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第8話 この世界で初めてチョコレートを作って食べます
しおりを挟む「……よし、準備できた!」
材料をワークトップに並べ、オーブンも温めておいたので準備は完了だ。オーブンは前世の世界と違って魔石が中に入っていて、それで温める方式らしい。今までこの世界のオーブンを使ったことがなかったから、ちょっと苦労した。
腕まくりをして、早速調理を開始する。
まず、卵を卵白と卵黄にわける。卵白は冷やし、その後買ってきたチョコレート二枚を細かく刻む。
チョコレートを刻むときの気持ちいい音が私の耳に届く。ああ、私にとってのASMR……!
刻まれたチョコレートをボウルに入れて湯煎にかけて、溶けてきたらバターを加えて混ぜる。
別のボウルに卵黄と砂糖を入れて白っぽくなるまでひたすら混ぜる。混ぜる、混ぜる……。
ひたすら混ぜたボウルに溶けたチョコレートを少量ずつ加えながら混ぜていく。
そこにメル粉——市場で見つけた薄力粉に似た粉だ——を振るってゴムべらで混ぜる。
だんだんもったりとした生地になってきた。
チョコレートを入れていたボウルは中身を移したから、綺麗に洗って冷やしておいた卵白と塩を少しだけ入れ、ひたすら混ぜる。
ひたすら……! 腕が痛くなっても止めずにひたすら混ぜて、混ぜて、混ぜる……!
真っ白になって、泡だて器を上げたときにゆるくたつくらいになったらメレンゲの完成だ。
ぴんとたつまで混ぜてもいいのだが、固すぎるメレンゲはチョコレートの生地と合わせたときに抵抗力が強くて泡がつぶれてしまう。
そのメレンゲをチョコレートの生地に少しずつ入れて、切るように混ぜていく。
もったりとした生地が、なめらかな生地に変わった。
生地を型に流しいれ、温めておいたオーブンで三十分焼く。
しばらくすると、チョコレートが焼ける香ばしい匂いがしてきた。
その匂いだけで私はうずうずしてしまう。部屋中にチョコレートの良い香りが広がって、私はいてもたってもいられずオーブンの中を覗いた。
中には綺麗にふっくら膨らんだ生地が入っている。ああ、なんて美味しそうなの……!
そのまま中を覗くこと、十五分。オーブンがポーン! と音が鳴って、時間がきたことを知らせてくれた。
中の生地を取り出して、粗熱を取り、私の氷魔法で瞬時に冷やす。いやぁ、属性魔法氷で良かったぁ。氷魔法だったおかげでベルローズとはひと悶着起きたけど。
そして、ケーキナイフで切り分け粉糖をかけてイチゴを乗せれば……。
「ガトーショコラの完成~~!」
私はすぐにガトーショコラをリビングのテーブルに乗せる。スマホがあれば写真を撮りたかったところだけど……ないからいいや! 今すぐ食べたいし!
フォークでゆっくり切って口に運ぶ。一口食べると……。
「ん~~! 美味しい!」
しっとりとした濃厚なチョコレートの甘みが口に広がる。あとからチョコレートの華やかな香りが鼻腔に広がり、イチゴの酸味とケーキの甘さがまた絶妙で、やみつきになる美味しさだ。
カカオ本来の苦味も少しだけ感じる。噛まなくても舌でゆっくりとろけていくのがたまらなかった。
「はぁ……幸せ……」
この世界に来て初めてのガトーショコラ。久々に食べた味は、両頬が痺れるほど美味しかった。
「……ん?」
夢中で食べていると、外から何かが聞こえた。誰かの声だろうか、と窓を開けて庭に出る。
私の「美味しい!」っていう声がうるさくてクレーム言いにきたとか? いやでも、人間の声にしてはちょっと違和感が……
「にゃっ」
「きゃ!」
突然ガサガサっと庭の草が動いて、声の正体が顔を出した。
シルバーの毛並みに、金色の瞳。
金色の瞳は、大きくてきらきらしてて……。
「……リリー?」
私は思わず声をかけていた。
「にゃぁ」
すりすりの仕方とか、顔をよく見るとリリーとは違うのがわかる。
シルバー系のメインクーンかな? 私の足に時々すりすりしながらうろうろしていた。
リリーとは違っていても、懐かしく感じてしまう。
しゃがんで片手でモフモフの頭を撫でる。フワフワで柔らかくて、気持ちいい。
ずっと撫でても嫌がらず、私の手に頭をこすりつけていた。猫も気持ちいいと感じているのか、満足気な笑みを浮かべている。
「にゃぁ、にゃ」
「え……? これが欲しいの?」
猫がくんくんと嗅いでるのは私の右手に持ってるフォークだった。
誰の声か気になってしまったものだから、無意識にガトーショコラが刺さったフォークを持ったまま来てしまったのだ。もし前の家にいたら「行儀が悪いですよ!」ってリーナあたりが言っていただろう。
「にゃ、にゃ」
「こ、これはダメ!」
猫がガトーショコラを食べようと私に飛び乗ってくる。ぴょんっと軽々しく飛んだのに私の膝に着地するとずしっとして意外と重たい。そんなところもリリーにそっくりだ。
……ていうか、猫にチョコレートなんて絶対あげちゃダメなんだよ!
チョコを食べた猫は中毒を起こしてしまう。チョコの原料であるカカオに、カフェインが含まれているからだ。最悪死に至ってしまうことだってあるのに……。
「にゃぁ~」
「ダメだってば!」
猫ぱんちをして、どうにかガトーショコラを食べようとしてくる。
そして。
「にゃっ!」
ぱくっと。
ガトーショコラを一口食べてしまった。
「ああ……あああ~~!!」
猫はぴょんっと私の膝から飛び降りてもぐもぐと味わっている。
私はフォークを投げ捨てて猫を抱っこしようとした。しかし猫が逃げ回って全然捕まえられず、一人と一匹でぐるぐる庭を回ってしまう。
「ぺっしなさい! ぺっ!」
「にゃぁ~」
猫はチョコを食べたのにも関わらず、元気に走っている。どうしようどうしよう、きっとしばらく経ったら症状出て来るよね、このへんに動物病院ってあるのかな? 連れて行かなきゃ……。
と思っていた矢先。
「にゃぁ~」
急に猫が眩しい光を放った。周りが見えなくなるくらい白く発光して、私は目をぎゅっと瞑る。
次に目を開けたときには……。
「……美味しかったよ、ありがとう」
裸の獣人が立っていた。
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