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第9話 服を着てください!
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「ぎゃああああ!」
私は必死に腕で顔を覆う。絶対に目の前を見ないようにぎゅっと目を瞑る。
だって、目の前に、目の前に……。
猫耳の生えた、裸の男性が!
「……? どうしたの?」
低くもなく高くもない、中性的な声が聞こえる。ザッザッと庭の草を踏む音で獣人が近づいてくるのがわかった。私も腕で顔を隠しながら近づかれるたびに後ずさる。
「どうしたもなにも、ふ、服……! 服をですね……!」
「服? ……ああ、ごめんね」
そういえば裸だった、みたいな余裕のある声が聞こえる。こっちは何も余裕ないんですが……!
「そうだな、とりあえず……君の家にお邪魔してもいい?」
◇◇◇
私が叫んでから十分後。猫の獣人――ユリクという名前らしい――はバスローブに身を包み、リビングルームの椅子に座っていた。
何故バスローブかというと、「しばらく外で過ごしてたから、身体が綺麗じゃないんだ。お風呂を借りてもいい?」と言われたので、なるべくユリクの身体を見ないようにシャワールームへ案内した。
そしてシャワーを浴び終わり、ユリクが戻ってきて現在に至る。
「……」
「……」
椅子に座り、お互い沈黙が走る。ユリクは私を見てふっと微笑むが、なかなか口を開かない。その整った顔で微笑まれると、こっちも恥ずかしくて頭が真っ白になってしまう。
少しくせ毛の銀髪に、煌めく金色の瞳。すっとした高い鼻梁に薄い唇。肌も陶器のようにつるつるで白く、顔のサイズも小さい。少し大人っぽい雰囲気の人だ。
しかもさっきからぴょこぴょこ動く猫耳が気になって仕方ない。銀色の毛並みで、触らなくてもフワフワだということがわかる。尻尾もさっきから私の視界にちらちらと映っている。
「……」
「……」
なんとか話さなければ、と私は言葉を探す。名前はバスルームに行く途中で名乗ってもらっちゃったし、どうしよう……。
「……名前は?」
私が何を話せばいいのかわからず視線を泳がせていたら、ユリクの凛とした声が耳に届いた。
「名前は? 教えて欲しい」
「あ、私の……」
ユリクは小さく頷く。そういえばユリクはシャワールームに行く途中で教えてくれたけど、私は教えてなかったな。
「私は、シェ……」
シェイラ、と言いかけて、いや待て、と止まる。
せっかく髪を切って素性を隠したのに、シェイラなんて名乗っちゃったら全てが台無しじゃん!
ユリクが私をじっ、と見て名前を言うのを待っている。名前くらいすぐ答えないと怪しまれてしまう……!
「か、カナメ! 私の名前はカナメ、です」
「カナメ……」
咄嗟に前世の自分の名前を言ってしまった。ユリクが私を見つめて黙りこむ。この世界では珍しい名前だったかな……? それとも、偽名を使ってるってバレてる……?
「いい名前だね」
ユリクはにこっと微笑んだ。血色のいい薄い唇が弧を描く。この一瞬の間で偽名とバレてるのか不安だった私は安堵のため息をこっそり吐いた。ありがとう、神様!
「ユリクは、どうして猫の姿になってたの?」
私は名前を答えたあと、一番疑問に思っていることを質問した。
獣人は神の加護のもと動物から人間の形になれたと言われている。昔は神様からの贈り物として人間からも慕われていたのだが、時代は変わっていき神を信仰する人が少なくなり、またその獣人の歴史を知っている人もわずかになってしまって、「異形の者」とか「人間のなりそこない」と呼ばれるようになってしまった。
獣人たちはそのため自分の力で人間から動物に戻ることはできない。逆を言えば、動物から人間に戻ることもできない。
他人から強力な魔法をかけられでもしない限り、そういった変化を起こすことはできないのだけど……。
「そうだな、事の発端は……俺が王国騎士団の入団試験に受かったときなんだけど」
「え……ええ!?」
王国騎士団は、国の中で最も強い騎士団だ。入団試験はどの騎士団よりも難しく、国を必ず守れるほど剣が強くなくてはならない。倍率も毎年何十倍と高い。そんな王国騎士団の入団試験に受かっていた!?
……私はとんでもない獣人を拾ってしまったかもしれない。
だが次に見たユリクの表情は、自然に微笑んでいるものではなく苦笑いだった。
「でも、いざ入団するときに獣人であることがバレてね。入団試験でマントを被ってたときから怪しまれてた気はするんだけど……。入団しようとしたときに団長に「獣人が国を守れるとは思えない」って言われて、断られちゃって。それでも対抗したら、強い魔法で猫の姿に変えられてしまった。それからずっと歩き続けて、このルッカ村にたどり着いたんだ」
気楽に話しているような口調だったが、辛いことだったのだろう、銀色の睫毛も伏せられ、顔も先程より下を向いている。
「俺は両親がいないし、家ももう取り壊されてて行くあてがないから適当にこの村の草とか食べてた。そしたらいい匂いがして、君……カナメが持ってた食べ物を食べたら元の姿に戻れた。こんな感じかな」
要するに、王国騎士団から追い出されてルッカ村に来たら、私のお菓子を作る匂いにつられてやってきて、ガトーショコラを食べた途端に元の姿に戻れたわけか。
どうしてガトーショコラを食べたら元の姿に戻れたんだろう……?
強力な魔法でもない限り、動物になった獣人を元に戻すなんてできないのに。
チョコレートに魔法でも入ってたのかな?
