悪魔で女神なお姉さまは今日も逃がしてくれない

はるきたる

文字の大きさ
22 / 41
第五章 星空のステップ

21.妹たちはお使い中

しおりを挟む
店に入ってきたその女性は、アリア様の妹の…。


「りょーちゃんさん…。」

「え?」


「いっ、いえ。ごきげんよう。」


そうだ、僕はアリア様の呼び方でしかこの女性の名を知らないのだ。
以前集会で怒られたことはあるが、相手は僕のことを覚えてないみたいだしここは軽く挨拶して退散しよう。


「待ちなさい。あなた、確かいつかの集会でアリア様を侮辱した…。」

(げっ、覚えてた。)

「姉も姉なら、妹も妹ね。」


第一印象悪すぎたせいか、僕に向ける目線に嫌悪感がたっぷり詰まっている。りょーちゃんさんはそれだけ言って、カツカツとヒールを鳴らして行ってしまった。
こんなあからさまに嫌悪を向けられることは初めてでちょっとショックだ。


「気にしないほうがいいよ~。アリア様のこととなると過保護になるだけだから。」

「そうかな?名前すら知らなかったし、また僕失礼なことして怒らせたみたいだけど…。」

「チカって気にしいだよね。」

(うっ。)


ローズの言葉がグサッと胸に刺さる。


「あのひとはリョーコ様だよ。りょーちゃんさんって呼んだとき、思わず笑いそうになっちゃったー。」

「アリア様がそう呼んでたからつい口から出ちゃって。リョーコさんって言うんだ…。」

(ん、リョーコ様?)

「ローズはどうして様付けで呼ぶの?」

「リョーコ様は下級生だもん。アリア様が下級生の時から妹で、その後リョウコ様も昇級したらしいよ。だからただの妹の私たちより先輩なの。」


長くアリア様の妹をしているということか。それならなにかと過保護になってしまうのもわからなくはない。


「ローズはよくそんなこと知ってるね。」

「私そういうお話大好きなのー!学園は噂話だらけ…いるだけでご褒美だもん。」


ローズは弾むようにそう話しながら、手を組み、目をキラキラ輝かせている。
僕はローズの暴走する姿を思い出して、ゴシップ好きが高じた姿だったのかと納得した。


「この前の集会でダンスパーティーなんて単語を聞いた瞬間、これはドラマが絶対巻き起こるって予感がしていたの!」

「まだ何も起こってないからね?よだれ拭いて。」

「うふふふふ。」


僕の手渡したハンカチでは、ローズの滝のように流れるよだれを拭いきれない。目が完全にイッている。


(これはヤバい…。)

「ほらほら、今から布屋さんも行って、自分達の衣装も見に行かないといけないんだから。早く行こ?」


僕は別の話題を出してなんとか気分を変えさせようとしてみた。


「わかってるよ~。チカを大変身させてあげるんだから!」

(ん、なんかまた違うスイッチを押してしまった気が…。)


僕たちは布屋で仕立て屋のおじさんがくれたメモを店員に手渡した。
用意されるのを待つ間、椅子に座ってぼーっと店内を眺める僕とは正反対に、ローズは店内を物色している。


「チカ!年寄りじゃないんだから座ってばかりいないでこっちに来てよっ。」

「はいはい。ローズは若いねぇ。」


わざと老人っぽく言いながらローズのそばに行くと、フリージアの花びらような淡い黄色が可愛いらしいオーガンジーの布を抱えていた。


「この布可愛い~。」

(確かに、ローズのふわふわした雰囲気にぴったりの可愛い布だ。)

「いいんじゃない?これでドレス作ったら絶対似合うよ!」

「だよねだよね!こっちの色はチカって感じかな。」


ローズは同じ生地で色違いの布を指差す。晴天の空と深い海の中間のような、綺麗なターコイズブルーだ。


「あ…、僕この色好き。」

「そうだと思った!ねぇ、チカもこれでドレス作らない?」

(綺麗なターコイズブルーのシンプルなドレス…それならいいかもしれないけど…。)

