった。 
 ……いや、俺は、セーレが泣いたのを見たことがなかった。 
 角をくすぐったり面白い話をして泣き笑いしたことはあったと思うけど、辛くて泣いたことは一度もない。 

 きっと今以外でも辛くて泣きたいことはたくさんあったと思う。 
 それでも一滴も涙を零さなかったのは、セーレの心がすごく強い証拠だ。 
 俺なんて、すぐ泣いてしまうのに。 
 ……これからも、家族としてセーレを愛すからね。 
 セーレが泣き止むまで、俺は角や向日葵畑色の髪を撫でた。 
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