私は必死に腕で顔を覆う。絶対に目の前を見ないようにぎゅっと目を瞑る。
だって、目の前に、目の前に……。
猫耳の生えた、裸の男性が!
「……? どうしたの?」
低くもなく高くもない、中性的な声が聞こえる。ザッザッと庭の草を踏む音で獣人が近づいてくるのがわかった。私も腕で顔を隠しながら近づかれるたびに後ずさる。
「どうしたもなにも、ふ、服……! 服をですね……!」
「服? ……ああ、ごめんね」
そういえば裸だった、みたいな余裕のある声が聞こえる。こっちは何も余裕ないんですが……!
「そうだな、とりあえず……君の家にお邪魔してもいい?」
◇◇◇
私が叫んでから十分後。猫の獣人――ユリクという名前らしい――はバスローブに身を包み、リビングルームの椅子に座っていた。
何故バスローブかというと、「しばらく外で過ごしてたから、身体が綺麗じゃないんだ。お風呂を借りてもいい?」と言われたので、なるべくユリクの身体を見ないようにシャワールームへ案内した。
そしてシャワーを浴び終わり、ユリクが戻ってきて現在に至る。
「……」
「……」
椅子に座り、お互い沈黙が走る。ユリクは私を見てふっと微笑むが、なかなか口を開かない。その整った顔で微笑まれると、こっちも恥ずかしくて頭が真っ白になってしまう。
少しくせ毛の銀髪に、煌めく金色の瞳。すっとした高い鼻梁に薄い唇。肌も陶器のようにつるつるで白く、顔のサイズも小さい。少し大人っぽい雰囲気の人だ。
しかもさっきからぴょこぴょこ動く猫耳が気になって仕方ない。銀色の毛並みで、触らなくてもフワフワだということがわかる。尻尾もさっきから私の視界にちらちらと映っている。
「……」
「……」
なんとか話さなければ、と私は言葉を探す。名前はバスルームに行く途中で名乗ってもらっちゃったし、どうしよう……。
「……名前は?」
私が何を話せばいいのかわからず視線を泳がせていたら、ユリクの凛とした声が耳に届いた。
「名前は? 教えて欲しい」
「あ、私の……」
ユリクは小さく頷く。そういえばユリクはシャワールームに行く途中で教えてくれたけど、私は教えてなかったな。
「私は、シェ……」
シェイラ、と言いかけて、いや待て、と止まる。
せっかく髪を切って素性を隠したのに、シェイラなんて名乗っちゃったら全てが台無しじゃん!
ユリクが私をじっ、と見て名前を言うのを待っている。名前くらいすぐ答えないと怪しまれてしまう……!
「か、カナメ! 私の名前はカナメ、です」
「カナメ……」
咄嗟に前世の自分の名前を言ってしまった。ユリクが私を見つめて黙りこむ。この世界では珍しい名前だったかな……? それとも、偽名を使ってるってバレてる……?
「いい名前だね」
ユリクはにこっと微笑んだ。血色のいい薄い唇が弧を描く。この一瞬の間で偽名とバレてるのか不安だった私は安堵のため息をこっそり吐いた。ありがとう、神様!
「ユリクは、どうして猫の姿になってたの?」
私は名前を答えたあと、一番疑問に思っていることを質問した。
獣人は神の加護のもと動物から人間の形になれたと言われている。昔は神様からの贈り物として人間からも慕われていたのだが、時代は変わっていき神を信仰する人が少なくなり、またその獣人の歴史を知っている人もわずかになってしまって、「異形の者」とか「人間のなりそこない」と呼ばれるようになってしまった。
獣人たちはそのため自分の力で人間から動物に戻ることはできない。逆を言えば、動物から人間に戻ることもできない。
他人から強力な魔法をかけられでもしない限り、そういった変化を起こすことはできないのだけど……。
「そうだな、事の発端は……俺が王国騎士団の入団試験に受かったときなんだけど」
「え……ええ!?」
王国騎士団は、国の中で最も強い騎士団だ。入団試験はどの騎士団よりも難しく、国を必ず守れるほど剣が強くなくてはならない。倍率も毎年何十倍と高い。そんな王国騎士団の入団試験に受かっていた!?
……私はとんでもない獣人を拾ってしまったかもしれない。
だが次に見たユリクの表情は、自然に微笑んでいるものではなく苦笑いだった。
「でも、いざ入団するときに獣人であることがバレてね。入団試験でマントを被ってたときから怪しまれてた気はするんだけど……。入団しようとしたときに団長に「獣人が国を守れるとは思えない」って言われて、断られちゃって。それでも対抗したら、強い魔法で猫の姿に変えられてしまった。それからずっと歩き続けて、このルッカ村にたどり着いたんだ」
気楽に話しているような口調だったが、辛いことだったのだろう、銀色の睫毛も伏せられ、顔も先程より下を向いている。
「俺は両親がいないし、家ももう取り壊されてて行くあてがないから適当にこの村の草とか食べてた。そしたらいい匂いがして、君……カナメが持ってた食べ物を食べたら元の姿に戻れた。こんな感じかな」
要するに、王国騎士団から追い出されてルッカ村に来たら、私のお菓子を作る匂いにつられてやってきて、ガトーショコラを食べた途端に元の姿に戻れたわけか。
どうしてガトーショコラを食べたら元の姿に戻れたんだろう……?
強力な魔法でもない限り、動物になった獣人を元に戻すなんてできないのに。
チョコレートに魔法でも入ってたのかな?
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