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第50話 お母様の正体
しおりを挟む「お久しぶりです、リュザ」
「ああ、久しぶり。とりあえず中に入ってもいい?」
「ええ、どうぞ」
リュザに店の中に入ってもらい、テーブル席に座らせる。
黒いロングブーツをコツコツと鳴らし、椅子を音も立てずにすっと引いて座った。
今日は休みのためメニューをテーブルに置いていない。
「何か召し上がりますか?」
「ん? いや、いいよ。今日は定休日だろう?」
店が休みの日にやってきた客に、わざわざ作ってもらうのは俺は好きじゃない、と続ける。
……平気でキスしてとか非常識なことを言うくせに、変なところで正義感があるんだなぁ。
「その代わり持参してきた水を飲んでもいいかい?」
「え、ああ、どうぞ」
リュザは落ち着いた動作で空間魔法を発動し、亜空間にしまっていたであろう水が入った透明の瓶を取り出す。
日本でいう水筒よりはコンパクトなもので、この世界で旅人や遠征して来た人は、この瓶を何個も持ち歩いていることが多い。
空間魔法が使えれば何個でもしまえるので、リュザもこの一つの瓶以外に何個もしまってあるのだろう。
蓋を開けて二口、三口リュザが飲む。
嚥下して喉仏が上下に動き、ふぅ、と軽いため息を吐いたあとリュザは顔を上げて私にその瓶を差し出した。
「君も飲む? うちの魔術師が王都の水を加工したものだから、美味しいよ」
「大丈夫です」
「えー? 美味しいのに」
ぶーぶー言いながらリュザはテーブルに乗り出していた身体を戻した。
王宮魔術師が加工した水は絶対美味しいだろうし、興味もあるけどリュザと関節キスしてまで飲みたくはない。
多分リュザもそっちが本音だろう。
「せっかく素敵な女の子と関節キスできるかと思ったのになぁ~」
ほらみたことか。
リュザは本音を零したあと、死んだような目で遠くを見つめた。
「本当にうちで魔術を研究している奴らはむさくるしい男しかいない……筋肉もりもり……いかつい顔面……逞しい髭……」
そのままテーブルに突っ伏して、足をバタバタさせる。
「あーもう! 研究してても全然つまんない! 可愛い女の子いないと楽しくない!」
「……」
私はユリクと顔を見合わせ、お互いに苦笑いした。
しばらく足をバタバタさせていたリュザは、私たちが何の慰めも施さないことに気付いたのか、深いため息を吐いて動きが止まった。
そして、机に突っ伏したまま今日ここにきた本題であろう話を口から零す。
「……君のお母様の素性がわかったよ」
「……!」
むくっと起き上がって乱れた金髪を直し、向かい側に座っている私の方に向き直る。
「久々の手間がかかる研究に燃えたけど、もうやりたくないなぁ。君に借りたペンダントから限界まで魔力の痕跡を辿って、君のお母様の名前から趣味、性格、仕草の癖まで調べ上げたよ。ただ、研究対象の顔を見ると見ないとでは全然研究結果が違ってくる。だから君のお母様が通っていた学院に行って、名簿から写真を見てきた。研究の参考にしたいと言ったら学校長が快く見せてくれたよ。……で、はい、これ」
リュザがローブのポケットからお母様のペンダントを取り出し、私に渡してくれた。
傷一つなく、リュザに貸す前と同じ輝きを放っている。
本当にこのペンダントで研究したのか疑問になるくらいだ。
「ありがとうございます」
何も傷つけずに研究してくれたのは嬉しい。
大体魔術師の研究に使われたものは、物だったら砕かれたり穴が開いたりすることがほとんどだと聞いたことがある。
ペンダントに一つも傷がついていないのは、王宮魔術師なら当然のことなのか、それともリュザの単なる優しさなのか、私にはわからなかった。
ペンダントをテーブルの隅に置いて、私はリュザの方を真っ直ぐ見つめる。
「それで、結果は?」
「ああ、君のお母様、ヴィエラ・リッドフォード公爵夫人はね……」
リュザは息を呑んでから応えた。
「前世の記憶があることは確実だ。が、『癒しの力』を持っていたかどうかは、不明」
「……!」
「この世界に転生したら彼女は身体が弱い子に生まれてしまった。だから国での大きな功績は残していない。彼女が『癒しの力』を使った形跡も見られない。俺が思うに、『癒しの力』を持っていたけど、身体が弱くて使うことができなかったのかと」
確かにお母様は身体がとても弱く、実際にそのせいで亡くなっている。
でも前世の記憶を持っていたのなら『癒しの力』を持っていてもおかしくない。
けれどリュザが必死に調べても『癒しの力』を使った形跡がなかったのなら、身体が弱くて使えなかった、というリュザの考えで合っていると私は思った。
「そして、君が気にしている彼女の前世だけど……」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
「異世界のニホンという国にいたみたいだね。君が前に言っていたカスミって子が住んでいるところと同じ国だ。ニホンにいた頃の彼女の名前はムラタユカリ」
「え……?」
その言葉に、胸がざわついた。
ムラタユカリ……?
ざわざわと心の中が落ち着かなくなる。
それって……。
私の焦りに気づいていないのか、リュザは数枚の書類を空間魔法で取り出して、つらつらと読み始めた。
「二十二歳でミキカズナリと結婚。それ以降ミキユカリと名乗っている。二十五歳で子供を産んだが、すぐに父のカズナリが事故で死亡。それからはミキユカリ一人で娘を育てていた。しかし身体が弱く、娘が十八歳になった頃に死亡。その後、娘は一人暮らしをしている。そして死んだミキユカリは、この世界のヴィエラ・リッドフォード公爵夫人に転生したという感じだね」
リュザがすっと目線を私の方に流した。
何を考えているかわからないその青い瞳が私を見つめる。
「……何か他に訊きたいことは?」
それは私が絶対に訊きたい、と思っているのを確信して言っていた。
どくんどくんと心臓が早鐘を打つ。
だんだん緊張してきて、喉が渇きながらも私は口を開き、少し震える声で質問する。
「……娘の名前を、お聞きしてもいいですか」
「……ああ、娘の名前は——」
リュザがすう、と息を吐いて答えた。
「ミキカナメ」
「……っ!」
ミキカナメ。
……三城奏芽。
間違いなく、私だ。
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