「うーん、お姉さまから貰ったお小遣いじゃ仕立て屋に頼むのは無理だし…。」

「あ、そっか。私たちのお金合わせても一着作れないくらいだもんね…。でも、この布可愛い~。」


「お客様、ご用意が出来ました。」


店員が布を裁断し、包んで持ってきてくれた。
どうやら自分達のドレスに夢をはせるのもここまでらしい。
布を届けに仕立て屋のおじさんのところへ戻った頃には、もうリョーコ様の姿はなかった。

僕は布屋で受け取った生地をカウンターに置いた。


「おじさん、布を持ってきたよ。」

「お、ありがとねぇ。じゃあ衣装合わせのときはこっちからお姉さん達に連絡するから。」

「わかりました。」


カウンターには僕とローズが持ってきた布の他に、ピンクと白、そして黒の布が置かれていた。素人目でもわかるくらいの、明らかに高級感のある布だ。


「おじさんっ。この布はもしかしてアリア様のドレス用ですかっ!?」

「ローズ!」


リョーコ様もつい先ほどこの仕立て屋に来ていたし、この布でドレスを頼んだのだろうと簡単に想像はつく。
それをミーハーなローズが見逃すはずがない。目を輝かせておじさんに詰め寄っているし。


「おっ、おお。そうだよ。白とピンクのがアリアさんで、黒いのが妹さん用だよ。」

(リョーコ様は妹でも、仕立て屋に頼めるくらいの財力があるんだ…。さすが下級生?)

「やっぱりぃ~!ねぇ、チカ聞いた?私たち一足先に生徒会長姉妹のドレス見ちゃったよ!」

「まだ布だよ?」

「想像力を膨らませるの!ほら、見えるでしょ?お二人がドレス姿で優雅に踊っているところが…。」

「ま、まぁ…?」


色的にはいつもの二人の服装のイメージそのままだから、ドレスにしたところもイメージ出来ないことはない。


「元気なお嬢さん、わしもそろそろ作業に入りたいんだけど…。」


おじさんは完全にローズに圧倒されている。
僕がローズの暴走列車っぷりを初めて目にしたときと同じだ。


「ローズっ!僕たちのドレスも見に行くんでしょ。日が暮れちゃうよっ。」


なんとかローズを仕立て屋から出したときには、実際に日が傾き始めていた。


「最近早く暗くなるし、少し冷えるし、冬って感じだね。」


見たこともないくらい大きい月が青白く光っている。すぐそこにあるようだ。
冷風を通さないよう、僕は上着の首もとをきゅっと握った。


「不思議よね。天界には季節感もあるし、私のいた世界にそっくり。」

(ローズのいた世界もここに近いんだ。)

「僕のいたとこと見た目は違うけど、根本的な暮らしぶりというか…、元いた世界にあっても違和感ない世界だと思う。」

「…チカは、自分がいた世界を恋しくなることある?」

「うーん、どうだろ。ローズは?」

「私はあるよ、寂しいなって思うもん。…なんか私たちまで暗くなってきちゃったね。さぁ、行こっか!」


僕たちは乾いた風のなかを小走りしながら、服屋を探した。
薄暗くなり、街灯が灯火を揺らし始めている。

そのなかで一際キラキラと輝くウィンドウがある。惹かれて近寄っていくと、そこは色とりどりのドレスが飾られたブティックだった。


「わぁ、チカこれ似合いそう~。あ、こっちも可愛い!」

「お客様お目が高いですわ。こちらもいかがかしら。」

「わーっ!それは私が着たい!」


ローズの腕にはたくさんのドレスがかかっている。僕は自分に合うドレスがわからず、何も決められていない。


「ローズ?どれだけ試着するつもりなの?」

「そりゃあ、これ!って一着を見つけるまでだよ。あと、選んだの私だけのじゃないからね?」

「え?まさか…。」

「迷ってるみたいだから、チカのドレスもたくさん選んでみたの!」

「さぁ、お客様こちらへ。」


店員に促され、いつの間にか試着室に押し込められてしまった。


「チカのドレス姿楽しみだなっ。」


ブティックの店員という強い味方をつけたローズの圧勝。僕は白旗をあげ、制服のボタンを外した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...