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邸へ戻ると執事のトーマスが待っていた。

トーマスとは執事に多い名前らしい。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま、トーマス」

ヴァレンティーナは上着を脱いだ。

邸の中は少し暑い。


「お父様に報告しなければならなくて……」

「そうですか。ではご主人さまをお呼び致しますので、応接間で待っていてください」

「はい」


ヴァレンティーナは小股で応接間へと向かった。

ドアをノックする。

返事がない。誰もいないようだ。

「失礼いたしますわ」

一応、挨拶はした。


時計の針の音が辺りに響く。

西日が差している。


コンコン


「はい」

そこに、体格の良い、金髪の男性と赤い髪の女性が入ってきた。

金髪の男性は父のポール。

赤い髪の女性は母のニーナだ。

ニーナは公爵家の出自で炎の神の子孫になる。


ヴァレンティーナの金髪にスカイブルーの瞳は父親譲り。


「どうしたんだい。ヴァレンティーナ。何があったんだ?」

ポールは目を細めながら言った。

「実はです。ジョージ様と婚約破棄致しました」

「え!? 何だと!? もう一度言ってくれないか?」

「ジョージ様と婚約が破談になりました」


「馬鹿な! これはハムレット家とワトソン家両家が決めた結婚だぞ。それをいとも簡単に破談にしてしまうのか?」

「それが……ジョージ様はソルト侯爵令嬢のエカテリーナと新たに婚約したみたいなんです」

「何!?」

「本当に申し訳ありません。わたくしが不甲斐ないばかりに」

ヴァレンティーナは土下座をした。

しかし、ポールの憤怒の表情は和らがない。


「これではまた水不足になったら……」

ポールはパイプを取り出し、火をつけた。

パイプの先から煙が天井に昇っている。

「申し訳ありません。隙がありました」

「そうね。心配ね」

ニーナが顔の表情を曇らせた。

部屋はパイプの煙で充満している。


「かくなる上は仕方がない。なあに。ヴァレンティーナ、お前には何も落ち度はない。これはジョージとエカテリーナの問題だ」

「わたくしはもう復縁する気は毛頭もございません」

「それでいい。それでいいじゃないか。こういう事も想像に難くない」

「そうね。やはり政略結婚である以上、気持ちの変化というものにもあるわ」

味方になってくれた……。

「お父様、お母様。ありがとうございます」


ポールは怒りを相当抑えたのだろう。

余りに怒ると雷が鳴る。

それが雷神の血筋。


「では、ヴァレンティーナはヴァレンティーナで幸せと見つけると良い。塞翁が馬という言葉もある位だからな」

「そうね。また違う道ができたのよ。違う道を冒険するのも有りだと思うわ」


両親に心から「ありがとう」を言えた。

そう。塞翁が馬。

ジョージと婚約破棄したことが反って良い方向へ進むと信じてみた。
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