婚約破棄されて田舎に飛ばされたのでモフモフと一緒にショコラカフェを開きました

翡翠蓮

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第56話 一人の『カナメ喫茶』

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 ルッカ村の家に帰る頃には日は沈み、真っ黒な空にいくつもの星が浮かんでいた。

 御者のリネスに挨拶をし、いなくなるまで見送ってから玄関を開けて中に入る。

「はぁ……」

 深いため息を吐いて、二階に上がり自分の部屋のベッドに寝転ぶ。

 今日はいろんな出来事があった。
 朝はリュザがやってきてお母様の前世の正体がわかったし、昼はユリクと食事したりチョコレートドリンク作ったりしてだらだらしてたけど、夕方から王都に行ってお父様にユリクを頼んで……。

 目まぐるしい一日だった。
 壁掛け時計を見ると、もう夜の十一時。

 明日から一週間一人で店を営業するけど、特に買い出ししておくものはなかったはず。

「一週間……?」

 いや、ちょっとまって。
 お父様は一週間後すぐに入団試験を受けさせると言っていた。

 合格か不合格か通知が来るまでに、確か王国騎士団なら一週間はかかったはず。
 そして合格していれば、その日から晴れて入団できる……って感じだったよね。

 ユリクはいざ入団するときに団長に却下されちゃったわけだけど。

「今度は、受かるといいなぁ……」

 ユリクの夢が叶えられたら私はとても嬉しい。

 ずっと一緒に頑張ってきた相手の夢は、応援したくなるものだ。
 でも、その夢が叶ってしまったら……。

「お店は、できなくなっちゃうのかなぁ……」

 ベッドに横たわってうつらうつらしながら考える。
 布団をなんとなく被って、枕に頭を乗せた。

 電気を消すのも面倒くさくて、私はそのまま瞼を閉じ、深い眠りに落ちていった。



 ——翌朝。
 なんとかカーテンから射し込む朝の光で起きれた私は、身支度を整えて仕込みを開始していた。

 癖でユリクをきょろきょろ探してしまい、今日はユリク起きるの遅いなぁなんて寝ぼけたことを考えたあと、今日からしばらくいないんだということを思い出す。

 精霊もいなくなってしまったし、ユリクもいない広い家は、すごく虚しく感じた。

「……いけない、ダメダメ」

 首を横に振って泡だて器で一気にメレンゲを作り、自分を鼓舞する。

 今日から二週間くらい、ユリクは帰ってこないのだ。
 大丈夫、二週間なら一人で頑張れる。
 泡だて器を持つ手の力をぎゅっと強くする。

「でも……」

 ユリクがいないので庭の手入れやテーブルの掃除も完了していないし、朝食も準備できていない。

「メニュー置いて、看板も置きに行って……あ、このテーブル椅子一個多い。あと庭の花に水をやって……うわ、庭のとこ枯れ葉多いな、風で飛んできたのかな……掃除しなきゃ……」


 あれをやらなきゃ、これもやらなきゃと開店ギリギリまで作業をしてしまい、結局朝食は食べれず仕舞いで開店の時間になってしまうのだった……。


「あれ? カナメ、ユリクは今日いないのか?」

 開店から三時間。
 正直既にへとへとだったところにケイとルットがやってきて、ケイが首を傾げて訊いてきた。

「うん、しばらく留守にしてて……」
「え、カナメ一人で店やってるのか?」
「う、うん……」

 ケイが口をぽっかり開けて驚いていた。

 開店から三時間で接客にキッチン、会計全てをやっている私は疲弊しきっていて、もうどこのテーブルに何を運ぶのかも脳にインプットされなくなってきている。

 実際お客さんに提供するメニューを間違えてしまったり、テーブルや椅子の足に躓いて盛大に転んでしまったり、作るときに材料の量を間違えたりと散々だ。

 昨日の疲れが取れていないのもあるが、なんにせよ朝食を摂っていない。
 朝栄養をとっているのととっていないのじゃ大違いだ。

 ああ、今すぐにユリクが焼いてくれるパンやサラダが食べたい……!

 ぼうっとしていると、「カナメさーん!」とお客さんの声が聞こえた。注文だろう。

「これが二週間以上も続くの……」

 周りに聞こえないようにひっそり呟く。
 『カナメ喫茶』はルッカ村で人気を博したカフェになっているので、人が多いこと多いこと。

 もう限界である。これで閉店後に掃除したり材料の在庫の確認したりなんて、したくない! やだ!

 しかしどんなに嘆いてもユリクがしばらく帰ってこないのは事実だ。
 ユリクがいるとどんなに仕事が楽だったか、改めて気づかされた。

「……ナメ、カナメ!」
「え!? な、なに!?」

 ケイに呼ばれていることに気付かなくて、バッと顔を上げた。

 ケイが心配そうにこちらを見ている。

「大丈夫か? 顔色が良くないぞ」
「あ、うん……大丈夫」
「大丈夫じゃない! ユリクがいなくて店を回すのが大変なんだろう?」

 本気で心配している眼差しを私に向けて、少し大きな声で言った。

「俺が手伝うよ。父さんの家具屋を手伝ってるって前に言ったろ? だから接客業は慣れてる」
「で、でも……」
「ユリクはいつ帰ってくるんだ? 明日?」
「ううん、二週間くらい」
「二週間一人で店回せるって顔してないぞ。俺が今から手伝うよ。ダメって言っても俺は聞かないからな! ルットも手伝って!」

 ケイが上着を脱いで腕まくりする。
 ルットは「えー」と面倒くさそうな顔をしていたが、ケイが手伝う準備をしていると、渋々自分も上着を脱ぎはじめた。

 私が会計やメニューなどの説明を二人にすると、「わかった」とすんなり答えててきぱきと働いてくれた。

 ルットはあまり愛想がない接客をしているが、背が低くて可愛い見た目をしているのでみんなから可愛がられている。
 ケイは本当に接客業に慣れているみたいで、お客さんと会話しながら順調に店を回していた。

 二人も接客がいると、私はキッチンで調理するのが主になって一気に楽になる。

 朝食を食べていないことを伝えると、「なんでもいいから食べて!」とケイに言われ、少し時間が空いたときにサラダを作ってキッチンで食べた。

 なんて優しい人たち……と感動しながら二人を見つめる。

 こういうときに力になってくれる人がいて、本当に良かった。

「私も、ケイたちが困ってたら助けよう」

 この借りはちゃんと返さないと。

「カナメ! ガトーショコラ二つ!」
「あ、はーい!」

 ケイの張った声を聞いて、私は調理を開始した。
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