婚約破棄されて田舎に飛ばされたのでモフモフと一緒にショコラカフェを開きました

翡翠蓮

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第60話 リリー

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 その少し低くて聞き取りやすい声に、前世の記憶がよみがえってくる。
 ……間違いない、香澄だ。
 聞こえて来た声でわかる。

 香澄が社内やカフェで話す時の声と同じ、女性にしては低いけれどはっきりとしたものだ。

 ……日本と繋がれたんだ。

『……あの、もしもーし』

 安堵を覚えると同時に、なんて返事をしようか迷った。
 一番聞きたいのはリリーの安否だけど、死んだ私から電話が来たらホラー現象もいいとこだろう。

 けど、異世界に転生したって言えば香澄なら信じてくれるかもしれない。……信じるか?
 香澄はよく社内の化粧室やランチタイムに外のカフェで、私によく異世界転生する乙女ゲームの話をしていた。

 主人公が王太子や宰相子息、公爵家嫡男と恋愛をして、悪役令嬢からのいじめを振り切り攻略対象の誰かと結婚するというものだ。

 その王太子がかっこいいとか、私も死んだら異世界に転生してかっこいい男の人と恋愛したい、とか私に喜々として語ってくれていたのを覚えている。

 香澄は異世界転生する乙女ゲームを何本もやっていて、攻略が終わるたびに私に話してきてくれた。

 おばあちゃんになって最期を迎えたら、異世界に転生しないかなぁ、とか言っていたし、それが現実で起きたと考えてくれれば大丈夫なはず。

 それとも、誰かになりすましていろいろと話す方がいいだろうか。

「……」

 ううん、やめよう。
 今は三城奏芽として、香澄と話したい……。

「……香澄?」
『え……? え、その声……』
「久しぶり」
『え……えええええ!?』

 脳内に直接香澄の叫び声が響いてくる。

『え、そんな、だって奏芽はもう……え、これは、夢? 夢だよね、夢じゃないとおかしいよね……』
「お、落ち着いて、香澄」

 震える声を出す香澄に、私はなんとか事情を説明した。
 自分は確かに死んでしまっているということ。
 でも、死んだら別世界に転生して、別の人生を送っていること。
 香澄に聞きたいことがあって、魔術師から日本とこの世界を繋ぐ魔道具を作って貰い、今その魔道具で香澄と繋がっていること。

 そこまで話すと、最初は驚いていた香澄も『へぇ~』と納得していた。
 乙女ゲームの世界が存在する、と言う風に解釈したようだ。

『まさか乙女ゲームみたいなことが本当に起きるとはね……。私も、死んだら奏芽の世界に行けるのかなぁ』
「まだ死んじゃダメだよ?」
『うん……死なない……でも、奏芽がいないのが、すごく寂しくて……。今話ができて、ほんとに嬉しい……』

 香澄が鼻をすする音が聞こえる。

『そっちの世界で、元気にやってるの……?』
「うん、すごい元気だよ」
『楽しい?』
「うん」
『良かった……』

 まるで娘の一人暮らしを心配するお母さんみたいなことを言ってきて、私が死んでしまってどれだけ寂しかったのかが伝わってきた。

 私と香澄は同期でお互いお喋りが多く、一緒によくランチしたり飲みに行ったりしていた。
 香澄は人見知りだったし、私が部署の中で彼女と一番仲が良かったように思う。

 その私が死んでしまったのだから、辛くて仕方なかったのだろう。

「ありがとうね、香澄」
『うん』

 そのとき、ズキッと頭痛がして光が弱まるのが感じた。
 光がぼわんぼわんと点滅している。

 リュザは言ってなかったけど、もしかしたら日本とこの世界を繋ぐことができる時間は思っていたより少ないのかもしれない。

 急いで話を切り出す。

「それで、香澄、聞きたいことなんだけど……」
『あ、うん。どうしたの?』

 唾をごくりと飲んで、質問した。

「リリーは、元気?」
『リリー? ふふ』

 香澄が少しだけ笑った。
 ガタッと受話器を棚かどこかに置く音が聞こえて、しばらくした後再び香澄が受話器を取る。

 そのとき、『にゃぁ~』と鳴く声がした。

『私が保護してるよ。都内に奏芽の身よりがいなかったから、リリーちゃんは私が育ててる。心配しないで。ちゃんとごはんも水もあげてるよ』

 再び『にゃ、にゃ』と猫の鳴き声が聞こえた。
 大丈夫だよ、と言っているようで、私は大きくため息を吐いてへなへなと全身の力を緩ませた。

「……良かった。良かった……」

 今までずっと胸の内に引っかかっていた懸念が、すっとなくなっていく。
 元気な鳴き声に私は無事で良かったことの安堵と懐かしさで目尻に涙が浮かんだ。

『リリーちゃん可愛いねぇ。奏芽がよくリリーが可愛いって私に話してたでしょ。もうその通りだよ、いるだけで癒されるし、可愛い』
「ふふ」

 香澄がリリーを撫でているような気がした。
 目尻の涙をこすっていると、再びズキッと頭が痛くなる。
 白い光も最初より十分弱まり、周りの景色がうっすらと見えてくるようになった。

 香澄の声もだんだん遠のいてくる。
 頭痛もひどくなってきて、香澄がいる世界から離されていくような感覚だ。

「香澄、そろそろ時間みたい」
『あ……』
「ありがとう、いろいろ話してくれて」
『……うん、こちらこそありがとう。このことは誰にも言わないからね』
「お願いね。……日本で、元気に過ごしてね」
『そっちこそ。風邪とか引かないようにね』
「大丈夫だよ。ありがとう」
『ありがとうね』

 光が薄くなっていき、香澄の声も聞こえなくなる。
 次第にこっちでの私の家が見えてきた。
 庭に咲く色とりどりの花々、白いテーブルと椅子、待っててくれたリュザがはっきりと見えてくる。

 光は完全になくなり、頭痛もしなくなった。

「あっ」
「……っと」

 ふらついて倒れそうになった私をリュザがすぐに受け止めてくれた。
 日にあたって煌めく海よりも深い青色の双眸が、私を心配そうに見る。

「大丈夫?」
「大丈夫です、すみません」

 リュザに支えられながら立ち上がる。
 さっきまで聞いていた、もうこれから先聞けないであろう香澄とリリーの声を思い出し、鼻の奥がつんと刺激される。

 まるで夢みたいな感覚だった。
 その感覚を味わわせてくれたのは、リュザだ。

「ありがとうございます、リュザ。リリーの安否もわかって、友人とも話せて……幸せでした」
「……」

 笑顔で私がそう言うと、リュザは顎に手をあてくすりと笑んだ。

「そんな笑顔を見せられると、また作りたくなっちゃうな」
「え……」
「それ、返してもらっていい?」

 リュザがブレスレットを指さす。
 使えるのは一度だけだと言っていたから、もう魔力はないのだろう。

 素直にそれを渡すと、リュザはロングブーツを鳴らして庭を出、門前まで歩いて行った。

「また何か用があれば、来るから。じゃあね」
「……本当に、ありがとうございました」

 リュザが門を開けて去っていく。
 見送っていると、そっと振り向いて手を振ってくれた。
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